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ことばの部屋

ここは、ホームページの「ちゅらくとぅば」に掲載したことばを記録したものです。その文章を読んだその時々に、何かを感じたことばです。その時々の情況によって、思いは様々ですが、何かしら気になったことばです。気になることばがありましたら是非出典作品をご一読してみて下さい。
 尚、作者の著作権等を侵害する気持ちは全くありません。然しながら著作権者に対して不都合がある場合には当該部分を即座に削除させて頂きます。

<<もくじ>>




あゝをとうとよ君を泣く
君死にたまふことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや

与謝野晶子「恋衣」


ああ、ママ、旅にでてはや三日になるわ。ああどんなに楽しいことでしょう、蒲団の上に寝ないで、草の上に寝るということは。

素九鬼子「旅の重さ」角川文庫


I have a dream that one day on the red hills of Georgia the sons of former slaves and the sons of former slaveowners will be able to sit down together at a table of brotherhood. ・・(中略)・・
I have a dream today.

Martin Luther King, Jr「I Have A Dream」


アティカスはからだをはなして、私の顔を見た。「どういう意味なんだね」
「そうねえ、ものまね鳥を射つようなことなんじゃない?」

ハーパー・リー「アラバマ物語」菊地重三郎訳、暮らしの手帳社


あらざらむ この世のほかの 思ひ出に
いまひとたびの 逢ふこともがな

和泉式部


或る人々は、一生涯、
その生活の手段を取りそろえることだけしている、
−−誕生の薬が、
われわれすべてに死の薬としてそそがれているということを、
綜観していないからである。

エピクロス「エピクロス−教説と手紙−エピクロスの勧め30」、出隆、岩崎允胤訳、岩波文庫


如何なる星の下に生まれけむ
われは世にも心よわき者なるかな
暗にこがるるわが胸は
風にも雨にも心して
果敢なき思いをこらすなり
花や採るべく、月や望むべし
わが思いには形なきを奈何にすべき
恋か、あらず
望か、あらず

高山樗牛


幾山河越えさり行かば寂しさの
はてなむ国ぞ今日も旅ゆく

若山牧水「若山牧水歌集」、若山喜志子、大悟法利雄編、新潮文庫


いれものがない 両手で受ける

尾崎放哉「海も暮れきる」吉村昭、講談社文庫


運命のどんな恵みにも、好意にも、彼女はそんなものとはかかわりなく生きぬいてみせる、運命になどつかまるものか、ぜったいつかまえさせはしないのだ。

マーガレット・ドラブル「黄金のイェルサレム」小野寺健訳、今日の海外小説33、河出書房新社


Fさん、あなたって、オラウータンよりも鈍感なかたですね。
あなたのうぬぼれの毛皮ときたら、
引き剥いでハンガーに吊してお目にかけたいくらい。

倉橋由美子「わたしのなかのかれへ」、全エッセイ集、講談社


稚ければ その頬にも未だ触れず帰る 我が唇に雪ながれ消ゆ

松下竜一「豆腐屋の四季」講談社文庫


おもしろき こともなき世に おもしろく
すみなすものは 心なりけり

高杉晋作


・・・
All we are saying is give peace a chance
All we are saying is give peace a chance
・・・

John Lennon/Paul McCartney「Give Peace A Chance」(米映画「いちご白書」の場面より)

からまつの 林を過ぎて
からまつを しみじみと見き
からまつは さびしかりけり
たびゆくは さびしかりけり

北原白秋「落葉松」


汽車に乗って あいるらんどのような田舎へ行こう
ひとびとが祭の日 傘をくるくるまわし日が照りながら雨のふる
あいるらんどのような田舎へ行こう

丸山薫


きれいは穢い、穢いはきれい。さあ、飛んで行かう、霧のなか、汚れた空をかいくぐり。

ウィリアム・シェイクスピア「マクベス」福田恒存訳、シェイクスピア全集13、新潮社


祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す。
奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。

作者不明「平家物語」


ここで、抑えがたい衝動に駆られて、ぼくは一つの無償の忠告を読者に献げる。こういうことだ−−できるだけ多くではなく、できるだけ少なく読みたまえ!

