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いろいろ使える日記です。 皆さんのですし、たわし=わたしのです。 白いけど、亀の子束子のように硬い頭髪!

2005年9月23日 (金)  秋分の日から3連休

秋分の日を昔は秋の彼岸と言いました。
三途の川の向こうの岸ということですから、仏教用語でしょう。
まだ彼岸には逝きたくないとも思います。いつ逝ってもいいとも・・・

以上のように勝手に考えていたら、辞書によると、違うようですね。
「彼岸」とは「向こう岸」の意味ももちろんありましたけど、
仏教用語では「悟りの境界に至ること。涅槃の境界」となっています。

「悟り」も仏教では「迷いを去って真理を体得すること」だそうで、
「涅槃(ねはん)」も「すべての煩悩(ぼんのう)を解脱(げだつ)して‥
これでは調べれば調べるほど難解な言葉に出会うだけですね。

秋ですね。「秋風が立つ」って「男女の愛情が冷める」という意味だとか。
「秋の空」は古来女心を表わしていたはずですが、今は両性に使われ、
「秋味」とは、鮭=サーモンのことだってご存知でしたか?

北海道は鮭のたくさん獲れる土地ですが、アイヌ民族は乱獲に無縁でした。
和人(=本州から来た日本人の祖先たち)が儲けばかりを考え、荒らして、
鮭の遡上する美しい川は消滅の一途をたどったのです。

秋を迎えていろいろ考えてしまいますね。

2005年9月22日 (木)  マンションへの引越しも困難が多いようです^^

今住んでいる一戸建ての家は、元々亡くなった実母との2世帯住宅で、
一時義母、長男、次男、長女も住んでいて、孫が滞在したものですから、
犬猫の物も、そのための空間もやたらとあって、その上趣味が多過ぎて、
本棚だけでも数えたら27個もありました。捨てられる物もそうはないし。

今日契約を交わした引越し業者の方のお話では、一刻も早く作業しないと、
引越し予定の日までに荷物がまとまらず、ゴミも全部持ち出すことになり、
それをまた3LDKのマンションに入れることもできず、滅茶苦茶にと^^

ああもうどうすればいいものやら。使えるものでも捨てろと言われて。
この捨て下手なアーサーと、「捨てろ捨てろ」と命じてばかりの家内で、
言い合いは絶えず、作業は進まないことが火を見るよりも明らかです。

そんなわけで、オセロを少し休みがちにせざるを得ません。
迷惑なメールの削除にもオンしなければなりませんから、オンはします。
ああ、全く引越しなんて、この年齢でやるべきものじゃありませんね。

引越しそのものよりも、物を有料で大量に毎日出す作業の地獄です。

2005年9月21日 (水)  できることはやろうと思うんですが

なかなか思うようにいかないのが、この世の常ですね。
年金生活を特に公務員退職者はうらやましいと思われていて、
しかし実態はどうなんでしょうか? 

アーサーはオセロ等に楽しい日々を送っていますから、文句は言えません。
それは電波を使うかどうかには拘らずゲームの強弱のレヴェルではなくて、
長年たずさわってきたことが皆さんの役に立つかどうかですけれど‥‥

やはり記憶力の衰えと、自由に使えるお小遣いの乏しさのため、
やれることと、やりたいことの差が大きいのです。
これはオセロに限らず、演劇・短歌・歌唱・パズルのどの世界もそうです。

埴谷雄高文学への憧憬は長年変わらず、近年は李恢成ファンとして、
文学愛好者の端のどこかにいることはいるのですが、
元国語教師なんですから、そんなことは当然で、もうちょっと何か‥‥

この何かは自分で自分を見て探し、選び、決め、取り掛かればいいのに、
そこを怠けているわけですから、誰にも叱られなくても、まずいのです。
引越しで沢山の本や雑誌や書類を捨てる他ない今、困っています。

つまり捨ててもいい物と捨てない方がいい物の判断が極端に鈍くて、
2階建の一軒家から、2階だけのマンションに縮小されて、
そこに閉じこもることの多いに違いない老後が、まあ不安ということです。

2005年9月20日 (火)  ある友人の詩集のこと

詩集を出す人が皆詩人とは言えませんし、詩人の定義などできもしません。
しかし、これまでの半世紀以上の人生を通じて、いくつもの詩を作って、
それを19歳の時に出したものの次の詩集として出そうとなさっています。

ブラインドタッチの正反対ですから、束子らしく亀の歩みの入力ですが、
意気に感じてというより、畏敬の念をもって協力する光栄に浴しています。

言葉を大切にする気持ちだけは同じですが、戯歌ばかりのわが身に比べ、
その方の詩の言葉は読む者の胸に必ずや響くに違いありません。
ご本人の了解を得ずにはいけませんので、これだけの紹介にとどめます。

引越しの準備は、気の遠くなるような作業の連続ですが、
詩集のためのお手伝いは、心を洗われるような嬉しさがあります。
わが人生を問い直さざるを得ないような厳しさも、辛さもあるけれど‥‥

2005年9月19日 (月)  秋祭最終日

「ども」に集まる皆さんが楽しみにしている出し物は沢山ありますが、
中学3年生一人を含む高校3年生のジャズバンドが出て、熱気は高まり、
受験勉強真っ只中でも、このライブへの稽古は怠らない若者たちに大喝采。

「将来私たちの誰かが世界にはばたいたら、このCDがオークションで、
もしかして高値がつくかも知れないから、どうか買って聴いて下さい」と、
このバンド「スものク」のサックス奏者吉田ののこリーダーが言います。

演奏が素晴らしくなければ、こういうCDが飛ぶように売れたりしません。
あっという間に売り切れて、買い遅れた皆さんが予約という物凄さでした。

夕刻からは「ども」のベテラン女優がま&かっしーによる婆漫才。
護憲ならぬ憲護君という赤ちゃんを愛する二人の婆さんの物語です。
小学生のピースリーディングを劇団女優と他数人が担当して盛り上げます。

がまさんは、がま蛙を由来とする愛称なのかどうか、確かめる術もなく、
どもさんの愛妻でもあり、頼もしい仕切り人でもあります。
先だっての「憲法9条守る催し」の寸劇では私の妻をも演じてくれました。

かっしーはがまさんと同年代、もちろんアーサーより遥かに若いお二人!!
かっしーこと柏木恵子さんも、舞台に立つだけで笑わせてくれる芸達者。
ばばなどと申しては失礼なこのご両人の「婆漫才」はここの名物なんです。

トリの前の飛び入りがブルーグラスの大御所、平塚研太郎さん。
故ビル・モンローを入場券1枚3万円でかつて「ども機廚望靴い真損痢

アーサーはチケットは買えず、入場券に刷り込む言葉の古語訳でお手伝い‥
なんていう25年ほど前の出来事もあったお付き合いです。

ギターもバンジョーも弾かれてびっくりしましたが、最後はご専門の音‥‥
そのパンフルートをも思わせるヴァイオリンの音に一同酔い痴れました。

そして大トリがこの町の「野幌のこころのうたい手=びびんちょ」53歳。
老境を迎えて一段と若々しく、聴衆全てに愛されるアイドルでもあって、
「ぼくのふるさと」「君に会えてよかった」「南部」などを熱唱!!!

最後は聴衆にも「ぼくのふるさと」を歌わせて、フィナーレ最高潮。
みんながこれから打ち上げという時間から、3日間仕事に出かける方です。

その打ち上げの宴は終わりの催しではなく、それぞれのスタートでもあり、
皆さんそれぞれですが、オセロも例外なくそのスタートの一つなんです。

そういえば、昨18日は札幌支部オセロ月例会で2勝3敗1不戦勝でした。
最終戦に負けていたら最下位だったかも知れず、
先月2位などにしていただいた恩に、あやうく背くところでした。

2005年9月18日 (日)  昨17日から3日間秋祭興行

毎日13時から夜21時くらいまで、3日間で50もの団体や個人が出て、
プロもアマも観客も、同じチケットを胸にぶら下げて、交歓し合います。

2日目の日曜日、今日は朗読劇二つ、紙芝居、ダンス、一人語りも加わり、
中でも期待の「ども」所属の若手男優たちのパフォーマンスが凄かった。
「男子四名様」と自称しての、激しいダンスと抱腹絶倒のコント‥‥

4人と思いきや、そこに、ある男優の妻子が加わって夫婦「布団回し」芸。
プロやセミプロの老練な音楽家たちの健闘が霞んでしまいそうな凄さで、
今夜もこれらの若いパワーが裏方をも大量の人数で務めて、
併せて屋外で行われたフリーマーケットも雨にめげず、行われました。

そして深夜に及ぶその日その日の「打ち上げ」・・・
ここでの皆さんとの交流が翌日からのエネルギー源になってゆくのです。
老兵アーサー、こんなに楽しくては、消えることも寝ることもできません。

2005年9月17日 (土)  「ども検廚僚佝

劇団で暮らしも成り立たせるなんて、誰だって無謀と思うはず。
それをアーサーより少し若い50歳代の夫婦が続けてきたんです。

「ども」の愛称で、江別市民にも札幌市その他近郊の皆さんにも、
全国の演劇・音楽愛好者に親しまれてきた空間が復活の日を待っています。

3度目の追い立てを食らったのが半年ほど前で、おいそれと移転先はなく、
先日ようやく、資金カンパを募って、江別駅よりやや東の石狩川近くに、
新しい「ども検廚魴設することに決まったのです。

昨夜晩くにその旧江別郵便局>ジャズライブハウス>「ども検廚悄
劇団代表の安念智康君は九月初めから、半月以上、単身泊り込みで、
この新しい拠点の建設構想を、沢山の人々の協力を聞かせてくれました。

そうした沢山の皆さんは、音楽・演劇・落語等々の稽古と発表と交流を、
他では得られない修練や歓喜の場として、「ども機↓供↓掘廚暴犬ぁ
今「ども検廚魄貊錣坊設しようと、静かな胎動を開始したわけです。

そのことをも記念して17日から3日連続の秋祭興行が始まりました。

初日の演目はブルーグラス、フォーク等々様々のジャンルの音楽を、
ギター、バンジョー、マンドリン、フィドル、太鼓、篠笛などの登場で、
10グループないし個人が熱演し、落語も演劇もそれぞれ2つ。

