猿島砲台

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<概要>横須賀市猿島
二十七、二十四センチ加農砲台 明治14年11月5日起工、明治17年6月30日年竣工
第二砲台、二十四センチ加農砲四門砲台 明治25年3月22日据付竣工
第一砲台、二十七センチ加農砲二門砲台 明治26年12月13日据付竣工(走水低砲台より移す)
関東大震災により破損、大正14年7月2日除籍
大正14年10月13日海軍に保管替され、高角砲台が設置されたが、加農砲はそのまま終戦まで保管された。

<構造・現状>
震災や海軍の高角砲台構築及び戦後観光島としての整備により改変されているが、遺構はかなり残っている。フランス積みのレンガ構築物としては、日本最大規模である。
島の中央部を南北に走る掘割の東側高台に、二十四センチ加農砲座四門が横墻を挟んで一列に並ぶ。第二砲台である。砲座の地下には兵舎と弾薬庫が2棟づつ構築されており、弾薬庫から揚弾する揚弾井が2箇所設けられている。左右の2砲座づつに弾丸を供給するものである。また、砲座の右手に観測所があり、その背部地下には司令所付属室が設けられている。観測所は高角砲台により消滅した。
掘割の北にはトンネル掩蔽部が続くが、トンネル内部西側には2階建ての司令室、弾薬庫、兵舎などの地下施設が築かれている。トンネル上部には司令所と電燈所があったが、現在は、芝生広場になっている。
トンネルを抜けると第一砲台である。正面の土手上に二門の二十七センチ加農砲座が並んでいる。左手には弾薬庫があるが、海軍により北側の高角砲台への通路トンネルとして堀抜かれている。弾薬庫には上部砲座へ揚弾する揚弾井がある。砲座背部にも兵舎が設けられている。 また、桟橋前の広場上部にはレンガ造りの電気燈機関室(発電所)が残っている。 現在、国から無償譲渡された横須賀市がエコミュージアムとして整備しており、気軽に訪れることができる。
明治41年版地図

電気燈機関室、明治28年に完成。
建物も煙突もレンガ造りである。
南北に走る掘割。両壁はブラフ積み
による石積み。右手は第一兵舎。
第2弾薬庫。内部を覗けるように
入口がフェンスになっている。
同左内部。2部屋に分かれており、
左手には細い側室がある。
第2弾薬庫上の揚弾井口。鶴頚
揚弾機が設置されていた。
掘割西壁にある便所跡。手前にも
一箇所ある。
トンネル手前にある井戸跡。 第2兵舎。掘割のほぼ中央にあり
両側に砲座へ上る階段がある。
第1砲座跡に残るコンクリート製
胸墻。第4砲座にも残っている。
高塁道から砲座への階段。左右
2箇所づつ設けられている。
司令所付属室。壁には伝声管の穴
が残る。
トンネル掩蔽部入口。現在は「愛の
トンネル」と呼ばれている。
トンネル内部。全長約90m。
中央部から先は傾斜している。
西側に2階建ての地下施設が並ぶ。 弾薬庫。1階から地上へ揚弾する
ために2箇所揚弾井がある。
2階施設へ通じる階段。
天井はアーチ上のヴォールト構造
である。
第一砲台後背部。右手は砲座に
上がる階段。
第一砲台弾薬庫。奥が掘り抜けて
いる。
同左内部。左の塞がれている所が
揚弾井。
揚弾井内部。 揚弾井開口部。左右に砲座がある。 後背部の兵舎。