GOLD and GOLD
   「炎のメリーゴーランド」

山岸尚将

城が崎の南部に、海食崖に空いた大きな洞窟があり、アストロドームと呼ばれている。ここは山野井泰史や、吉田和正による5.12クラスのクラックによって知られたが、クラック全盛の時代が去ってからは話題にあがることも少ないエリアとなっていた。たまに口に上がれば、「汚い」「いつも濡れている」だの、「アプローチで迷って他人の別荘の庭をヤブコギした」だのと、ますますモチベーションをしぼませる話題が、冗談交じりに語られるだけの存在となっていた。

「関東周辺の岩場」の記述に至っては、「吉田和正によるマニアックな難ルートもあるが、プリプロテクションで登られたため、詳細は不明」と、はなから突き放している。

近年、小山田大らにより、立て続けに5.13、14クラスのスポートルートが作られ、さらに杉野保によるロクスノ記事「OLD BUT GOLD」によってマリオネット(5.12a)の質の高さが紹介されたことにより、これらをトライするクライマーの姿は時折見られるようになった。

だが、吉田和正の5.12台後半のクラック群は、そもそも過去に登った人物も少ないらしく、どのようなルートかの噂すら聞かれず、当然チョークの跡など見ることはなかった。

私にしても、昨年の初めにマリオネットを登った後は、目がスポートルートに向いてしまっていた。

しかし、年末、杉野保氏とメールを交わす機会を持ったところ、目を開かれるニュースを聞いた。 杉野氏が、吉田和正のクラックルート、「メリーゴーランド」(5.12c/d)を延長し、ほぼ上まで抜けるラインを見出し、初登したというのだ。

アストロドームのルートというと、側壁に作られた易しいルートを除き、ほぼ全てが壁の途中でクリップして終了となっている。サムライ(5.13b/c)などはニーバーを使って両手が離せる素晴らしい終了が準備されているのだが、壁の途中には変わりない。洞窟という形状から、仕方のないことなのだが、どうもキッチリと完登した感じがない。

単なる運動、ムーブの課題としては、適度なムーブさえ含んでいれば終了点の位置などどうでもいいのかもしれないが、私にとってはクライミングはどんなに短くとも登山であり、壁を抜け、景色を見下ろしてこそ終了が心に刻まれるのだ。

杉野氏は、そういうルートをあの洞窟に作ったというのだ。しかも、メリーゴーランドはピンクポイントで5.12c/dだったはず、自分で中間支点をセットして登るなら、5.13aといっていいのではないか。それに加えてルーフの上まで抜けるとは・・・

自分の登れるものであるかはともかく、そのラインを確認したいものだ。折しも、妻、亮子の「マリオネット」へのトライが佳境を迎えており、もう少しアストロドームに通おうというところであった。

洞窟の下の浜に小石を敷き詰めて平らにし、ツェルトを張って、2歳になったばかりの娘、みずほを昼寝させる。妻はマリオネットへと向かい、空中に踊る。ムーブは大分つながってきたが、何しろ全体がルーフと言いたいくらい凄まじい傾斜のクラックである。1回フォールすればかなりのポンピングが必要で、しかも、トライごとにフォロー回収をせねばならず、なかなかトライ回数を重ねられない。私はビレイをしながら、たっぷりと時間をかけて、杉野氏のラインを追った。

メリーゴーランドは易しそうなフェースからハンドクラックの後、いきなりルーフに近い傾斜になる。サイズはフィンガー、方向は横走りだ。それが6〜7m続いてマリオネットの核心に合流する。しかし、フィンガークラックを観察すると、フレークも認められ、何とかなりそうだ。マリオネットの核心は、以前に登っているので問題はないだろう。問題はその先である。

以前にマリオネットを登った際は、ここを見上げて、こう思った。

マリオネットの終了点は壁の途中だが、ここで終わるのが当然だ。この先は登ることができないのだから、と。

その先を見上げると、信じられないような位置にボルトがあった。マリオネットよりもさらに反り返った、クラックもないルーフの中に。

あそこを登れというのか。ホールドも遠く、乏しいあのルーフを。

だが、見つめるうちに見えてきた。それは、天井の中の微妙なチムニー状を通り、空中へ、暗い洞窟の外へと続くラインであった。

この道を通って、空に抜けてみないか、ラインはそう語りかけてきた。本当にかすかな声で。杉野氏は、この声を聞いたのか。

かすかだが、その語りかけはあまりに魅力的である。1トライを投じた。


自分の甘さを知った。フィンガーに入る前、前傾のハンドジャムですでにパンプし、フィンガー部分はフレークが途切れたあとは、ムーブの見当がつかない。傾斜の強さに、ハングドッグしているだけでも疲れてくる。疲れきって、マリオネット部分ですらテンションを交え、オリジナル部分では全く手が出ないありさまだった。