トリを務めた板谷みきょうさんの豪快なギター弾き語りが圧巻でした。
その前のクラシックギター1本で勝負の平佐修さんの演奏も懐かしく、
その前の「いただにひろぶみ」君のアコースティックライブも凄かった。

音の感動まではここで伝えられませんが、間違いなく老若男女を問わず、
ここがこの町はおろか、北海道のあらゆる舞台芸術の発信基地だなぁと、
実感できました。

2005年9月16日 (金)  琴の演奏会で出会った皆さん

今宵は横山美衣(みい)という音楽家の琴の演奏会に行ってきました。
1968年に江別高校3年生でしたから、生徒にあたる方ですが、
そのクラスに授業には行きませんでしたから、記憶にはない方でした。

それでも、会場のコンサートホールの受付近辺は顔見知りの皆さんがいて、
まるで江別高校の同窓会に列席しているかのようでした。
このコンサートの実行委員会が、圧倒的に同窓生で占められていたから‥‥

筝(十三絃)、三味線(三絃)、十七絃の低音豊富な琴を弾く女性連の他、
男性の尺八の演奏家も素晴らしくて、「春の海」などに聞きほれました。

若い頃、邦楽を好きになる自分を想像することはできませんでしたが、
還暦少し前に聴いた琵琶も凄い楽器でしたし、今回の演奏も素敵でした。

日本にも古来からの素晴らしい芸術があって、
それを継承し、発展させている人々が確かにいると実感できて、
演奏家の皆さんや、実行委員の皆さんを誇りに思いました。

それが終わった夜のことは明日の日記に書きます。

2005年9月15日 (木)  引越し先

10月下旬に引っ越してゆくことが決まったマンションは、
札幌市北区あいの里というところにあります。
学園都市線の「あいの里教育大」という駅に近い辺りの2階です。

学園都市線の前の名前は札沼線で、札幌と石狩沼田間を走っていました。
大学を出てすぐ高校教師として赴任したのがその終点の「沼田」の地で、
「北海道沼田高等学校」という名前でした。そこに3年間いました。

1966(昭和41)年4月に「北海道江別高等学校」に転勤になり、
それからわずかの札幌での借家の他はずっと江別市民・・・
市内での引越しは、元江別>向ヶ丘>元野幌>大麻園町とありましたが。

この江別で、オセロにも、劇団「ドラマシアターども」にも出会い、
生まれてから24歳まで育った札幌よりも江別が長くなっていました。
そんなわけで、今この江別市を去るのは感慨無量です。

2005年9月14日 (水)  アーサーの序盤

日記が停滞していて、申し訳ありません。
しかも、このところ話題がオセロから離れ気味で、
WOS内外の愛読者の皆さんにあきれられているかも知れません。

2005年9月13日 (火)  WOS第2次リーグ戦たけなわです

まだ対局数の少ないメンバーも、アーサーのように多い者もいますが、
優勝戦線にほぼ全員がからんでいますよ!!!

実力随一のぽめちゃ代表が、少しは負けてくださっているので・・・
やすちゃはこれから対局数を増やして、どこまで駆け上るか楽しみ。

レートが紫でも、オレンジャーやオレンジ経験者に立ち向かって、
皆さん素晴らしいファイトを見せています。アーサーも金星あったり^^

2005年9月12日 (月)  引越し先はどうやら決まりかけていますが

マンションを買うのにもあれこれと、いろいろ知識が必要なんですね。
知識だけじゃなくて、洪水のように押し寄せてくる情報への判断力も、
家人との数十年来の性格の不一致にもめげない、忍耐力もですね。

価格も標高も階も高くないところにしか、結局は決められませんしね。
北海道の冬の、凍るだけじゃなく、スタッドレスタイヤが磨く路面も、
老夫婦には深刻な問題なんです。

滑って、転倒して、骨折して入院して、次第に身体が動かなくなってゆく。
想像できることなだけに、それを防ぐ手だても重要なんです。
北海道から脱出する目もあったのですが、これは良し悪しでしょう。

関東平野のいいところも沢山目にし、耳にもしましたし、
温かい土地の良さも解りながら、猛暑が夜中も湿気を伴うと考えて、
やっぱり、生まれた石狩平野になじんだ身体を今から動かすのは・・・

義母の介護のために千葉県に住む決意でしたが、その義母が急逝して、
やっぱり北海道にいなさいとあの世から言われているようにさえ思い、
結局札幌のよさが否定できませんでした。

2005年9月11日 (日)  選挙の投票のずっと前から思っているのですが

この国の選挙に民主主義は果たしてあるのでしょうか?
民意は、小選挙区とか、企業等の金まみれの投票で表われるのでしょうか?

憲法改悪まで日程に上って、好戦的な言論が幅を利かせています。
こっそり軍備を増強して、いったいどこに攻撃しに行くものやら・・・

テロを撲滅すると大見得を切ったブッシュ政権が支持される世の中です。
イラクでも日本の自衛隊が何か有益なことなどやってないでしょう。

アーサーは、せめて憲法第九条だけでも生きていてほしいと思っています。
かつて当たり前に皆が主張できたことが、今そうじゃなくなってきました。

選挙の結果が勝った政党の正しさを証明してなどいないのに、
憲法の周囲を教育の現場から包囲してゆく動きにはあきれています。

2005年9月10日 (土)  今日の宴会は憲法九条の会の皆さんからのお祝いで

何と家内の出版を祝って下さったというのに、アーサーも花束を受け取り、
「内助の功」なあんて言われて、複雑な心境でした。
昨日は重陽の節句と、家内の叔父の戦死命日と、出版1周年。

明日は選挙で、あのNY貿易センタービルへの航空機突っ込みの日で、
あの事件以来、アメリカがどこにでも恣意的に爆撃する日々が続き、
ピンポイントどころか、滅茶苦茶なイラクいじめが大威張りして‥‥

いったいこの地球はどうなってゆくのでしょう。
オセロがこんなに世界中でできるという思いは、イラクには当てはまる?
北朝鮮には、オセロのようなゲームってないのでしょうか?

オセロのように、盤の上で闘うのが一番いいに決まっているんです。
チェスだって、チャンギだって、囲碁・将棋・連珠・チェッカーだって、
皆立派な頭脳スポーツです。フェアプレーは戦争には皆無ですよね。

2005年9月9日 (金)  9並びは重陽の節句で

九という数字は、漢字の本場の中国では高貴なのだそうで、
陰陽の陽が重なって、縁起のいいことの代表のようですね。

夜九時が近づいたころ、劇団一揆の昴さんが「ワインの九条を飲もう」って
言って大きな瞳をキラキラさせました。そういうワインがあるのかなあ。

憲法の九条を大切に考える昴さんと劇団の皆さんだからこそです。
先日の公演のチケット代を今頃払いに行った稽古場で、退院を報告し、
また札幌近辺に住み続けると申し上げに参上したのを喜んで下さいました。

夜のラウンジでも、WOSの客員講師で札幌の野崎さんに言いましたら、
「若松さんがいなくなると、勝てる相手がいなくなる」と言われました。

いつも優しくて強い、やや若手のベテランですから、発言に重みがあり、
北海道の生オセロ界の宝中の宝なんですよ。

このめでたくもあり、平和の象徴でもある9月9日に、
WOSの第2次リーグ戦も始まりました。

がおちゃ、1回勝たせてくれて、ありがとうと叫びたいのですが、
1局目完敗の後の白番の、棋譜どころか最終石数もしっかり確認せずに、
がおちゃにまで記憶障害を伝染させてしまいました^^ごめんなさい。

2005年9月8日 (木)  無事退院しました

検査の結果は上々でした。
軽い痛みは始終あるのですが、心臓のまわりの冠状動脈に異常はなくて、
一安心です。

今夜は沢山のWOSメンバーにも、お客様にもお目にかかれて最高でした。
いよいよWOS第2次リーグ戦ですね。
まだ申し込みをしてない方も、たとえ1戦でもいいから、ご参加を!!

勝負を争いはするけれど、あくまでもみんなが楽しくという趣旨で、
ぽめちゃをはじめ、皆さんが心を砕いて、ここまで漕ぎ着けたのです。
全員と打つのは大変だからなんておっしゃらずに、お顔を見せてください。

2005年9月4日 (日)  毎年春秋2回ずつ検査入院を繰り返す身になるとは

狭心症の症状が、大したことはないにしろ、胸の痛みとしてあるのだから、
これは避けられません。アーサー=若松は心臓病には見えない元気なのに。

入院は重病じゃないから、休養にもなるし、優雅な気分にもなれます。
ニュージーランドからぽめちゃも明日帰国するし、WOSは心配無用です。

四国から来られたIさんのご一行は、今日、学会の分科会を終えて、
わずか1日ながら北海道観光を楽しんだ後、故郷へ向かわれます。

カテーテルという管を脚部の付け根から動脈に入れて、造影剤を注ぎ、
検査のついでか何かのように、詰まっている部分があれば治療という、
一昔前には信じられないようなことを循環器内科ではやるんですよ。
ではまた退院の8日の夜に、初級3ラウンジでお目にかかりましょう^^

2005年9月3日 (土)  ネットでのオセロの友人から生の友人になること

WOS内外を問わず、ネットの友人と会うのは極めて楽しいものです。
ある学会にはるばるK県から、ご友人数人といらっしゃったIさんが、
北海道のSさんとアーサーに、事前に連絡を下さって、会えました。

昨日夕刻、まず三岸好太郎美術館で「道化シリーズ」や「貝・蝶など」を、
旅の疲れを癒すように、ゆっくり鑑賞した後、SさんIさんが生オセロ。
二人を東屋に残してNさんとアーサーが北海道知事公邸に入りました。

閉館間近ゆえ、重要文化財たる公邸の一室で迎賓の気分を静かに味わい、
ヨーロッパの貴族のような雰囲気に浸った後、一行6人プラスアーサーで、
名画「誰も知らない」を観ました。

この映画こそ日本の少年が、もちろん新人で凄い賞を受けた是枝監督作品。
アパートの一室に、親に置き去りにされた兄弟姉妹たちの健気な生活‥‥
そして極度の困窮の中、起きる悲劇と、懸命な子どもたちの努力‥‥

