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首大 またはクビ大 あるいは首都大学東京 についての個人的見解 / 2005-02-20

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2005-02-20

「ビジネス・スクール構想」 [この1年余を振り返って]

前回 ([2005-02-16])「4大学教員声明」について書いたときには,これからしばらくの間,声明に続く何ヶ月間かについて時系列的に振り返ってみようと思っていた。が,この時点でもう少し,過去のことについても触れておいたほうがよいと思い直した。いわば「この1年余」に至る流れの源流の部分である。

1999年頃だったと思うが,「大学改革」騒ぎの中,経営学グループから「ビジネス・スクール」構想が提示された。経営学グループの組織維持・拡大を目的としたものである。東京都庁も乗り気になった。近代経済学グループには,これに対してどのように対応すべきかについて統一された見解はなかったと思うが,「協力すべき」と主張する何人かの人々がいた。その理由は,「ビジネス・スクール」構想をポジティブに評価してのことではまったくなかった。経営学グループだけでは「ビジネス・スクール」はおそらく失敗に終わるであろう,そのときに近経グループもとばっちりを受けては困る,という考え方であった1。結局,この「協調路線」がその後の基本的な流れになる。

私の考えは「失敗のとばっちりを受けないよう協力する」という人々とは違っていた。「やりたい人達には勝手にやらせておけばよい。なるべく関わり合いにならないのがベスト」というのが私の立場であった。学者は,組織の維持のために働いているのではなく,学問の進歩に貢献するために働いているのだ。「ビジネス・スクール」構想につき合うのは時間の無駄である。経済学は個人による研究が基本であり,(たいていの場合)特別な研究設備も必要としない。将来,東京都庁が経済学を冷遇するなら,研究環境の悪化(の予想)が各人の我慢限界に達した時点で,都立大を捨てて新しい場に移り,それぞれが研究を続ければよいだけだ2

そもそも東京都から見れば,「ビジネス・スクール」の失敗はありえないのではないか。おそらく東京都が求めているのは,我々が通常考えるビジネス・スクールではなく,都民サービスとしての社会人向け教育であろう。それすらうまく行かないときは,都公務員向けの職業訓練所と位置付ければよい。実際,その後の流れは,この見方と整合的であった。たとえば,当初経営学グループは,丸の内での開校を希望していたが,実際には,都庁舎の一室を利用する形になった。「ビジネス・スクール」は,都庁舎の空き部屋有効利用のためにも,東京都にとって魅力的な解決策だったのかもしれない。

結果論で言えば,「やりたい人達には勝手にやらせておけばよい。なるべく関わり合いにならない」のが最適解であったことは明らかだろう。その方針をとれば (後日COEという「素人に最もわかりやすい外部評価」を獲得して見せても冷遇されたのだから) 経済学グループは東京都から冷遇される結果になったに違いないが,各個人は無駄なエネルギーを消費することもなく,三々五々都立大を去っていくことで,研究時間のロスも最低限に抑えることができたであろう。社会的に見ても,このほうが遥かに望ましい。その結果,都立大学は経済学分野では優秀な研究者からは見向きもされない,無数に存在する大学の仲間入りをすることになっただろうが,それは東京都の勝手である3

もっとも,その当時に2003年8月以降の東京都による愚挙を予想できた者など誰ひとりとしていなかったはずだから,上述のような「協調路線」をとり,(「枯れるにまかせる」のではなく) 次回以降で触れるようにこれまで通りまっとうな学問の組織として自己主張を続けて行こうとしたことは,その時点ではひとつのリーズナブルな選択ではあったと思う。私自身も,自らが「ビジネス・スクール」構想に関わる気は毛頭ないと宣言しただけで,「協調路線」を唱える人々を説得しようという気はなかった。

1 その頃ヒアリングに訪れた都庁役人に対して,当時の同僚のひとりは「『ビジネス・スクール』は近経グループの協力がなければ失敗する。なぜならば,近経グループと経営グループではクオリティが全然違うからだ」という意味のことを率直に伝えたと聞いている。

2 私はその頃の「学部改革」ワーキング・グループのメンバーだったので,会議の席上,以上のように述べた。それに対して経営学グループ委員の答えは,「我々にとっては組織の維持が重要だ」であった。

3 近経グループとの交渉を担当した大学管理本部のある役人は,(どういう文脈だったかは覚えていないが) 自分は某私立大学の経済学部出身であると述べたという。わざわざ大学名を出すくらいだから,(誇り思っているかどうかまではわからないが) 少なくとも母校に対して肯定的な評価を与えているのであろう。たしかに日本人なら誰でも知っているいわゆる名門私大である。しかし,これまでの都立大学とその私大から同時にジョブ・オファーをもらったとしたら,(解説屋ではない)研究指向の経済学者は都立大を選択するのが普通であったろうとは,その役人には思いもよらぬことに違いない。

つづく

いまさらですが [西澤学長予定者]

ここで紹介するまでもなく,みなさんご存知でしょうが,しばらく前にblog界隈で大いに話題になった記事から

西沢潤一新学長のおことば

いまさらですが [石原都知事]

ここで紹介するまでもなく,みなさんご存知でしょうが,しばらく前にblog界隈で大いに話題になった記事から

では都知事からひとこと

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