ヘンリー・ミラー「わが読書」田中西二郎訳、ヘンリー・ミラー全集11、新潮社


「ここ、人間の胸の中には−−ぼくもきみも、みんなの胸の中には、心はただ一つしかないのじゃない。たくさんの心があるんだ。でも、おもなものは二つだけ、本当の心とみせかけの心だけだよ。ところでだ、人はだれでも何かほかの物とか人とかを愛さなくては生きていけないと感じている。外へ心を向けなければならないと思っている。『愛することあたわざれば、きみ何者なりや?』わかってくれるかね」

ソール・ベロー「この日をつかめ」大浦暁生訳、新潮文庫


この俺に行くべき道などあるものか、それなら目は要らぬ、俺は目が見えた時には、よく躓いたものだ。例は幾らもあろう、人間、有るものに頼れば隙が生じる、失えば、却ってそれが強味になるものなのだ。

ウィリアム・シェイクスピア「リア王」福田恒存訳、シェイクスピア全集12、新潮社


この百年、愛によって生を授かった者はこれが初めてだったので、これこそ、あらためて家系を創始し、忌むべき悪徳と宿命的な孤独をはらう運命をになった子のように思えた。

G・ガルシア・マルケス「百年の孤独」鼓直、新潮社


小諸なる 古城のほとり 雲白く 遊子かなしむ
みどりなす はこべは萌えず わかくさも しくによしなし
しろがねの ふすまのおかべ 日にとけて あは雪流る

島崎藤村「千曲川旅情のうた」

しかしこの自分自身と対話するという比類のない能力は、
きわめて厄介な、また非常に危険な能力です。

H.E.ノサック「文学という弱い立場」


しかし人はとにかく生きて行くほかはないし、その間に、生きていることは死ぬことよりも意味があると発見することもしばしばあるだろう。そういう時にのみ、言い換えれば他人は死んだが自分は生きていると考える時にのみ、生きる意味があるのではないかと思う。意識していない生は、殆ど死と等価物のような気が私にはする。

福永武彦「忘却の河」、福永武彦全小説7、新潮社


「・・・自分に嘘をついちゃならねぇんだ。
自分に嘘をついっちまうと自分がだんだん遠くなっちまうんだ。
そうしてなーんにも感じられなくなっちまうんだ。・・・」(凡その意)。

金魚屋のじっちゃん(小林亜星)のことば(NHK朝の連続ドラマ「さくら」の場面より)


邪悪な者がこの世を支配するには、
良識のある者が何もしないと言うのが、もっとも有効な手段である。

クリス・ムーン


人生とは・・・・駆け引きだとか、綱渡りの緊張だとか、救命ブイの取りっこだとか・・・・そういうもの。

安部公房「燃えつきた地図」、安部公房集、新潮日本文学46


過ぎた日の善いものごとを忘れ去れば、
その人は、
まさにその日に、老いぼれる。

エピクロス「エピクロス−教説と手紙−エピクロスの勧め19」、出隆、岩崎允胤訳、岩波文庫


すばらしい哉、私は好むとおりの生活をここまで、やり通して来た
そしてここに誰に遠慮なく、怒り、泣き、歓喜し、虚偽を憎むことが出来る、
−−−
私は自分の通る路を自分の感情で舗装して進む、他人の路でなく自分の路で
他人の不安を借り物にするのではなく、自分自身の不安の路だ、
私は他人に私の路をさし示すほど勇気は持っていない

小熊秀雄「自分の路・他人の路」


すべての人が現在、瞬間瞬間の生きがい、自信を持たなければいけない、そのよろこびが芸術であり、表現されたものが芸術作品なのです。

岡本太郎「今日の芸術」、光文社文庫


せきをしてもひとり

尾崎放哉「放哉」大星光史、世界思想社


生年百に満たざるに
常に千歳の憂いを懐く
昼は短く夜の長きに苦しむ
何ぞ燭を秉って遊ばざる

無名氏「生年百に満たず−NHK漢詩紀行」、日本放送出版協会


そういう理由で、彼らは、危険な老人達と見なされるのが至当である。
そこで、青年諸君−−戦争犯罪に無関係な十分に若いすべての青年諸君は、この老人達から、事務所を奪い取り権力の急所を奪い取って、
彼ら老人達を無害なものにするためにベストを尽くすべきである。

ハーバート・リード「平和のための教育」周郷博訳、岩波現代叢書


その時、僕は、存在していたのだ。

素樹文生「上海の西、デリーの東」、新潮文庫


空の青さをみつめていると
私には帰るところがあるような気がする
だが雲を通ってきた明るさは
もはや空へは帰ってゆかない

谷川俊太郎「六十二のソネット」、谷川俊太郎詩集1、角川文庫


それは教育も議論もデータも、そしておそらく科学的解明も歯がたたない”何か”である。

山本七平「空気の研究」、文春文庫

旅に出よう
テントとシュラフの入ったザックをしょい
ポケットには一箱の煙草と笛をもち
旅に出よう
出発の日は雨がよい
霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出でた若葉がしっとりとぬれながら

高野悦子「二十歳の原点」、新潮社


旅に出るのは、たしかに有益だ、旅は想像力を働かせる。・・・
僕の旅は完全に想像のものだ。・・・
それに第一、これはだれにだってできることだ。目を閉じさえすればよい。
すると人生の向こう側だ。