まだ観ていない方には、これ以上の説明はご迷惑なだけですからしません。
こういうことは現実に起きている「ネグレクト=育児放棄」の一つで、
他人事ではない、切実な社会問題の一つと知りました。

Iさん、Nさんたちは全国から集まった参加者と昨日今日明日語り合い、
育児放棄や子どもへの暴力などのテーマでの解決への糸口を探る群像で、
アーサーは皆さんから大きな刺激をいただきました。

オセロ愛好者は程度の差は当然あるけれど、社会人として実に立派です。

2005年9月2日 (金)  連盟発行のオセロニュースNo.85最新号

いつも素晴らしい内容に満ち満ちていますが、今回は一層凄いです。

表紙の詰めオセロ(相手の息の根を止める手だそうで、滝沢雅樹さん出題)
春の名人戦大会総評(長谷川五郎さん)

無差別の部の棋譜つき解説(実戦問題集も含み、村上健さん)
りょうさんが決勝で惜敗した男子の部棋譜と解説(次も滝沢雅樹さん)
榎本康煕君が衝撃のデビュー>初タイトル獲得した小学生の部棋譜と解説

対局時計に対局者以外の誰かが終局と錯覚して触れた事件の女子の部決勝
世界大会女子代表決定戦に山中真美さん勝利(以上岩崎匡明さん)
第4期グランドオセロ(100ます)名人戦での後藤宏新名人の誕生
実戦問題集(その2)

Bシーリー世界1位、Eウイリアムス、FDメグリオの感想(村上健さん訳)
昨年夏の全日本選手権大会特選棋譜20局
実戦問題集解答
各地方の支部だより

最新全国レーティング1〜240位一覧(1位中島、2位富永、3位為則、4位村上、5位大野友宏,6位末國、7位平川有宇樹、8位後藤、9位土田英二、11位滝沢、14位佐々木、19位宮岡、27位高島、30位木下央子、52位谷田、57位土田大輔、64位井端、67位榎本、101位野崎、144位山中という物凄いメンバーにWOSからもしっかり加わっています)

昇段・昇級者一覧
84号表紙詰めオセロ回答と懸賞当選者発表
編集後記

オセロ連盟の会員であれば、年3回以上、こうした情報が得られます。
年会費2400円は極めて安いとアーサーは思っています。

2005年9月1日 (木)  8月のWOS日記題名一覧

8月1日 WOS日記の7月分題名一覧
 2日 石狩郡厚田村字安積(ヤソスケ)の「漂去亭」での1泊
 3日 李恢成著「地上生活者」が出版されました
 4日 寸劇の稽古開始しましたが
 5日 8月15日まで、まさかまさかの超多忙
 6日 原子物理学の成果が核兵器になった悲劇
 7日 観てきた演劇と、やってしまった演劇
 8日 「劣化ウラン弾はいらない‥イラク写真展inアメリカ報告会」に 
 9日 「長崎の鐘」という懐メロは、実は大事な歌
10日 劇団一揆公演「Mother」
11日 劇団一揆公演の2日目
12日 ジョン・レノンは暗殺されたが
13日 再びジョン・レノンの「イマジン」
14日 母校札幌西高校の同窓会オーケストラと合唱の夕べ
15日 皆さんもお墓参りなどでご多忙でしたか?
16日 オセロジャパンHPとそこから行けるいろいろなサイト
17日 再びオセロジャパンのサイトから
18日 いばさん遠方より来たる
19日 縁戚には行けなかったが、今日いばさんが我が家に 
20日 雪と氷の長い冬を「ハンデじゃない」って言う球児
21日 何と札幌の例会で2位にさせてもらって
22日 漂去亭の主の突然の死
23日 親友の死に義母の死が引き続いて
24日 九十九里浜近くの長生郡睦沢での通夜
25日 故人がまるで日程を調整してくれているみたいで
26日 久し振りのWOSへの参加
27日 母と女性教職員の会、南空知の熱気
28日 故榊原勝昭君を偲ぶ会
29日 学生運動の頃からの仲間
30日 ニュージーランドって、さぞ素晴らしいところでしょうね
31日 アーサーのゆったりした多忙

2005年8月31日 (水)  アーサーのゆったりした多忙

親友と義母二人の故人の葬送に、わが家の売却と購入の手続きが重なって、
その合間に、親友の追悼出版や、憲法9条の改悪阻止運動や、劇団の応援!

はたまた家内の出版が、北海道新聞社からの企画出版に切り替わるため、
全面的な書き替えさえも行われて、老夫婦の多忙は極まっています。

忙しいのは嫌いではないのですが、ボケてきていますから、不如意です。
二人とも60歳代の後半らしく、ボケていて、わがままで、体力不足です。

一番残念なのはアーサーの「どうしても死ぬまでに成し遂げたい」ことが、
どうしても先送りされてゆくことですね。

1.定石名付けの図解を出版、またはHPでの解りやすい公開

2.埴谷雄高研究会の継続と、文書保存

3.プラパズル#22の11×10の平行四辺形もどき詰めの同類解最多記録公開

4.自作短歌作品の選定、編集、出版またはHP作成

いったい、いつになるのでしょう? なんて、ゆったりし過ぎですね^^

2005年8月30日 (火)  ニュージーランドって、さぞ素晴らしいところでしょうね

WOSの代表ぽめちゃ(=pome_wos_easygoing)が海外旅行に出ます。
会計事務所の皆さんとだそうですから、観光ともお仕事とも感じます。
世界大会にも選手を送ってきている土地柄です。女性選手もいます。

さて9月5日までぽめちゃがいなくて寂しいですが、HPを見ました?
WOSメンバー表>ぽめちゃ欄の右から二つ目の☆クリックで飛ぶと、http://reversi.gozaru.jp/top/index.htm

これは凄い力作です。しかも綺麗で読みやすいです。
ぜひ、ぽめちゃのオセロへの情熱を、じっくり味わってください。
他のメンバーのHPも見てあげてください。休学?中のメンバーも‥‥

9月5日に帰国するぽめちゃと入れ替わるようにアーサーが検査入院です。退院も8日に決まっている入院ですから、ご心配には及びませんが、
一応カテーテル造影もいたします^^

2005年8月29日 (月)  学生運動の頃からの仲間

偲ぶ会がたくさんの先輩・友人・同輩・後輩によって、有意義に終わり、
この日は囲碁仲間が集まって、対局による追悼でした。
碁を打つだけでは追悼にならないから、追悼集の出版の相談もしました。

遺稿集でもあり、親しかった皆さんの「バラ」追想集でもありたくて、
出版のプロでもあるG君と前夜打ち合わせた案を検討してもらいました。
オセロの友も、学生時代の「運動」の友も、大切さは同じです。

2005年8月28日 (日)  故榊原勝昭君を偲ぶ会

次男を水戸市の長女一家宅経由で、ドイツのギーセン市に帰した昨日、
長男、次男も、家内も私も、千葉県への移住をいったん白紙にして、
札幌またはその近郊への転居も検討することになりましたが、まず偲ぶ会。

元全学連委員長の故唐牛健太郎君の無二の友だった榊原(愛称バラ)は、
1937(昭和12)年に静岡で生まれ、多くの研究と著作をなし、
化学・教育学者の妻と、大成した長男次男を遺して67歳で逝去しました。

物理学科の卒業ですが世界的な論文は数学で「セールスマンの回路」絡み。
1960年安保世代として私たちと反戦運動に携わり、唐牛と親しみ、
その運動を歴史に跡づけた「灰とダイアモンド」という著書を遺しました。

非共産党・過激派の元祖とも言える島成郎先輩等と唐牛の追想集も出し、
その島さんをも先年追悼した、学生時代からの仲間だったアーサーに、
「唐牛健太郎傍伝」という大掛かりな未完の作品を見せてくれたばかり‥‥

彼の別荘漂去亭での一夜の宴でも、まことに元気いっぱいだった男です。
アーサーの心臓病を気遣ってくれていた、通称「バラ公」が急性心不全!!
未完の大著には「偲ぶ会」出席者の多数の関心が集まっていました。

会の準備あれこれと司会を担当したアーサーの手元に、
140頁(A4)の、未完の原稿が遺されました。
「バラ」は大望と過激と思いやりの塊でしたから、出版してやりたいです。

2005年8月27日 (土)  母と女性教職員の会南空知の熱気

家内の講演も、体育館満員の皆さんの熱い心に支えられて、
「たくさんの皆さんの前でお話しするとあがってしまいます」と言いつつ、
ふだんアーサーが聞いたことのない感動的な話題が登場したりしました。

義母が次のようなコメントを、ずっと介護してきた義弟に遺したそうです。
「生涯悔やんできたことが二つある。Kちゃんを中国に残してきたことと、
Mちゃんを小児麻痺にさせてしまったこと・・・」

このKちゃんは小説「約束の夏〜約言(ユェイェン)」では「幸平」で、
Mちゃんは「亜季」(モデルは作者自身)です。

2005年8月26日 (金)  久し振りのWOSへの参加

夜遅く帰宅したアーサーがオンして、まず驚嘆・驚喜したものは・・・
WOS専用掲示板の飛躍的充実と、第2回WOSリーグ戦の発表でした!