あまりに困難。それが1トライ目の結論だった。全体どころか、クラシックのメリーゴーランド部分ですら解決できないのだ。やめるか?だが、このルートはこのままオールドになってしまわないだろうか。素晴らしいラインだが、下部がメリーゴーランドであるゆえに、多くのクライマーがトライするとは思えないのだ。

しかし、この長さ、傾斜、そこから来る風格、空へと抜けるラインの爽快さはどうだろう。 オールドにしてはならないライン。それが私の結論だった。そのために、登るのは私の使命だと思った。

やはり困難なトライを重ねる妻の姿に励まされ、トライを重ねると次第にムーブが判ってきた。岩を見ていて浮かんだムーブが、まさかと思うようなものであっても、試すと可能であることが多かった。やはり岩の声は無視できない。クラッククライミングは、岩との対話であると改めて感じた。


私がトライを重ねて4日目、妻がマリオネットをついに登った。安定した登りで、全てのカムをセットしながらのマスタースタイルで、正真正銘のレッドポイントであった。私にも力が漲ってくる。今日は二人で祝杯を挙げる日にしなければならない。


さて、ここからはオンサイト狙いの人は読み飛ばそう。平山ユージ以外にいればの話だが。

出だしの垂壁にナッツのオポジションを決め、前傾部分に乗り出す。次にヘキセンを2連発。ガチャガチャしたクラックとフェースのミックスなので、ナッツ類がよく効く。どっかぶりハンドを越え、ナッツとカムを固めどりする。この先は小サイズのエイリアン2連発のあと、ランナウトが待っているのだ。

ルーフに近い壁に、横一文字に走ったクラック。割れ目は下向きで、ナッツが効くところは限られているうえ、複雑なセットを求められる。確かにエイリアン無しでレッドポイントを狙うのは、スポーツというより冒険の部類だろう。あらかじめギアをセットしておくのは当然のスタイルだ。 だが、エイリアンのある時代である。登りながらギアをセットするのが、自分に対して説明のつくやりかただろう。実際、杉野氏はメリーゴーランド部分はマスターで登っているのだ。

指先はフレークとクラックを使い分け、エイリアンを決めながら、核心に迫る。

核心。こんなジャミングに今まで出会ったことがあるだろうか。天井のシンハンドに、進行方向に向かい、突き上げて効かせるジャミング。身体張力で突き上げ続けることではじめて効かせることができる。アンダー気味のジャムというのはよくあるが、これは頭上に向かってアッパーカットを出すような感覚である。

意地悪く滑らかなクラックに手を差し入れる。決まったあとも力を抜くことは許されない。背中に汗が噴き出すのを感じながら、全身を硬直させ、一気にガバに手を伸ばすと、スタティックに届いた。

マリオネットに合流し、快適に飛ばす。触れるだけでも価値がある、大胆なホールド、きれいなクラック。これも素晴らしいルートだ。なじみのある終了点にたどり着いた。


メリーゴーランドは、それだけでも十分ゴールドと言えるだろう。サイズとムーブの多彩さ、迫力、厳しさ。

城が崎のクラックはフェース的とよく言われるが、ある程度の難易度のルート中には、必ず厳しいジャミングが立ちはだかり、関門となっている。花崗岩のようには摩擦が効かず、純粋にジャミングの形とムーブで勝負しなければならない。ここは、その代表格と言えるだろう。


マリオネット・メリーゴーランド共通の終了点でレストする。片手ずつシェイクはできるが、手や足にフレークが食い込み、苦痛が時間とともに増してくる。目のまえがどっかぶりのため、呼吸も苦しい。これではレストというより幽閉されての拷問だ、いっそ飛び出してしまおうか、という考えが湧いてくる。