ルイ・フェルディナン・セリーヌ「夜の果ての旅」(上)生田耕作訳、中公文庫


旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

松尾芭蕉「笈日記」


月日は、百代の過客にして、行きかふ年も、また旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口をとらへて老いを迎ふる者は、日日旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず

松尾芭蕉「奥の細道」


手と足をもいだ丸太にしてかえし

鶴 彬


「で私はどうなのよ。生きたともいえず、これから生きることもない私は、
いったい何ていったらいいのよ」
皆は黙って彼女が泣くのを見つめていた。

ジャン・ルネ・ユグナン「荒れた海辺」荒木亨訳、筑摩書房


読書も旅も散歩も食事もこの<すばらしい生の快楽>のためのものである。<たのしみ>のために生きるのである。人々が<生きていること>−−<生活のために奮闘していること><人生の上りがあり下りがあること>は<すばらしいこと>なのだ。<生きている>という単純な事実がすでに感動させるに足る何かである。

辻邦生「時の終わりへの旅」、筑摩書房

七階から階段を降りていくとき、振り返って、
それまで住んでいた部屋のドアや居間を見ながら言ったんです、
「さようなら ドア、さようなら 部屋、
さようなら 踏み段第一番、さようなら 踏み段第二番、さようなら 踏み段第三番」
そうやって七階を降りたんです。

アレン・ギンズバーグ「宇宙の息」諏訪優訳、晶文社


 七つの社会的大罪

1 原則なき政治
2 道徳なき商業
3 労働なき富
4 人格なき教育
5 人間性なき科学
6 良心なき快楽
7 犠牲なき信仰

マハトマ・ガンジー


願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ

西行

働くことはもっともよいことであり、もっともわるいことである。それが自由なものならもっともよいし、隷属的なものならもっともわるい。わたしが最高度に自由なものと呼ぶのは、戸をつくる指物師のように、自分の知識により、経験にしたがって、働き手自身が規制する仕事のことだ。

アラン「幸福論」串田孫一、中村雄二郎訳、白水社


花の色はうつりにけりないたずらに わが身よにふるながめせしまに

小野小町


一つの生涯というものは、その過程を営む、生命の稚い日に、すでに、
その本質において、残るところなく、露われているのではないだろか。

森有正「バビロンの流れのほとりにて」、筑摩書房


一つの文明がもっている弱点は、その落伍者、それに適応できなかった者を通じて、もっともよく判断できる。

ドリス・レッシング「草は歌っている」の扉のことば 山崎勉、酒井格訳、今日の文学、晶文社


人はいつも忘れたいと願うことや
覚えておきたいと願う記憶の川を下って
流れの元は忘れていない

塔和子「記憶の川で」


 子供
批判ばかりされた子どもは 非難することをおぼえる
殴られて大きくなった子どもは 力にたよることをおぼえる
笑いものにされた子どもは ものを言わずにいることをおぼえる
皮肉にさらされた子どもは 鈍い良心のもちぬしとなる
しかし、激励をうけた子どもは 自信をおぼえる
寛容にであった子どもは 忍耐をおぼえる
賞賛をうけた子どもは 評価することをおぼえる
フェアプレーを経験した子どもは 公正をおぼえる
友情を知る子どもは 親切をおぼえる
安心を経験した子どもは 信頼をおぼえる
可愛がられ抱きしめられた子どもは 世界中の愛情を感じることをおぼえる

「あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書」から抜粋、川上邦生訳、新評論


ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みずいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに

萩原朔太郎「純情小曲集・旅情」、文芸読本、河出書房新社


Between−−

誇ってよい哀しみがふたつある

部屋のドアをバタンと後に押して
家の戸口のドアを
バタンと後に押して
梅雨の雨で視界のきかない表通りで
一日の始まる時
これからどうしよう
これから何をしよう
どちらにも
味方でも敵でもないわたくし
この具象的疑問を
誰に相談しよう
戦争嫌いで
平和主義者ではないわたくし
ただ目を見開いてゆくための努力
その努力しかできない哀しみ

誇ってよい哀しみはふたつある

あなたと一緒にいるわたくし
あなたがわからない
だからあなたが在るのだとわかるわたくし
だからわたしが在るのだとわかるわたくし
あなたがわからない哀しみ
あなたがあなたである哀しみ

富岡多恵子「富岡多恵子詩集」思潮社


ぼくがそこをじっと穴のあくほど眺めていると、頭がくらくらしてきて、いままでこの人生におこったすべてのことが、いや、これからおこるであろうことまでがなにもかも、ぐるぐるまわりはじめた。