2005年8月25日 (木)  故人がまるで日程を調整してくれているみたいで

約束していた家内の27日の講演をキャンセルしないで済むようにし、
親友の「偲ぶ会」の準備を28日までに数日間しっかりやるためには、
密葬の出棺が25日に設定されて、ほんとによかったです。

次男も出棺直前に、まっかっかの髪の毛のままで、間に合いました。
亡くなったお婆ちゃんに、どんなにお世話をかけたか‥‥
小さい子たちも、まあまあ大騒ぎせず、静かにできて感心でした。

2005年8月24日 (水)  九十九里浜近くの長生郡睦沢での通夜

戦争の惨禍に生涯苦しみ抜いた義母は、子たち孫たちひ孫たちに囲まれて、静かに世を去り、それでも通夜のお棺の中で美しく装われて‥‥‥
普段はなかなか会えない親子、親戚、縁戚が大勢顔をあわせました。

ドイツから次男が、エールフランスに乗り込んだとの連絡が来たり、
実弟が子どもたちみんなの似顔絵を描いたり、
アーサーも幼児たちと老体も顧みずに歌って遊んだり、賑やかでした。

2005年8月23日 (火)  親友の死に義母の死が引き続いて

余りにも急な二人の死に、運命論者でないアーサーが衝撃を受けています。

2005年8月22日 (月)  漂去亭の主の突然の死

無二の親友の訃報に接してしまいました。22日、23日とお悔やみです。

2005年8月21日 (日)  何と札幌の月例会で2位にさせてもらって・・・

ネットでおなじみの皆さんも来られて総勢8人とは少ない参加数ですが、
N四段、S四段、O三段が3〜5位という星のつぶし合いで、
優勝したのが先日北海道オープンB級で優勝したばかりのO初段。

北海道では最近初段を獲得した直後の成績が皆いいんです。
そのO初段がアーサー=若松二段を勝たせてくれたのですが、
アーサーはS四段に3−61で負けたので、5勝1敗どうしでも石数大差

WOSメンバーと親しいシェリー君、ネットで非常に強いのに今日は不調。
W初段は、いつもどおり、S四段とともに世話役兼任で多忙。
S1級も不調気味。初参加の中学生M君が2勝4敗と大健闘でした。

間もなく長らくお世話になった札幌支部を去るアーサーに、
NさんOさんが餞別代わりの白星を下さったのかも‥‥

2005年8月20日 (土)  雪と氷の長い冬を「ハンディじゃない」って言う球児

駒沢大学付属苫小牧高校野球部、凄いことをやり遂げました!!
甲子園大会の連覇が、な、なんと57年ぶりだそうです。
アーサーは、どうやら9歳になっていましたから、昔の連覇に記憶が‥‥

北海道が優勝なんて、去年まで常識で考えられないことだったかも・・
1年中の半分くらいが、平地でも雪や氷との格闘なんですから、
それを駒沢の選手は「厳しい環境で練習ができることに感謝」してるって!

監督が選手を「頼もしいと思ってみていました」と褒めたのにも感心し、
解説の横浜高校の監督の先生が、どのプレーにも賞賛を惜しまなかったし、
閉会式では長崎代表が「最も印象に残ったチーム」と評価されました。

そして、それら全ての選手たちの日ごろの苦しいであろう練習と、
それで得た強い自信を、インタヴューで代表して述べた林キャプテン・・・
闘いというものは、こうありたいですよね、スポーツもオセロ囲碁将棋も。

野球やオセロでの間違いは人の命を奪ったりしません。

誤爆と称して、結婚式場や、モスクや病院を襲った米軍・・・
沖縄や東京や広島や長崎を火の海にした米軍!! アジアを欺いた日本!
サハリンや中国各地で戦争終了後に殺戮を続けたソ連軍。

政治屋の群れが政治を食い物にしていればいるほど、政治が嫌われます。
数は少なくても、献身的な人が、選挙戦の中にもいてほしいものですね。

2005年8月19日 (金)  宴席には行けなかったが、今日いばさんが我が家に

羊が丘公園を見てから、江別市大麻にまでバイクを飛ばしていらっしゃる!
こんな嬉しいことが間もなく実現するとは、最高だ。
家内が出かけているから、トウモロコシを温めて待った。

折しも甲子園は準決勝1試合目を終え、既に決勝進出を決めた京都外大西と
決勝を戦う権利を賭けて、南北海道代表の駒沢大苫小牧が大阪桐蔭と試合!
井端さんは大阪にゆかりの深い方だから、高校野球の話題も出た。

かつて北海道オープンオセロ大会に来られた夏から数年は経過している。
それにしても、念のためお歳を伺って驚いた。
風貌に貫禄が溢れていたのは当然だが、何と我が孫の親よりお若かった。

いばけんさんのは、亮さんたちのバイクに勝るとも劣らぬでかさ!!!
汗まみれの行脚に加え、昨夜の宴の後なのに、電話でも対面しても爽やか!

納豆と卵と鮭茶漬けでは、遠来の友に申し訳なかったが、
トウモロコシ(=ゆできび)で「いい味」と言ってもらえて、安堵!

「甲子園」準決勝観戦もしながら、オセロ定石がらみのお話もでき、
ワープロ印刷の「定石の名前と由来」資料もお渡しできた。

短い時間しか互いに割けず、名残を惜しんで、井端さんは室蘭方面へ。
洞爺湖は無理でも、支笏湖には立ち寄って、今夜フェリーで帰られる。

お仕事でもきっと頼られていらっしゃるに違いない。
オセロの高段者には、社会的に重要な役割の方が多いから・・・・

2005年8月18日 (木)  いばさん遠方より来たる

バイクで今日札幌に到着。ご存知「勝手に名付けた定石集」の井端四段。
数あるオセロ定石サイトで、最も独創的な定石集で、この日記でも有名。
札幌の古豪野崎WOS講師四段、くるさん=S四段と先刻電話をくれて、
これから市内某所で酒宴開始(今21時過ぎ)です。

「朋有り、遠方より来たる、亦楽しからずや」とは「論語」の一節ですが、
さっき札幌へ向かう車中で、携帯電話にいばさんの声が入って欣喜雀躍。
帰宅したらすぐ車で札幌中心部へ向かおうと思ったら、マイカーが‥‥

娘と孫たちが、友人の家に遊びに行っていて、やる9時過ぎなのにいない!
マイカーが戻るのを待ちながら、今こうして日記入力しています。
ああ楽しみだなあ、早く娘たちが帰ってこないかなあ。

2005年8月17日 (水)  再びオセロジャパンのサイトから

日本オセロ連盟へのアクセスも、従来のオセロゲートのような役目も、
「Othello Japan 」が果たしてくれているのが嬉しいです。

まず各地の大会の案内がありますから、ネットだけでなく力試しできます。
そうした大会の結果も原則として本名で発表されていますから楽しみです。

書籍やミニコミ雑誌の宣伝は、もちろん主なものには限られますが、
ネットを通じて買うことも、銀行への振込みで買うこともできます。

中島哲也さんの日記も、お人柄が表われて、ご夫婦の普及への尽力抜群!!
最近は村上健さんの日記も拝見できます。

長谷川彰(=はせら)さんや谷田邦彦さんたちの真剣な書き込みも見もの!
そう言えば坂口和大さんの近著「オセロの美学」もここで買えるんでした。

ヤフーオセロと比べると、あまり人数は多くないけれど、対戦も可能で、
WO客員講師の野崎さんや、WOSの数人もここに根拠を持っています。

ハンゲームや、外国のサイトも勿論、皆さんに好き嫌いはあるでしょうが、
オセロジャパンは中島哲也さんが責任を持って管理していますから、
ぜひ一度のぞいてみてください。

もし登録することがあったら、パスワードだけは忘れないようにね。

2005年8月16日 (火)  オセロジャパンHPとそこから行けるいろいろなサイト

とにかく皆さん、ご自分で興味のあるところを、どんどんご覧下さい。
例えば、次のような「携帯でできるオセロの新製品」

携帯でゼブラ?! 完全読みも棋譜鑑賞も! 優れものの i-アプリ!

 携帯でオセロが強くなれるすごい i-アプリです!!
一人打ち、任意の局面からのZebra のブック参照、終盤完全読みによる評価値表示。
更に解説付きの棋譜鑑賞まで出来てしまいます!!

以上そのサイトからのコピーです。宣伝広告文の左に賞品の写真も。
言うまでもなくオセロ=Othelloは登録商標です」と明記されています。

自分一人で白黒入力もでき、二人での対局も、コンピューターとの対局も。
「解説付き」の「解説」には定石の名も出てくるとのことです。
まだ現物に当たって確かめてはいませんから、誰か使い勝手を教えてね。

2005年8月15日 (月)  皆さんもお墓参りなどでご多忙でしたか?

アーサーの曽祖父で、養助という先祖が川の上流から担いできた自然石。
これに「若松家之墓」と筆で書き、石屋さんに彫ってもらったのが父正明。
墓誌の字も正明が全部筆で書いて石屋さんに。亡くなって雅迪が引き継ぎ。

養助の長男亀吉は川でドジョウやカジカを雅迪兄弟と一緒に網で掬ったり、
ヤマブドウやコクワを採って遊んでくれたりしましたが、60歳代で他界。

その妻ジュンが気丈な明治の女性で、北海道初の女性郵便局員でした。
正明とフサの夫婦が共稼ぎでしたから、このジュンの世話を受けました。

「キロキロとヘクトデカけたメートルがデシに追われてセンチミリミリ」と
メートル法の十進法を教えてくれたり、日蓮宗のお経を一緒に唱えたり、
屋根の雪を降ろしたり、持ちつきの合い取りが上手だったりでした。

正明とフサは70歳過ぎで亡くなり、以後親族一同の墓参を仕切ってきて、
信仰はないのにお経は上げられ、墓誌の字も下手な二代目=雅迪になり、
父母と末の叔母の分を書きました。下手でもいいからと慰めおだてられて。

毎年13日は若松家のほう、その後、家内の父の眠るほうと決めていても、
今年は13日が過密スケジュールでしたから、今日そちらへ向かいました。
北海道は夕刻を迎えて涼しく、渋滞も緩和されますから、孫たちも元気。

里塚霊園もそうでしたが、真駒内滝野霊園も超がつくほど自然に恵まれて、
霊園内のさまざまな大石像も年々数を増やして、みんなの目を楽しませ、
お墓参りは子供たちが楽しむものという考えがずっと貫かれてきました。

この8月15日は、日本人みんなが毎年戦争加害を思い起こしたいもの‥‥
日本の敗戦記念日を隣国をはじめ、アジアでは解放記念日として祝います。
互いを深く理解し合わなければ、またもや戦争を繰り返すことになります。

演劇も登山も音楽も美術もオセロも、平和な世の中でなければいけません。

2005年8月14日 (日)  母校札幌西高校の同窓会オーケストラと合唱の夕べ

高校時代3年間、加藤愃三先生から音楽の授業を受けた。
どの科目よりも楽しかった。放課後は合唱部門も弦楽部門も担当され、
作曲なさったいくつもの歌を、授業で教えて下さった。

