かの小川みち先生のもとでマクロビオティックを学ばれ、マクロ歴20年の三上社長さんがつくられるお豆腐やお揚げ、おからなどは絶品です。

 
三上さんは、島根県木次町の「木次・食の杜」でお豆腐をつくっておられます。お豆腐作りをされるのは真夜中十二時から明け方にかけてで、そのまま配達や他の仕事をし、夕方には就寝という生活をずっと送っておられます。冷たい水にさらしておられるからでしょうか、赤く厚く大きな手をしておられました。この甘くておいしいお豆腐はこうしてつくられているのかと驚きました。

 以下、お忙しい中、
三上さんからお寄せいただいたものを載せさせていただきました


           


        (有) 豆腐工房しろうさぎ

  住所…島根県雲南市木次町寺領2959-2、TEL・FAX…0854(42)3343


  
国産大豆と国産天日干し塩のにがりだけを使用して豆腐をつくっています。

 
   豆腐は、3種類あります。
       
もめん豆腐  … 昔ながらの味わいのある豆腐。
       やわらか豆腐 … もめん豆腐を絹ごし豆腐のようにつくったもの。
       くみだし豆腐  … いわゆるおぼろ豆腐のことです。
                                    
    揚げ物は、生揚げが2種類とがんもどきです。

    油は圧搾法で作られた菜種油(影山精油所 出雲市)を使用しています。


                                                     

  販売は、島根県松江市、出雲市、雲南市の宅配が中心です。電話をいただければ配達します。最近は、みしまやなどのお店や料理店なども使っていただけるようになりましたが、やはり作り手の顔が見える物でありたい、又、お客様とのふれあいを大切にしたいと考えています。                                          

≪ナイショのはなし≫
 「豆腐工房しろうさぎ」名前の由来。それはね、私がお世話になっているあるお寺の住職に、工房の名前をつけてもらいに頼みに行ったときに、お酒を飲ませすぎてしまったから(酔ったはずみ)、ということはここだけの話(^_-)。       三上忠幸






    こだわり豆腐に至るまで 三上忠幸ものがたり



               
子どもの頃


 私が食べ物について疑問を持ったのは、小学校4年生頃のことになります。社会科の授業の時、アメリカから日本に輸入されている小麦や大豆が何ヶ月もかかって船で運ばれていることを、先生はさも大変な技術の発展として語っていましたが、その小麦や大豆が防カビ材などにまみれていることに、子どもながらに給食のパンは食べてはいけないものと感じてしまった事からでした。

 また、その頃の羽須美村は山林の伐採と杉・檜の植林が盛んで、私の親も植林を進めていました。しかしそのことにも不自然さを感じてしまい、親に対して杉などよりブナなどの広葉樹を良いと反対したのですが、大変に怒られ押さえ込められてしまいました。

 それ以来、自分はまわりと比べて変な子どもであり自分の話など理解されないと思いこみ、親や同級生からもいじめられたことも重なって、自分を否定し、孤独に時間を過ごすようになりました。ただ自然だけは自分の存在を許してくれるような気がしていました。

 それから農大に入りましたが、コンピューター管理されたハウスでの水耕栽培や、季節を無視した栽培による農業経営という、自然を排除していく方針にどうしても放漫さが感じられ馴染めずにいました。農協に就職して営農指導の仕事をしていた時もそれは同じで、自らのエゴで見知らぬ人が食べることだから農薬
を使おうがかまわないという考え方に強いストレスを感じていました。



              人生の転換期   

 
その内、母が病気で亡くなったのですが、その時自然食のことを知り、松江市の「正食の会」の講習会に出て、そのような活動を知り、木次で有機農業をしておられた方とも知り合えました。それから実際に食生活を切り替え玄米を食べ出したのですが、自分でも考えられないくらい体の調子がよくなって驚きました。また、家の荒れた畑で無農薬・有機栽培でいろいろな野菜をつくり、5年目に葉っぱ一枚虫に食べられないトウモロコシが出来ました。これにより、農業の将来の方向は、自然に沿ったものであると確信しました。

 しかし何分羽須美村では情報も出会いも少ないので、松江の正食の会や正食協会の先生にお力添えしていただき、総合商社のムソーに入り、2年間自然食品業界のことを見聞き、体験することができました。


 東京に出るとき、親に5年したら郷里へ帰ると約束していましたので、島根に帰ってからのために農業技術を生かせる加工技術を身につけたいと思っておりましたところ、埼玉県のもぎ豆腐店を紹介していただき、3年間、国産大豆と天然にがりを使用した豆腐づくりを学びました。
 帰ってからは建設業に就きながら、工場を借りて休日に豆腐をつくり、引き売りをしていました。



                  輸入大豆に対する疑問

 輸入大豆を実際に使用してみてポストハーペストのひどさには驚かされました。豆腐をつくるために大豆を一晩水につけるのですが、その水が黒く濁ってしまい、できた豆腐も渋みがあり、舌がしびれるような感じがしました。この感覚はスーパーで売っている豆腐そのものです。このような豆腐は体に悪いし子どもには食べさせられないと思い、大豆を洗い流して使用したのですが、その作業に1時間もかかってしまいました。

 しかし、輸入大豆の遺伝子組み換えされているものに関してはどうしようもありませんでしたので、地元でこれらの害を話し、大豆を栽培してくれる人を探しながら、自分でもつくってみました。



             あらたな挑戦

 
帰郷して4年目から豆腐作りに専念するために会社を退職し、地元での引き売りをしながらもぎ豆腐店で学びました。国産大豆と天然にがりで試作するのですが、機械の関係もあってかなかなか思うようにはできず、なんとかつくれるようになったのは1ヶ月を過ぎた頃でした。

 その豆腐を埼玉のもぎ豆腐店に持って行き、茂木社長さんに見ていただいたところ、これなら売っても良いとお許しをいただきました。

 地元での反応は今一つ鈍いものでしたが、幼児から小学校低学年の子どもは、豆腐嫌いの子でも食べてくれました。しかしその時はまだパック機を入れていませんでしたので引き売りにはできませんでした。半年たってやっとパック機を入れて、豆腐を持ち歩くことができるようになり、皆様に食べていただける自分に納得できるようになりました。

 ただ、お借りしている工場はその内お返しすることになっており、替わりのところを探しましたがなかなか良いところが見つからず、豆腐を買っていただいている方も少なくなる一方でしたので、場所を羽須美村にこだわらず広く探しておりましたところ、木次乳業の佐藤忠吉社長(現相談役)やたくさんの方からお力添えをいただき、木次の食の杜に豆腐工場を建設することができました。


 皆様にご奉仕できますよう、微力ながらこの仕事をやりとげたく思っております。未来の農業に続くように。どうぞよろしくお願いします。




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