げっきゅうのかい
2017年2月15日更新(まずヤフーの広告があります。画面を下にお進みください。)




















《主・宰・の・ひ・と・り・ご・と》
Consequently, the literary magazine “Gekkyu Vol.17” has published in February 12, 2017. Mr. Shinji Yoshida is the newest and youngest member, but he has already had the second child. He and his family moved from Tokyo to Hokkaido recently so as to grow their children cheerfully. He is describing his first son and their hope against thick snow. Before his new family member was born, I had finished all editing tasks. So, this is the first time that I say congratulations on the birth of his baby. Ms. Namiko Makari is a member in this literary group for years. She is bravely pouring love feelings to her darling in her 20 tanka works entitled “Daria” with creditable rhetoric. Furthermore, this booklet is featuring that Mr. Motonori Sato and I deepen the famous classical literature “Kokin-wakashu” in each way. Mr. Sato wrote a essay about it. His analysis is a greater help for me. And I freely interpreted 101 waka poems in both English and Japanese from among the classical literature. However, my English skill is not well yet. Because I have taught it myself for just a few years. Originally, I did not so much like to study foreign languages, though, the inception which I began to study another language was my remote mother's illness and my close son's disorder. At that time, I had no choice but to pray for her recovery and I mostly nursed for him. When I started studying English, I thought it the cause to make myself released from feeling these hurdles. So I began to view children who have difficulties in bad circumstances around the world. While my struggling, I have come to realize that my wish is to face our problems and to share the painful mind with my beloved. In other words, reading and writing in foreign language let me open to things worldwide.
(随時更新。バックナンバーは下記へ)

(17号表紙)

(16号誌面)

(14号版下)

(11号表紙)

(13号挿絵版下)

《最新情報》
お待たせしました!「月鞠」17号、出来!!
賛助会員、また、定期購読してくださる方を募集しております。申込は下記、発行所へ直接。
頒価千円。



――――――――――――――――― 「月鞠」第17号

【目次】
百首歌 「そらとうみ」、古典研究 「Natural Beauty 古今和歌集101首鑑賞」……辰巳泰子
二十首歌「鈴懸」、古典研究「聳秀の集―『古今和歌集』のうつろはぬ美―」……佐藤元紀
二十首歌「ダアリア」……真狩浪子
Art Gallery「秋→移住→冬」 ……吉田慎司


【スタッフワーク】
編集発行人……辰巳泰子
校正……真狩浪子ほか
歌会幹事……佐藤元紀
挿絵デザイン……ya
印刷・製本……大陽出版


【体裁】
B5判、本文60ページ
表紙一色刷、本文スミ刷
無線右綴じ(17号左綴じ)


―――――――――――――――――― 月鞠の会とは


月鞠の会(げっきゅうのかい)は、2008年9月13日に発足した、歌人・辰巳泰子を主宰とする短歌結社であり、文芸に関する活動を目的としています。
年2回、機関紙「月鞠」を不定期発行し、会員は詩歌を中心とした作品、エッセイなどを発表できます。入会もしくはご購読を希望される方は、下記をお読みになり、発行所までお申し込みください。
なお「月鞠」は、2000年1月10日付、創刊され、第1〜5号まで結社の形態を取らず辰巳泰子個人編集の文芸誌として発行され、梅内美華子、大塚寅彦、高島裕、森本平らの参加を得ました。その後、しばらく休刊していましたが、2009年1月10日付、復刊記念第6号をもち結社誌として再出発。只今メンバー募集中!!
バックナンバーの目録は下記。誌面についての皆様のご意見ご感想を、いつもお待ちしております。



【ご購読のご案内】
・結社誌「月鞠」には、毎号、辰巳泰子の百首歌が掲載されます。
・頒価千円。送料無料。ただし振込手数料をご負担ください。
・購読を希望される方は、購読号、部数、ご住所、お電話番号、氏名を明記のうえ、電子メール(tatumilive☆yahoo.co.jp ☆→@)にてお申し込みを。辰巳が見落とさないよう、件名に「月鞠」の語を含めてください。
・郵送でのお申し込みは下記所在地へ。