新聞局と生徒会執行部の活動が余りにも、数学パズルにも夢中だったから、
音楽部の器楽や合唱の練習には参加することさえなかったが、
歌声も演奏も放課後頻繁に、新聞局室での話し合いや作業の最中に聴いた。

友人は勿論新聞局や、広く生徒会活動で得られたが、音楽部にも多かった。
家内が小さい弦楽合奏団草創期のコンサートミストレスだったせいもあり、
札幌西高校同窓会のオーケストラやOG・OB合唱をよく聞きにゆく。

今回は小中高校通じての友人吉野知男君がチェロを弾き、
「フィンランディア」も「第9=合唱」も、「校歌」も楽しみ、
自分も近くの客にも聴こえない程度の小さい声で一緒に歌った。

しかし本当は一緒に大声で歌いたかった。
聴衆のほとんどは同窓生だから、そう思った方も多かったに違いない。
ハイレベルのソリストを招くのも大切だが、そういう良さが今年は不足。

お盆は敗戦記念日に近いから、行司が公私共に目白押しになる。
やはり小中高校大学と同期の友人の家にコンサート後、夫婦で招かれ、
話題は生老病死、喜怒哀楽、所持万端にわたって、まことに楽しかった。

しかし、昨日の親戚大勢での墓参りでも、確実に老齢になっている互いを、
きな臭い匂いの世相と合わせて考えさせられることの多い真夏である。

2005年8月13日 (土)  再びジョン・レノンの「イマジン」

ビートルズがイギリスのリヴァプールで音楽活動を始めてもう半世紀だ。
エレキギターを騒々しいとしか思わなかった世代にも次第に浸透して、
1960年代には世界中に大きな影響をもたらした。

日本の高校生にも今で言う「コピー」が大流行した頃、生徒に頼まれて、
1966年軽音楽同好会の顧問になった途端、そのコピーバンドの一つが、
ヤマハのポプコン北海道地区予選でグループサウンズ部門最優秀賞受賞。

忘れもしない「アスク・ミー・ホワイ」だった。
ビートルズのう歌の言葉は、中学生でも理解できる英語の単語のつながり。
しかしその意味の深さは凄いと思った。

ポール・マッカートニーとともにメンバーの中心だったジョン・レノンが、
まさかアメリカの戦争屋とも言うべき黒い組織に暗殺されるなんて、
その頃は想像することも、予感することもできなかった。

「イマジン」は動詞の原型で、「イメージしてほしい」という感じだろう。
「想像力を働かしてみよう」という風に、ともに感じることを促している。
「国境のない」「地獄も天国もない」「所有することさえもない」

「宗教や民族の違いによる争いもない」「殺されも、まして殺しもしない」
そういう世の中を「想像してみよう」というこの歌をアメリカで歌う人に、あのイラク空爆や9.11の後、禁止の命令が出たと聞いて、唖然とした。

民衆が国家に疑問を抱くのが、国家権力には、どう怖いのか?
ジョン・レノンを、殺し屋の手で抹殺する必要があったのはなぜなのか?
答えがどうでも、「イマジン」は今も謳われ続けている。

2005年8月12日 (金)  ジョン・レノンは暗殺されたが

Imagine の歌詞もメロディーも、今なお歌われ続けている。
♪想像してご覧 国なんてないと‥‥ 想像してご覧‥‥所有もないと‥‥
明日13日の寸劇の最後に、この曲が流れ、この詩が朗読される。

劇団一揆の公演を見終わったあと、寸劇の仲間たちと帰路の車内で語った。
寸劇の仲間たちの平均年齢は多分、劇団一揆の団員たちとは30歳違う。
皆異なる人格の持ち主だが、今何を表現したいか‥‥共通するものを持つ。

劇団一揆の「Mother」は30歳もの年齢差を越えて、しっかり訴えている。
「国家は人々を守らないし、人々に殺し合いをさせて、国家を守る」と。

憲法改悪に反対する者を大量に長期に拘禁して、その子どもたちを捕らえ、
少子化で激減した若者たちの代わりに傭兵として鍛え上げるという暴挙を、
近未来の国家・軍隊・警察が決してやらないとは言えない昨今の状況だ。

「江別市民憲法九条の会」の寸劇の「新しい憲法のはなし、その後」は、
5月に上演した「新しい憲法のはなし」が1947年頃を描いたのを受け、
現代と近未来の日本を描く。

自衛隊派兵から「共謀罪」成立へ、そして憲法九条改悪から軍事国家へ。
「もし国家と国家の争いがなかったら、戦争はなくなるのでは?」

イラクの普通の人々を撮影し続けた写真展を、アメリカで開いた日本人が、
「イラクを放射能の海にしかねない劣化ウラン弾に蝕まれるのはだれ?」
と問う。孫に留守番させ、昨夜は娘も観劇と講演会と写真展に行った。

解放軍のため母を失った少女。母を奪われたゲリラ掃討兵の元少女たち。
もし宗教民族言語習俗の違いが大きくても、国家同士が戦わなければ、
テロも報復も軍隊も悪政も、この世からは消え去るのではないか?

人と人を戦わせて、双方に武器を売る巨悪が権力に寄り添っているから、
子どもや女、貧しい者や老人や、病者や弱者が真っ先に死んでゆく。
若者たちの演劇には遥かに劣るけれども、志には通い合うところが多い。

2005年8月11日 (木)  劇団一揆公演の2日目

今日は身体が三つあっても足りない忙しさです。
朝から13日の寸劇の稽古と打ち合わせ。昼からは、まずは孫の世話。
バスというものに初めて乗ってはしゃぐ三歳児二人。

つまり、娘が観劇する間、孫を預かったわけで、本当は公演が観たかった。
夕方から、寸劇会場の下見と公演の夜の部と別の講演会がぶつかります。

高遠菜穂子さんは、ご存知の通り「イラクで人質になった3人」の一人。
http://osaka.cool.ne.jp/worldwidemoney/news/←ここには、
イラクで拘束された他の皆さんと合わせて、詳しいまとめがあります。

今春札幌学院大学で、高遠さんの講演も聴きました。お元気でした。
今日もこれから「アメリカでの写真展の報告会」に行ってきます。
依頼を受けて横断幕も、講師のお名前も書いたので、行く必要もあって‥‥

ほぼ同じ時間に、劇団一揆の2日間3ステージの最終公演もあるのです。
間を縫うように、近くのある会館に、寸劇の演出担当の友人を送り、
できれば自分でも会館の中を下見してきたいのです。

忙しいのは嫌いではないけれど、行きたい所に行けないのは残念です。
「劇団一揆」で検索すると、いつでも下記のホームページ
http://www11.plala.or.jp/ikkis/は見られても、
生の舞台の迫力や、稽古の熱気は、HPだけでは味わえませんから。

2005年8月10日 (水)  劇団一揆公演「Mother」

「お母さん、私が生まれた日を 覚えていますか?」
劇中のどんなシーンで、この言葉が発せられるのか、観客は知らない。
稽古を何度か拝見したアーサーにも、それは知らされていない。

近未来日本、相次ぐテロ・世界紛争に備えての、女性だけの軍人部隊‥‥
少子化の影響で人数不足の軍隊を補う目的だったその部隊が鍛え抜かれ、
派遣された各地でゲリラ殲滅(せんめつ)の任に当たる。

非情で冷酷無比の彼女らの前に、戦火を逃れてきた子どもたちが‥‥
現代よりももっと悲惨な、その戦争で、子どもは、何を得るか?
稽古はいつも真剣そのもので、稽古だけでも大きな感動が得られる。

どんな結末でも、どうなるか知らなくても、発せられる訴えにある力。
武力や暴力と対局にある、心の中に働きかけてくる力。
いよいよ、この若い劇団の、何度目かの公演の初日である。

子どもや孫に兵器を持たせてはいけない。戦禍を味わわせてもいけない。
今日は夕刻の開幕に先駆けて、自分が友人たちも誘って、応援に行き、
明日は孫を我々に預けて、娘が観に行く。

2005年8月9日 (水)  「長崎の鐘」という懐メロは、実は大事な歌

藤山一郎が好きと言う若者は皆無に近いと思うけれど、
1940〜60年頃の若者は皆、その歌声に魅せられていたものだ。
「青い山脈」や「東京ラプソディー」や「丘を越えて」などなど・・・

それらの懐かしい歌の数々中にサトウハチロー作詞「長崎の鐘」がある。

♪こよなく晴れた 青空を   悲しと思う 切なさよ
 うねりの波の 人の世に   はかなく生きる 野の花よ
 なぐさめはげまし 長崎の   ああ長崎の 鐘が鳴る

 召されて妻は 天国へ   別れてひとり 旅立ちぬ
 かたみに残る ロザリオの   鎖に白き わが涙
 なぐさめはげまし 長崎の   ああ長崎の 鐘が鳴る(三番省略)

 
長崎で60年前の夏に原子爆弾にやられた数多い人々の中には
医師として献身的に治療に当たられた方も多い。
その永井博士とご家族のことが歌われているのが、この「長崎の鐘」

広島の3日後に落とされたあの地獄の凶器は今や地球の全人口を、
何度でも殺せる量となって、核保有国に存在しているが、
60年前の広島・長崎と同規模の殺戮は辛うじてストップされている。

それでもイラクを空爆した米軍の指導者たちは、例えば劣化ウラン弾で、
おびただしい放射能を「民主主義のため」と宣伝しつつ、発生させて、
その責任を全く認めようとしない。60年前からの繰り返しだ。

演劇音楽、オセロ囲碁、山歩き、今できているあらゆる楽しいことも、
一歩間違えば、できない状態にさせられてしまうと、痛感する日々だ。

 

2005年8月8日 (月)  「劣化ウラン弾はいらない〜〜写真展inアメリカ報告会」に

今日は午後から、寸劇の稽古の前に、講演会のタイトルを筆で書く。
大きなロール紙に、横断幕のように7メートルの長さ。
字は「劣化ウラン弾丸はいらない〜〜イラク写真展inアメリカ 報告会」

