皆さんの















良縁祈願短歌・作者別講評



原なみゑ
あなたとの想い出いくつ冬の夜の星屑みたいに煌いている
ことことと寒天を煮るゆつくりと固まつていく人生であれ

冬の星空が見えるようです。空が曇っているときも、この雲の上には満点の星空があるのだと思うと、慰められますね。想い出とは、すでに過去であるがゆえに、永遠に美しいまま存在し得るのでしょう。


犬飼信吾
君といる今だけは今、今だけでもいいから世界よ平和であれ
はやく肉体関係になりたいとズボンの中で叫ぶMyson
もし君が空になるなら僕は雲 隠しちゃいたいぐらい愛してる

「隠しちゃいたいぐらい愛してる」と、女性は言われてみたいものです。ズボンで叫ぶジュニアの歌も魅力的です。平素の会話で言えないことも、歌の中では言える。それが、歌うことの素晴らしさを思えます。


はせがわゆづ
傷ついた小指ですけど見捨てずに真っ赤な糸を結んで(神様)
次に目が会った人と結ばれるジンクス瞼おろせば真夜中

「見捨てずに」に込められた思いがせつないです。誰もが、まっさらではないけれど、見捨てずいてほしい、まっさらのように愛されたいと願っているのではないでしょうか。神様、と呼びかけずにいられないところもよいと思います。


佐藤文彦
100$でいいわと言われ ぐらついて
好みなだけに
1杯驕る(モスクワ)

町医者は重慶(チョンチン)出身
太い針
恨み晴らすが如くぶっさす(チベット)

安宿で全て盗られてキレた君
友よ嘆くな
それもまた旅(エルサレム)

恨みを晴らす歌には、迫力があります。人間の負の部分をわしづかみにする一方で、「友よ嘆くな」という優しい呼びかけもある。こんなふうに、負の部分にも目を背けず、優しい呼びかけも失わずにいていくれる人が、終生の友人や恋人であってくれたら、と思わされます。


伊勢谷小枝子
ねえ次の火曜の夜から水曜の朝にかけては一緒にいてよ
親指が生んだ「またね」という秘密 送信 祈る手つきでたたむ

曜日が指定され、お願いが具体的です。抽象的なお願いより、具体的に書いてあったほうが、神様も叶えやすい気がするし、叶えてあげたいと思われるような気がします。「またね」は、仮にそれが、いつかの終わりを予感しながらの願いであるとしても、すべての恋人たちの心願に違いありません。もし人生が二度あれば、叶えられるであろう願いが、どんなに多いことでしょうか。


キクチアヤコ
行き先は決まっているから何度でも編み直すモヘア 続きは明日
わが夢がわれを切り裂く時ありて人の歌へと埋もれる日々

この夢の歌はいいなぁ。夢を夢でなくしたい、建設へ向かう努力の途上で、人は、傷だらけになるのですね。愛もそうだと思います。


劇研の山下
加賀マリ子屈む真理子も確実に老ひても恋は酷き唇紅
有田でも信楽でもない水甕座「あなたに溢れる泪あげるわ」
「言っただろ」肩で息して駆け寄ってすれ違いたる麒麟草
老境に静かに入らむ峪間に生活【たつき】の煙ただよひにけり
「お互ひにこれからのこと言へなくなったって」でも幸せなんて無理をするなよ
「あなたとつながっている刻が一番幸せ」なんてほとんど君はシロツメ草だ
「ありのままの君でいいよ」ちょっと断定しない正直が好き
冬将軍、一兵卒の来る前に告白すべき白き山茶花
あなたへの思ひを乗せて流星号とべマクドナルドの月見バーガー
性愛も貼りついてゐる手のひらは虚偽記載の日記なりけり
キヨスクもファミマにもバラの花置いてないからゴメン記念日
半分づつの心ふたつを合わせてもひとつになれぬピザーラ・ハット
百万ぺん掌をついて謝っているもみぢ葉をゆるしませぬと初霜なりき

シロツメ草の歌に、幸福が見え隠れしています。列島には、冬将軍の到来……しかし、暮らしのささやかな扉をノックする冬は、一兵卒のようにささやかで名も無いのでしょう。人を愛することは、美しいこと。好きになる気持ちは、どんな場合も尊いものです。山茶花の清らかな白が、それを訴えているように感じます。


新井蜜
いろいろな色に染まってしまったが生まれたままできみに会いたい
人生をやり直せるならもう一度俺を選んでくれるか君は

いろいろな色に染まった自分……責任や義務と闘う大人の日々を生きる自分です。生まれたままで、大好きな人に抱きしめられたい。愛について、わたしも、三十代の終わり頃から、そんなふうに思うことが多くなりました。若い頃は、経験が欲しかったのに。


中野玉子
足の裏くっつけ合って体温を交換したい 雪が降ったら

そのために、雪の降る夜が待たれるのですね。愛し合うのに格別な、その夜が……。


平賀谷友里
逢うために生まれて あなたに逢ったから生きていく これはそういう出逢い

生命をくれるのが親だとしたら、人生には、魂を目覚めさせる出逢いというのが、確かにあります。誰しも、そういう出逢いを望んでいるでしょう。それは、男女を超えたところにある場合も、しばしばですね。


