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首大 またはクビ大 あるいは首都大学東京 についての個人的見解 / 2004-01-14

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2004-01-14

東京都大学管理本部による「新大学」構想と設立準備体制/スケジュールの抜本的見直しを [近代経済学グループ声明]

2004年1月14日

私たちは,東京都大学管理本部の「新大学」構想と,強引に押し進められつつある「新大学」設立準備に対して,ここに反対の意志を表明し,新大学設立準備体制および移行スケジュールの根本的な見直しを求めるものである。

同趣旨の意見表明は,既に2003年10月7日の都立大学総長声明や同12月26日の都立大学理学研究科・工学研究科および都立科学技術大学工学研究科教員110名による声明などにおいてもなされている。「新大学」を巡るこれまでの常軌を逸した経緯については,これらの声明にも要約されているところであり,ここでは繰り返さない。

私たちは,大学管理本部が言うところの「新大学」の未来について,上記2声明と深い憂慮の念を共有し,これらの声明を支持するものである。私たちは,とくに以下の2点を強調したい。

まず,東京都大学管理本部の研究機関としての大学という視点の欠如を指摘し,本来大学の核となるべき研究面を軽視した「改革」の行く末に対して警鐘を鳴らしたい。

東京における公立大学の役割として,首都としての「知」の集積にふさわしい国際水準の研究を行い,その成果を国内のみならず世界に向け発信して行くことが求められている。現東京都立大学は,その期待に応える力を持っていると私たちは確信している。たとえば,私たち「近代経済学^(1)」グループ16名は,文部科学省「21世紀 COEプログラム」事業推進者(全 16名)でもある。 COEプログラムとは,日本国内の厳選された少数の大学(経済学分野では,都立大学を含めて8大学)に,国際的な研究拠点(Center of Excellence)を構築するためのプログラムである。全国の各大学がその研究機関としての総力を挙げ,COE採択への熾烈な競争に臨んだことは記憶に新しいところであろう。

しかしながら,「新大学」を巡るこれまでの経緯から判断すれば,大学管理本部には,この成果を正当に評価し,緒についたばかりのCOE拠点を拡充発展させて行こうという姿勢は微塵も見られない。このことは,私たちCOE事業推進者のみに関わる問題ではない。より一般に,この「改革」が,実は改革すべき現状を把握するための正当な評価システムを欠いた(あるい は評価する意志すら持たない)まま,まったく恣意的に進められているものであることを,この事例は端的に表している。「時代の要請」という言葉の下の実態はどのようなものなのか,「トップダウン改革」に漠然とした期待を寄せる人々に対して,広く注意を喚起しておきたい。

また,大学管理本部の「新大学」構想では,大学院体制については事実上白紙のまま,新奇な学部構成のみが地に根を生やさずに浮いている有様である。研究機関としての大学という側面の重要性を幾らかでも理解する者にとって,そこで最も重要な位置を占める大学院等の組織構成についての明確な青写真を描くことなく新しい大学を構想することなどまったく考えられない。

大学の研究機関としての側面を「あらずもがな」なるものとしてしかとらえていないこのような構想から生まれる「新大学」が,他大学との競争のなかで優秀な研究者を惹き付けることができるとは,到底思えない。首都東京に位置するということは,比較的容易に多くの優れた研究者を集めることができるという(他地域の大学が望んでも決して得られない)利点を持つことを意味する。現在の「新大学」構想は,この優位を自ら打ち消すばかりでなく,現に有する優秀な研究者の大量流出を促すものでしかないと,私たちは強く危惧する。

念のため付け加えるなら,研究面を重視することは,教育面を軽視することを意味しない。いかなる大学・機関であれ,それが優れた研究機関であることなく,良質な高等教育機関であることはあり得ない。高等教育から獲得することを社会が期待するものは,既存の教科書頼りの知識,あるいはその場限りの知見や経験ではないはずである。いかなる者であれ,研究面での研鑽を積むことなく,そのような期待に応える真の意味での高等教育を供給できるようになることはあり得ない。

さらに,大学の研究機関としての側面を強調することは,地域や社会に対する積極的な貢献を大学がその責務のひとつとすることとも矛盾しない。日本の国立大学が日本国という地域に対する関わりをその社会貢献の柱とするように,東京都の公立大学が東京という地域を中心に社会貢献の道を追求するのは当然のことである。しかしながら,どちらの場合においても,学問の発展という全人類に対する貢献を目指す意思と努力が,その基盤になければならない。そのような本質を欠く「研究」「教育」機関は,他国・他地域の大学による貢献に単に寄生する存在でしかない。

第2点として,「新大学」の実質が現大学からの移行に他ならないにも関わらず,当の現大学構成員の新たな大学設計に向けた意見を事実上無視しつつ,東京都大学管理本部が「新大学」の設立準備を強引に押し進めているという問題を指摘したい。

大学管理本部は,現大学構成員の「新大学」準備・設計作業への参加の条件として,彼らの曖昧極まりない「新大学」構想に前もって無条件に賛同することを求めている。具体的には,上記都立大学総長声明にもあるように,自由な批判や議論を禁じる「同意書」への署名が要求されている。自由な批判と議論をその推進力とする知的活動にたずさわる私たちは,もちろんそのような「同意書」に署名することはできない。

「新大学」は全く白紙の状態から設立されるものではない。どのような言葉で糊塗されようとも,その実質は,既に多くの教員(および,学部学生,大学院生等)を有する現大学を改組することによって形成されるものである。様々な学問分野の専門家集団から構成される大学の設計に際し,必要な知識と経験を有する現大学構成員の参加を拒み,改革への意欲を著しく低下させる現行体制から得られるものは何もない。東京都大学管理本部は,「同意書」を白紙撤回し,新大学設立準備体制を早急に再構築すべきである。

以上,2点にしぼって,東京都大学管理本部による「新大学」構想とその設立準備体制の欠陥を指摘した。もちろん,他の同様な抗議諸声明が指摘するように,問題点はここで取り上げた2点に限られるわけではない。たとえば,現大学で学ぶ学部・大学院学生が不利益を被らないように,細心の注意を払って移行計画が立てられねばならないのは当然のことである。現在の「新大学」構想主体は,そのような責任感をも全く欠いていると言わざるを得ない。

新大学の設計において努力を傾注すべきことは,見かけの学部構成を弄ぶことでも,新奇なカリキュラムに腐心することでも,聞こえいい大学名を捻出することでもない。望ましい新大学とは,国内のみならず世界中から多くの人材を集め,優れた研究業績を挙げ,それを基盤として真の意味で良質な高等教育を行い,そしてその成果を以って地域・社会に貢献する大学である。私たちは,新大学設立準備体制および移行スケジュールの抜本的な見直しを強く要求する。

以上

東京都立大学経済学部「近代経済学1」グループ一同

淺井学 浅野皙 大瀬戸真次 金谷貞男 神林龍 畳谷整克 戸田裕之 戸堂康之 中村二朗 日向野幹也 丸田利昌 村上直樹 村田安寧 脇田成 渡辺隆裕 渡部敏明 

連絡先 contact-us@coe-economics.jp (担当:戸田)

1 わが国では,歴史的な理由により,「世界標準の経済学 (Economics)」を「近代経済学」と呼ぶ。

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