【ご入会のご案内】
・何らかの形で当会の活動を賛助する会員を、賛助会員と呼びます。
・参加は1号毎に更新されますが、継続を呼びかけています。期間の定めのないお休みには、復帰の際、レポートをお願いする場合がございます。
・本誌1〜2ページを自由に使っていただきます。目安として10〜20首程度の作品をお寄せください。
・賛助会員としてのご参加を希望される方は、電子メール(tatumilive☆yahoo.co.jp ☆→@)にて、氏名とご連絡先を明記の上お申し込みを。辰巳が見落とさないよう、件名に「月鞠」の語を含めてください。
・郵送でのお申し込みは、下記所在地へ。入会のお申込みが郵送による場合でも、編集会議、会計報告などさせていただく都合上、連絡用のメールアドレスをお知らせください。どうぞよろしくお願いします。
・作品への助言を希望される方は、お申し出ください。
・1号につき1万円の会費納入をお願いします。


【入会資格】
年齢、性別、身分、思想信条等の制限はありません。どなたさまもご入会でき、本誌の編集企画に参加できます。ただし、非暴力でお願いします。


【会費・カンパ・誌代の振込先】
東京都民銀行 三鷹支店 普通預金
口座番号 4018765
口座名義 辰巳 泰子(タツミ ヤスコ)

【見本誌の寄贈】
入会希望者と、当会及び辰巳泰子の活動宣伝にご協力をいただいた方、お願いします方には、見本誌を寄贈しております。


【会計報告】
賛助会員の皆さんへ適宜、会計報告をしております。


【歌会】
歌会については未定。


【指導方針】
添削はしません。改作案をそのまま受け入れ、「先生の言ったとおりにしました」は、いかがなものか。やはりその人の作品ですから、最後は、その人自身で考え、決定してほしい。その他、作品についての考え方は、「大事なことから目を背けるな!」に書きました。添削はしませんが、お書き直しいただく場合が発生します。どうぞよろしくお願いします。


【ご寄稿のお願い】
・外部からのご寄稿を、主宰から依頼いたします。
・些少ですが原稿料のお支払いがございます。


【ボランティアスタッフ募集中!】
・挿絵のご提供、編集のお手伝いなどをお願いいたします。
・紙面に活動を告知宣伝することができます。


【発行所の所在地】
本誌に明記。メールでまず、お申込みください。所在地については、お申込みくださった方に限り、あらかじめお伝えさせていただきます。
tatumilive☆yahoo.co.jp(☆→@)


【バックナンバーのご案内】
第1〜5号のご案内(クリックどうぞ)

★第16号のご案内
随想「詞あさきに似て」……佐藤明彦/小説「石榴の花が咲いた日に」(20枚)……サンタ/Art Gallery「キャンプにて」……吉田慎司/百首歌「あん」、歌論七「おいしい水とコーヒー」……辰巳泰子/二十首歌「止息」……佐藤元紀/二十首歌「月にはうさぎ」……真狩浪子/二十首歌「一年」……根本洋輝

★第15号のご案内
百首歌「夏越」、歌論六「主体と話法」、書評「バリバリ――川本浩美『起伏と遠景』」……辰巳泰子/二十首歌「葉擦れの音」……真狩浪子/二十首歌「あやとり」……根本洋輝/二十首歌「犬のおいらとおばちゃん」(五)……吉崎あかり/二十首歌「煩懣(はんもん)」……佐藤元紀

★第14号のご案内
小説 「約束」(78枚)、百首歌 「生きとし生けるものの歌」……辰巳泰子/十首歌「犬のおいらとおばちやん」(四)……吉崎あかり/十首歌「Summer time」……七篠空(根本洋輝)/十首歌「綏寧」……佐藤元紀/十首歌「青い鬼灯」……真狩浪子/十首歌「虹の根本」……窪田政男/随筆「痛惜―佐々木実之『日想』に寄せて―」……佐藤元紀/説話「こぬさか草子 阿部先生」……辰巳千枝子/前号批評「写実とブルース」 ……辰巳泰子

★第13号のご案内
百首歌(長歌の料理レシピと短歌)「赤まんまの覚え歌」……辰巳泰子/十首歌「犬のおいらとおばちやん」……吉崎あかり/十首歌「風霜」……佐藤元紀/十首歌「落葉を拾ふ」……窪田政男/随筆「魂極る」……佐藤元紀/説話「こぬさか草子 番外」……辰巳千枝子/前号批評「光を操る」……窪田政男/歌論五(12号再掲)「命令形の優しさ」……辰巳泰子

★第12号のご案内
百首歌「黄砂にまぎれて」……辰巳泰子/十首歌「おいらとおばちやん」……吉崎あかり/十首歌「涸轍」……佐藤元紀/十首歌「ないまぜ」……真狩浪子/二十首歌「七曜表」……窪田政男/説話「こぬさか草子 其の七 あの人」……辰巳千枝子/前号批評……佐藤元紀