振戸りく
いつだって空を見上げてしまうのはそれがあなたとつながってるから
あれはもうお嫁にいくと決めていたまぶしいくらい二十歳のわたし

天体の動き、大気の流れは、どこにあっても人と人をつないでいると感じさせてくれますね。一般に歌を作るとき、指示語はなるべく使わないほうがよい。散文に流れる場合が大半なので、なるべく使わないように作ってみてください。余談ですが、里中満智子が昔、ウェディングドレスのデザインをするとき、白は使わないと決めてデザインするデザイナー志望の少女の物語を描いていました。ある程度、さらっと描けるようになってきたら、自分でハードルを設定してみてください。マンネリズムに陥らずに済むのです。


佐田やよい
この指が覚えていればこの指を忘れぬはずと握る 冬の日
熱なんてなくたっていい咳をする君のおでこに手をあてている

その人は、もう遠い人なんでしょうか。冬の日の孤独、渇きのなかで、ここに書かれた指は、約束し合った指のように思います。孤独を癒すのは愛ですが、信頼は、孤独に立ち向かう勇気をくれるのですね。おでこの歌、素晴らしいです。親子でも、男女でも、好きな人には、いつも触れてみたい、触れていたい。その願いが伝わってきます。


岡崎
この馬鹿な女がホワイトチョコレートのような冬を過ごすのはダメ?


ストレートである、というだけで一つの美だとわたしは思うのです。小手先でないもの、小細工のないものは、伝達力を持ち得ます。


宮田ふゆこ
通り雨浴びる勇気はもうなくて部屋にいますがお茶はあります


一度ならずと折り雨を浴びたのでしょうね。だから、びしょ濡れになった後に体を暖めてくれる、一杯のお茶のよろしさを、作者は知っているのでしょう。通り雨に濡れた人が立ち寄る、そんな場所を作れますように。


岡本雅哉
真夜中の遠距離通話おもむろに寝息になれば耳で添い寝す
いつかみた雪の原っぱはしゃぐ夢 きみもいたよね?ぼくの気のせい?
あの人にほめられるとてもくすぐったい こどものこしょこしょばなしみたいに
野暮だろう電車でいちゃつくカップルも彼らに目くじら立ててる僕も
今知った 涙は女の武器だけど男にとってはそうじゃないんだ
おんなとは煮え湯のませたその口にディープキッスをねだるいきもの

大切に思う人がある。大切な人と傷つけ合うこともある。愛する人の、明暗の両面を受け入れたいという願いが伝わってきます。「おんなとは」の歌を、女性を傷つける表現ととらえるのは、創作という作業の意味を知らないことになります。一つの対象の、さまざまな面を受け入れてこそ、歌が成るのですのですから。


西村修平
雪道を添ひゆく足取おぼつかず二人の行方なほおぼつかず
峠ゆくカーブのたびに感情の傾斜を抑へきみとドライブ
添ふ女(ひと)のワインレッドの裳裾ゆれ銀杏ちるなり夕陽の外苑
なにごともなき石なれど拾ひしは羅臼の磯の香分つがために

小説や映画のワンシーンのように華麗な歌。女性が美しく描かれています。殿方が女性を美しく描くのは、疑いなく徳行です。これはわたし自身の「ことだま」体験ですが、男をわるく書きますと、やはり男運は下がりますし、女をわるく書きますと、やはり女運がさがってしまうのです。それを受け入れてなお、そのように表現できるかということを常に思うのです。


小野伊都子
トーストとバターみたいにしっくりとくる私たち ジャムはいらない
いつまでもそこに流れるその水が同じ匂いでありますように
ふくれ面なんてあなたの前でしかしないよ 今日も口を尖らす
いつだってあなたの椅子は私だけ座れるものでありますように
いつだって私の椅子はあなただけ座れるようにしておくからね

やはり「ジャムはいらない」の歌が秀逸です。辰巳独自の「ことだま論」からいうと、「しておくからね」の歌は、あまりゲンがよくありません。あくまでも祈願するなら、ということでお聞きください。座っているそのとき、誰よりも愛されているなら、それでいいではないか。あくまでも祈願短歌としてですが、ならば、「あなたがずっと座っていてくれますように」と望むのが、よいように思うのです。