いや、このレストは楽をするためのものではない。登るためのものだ。と、思い返し、苦痛に耐える。そのかわり、前腕は次第に力を取り戻してきた。

上部、杉野氏のオリジナル部分に乗り出す。出だしのボルトにクリップすると、前傾レイバックが始まる。きれいなフレークをひたすらレイバック。難しいムーブではないが、力が次第に吸い取られてゆく。雑な足さばきをすれば、後でパンプした前腕に後悔することになるだろう。ボルトがみるみる足元になってゆく。次のボルトまで4mほどだろうか。フレークが薄いため、カムは使いたくないところだ。

フレーク上部でレスト。トライ1,2回目には、ここでのレストも十分にできなかった。2本目で、最後のボルトにクリップして、最後の核心に乗り出す。

いままでもかなりの前傾壁であったが、さらに傾斜が増し、ルーフと言っていいだろう。

レストしながら頭の中でムーブをもう一度繰り返す。フレークをたどり、ガバへ、そして出口へのランジだ。その出口の先には何も見えない。空しか見えない。洞窟からの出口だからだ。これがアストロドームの頂上なのだ。

取り付きからたどれば、クラック、フェース、そして頂上。これは登山だ。アストロドームがクライミングの対象となって20年、今までこの道は眠っていたのか。初めてこの道を見出した、偉大なり、杉野保。私は、以前、ここは登る対象ではないと思ったが、その自分の未熟さを教えられた痛みも心地よいくらいだ。

ルーフ中唯一のガバをつかみ、空中に出た。巨大な洞窟の最上部だ。なんという空間。足を何もない壁面にこすりつけ、ランジし、出口を捉えた。ボルトはとうに足下だ。テラスを目指して左足を上げる。頭より高く、手よりも高く。かかとがゴールのテラスにぎりぎり届くはずだ。届かせなければならない。わずかにチムニー状となった部分に右肩を押し付け、左足をさらに押し出した。肩で押すのはワイドクラックで散々やった手だが、こんなに高いヒールフックは初めてだ。

かかとがはっきりと何かにかかった。傾斜が変わりすぎて見えないが、ゴールのテラス以外にはありえない。

右壁を押していた体幹の力を反転、かかとの隣、テラスの縁を両手で捉えた。あとはマントルあるのみだ。イモ虫のように体をうねらせ、テラスにずり上がる。格好悪いムーブだろうが、ここで落ちるわけにはいかない。自分の血流が聞こえそうなくらい興奮している。

胸が乗り、腹が乗り、足が乗った。着いた。半畳ほどのテラスにゆっくりと座った。もう上には洞窟は無い。抜けたのだ。潮騒が聞こえてきた。

そっと終了点に手を伸ばし、セルフビレイをした。その上には、もう触れそうなところに木が生えている。

下よりも、もっと内側を覗き込み、妻に終了の合図を送った。しばらく座って、一段と広く見える海を眺めた。今日の祝杯は妻のマリオネットと合わせ、ルート2本分飲むことになりそうだ。


さて、査定である。メリーゴーランド(5.12c/d)はプロテクションをとるのも楽ではないルート、マスターで登れば5.13aと言ってもいいだろう。それをさらに、決して楽ではない上部につなげれば、1ランクアップでは続登者に厳しすぎるだろう。そう考えると、5.13b/cというグレードで妥当なのではないだろうか。

そして、ルートの質だが、アストロドームの外まで抜ける、挑戦的かつ合理的なラインどりで、長さ、傾斜、終了、ムーブ、ロケーションと、質の高いこのルートにどのような賛辞を贈ればよいのだろうか。メリーゴーランドというゴールドの上にゴールドを重ねた、星いくつといった表現では物足りないものがある。フリークライミングの課題としてではなく、登山という世界から見ても、評価すべき傑作ではないか思う。

フリーに熱心なアルパインクライマーは数多いが、アルパインでは、様々なタイプの岩に、自分でプロテクションを決めながら登らなければならないはず。このルートはアルパインクライマー達にぜひ登ってほしいルートだ。ポピュラーなゲレンデを離れ、こういったルートで腕を磨くのもまた一興なのではないだろうか。


なお、このルートにトライする人には余計なお世話と思うが、終了点にクリップしてのロワーダウンは、鋭いエッジにロープに当たるため、お勧めできない。私は、飛び降り、エイド、クライムダウンで下降した。



炎のメリーゴーランド


マリオネット

おわり

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