ワシーリイ・アクショーノフ「星の切符」木村浩訳、集英社文庫


ぼくは二十歳だった。それが人生でもっともすばらしい年齢だなどと、
ぼくはだれにも言わせはしない。

ポール・ニザン「アデン・アラビア」花輪莞爾訳、角川文庫


僕は広島で、人間の正統性というものを具体的に考える、手がかりをえたと思う。そしてまた、僕が人間の最も許容しがたい欺瞞と言うものを眼にしたのも広島においてである。

大江健三郎「ヒロシマ・ノート」岩波新書青版563

「毎日太陽がのぼって、しずみました。わたしは、精神病院にはいり、そこを出ました。戦争がいくつかありました、戦争のあとには平和、平和のあとには、またあたらしい戦争がありました。毎日、幾人かの人間が生れ、他の幾人かが死んでゆきます。」

シモーヌ・ド・ボーヴォワール「人はすべて死す」川口篤、田中敬一訳、岩波文庫(下巻)


前に、彼のアパートで聞いた時とまったく違う音が流れだした。すっかり目を閉じてしまって、何かに祈るように彼は吹いている。そいつは確かにブルースの音だった。

五木寛之「さらばモスクワ愚連隊」、五木寛之作品集1、文芸春秋社


まったく軟弱だなと思う。軽率だなと思う。それでも私はどうしようもなく旅人でありたい。
罰当たりでも、死ぬまで旅を続けたい。遠くへ。近くへ。外へ。内へ。

田口ランディ「旅人の心得」角川書店


目に視えぬ国−それは注意と想像力との国なのである。旅人は孤独ではない!二人の妹が両脇を歩き、旅人の両手を導いてくれる。その妹の一人の名は、−注意、そしてもう一人の妹の名は−想像力。

ユーリー・オレーシャ「桜んぼうの種子」工藤正広訳、晶文社

・・(前略)・・ヤフーというものは、この貴重なる物資をたくさんためていさえすれば、綺麗な着物、立派な家、広大な土地、高価な肉類、飲料、その他なんでも欲しい物が買えるし、それにどんな美しい女でも選り取りできるといったわけで、そうしたいっさいの功徳も、結局一に金の力ということであってみれば、そこは生来の浪費好きで、欲深と来ているわがヤフーどもは、いくら使っても使い足りたとか、いくらためてもため足りたとか思うことはないのである。

ジョナサン・スウィフト「ガリヴァ旅行記」中野好夫訳、世界文学全集45、新潮社


ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世中にある人と栖と、またかくのごとし。

鴨長明「方丈記」、日本古典文學体系30、岩波書店


夜の都会は 糸がちぎれた首飾り あちらこちらにとび散って
あたためてくれたあの胸は どこへ行ってしまった 迷いっ子 迷いっ子

安部公房「友達」、安部公房集、新潮日本文学46

分け入つても分け入つても青い山

種田山頭火


わたしがまだ二十代で、1960年代を炎のようにすごし、
明日なんてないという気になっていたころ、
仕事というのは憎悪すべき単語だった。

レイモンド・マンゴー「就職しないで生きるには」中山容訳、晶文社


わたしには、ようやく人生というものの性格がすこしわかりかけていた。これからさきの人生では、幸福と名のつくものは、すべて、望みではなく、事実にささえられたものとなるはずであった。

マーガレット・ドラブル「碾臼」小野寺健訳、今日の海外小説18、河出書房新社


私は(いわゆる)「下等動物」の特性および気質を研究し、人間の特性および気質と比較した。・・(中略)・・。そのもっと真実な新理論は、高等動物からの人間の下降と名づけられる。

マーク・トウェイン「マーク・トウェイン動物園」須山静夫訳、晶文社


わたしは嘆息してつぶやく。この世で自分はなにをしたろう。
自分は生きるために生まれたのに、生きることもなく死んでいく。

J・J・ルソー「孤独な散歩者の夢想」、今野一雄訳、岩波文庫


われわれの生まれたのは、ただ一度きりで、二度と生まれることはできない。
これきりで、もはや永遠に存しないものと定められている。
ところが、君は、明日の<主人>でさえないのに、喜ばしいことをあとまわしにしている。
人生は延引によって空費され、われわれはみな、
ひとりひとり、忙殺のうちに死んでゆくのに。

エピクロス「エピクロス−教説と手紙−エピクロスの勧め14」、出隆、岩崎允胤訳、岩波文庫


われわれはこうした努力をあまりにしなさすぎました。こうした方面に大切なことがあるということすら考えないでいました。われわれが重んじたのは、ただその人が何ができるかという能力ばかりで、その人がどういう人であるか、また、世界に対して人生に対して、どこまでふかい態度をとって生きているか、ということではありませんでした。人間的完成、柔和、忍苦、深さ、聖さ−。そうして、ここに救いをえて、ここから人にも救いをわかつ。このことを、私たちはまったく教えられませんでした。

竹山道雄「ビルマの竪琴」、新潮文庫


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