窪田政男

七寸に君の肌着をたたみをり十文七分の観念持ちて

丁寧に畳まれた肌着、下着ではなく。このひとひらの布が、愛する人を暖かく包んでくれますように。わたしもお祈りします。


モーフ
もうすでに出会ってるらしい運命の人があなたでありますように

占い師さんの言葉でしょうか。運命は作ってゆくものでもありますから、そのように運びましょう。また、運命であれば、人は、そのように運ばずにいられないものです。



よろず祈願短歌・作者別講評



泉 さやか
ばあちゃんに凪いだ海へと日が沈むあの一瞬をまた見せるんだ

見せる、と念じるだけで、同じ風景を見ているかもしれません。だって、わたしにも、さやかさんの見ている、まばゆい夕映えの海が見えますもの。


西村修平
十和田湖の秋水すくへば短かりし旅の名残が雫とこぼるる
くちべにの真紅き想ひたとふれば湖畔に燃ゆる十和田のもみじ葉
若き日に見えざる枯野の美しき虚飾を削ぎし真冬の木立
僧ひとり庭を掃きゐる古寺の銀杏ひとひら散り逝くしづけさ

西村さんは、うかつに講評できないほど、お達者です。しかし、このなかでも「若き日に」の歌が、最高に光っているでしょう。風景を描写しているだけでなく、作者が、これからの人生に何を求めて生きようとしているのか、真冬でありながら、未来のすーっと見えているような歌だからです。


こしよの
勉強もできない走るのも遅いのび太みたいに幸せになれ

そうなんですよね。人に助けられて生きる、愛されて生きる、幸せは、他者の助力や支えを素直に感じられるとき、しみじみと満ちてきます。


劇研の山下
人生はいたるところに壁があり 鼻血ながして駆けよ少年
「これが、のど仏です」自慢げに焼場職員かかげて見せり
日暮里の手相見のおばちゃんの生活【くらし】楽にならざりぢっと手を見る
朝焼けがサッシをつたひ来るさまをふたりの指でなぞらひにけり
義父のした不倫相手の手土産は兎のいない朱い月餅
分別ポリバケツみたいな青春の茶碗蒸し でかい銀杏・駝鳥の卵
「麗子微笑」の顔真似をする清水ミチコが今日一番の収穫なりき
少子化の傾向にして雄ばかり葉を散らしゐる銀杏並木は
みぎひだりひだりを上げて転倒す エアロビクス初級教室
冬の体育館にモップがけするとき天窓に麒麟座またたいてをり

山下さんの歌は、成熟した大人の目線と、幼い子供の発見が共存しています。発見がすっきり、冴え渡って見えるとき、とても輝くようです。体育館に天窓……あったかしら。でも、この世の体育館の全部に、天窓があるような気がしてきます。


新井蜜
新しい鞄を持ってランララン最終バスを追いかけていく
半額のDVDよ 腹の出たT-REXの姿さらすな
焼きたてのナンをちぎって食べるきみの下唇のナンの小片

どの歌もウキウキした気分の伝わってくる歌。読者を確実に元気にしてくれます。「ランララン」のような、ひねくらない表現が、かえって新鮮。「下唇」はちょっとエッチでいいにょ……そして爽やかです。


岡本雅哉
出発(たびだち)の帆を揚げる時どの顔も空を見上げる さあ風よ吹け
冷え切った僕をあたためる 湯豆腐をくずさぬようによそう優しさ

湯豆腐をくずさぬようによそう優しさ、これ決まってますねぇ。そのようになさる女性も素敵ですが、そのように受け止める殿方も素敵。ゆとり、くつろぎがあふれています。


poorguy
この心誰にか届く訳も無く明日の空よ天気になぁれ

これは、飾らないよい歌の見本ですよ。作者は、大空、それも大夕焼けを見ている気がします。


キクチアヤコ
憂鬱の最中に「カルビ」の文字を見て顔を上げたよ「ユッケ食べたい」

わたしも、ユッケ食べたい。もうもうした煙も見えるよう。焼肉がもたらす活力を伝えてくれます。ビールもぐびぐび飲みたいねぇ。彼氏に連れてって、とリクエストしているようなところが、いいね。


窪田政男
不吉なり差されたままの朝刊君出社せず我が帰宅す
林檎むきタオルを冷やし手を当てる不整脈には不要 切なき

不整脈には不要でも……その人に、作者の手当が何より必要なはず。きっと、人には、ただ手を握り合うだけのようなこと、ぬくもりが、いちばん必要なんですね。


舟橋剛二
厚着するわが頭上にてすべて葉を捨てて銀杏は誰より自由
満員の冬の列車はマスクする人ばかりまだ死を願ふわれ
翼なき鳥になりたしいま見える哀しみすべて忘れるために
欲しいもの手に入れるたび汚れゆくこの手をつつむ一つの手あれ

制作順に、作者の心がだんだん自由になってゆくプロセスを見るようです。たくさん作ってくださいね。歌いながら、自由を手にしていってください。舟橋君は、もうずいぶん達者で、新鋭歌人の一人でもあり、わたしのアドバイスは過剰かもしれないけど、自分の歌を、一首ずつ完成させることにこだわらず、ときには、歌の中で遊んでみてください。


小椋庵月
これからもアイツのみぎにいますよう 天神さんに無理いってみる

席替えの歌なのかな。決してひっつかない机と机の間に、ほんのりまったりしたムードが漂っています。心地よい距離感を描き得ています。



皆さんのアクセスに感謝いたします。(2006.12.30)