講師の中には、イラクで人質にされた高遠菜穂子さんもいて、緊張した。
森住卓さんという写真家のイラク現地の生々しい写真の展示もある。
11日と13日の「ピースディズ」と題する催しに使う大きい字だが‥‥

プロに書いてもらうと、経費がかかるから、ただで書いてくれと言われて、
嫌とは言えない性分だから、夕方まで寸劇の稽古してから、書き始めた。
頼まれるうちが華だ。だから書く。満足できる筆字ではないが、書く。

一人で書くとめげてしまって書き終えられないから、励まされながら‥‥
同じ志の、仕事していて非常に気持ちのいい、少し若い人と深夜まで‥‥

2005年8月7日 (日)  観てきた演劇と、やってしまった演劇

北海道演劇集団っていう組織があって、毎年、この広過ぎる全道から、
劇団が集まって、いろいろな市町村で、持ち回りの演劇祭がある。

観たことのある劇団の名は紋別市の「海鳴り」、三笠市の「湖(うみ)」、
札幌市の「劇団さっぽろ」「風の子」、江別市の「川」「ども」‥‥
この「ども」(正式名称=ドラマシアターども)との付き合いが30年弱。
「劇団一揆」とはここ数年の付き合いだが、両方とも若い皆さんが凄い。

プロの劇団で一番多く観たのは「劇団四季」で40ステージ前後。
ミュージカルでは「李香蘭、キャッツ、オペラ座の怪人、赤毛のアン、
夢から醒めた夢、ジーザスクライストスーパースター、エビ−タ、
ユタと不思議な仲間たち、クレージーフォーユー、ドリーミング、
人間になりたかった猫、二人のロッテ」等々。同じもの3、4回観たり‥‥

ミュージカル以外は「ハムレット、オンディーヌ、ヴェニスの商人」等々。

高校生の全校観覧で一番多くお世話させてもらったのは「東京芸術座」。
「わらび座」「東京演劇アンサンブル」「青年劇場」も。
演劇鑑賞団体では「こまつ座」「民芸」「文学座」「音楽座」など、
とても覚え切れない。最高はこまつ座の「きらめく星座」だと思っている。

これらの出し物に決してヒケを取らない感動を与えてくれるのが、
高等学校演劇コンクールなどの、つまり高校演劇部の、単独・合同様々。
「マイフェアレディ」の原作の「ピグマリオン」や、「氷雪の門」、
「りゅうりぇんれん」「大きな木」「氷雪の門」「十一匹のネコ」
などが忘れられない。

その本格的なのとは違う「十一匹のネコ」や「リア王」は勝手に変えて、
ハッピーエンドにしてしまって江別高校の教師集団でやってしまった。
脚色・演出・作曲・主演などという大それたこともしでかしたのは、
失敗すればそれだけ勢と諸君が楽しんでくれる学校祭の舞台だったから。

思えば小学生の頃から「みにくいアヒルの子」「森の小人たち」、
中学では「四辻のピッポ」など、数年に一回は舞台で遊んできたわけだ。
高校では「四面楚歌」を8人の詩吟でやったり、
顔に隅を塗って黒人霊歌のまねをしたり、要するに出たがりだった。

合唱は学生時代の札幌混声合唱団とか、中年頃の江別男声合唱団とか、
演劇ほど好きではなかったが、充分楽しんだ。
学生運動にも、教員組合運動にも、それぞれ深入りしたけれども、
楽しさは演劇や合唱に遥かに劣ること、言うまでもない。
(8日に続く)

2005年8月6日 (土)  原子物理学の成果が核兵器になった悲劇

広島に米軍が原子爆弾を落としたのが、8月6日と知らない人は少ない。
秋葉広島市長の「平和宣言」と首相の挨拶を注意深く聞く人も少ない。
市長の宣言は格調高く、一言一言胸に沁みてきたのに、首相は素っ気なし。

井上ひさし作の芝居は沢山観てきたし、自分も演じたことがあるが、
「父と暮らせば」は何度も何度も同じキャストで観ても凄い。
舞台に出る役者は二人だけだから、地味なつくりなのに、見応えは抜群だ。

広島で被爆死した父親が、辛うじて生き残った娘に言うセリフ‥‥
「わしのぶんまで生きてちょんだいよぉーー」

動けない父に「はよう、逃げぃ」といくら言われても、離れず、ついに、
「最後の親孝行してくれぇーーっ」と懇願されて、やっと命長らえた娘。

それ以上紹介すると、全部筋を説明するはめになるからやめるけれど、
映画にもなったし、文庫本でも読めるから、お勧めしたい。

実は6日、7日と江別駅近くの石造りの元倉庫で暑さ堪えながら観た。
演出したのが教え子に当たる50歳代の通称「ども」さんで、
彼を通じて、この40年間、おびただしい数の演劇人と知り合った。

昨6日夜オホーツク海岸の紋別市の劇団「海鳴り」の女優さんと、
初めて話したら、偶然十数年前に凄い舞台を演じて感動させて下さった人。
瓜生正美作「椰子のみの歌が聞こえる」の朝鮮女性役の方だった。
(7日の日記に続く)

2005年8月5日 (金)  8月15日まで、まさかまさかの超多忙

日本が世界中を敵にした戦争の敗戦記念日から60年が経ちます。
この季節は、どうしてもこの戦争を反省し、反戦を誓う行事が続きます。
それを避けることはできませんが、通過点扱いはいけないと思います。

憲法前文や弟9条の条文をも、その精神をも葬り去ろうとする悪の権化に、
ささやかながら抵抗し続けてきたその一つの、ささやかな試みが寸劇です。
演劇の素人集団が、せめて憲法改悪阻止の意志を表わそうと「稽古」‥‥

一方アマチュア、プロを問わず優れた演劇グループを応援してきました。
例えば劇団四季は「ミュージカル李香蘭」「異国の丘」「南十字星」を、
昭和の歴史三部作と銘打って、東京都港区の四季劇場で連続上演します。

江別のドラマシアターどもは「父と暮らせば」(井上ひさし作)を6,7日、
札幌の劇団一揆は「マザー」(橋田志乃舞作)を、10,11日上演です。
どものほうは著名な被爆父娘の二人芝居で、演出もキャストも高齢。

一揆は近未来の戦争のなかの生命と愛がテーマのオリジナル作品で、
憲法改悪に反対する一般庶民をある年に大量に拘置して孤児の群を作り、
女性ばかりの傭兵として日本軍が鍛えるという、戦慄の筋書きです。

劇団一揆も「ども」も大勢の若い劇団員が原動力になっていて、
その稽古を観るだけで、大きな励ましを与えられます。
オセロも演劇も、若い皆さんが推進し、年配者が裾野を拡げていますよ。

2005年8月4日 (木)  寸劇の稽古開始しましたが・・・

どうなりますことやら、やったことがないわけじゃないけれど、
演劇はいかに寸劇でも他人様に観ていただくものですから、困りました。
生の訴えなら、演劇ではない形でやるべきだと思うのです。

でも憲法第9条を決して改悪させたくないという市民運動も無視できず、
短期間で寸劇を作るには、退職して日中勤務のないアーサーが狙われて、
短いせりふとしぐさがいくつかなら、仕方なく協力することにしました。

しかし、観客や応援や劇評(甘口)が好きなアーサーが舞台にとは‥‥
明日は小道具作りも1日がかりでやらなければいけません。
ゆるやかな連帯を求める運動だから、やむを得ませんね。

2005年8月3日 (水)  李恢成著「地上生活者」が出版されました

まだ買ってはいませんが、書店に第一巻と第二巻が並んでいるとのこと。
ぜひ手にとってご覧になって下さい。お若い皆さんにも心に訴える筈です。
第三巻はまだ「群像」連載中ですから、図書館でも読めます。

アーサーは埴谷雄高という、世界に誇り得る文学者が一番好きですが、
李恢成さんには高校生生活を1年間ではあれ、共にし得た兄貴分です。
応援もしたいし、先輩から学びたいことも物凄く沢山ある作家です。

アジアが今世界でどんなに微妙に大事なのかを指し示すリーダーとして、
李恢成(イー・フェソン)さんの諸々の著作をお勧めしたいと思っています
内容はひとつの時代を見事に描き、告白の誠意も告発の力量も豊かです。

目次的なご紹介もおいおい、してゆきたいと、思います。

2005年8月2日 (火)  石狩郡厚田村字安積(ヤソスケ)の「漂去亭」での1泊

毎年恒例の1泊碁会。今年の宿泊者は男性7女性1の計8名で全員60代。
つまり60年安保闘争の仲間が、静かに囲碁に興じ、飲み、喰う2日間だ。
A,I,K,Sa,Si,H,W全員が昨年からの連続出場。I夫人は歌と料理抜群。

A1級格はW=若松の大学の1年先輩で、最終勤務高校の同僚歴史教師。
I三段格は同じく1年後輩で西洋哲学科卒、今はHJ大学の先生。
I夫人も囲碁はできるが、今回は世話役に専念。読み聞かせなどがご趣味。K五段格はWの小中高大を通しての1年先輩。建築史学の工学博士。
Sa1級格が別荘の主、専門は数学や電子工学。別荘も他の建築もした同輩。
Si初段格は物理学専攻で今は数学も教える先生。Wの高校大学の2年先輩。
H二段格はロシア文学、特にゴーゴリ専攻で、同じく2年先輩、長老格。
アーサー=W四段格が数学科中退の日本現代文学専攻で碁会記録担当。

厚田村の小高い丘の「漂去亭」は草深い庵でもあり、海の眺めも抜群だ。
1960年前後のあれこれ、現代世界についても談論風発、百家争鳴。
それぞれ各界の一筋縄でゆかぬ人物だが、適度に訊き上手でもあった。

中には国際的な学者もいるのに決して自慢話はせず、互いの家族を労い、
例えばWの家内の出版を改めて祝われ、北海道からの追いコンもと仰る。

囲碁の闘いは真剣だが、勝敗は二の次。優勝がI三段で5勝1敗だった。
4勝2敗がA、K、Wと3人にもなって2日間の激闘は午前中に決着。
懐旧の情よりも、今しっかり生きることを互いに促されて別れた。

2005年8月1日 (月)  WOS日記の7月分題名一覧

’05年7月1日
7月2日
3日
4日
5日
6日
7日
8日
9日
10日
11日
12日
13日
14日
15日
16日
17日
18日
19日
20日
21日
22日
23日
24日
25日
26日
27日
28日 高校の先輩李恢成さんのこと
30日 李先輩の最近の作品にまつわる昨日の続き
31日 ドイツオセロ連盟DOC会長とのネットでの初の出会い

2005年7月31日 (日)  ドイツオセロ連盟DOC会長とのネットでの初の出会い

Matthias Berg(マティアス・ベルク)さんが村上さんのテーブルにいると、
昨夜ひろちゃから教わって初1に急行しました。
ちょうどkenta(=slarin23)さんとの対局に見事6石勝ったところでした。

まずその対局の棋譜を、ベルクさんからのメールにより、ご紹介します。
前後のコメントはそのまま付け加えます。
i want to show you the game i just played against kenta:

2005 07/30 12:49:24
Black: mberg000
White: slarin23
Results: B 35 - 29 W Black won
D3C5F6F5E6E3C3D2C4B5F4D6F3B4D1G4C6G5G6F7E7C2E8C1E2E1B6F1A5D7C7C8D8F8B7F2H3A8B8G3B2A7A6A1A3A4H2H4H5H6H7G7B1B3A2G2H1G1H8G8

hope you like it. i was just amazed how well both of us played.

"hi"以下の名乗りと挨拶の後、お手製の夕食へのお礼など述べてから、
オセロについての彼のコレクションのことについて、あれこれ質問し、
彼所有の最古の「リヴァーシ」盤駒は1890年のものだと確かめました。

(8月2日の日記に続く)

2005年7月30日 (土)  李先輩の最近の作品にまつわる昨日の続き

'97年に「群像」(月刊文芸雑誌)1月号に小説「リスト」が載った直前に、
その小説の登場人物が「日本人妻15人」の一人として一時帰国した。
キム・グヮン・オクさん=MMさんという、高校時代の同期生であった。

男女4人で計2冊の大学ノートを「交換日記」のように書いた仲間だった。
大学も同じだったが在学中に在日の水産学部生と結婚して海を渡り、
それっきり'97年まで37年間、北朝鮮の元山市在住らしかった。

独裁者金正日の待遇による帰国は明らかだったが、同期生多数と歓迎した。
ご両親の墓参を済ませたMMさんとともに、懐かしい童謡や校歌も歌った。
李さんの講演を札幌で、その頃また聴くことができ、お話もできた。

短編小説「リスト」(李さん作)は、収容所生活の憂き目にあっている、
李恢成さんの友人を多分モデルにして書かれた作品だと思う。
その日本人妻たちに比べても遥かに苦しめられている人々の何という多さ。

「リスト」はまだ単行本にはなっていない。1冊の本として持っていたい。
同じ作者の「地上生活者」も2000年1月号から「群像」に連載された。
第2部終了後しばらく休載の後、最近その第3部が開始されて嬉しい。

「群像」は講談社が発行しているが、今は大きな書店にしか置かれていず、
5月号から始まった第3部は8月号で第4回になった。
この作品は長期にわたっているから、出版されれば何冊にもなるだろう。

8月1日から2日にかけて、同窓の旧友たちと碁を打ったり飲んだり、
山海の珍味に舌鼓を打ったりしながら、日本海に面した友人の別荘で、
その話題もきっと出るに違いない。

2005年7月28日 (金)   

このところ日記が、原因不明のトラブルに様々なかたちで出会っています。
編集終了後も、途中でも、公開のための「日記を保存」をクリックすると、
編集画面事態が文字化けし、ご覧のように公開画面が数回文字化け状態に。

どうも時間によって、同じ入力をしても、化けたり化けなかったりです。
今日は27日の分を書き直して、どうやら化けないで公開できました。
(続きを書きます)

李さんの講演は芥川賞受賞の数年後にも出身高校同窓会主催で聞きました。
札幌時代は学費も払えないほどの貧しさだったそうでした。
同じ中学校の同窓生の皆さんは、李さんの国籍は知っていて、かつ仲良く、
李さんは卒業記念誌の編集や、習作たる小説の発表も勿論日本語でした。

故小笠原克さんを先生役にしての「李恢成文芸講演会その後の会」に、
1997年から参加させていただき、「リスト」という短編小説を評論、
’62年に書いた卒業論文以来の、他人様の作品への評論でした。

(またまた明日に続けます)

2005年7月27日(木)  高校の先輩、イー・フェソンさんのこと

「かや子のために」っていう映画(小栗監督)の原作者をご存知ですか?
その苗字が通名から本名の李に改まっても、お名前が恢成でしたから、
'71年「砧を打つ女」での芥川賞受賞が、高校の2年先輩だと解りました。

この李恢成さんは長いこと北でも南でもない朝鮮籍を持続されていました。北海道の北サハリンに育ち、物心ついてから敗戦の日本に一家で渡り、
お歳は4つ上でも、中学はお隣で、高校は同じ札幌N高校で1年一緒。

柔道も強く、新聞局でも活動された恢成さんの生徒大会での演説に酔い、
同じく2学年上の先輩諸氏から、大きな影響を受けたものでした。
進んだ大学も李さんは多分東京のW大、アーサーは北海道のH大でしたが、
ずっとこの先輩の消息が気になっていた二十代、三十代でした。

いわゆる'60年安保世代である私たちは、次の団塊の世代より古くて、
日本が第二次世界大戦に突入していった頃に生まれています。
広島・長崎への原子爆弾は幼少年時代、国中が貧しかった戦後世代です。

'50年代は朝鮮半島を舞台にアメリカ&南朝鮮軍が中国&北朝鮮軍が戦い、
日本は特需景気=はっきり言えば戦争はしないで儲けて経済が好転し、
バブルがはじけるまで、東アジアの戦争と貧困を尻目にしたわけです。

こうした世の中を、怜悧な頭脳と熱い心情で見つめ続けてきた作家・・・
りーかいせい=イーフェソンさんの愛読者も研究者も実は根強くいます。
故小笠原克さん(札幌藤女子大教授)を中心に、緩やかな連帯の会も‥‥

2005年7月26日 (火)  最初から文字化けしているとは驚いた

今までも文字化けには悩まされてきましたが、昨日は心底びっくり!!
いつもの通り入力して、「日記を保存」クリックした途端に文字化け。
祟りなんか信じるアーサーではありませんが、これは一体何事でしょう?

2005年7月26日(水)   

書晩もまだ・函り拶狼つまり・函りから3手目C3です。
★15)虎系竜素(F5d6C3f4) F3大杯
  A B C D E F G H 
1・・・・・・・・     大杯の名は、元々「賜杯」だったのですが、
2・・・・・・・・    やや古風ですから改めました。
3・・●・・●・・    大量のお酒を入れられるのがC3,D4,E4,F3で、
4・・・●●●・・    それを持ち上げている力士がF4,F5です。
5・・・○○●・・
6・・・○・・・・
7・・・・・・・・
8・・・・・・・・ 
       
★16)虎系鷹素(F5d6C3g5) C6簪
  A B C D E F G H
1・・・・・・・・     ・・りの槇・かんざし・はシンとも・み、
2・・・・・・・・    牝瓶旗の嶄忽の凝研の幃でも嗤兆です。
3・・●・・・・・  仝忽煤C譴読什咾△蝓ヽ粘困砲靴堂歡症遒遣
4・・・●●・・・   瓶に湖じては雑にも帙「鬚修修・
5・・・●○○○・   ・れを炉しみては・にも伉を・かす
6・・●○○・・・・   潔諮眉埖に珞なり 社菩ヒ鮟陲・Wたる
7・・・・・・・・   易軆悌C韻亳に玉ぁΑ槇に唇えざらんと圀す〆
8・・・・・・・・   C3が互く・りとして朕羨ちD4,E4,D5と錠んで、
            C6は・に缶す何蛍です。

富し藤れました。・きは苧晩參瘁に。

2005年7月25日 (月)  北海道オープン大会の様子(つづき)

B級の顔ぶれには、ネットオセラーが目立つようになって久しいですが、
WOSのお客様の通称シェリー君もその一人です。今春の名人戦デビュー。
ヤフーのレートから見て、優勝戦線に食い込んで当然と見ましたが・・・

元WOSのりヴちゃも、同じまちのお友だちと一緒に参加しました。
夕張からはKさんが、7月の全日本への予選突破の実力示して活躍。
オセロジャパンの中堅「あったか」さんも、野崎さんと既に顔なじみ。
同じOJからの「いわし」さんはアーサーと親しいPC熟知の中堅です。
大会運営の佐賀初段勤務校などの女子中学生3人も来て、中学生は計5人。

全部の皆さんを紹介するのは不可能ですが、サラリーマンも兼業主婦も‥‥
非常に広い層の皆さんが、インターネットで大会を知って来られた模様。
AB級互いに仲良く、遠来のお客様を誘って、薄野で打ち上げをしました。

野崎さんも勿論参加。本州からのお3人もビールや海の幸を堪能。
オフ会の様相も呈しながら、やはり、話題は全日本選手権から世界まで。
WOS勢は講師・メンバーとも、気配り目配り、御疲れさまでした。

さて、難題はバイク旅行中のりょうさんとそのお友だちを案内する先‥‥
アーサーが長年応援してきた劇団「ドラマシアターども」の安念さん宅。
ども機↓供↓靴伴乃鐓屋は変遷を重ね、今はども犬両屋探し中です。

勿論目印も看板も今はないわけで、安念智康さんは2日連続の演出最中。
その奥様で女優の優子さんが、快く亮さんたちとアーサーを泊めて下さり、
そこに北星学園大学生2人もぜひ、亮さんと対局をと希望して5人参集。

アーサーをはじめ、全員貧乏を絵に描いたような男性5人が、今思えば、
違う交通手段で、よくもまあ安念さん宅に同時刻に到着したものです。
それから優子さんを交えて歓談し、雑魚寝態勢になるまで焼く2時間。

おまけに小屋の建設で多忙、資金不足の安念さんから5人分の朝食まで!
1日3食ともカップ麺などというバイク青年2人、大喜びでした。
大学生2人とアーサーも朝食いただいて、出世払いをお約束!!!
アーサーだけが出世は夢見ることさえできない老齢でした。若さに乾杯!

2005年7月24日 (日)   

札幌市で開催された北海道オープンオセロ大会に出場しました。
A級(有段者の部)出場が16人、B級出場が21人のまずまずの盛況。

A優勝高島亮詞四段(東京からバイクで遠征のWOS客員講師)5勝1敗!
準優勝佐々木惣平四段(2,3年前?から札幌市在住)5勝1敗、石数差。
3位はS市から遠征の吉田俊明初段、4位はO市の能村寿一四段が入賞。
能村さんは北海道ブロック長ですから、毎回大会運営責任者兼務で大変!!

遠来の玉木恭太郎三段、全国女子春3位、夏6位の飯塚美智子三段、
上位常連の岡林満美三段は勿論、女子全国初の渡辺絵美初段にも、
今関東の渡辺敬一二段、T市の小椋勝俊二段や、山崎宏平、渡辺絵美初段、
上田敏文初段にも、なかなか勝てなくなりました。
北海道ブロックのHP担当もされ、運営・広報も中心渡辺武両初段にも、
とうの昔に追い抜かれている若松二段は、やっと2勝4敗でした。

北海道でも、初段になってまだ数年というネット出の強豪がひしめく中で、
特に渡辺絵美さん(N市)は4連勝で、高段者連の胆を冷やしました。
なおWOS客員講師の野崎順悦四段は、お仕事が終了後の二次会?へ。

B級優勝は長期にわたって、初段に挑戦してきた及川優太2級でした。
(明日の日記に続く)
周りのみんなに「お蔭で初段取れました。ありがとうございます」連発!

2005年7月23日 (土)  北海道オープンの前日、身体がいくつあっても足りなくて

このところ午前中は近所の公園にいます。孫2人のお守り役です。
ブランコに乗るのはいいけれど、注文が多くて、しかも互いに張り合う孫。

孫のお友だちやその若いお母さん方とのお付き合いは格別素敵です!!
何と言っても、他人の子どもへの充分な思いやりを通じて皆ニコニコ。

公園内の芝生の広さも、小山の高さも、2〜3歳児にはぴったりです。
そこを走り回り、登り、下れば、転びもしますが、もう平気です。

発作はあっても軽いから、滅多にニトロスプレーの世話になりません。
体力はすっかり減退していますが、孫の相手くらいなら、負担は少ないし。

午後は「憲法9条今が旬」という江別市内の集会で貴重な話を聞きました。
石狩平野の真ん中である、この町にもアメリカの飛行機からの空爆が。

夕方から夏祭りに出かけた妻娘孫計4人に特製カレーライスをつくり、
札幌市のとある地下鉄駅の地下に急ぎました。芝居を観にです。

井上ひさしが本を書いた「父と暮らせば」を演出するのもお若い友人。
父(実は被爆して死亡したものの、娘を気遣って幽霊として出ている設定。
娘の幸せを、幽霊的存在になってまで、気づかい続ける亡父と、
身近な人々多数に死なれて「自分は幸せになっちゃいけん」と信じる娘。
ストーリーは伏せますが、いい舞台でした。

2005年7月22日 (金)  十二支以外の名を持つ定石の図解のためのコメント

縦取りF5d6の部(●と○だけの図ですがうまく書けませんでした)        
★虎系虎素(F5d6C3d3)
  A B C D E F G H 
1++++++++    5手目C5でザリガニ。鋏はC3とC5。
2++++++++    やや不恰好なザリガニの尾はF5、
3++●○++++    目は目立たずD5あたり。
4+++○●+++    胴胸もE4E5と言いつつ無理を感じます。
5++●●●●++    justice_mimicha が広めて「ミミ虎」とも。 
6+++○++++
7++++++++
8++++++++
 
1++++++++    C6なら海老です。腰曲げて、E4やE5.
2++++++++    ヒゲだけ立派にC3とC6.尾はF5。
3++●○++++    伊勢海老ほどではありませんが・・・
4+++○●+++ 
5+++●●●++
6++●○++++
7++++++++
8++++++++

★虎系犬素(F5d6C3f3)
  A B C D E F G H 
1++++++++    D3なら犬ですが、E3だと蟹です。
2++++++++    鋏はC3とE3。脚は10本でしたか。   
3++●+●○++    D4とE4が頭部を含む上半身。
4+++●●+++    下半身(E5とF5)を使って横歩き。  
5+++○●●++
6+++○++++
7++++++++
8++++++++

  A B C D E F G H 
1++++++++    C3が頭部D4は首。
2++++++++    背がE4、尻と尾がF4、前脚E5、後脚F5
3++●++○++    近日中に可愛いプードル犬の姿が描かれます。
4+++●●●++ 
5+++○●●++
6+++○++++
7++++++++
8++++++++

以下は明日に続きます。
 15)虎系猿素(F5d6C3f4) F3大杯       
 16)虎系鷹素(F5d6C3g5) C6簪、E6コブラ、F6鷹、G6滑り台系
猫系
 17)猫系蝮素(F5d6C4b3) B4蝮、C6キャップ、C7吊輪、D7抱っこ
 18)猫系猫素(F5d6C4d3) C5猫、C6蜂、C7テニス
 19)猫系杓素(F5d6C4f3) E3フラッシュ、F4杓子
 20)猫系カバ素(F5d6C4f4) C5カバ、F6コンドル
 21)猫系燕素(F5d6C4g5) C6燕、F6コブラ、G6鳳、D7T字
兎系
 22)兎系鯨素上(F5d6C5b4) C3アシカ、D3烏、D7蛇口
 23)兎系兎素(F5d6C5f4) F3鹿、D7鶴
野兎系
 24)野兎系野兎素(F5d6C6f4) F6野兎
 25)野兎系烏素(F5d6C6b6) C3アシカ平、D3烏(南平)、C4海豹(横平)
 26)野兎系猪素(F5d6C6f6) D3火の鳥、E6ゴリラ
斜め取り
斜羊系
 27)斜羊系上斜羊素上(F5f6D3c3) C4羊上、E6羊下
 28)斜羊系上椅子素(F5f6D3e3) F4椅子
 29)斜羊系上海豹素上(F5f6D3f4) G5トド、E6海豹
 30)斜羊系上パンチング素(F5f6D3c5) D6パンチング
 31)斜羊系上海豹素右(F5f6D3g5) 海豹右
牛系
 32)牛系牛素南(F5f6E6d6) C3バッファロー=猛牛=野牛、C4内蛇、
               C6内狸、C7雁、D7狸、E7闘牛
 33)牛系牛素北(F5f6E6f4) C3バッファロー、D3内蛇、
F3内狸、C7雁、D7狸、E7闘牛

2005年7月21日 (木)  言葉の心、名前の美、絵の力、そして芸術

中国の養母「この子を中国人として立派に育てます。将来探しに来ないで」
この子の実母「よろしくお願いします。決して探しに来たりしません」
敗戦後旧満州での対話がテーマの書籍の名‥‥「約束の夏〜ユエイエン」

創作児童文学誌に10年間連載した同じ作品の名‥‥「あの夏を忘れない」
童話でも小説でも実録でもある作品の名前は、どれが良かったのか、
作者の先輩がたも、お仲間も、夫たる自分も、感想や意見は言いました。

勿論決めたのは作者ですが、ユエイエンをその時辞書で調べました。
約言と中国の字で書くその意味は、決して違えることのない約束の言葉。
自費出版としては異例とされる第3刷を、おそるおそる決めた後の僥倖。

「北海道新聞マイブック大賞」「第8回自費出版文化賞」の受賞に続いて、
「第1回ふるさと自費出版大賞」受賞の連絡が昨日ありました。
全国の各新聞社推薦の多数の中から選ばれたそうですから、歓喜歓喜です。

名前といえば「ものには名前がある」の副題で有名な映画「奇跡の人」‥‥
見えず聴こえず話せなかった少女へレンがサリバン先生と格闘しながら、
ポンプの水を浴びて「ウォーター」と叫んだ瞬間が忘れられません。

「雅迪=まさみち」という自分の名が幼時好きになれませんでした。
苗字も名前も4音節ですから、長くて長くて、呼んでもらいにくいし、
「みやびな」「みち」ということが素晴らしいと実感できませんでした。

それで息子たちには3音節の名前を付けました。字は読みづらくても。
意味は「雄々しいこころざし」と「歴史を潤す」にしました。
娘は2音節の言葉で「まだ出来上がっていないけど、これから」の意味。

さて、定石の名前も短くすることを、まず考えました。字数もです。
ただし、意味には、できれば連想などによる深みがあるのが好きでした。
星座の名は神話とか伝説がらみで、ロマンチックですが、88個限定です。

十二支なら漢字で一字か二字ですし、他の動物も形は少しずつ違います。
酉は鶏のことですが、鳥類だって、それぞれ特徴があってユニークです。
初めて打った人の名もいいとは申せ、誰が「初めて」打ったか難しいです。

似た形や組成を虎A,B,Cなどと命名するのは避けようと思いました。
2手目は良い名づけですから、3手目、4手目もどうにかしたくて、
5手目の全てに名付ける前に「定石の木」を考え、常に意識しました。

3手目を虎系、4手目を燕素などと決める時に「系」「素」以外の候補に、
「科」「目」「属」「類」など分類学上の用語もありましたが、
3手目で大きく「‥系統」と分け、4手目で5手目の姿の「もと」にする。
これは3手目黒>4手目白>5手目黒という流れの表現にもぴったりです。

そして同時に、どなたかが付けた定石名をできるだけ保存して、
命名の由来やプレーヤーのエピソード等も、大切にしたいと思いました。
「みちこのオセロダイアリー」にリンクされた「英語の定石集」にも、
定石の名としての「人名」と「動物などの名」についての記述があります。

チェスや将棋に「人名の定石名」が多いのも、オセロ定石名に影響し、
ローズ、為則、井上、丸岡、石井、坂口、谷田、村上、末國、三村‥‥と、
おびただしい名が登場します。動物の名も一つの歴史、人名も同じです。

すたさんの絵をきっかけに、ネットで名前の付け方が論じられますね。