★第11号のご案内
小説(160枚) 「葛葉」……辰巳泰子/十首歌「犬の口」……吉崎あかり/十首歌「命ひとつ」……窪田政男/十首歌「夜」……根本洋輝/十首歌「泉韻」……佐藤元紀/十首歌「箇条書き」……真狩浪子/説話「こぬさか草子 其の六 加じ、その長男」……辰巳千枝子/百首歌 「星合」……辰巳泰子/前号批評 ……真狩浪子/歌論4 ……辰巳泰子

★第10号のご案内
小説「トムの日記」(110枚) ……辰巳泰子/十首歌と小文「食傾――料理小論」……佐藤元紀/十首歌「眠りの岸」……真狩浪子/十首歌「寒風」……根本洋輝/十首歌「暦二〇〇五」……窪田政男/五首歌「銀にかがやく」……西村修平/説話「こぬさか草子 其の五 加じ(二)」……辰巳千枝子/百首歌 「近江行」……辰巳泰子 ※前号批評、歌論は休載。

★第9号のご案内
百首歌「ひよどり」……辰巳泰子/ツイッター短歌教室「夜な夜な」……辰巳泰子×窪田政男/十首歌「秋桜のつぼみ」……真狩浪子/十首歌「朝焼け」……窪田政男/十首歌「錯乱」……佐藤元紀/十首歌「母」、前号批評……根本洋輝/五首歌「銀座二丁目」……西村修平/説話「こぬさか草子 其の四 加じ」……辰巳千枝子 ※前号批評、歌論は休載。

★第8号のご案内
百首歌 「かはせみ」、小説「ツタヤスミコ」(108枚)、歌論3……辰巳泰子/十首歌「左の役目」……真狩浪子/十首歌「どろの舟」……窪田政男/十首歌「花の幻影2」……西村修平/十首歌「コルク」……法橋ひらく/十首歌「ひとり上手」……根本洋輝/十首歌「横恣」……佐藤元紀/説話「こぬさか草子 其の三 安政生まれ」……辰巳千枝子/前号批評 ……松村由利子

★第7号のご案内
百首歌 「落とし文」、歌論2……辰巳泰子/十首歌「にちようび」……瀧澤淳子/十首歌「雨の日は」……真狩浪子/十首歌「甘夏」……窪田政男/十首歌「俯仰」……佐藤元紀/十首歌「花の幻影」西村修平/説話「こぬさか草子 其の二 きいやん」……辰巳千枝子/前号批評 ……三井修(外部)/回文「晴れオホーツク」……徳永未来


★第6号のご案内
百首歌 「懸想文」、歌論……辰巳泰子/三十首歌「綿の実」……山本まき /十首歌「衣更へ」……真狩浪子/十首歌「まんまる」……瀧澤淳子/説話「こぬさか草子 其の一」……辰巳千枝子/「私と短歌」……鈴木理栄


《主宰のひとりごと/過去記事》
前回の更新から、一年余。甘えられるところに甘えて、また、ながらくご無沙汰をしてしまいました。このあいだ、口座からの借入金を清算できました一方で、第6号〜14号まで、「こぬさか草子」を連載していた母千枝子が亡くなりました。痛手の折、賛助会員の方から、カステラをいただきました。カステラといえば、思い出す言葉があります。「こんなときに、何も食われへん」「何をいうんや、食うてみぃ」「う……。うまい!」「そやろ。うまいもんは、いつ食うても、うまいんや!」「どてらい男」というテレビドラマを、丁稚奉公を経て蒲鉾屋を立ち上げた祖父母の戦後に重ね、観ていたものです。「うまいもんは、いつ食うてもうまい」は、汽車の中で知り合ったケーキ職人が、父危篤の故郷へ向かう主人公に、カステラを勧めた折の言葉。母の告別式には、息子が向かいました。大阪から三鷹へ戻って、いただいたカステラをほおばって、おなじように、言いました。「う、うまいなぁ……」あすは、立春。あなたにこそ、どうか、素晴らしい春でありますように。 (16.2.3)

いつも、ありがとうございます! ときどき、会計報告の開示をさせていただいております。「月鞠」15号の支出は、雑費込60000円でした。内訳は、会員各位へメールにてご報告をさしあげました。口座残高は、59178円。手持ちの現金として30000円。これらのうち、15号へのカンパ金が25000円。現在、賛助会費につきましては、全員からご入金いただけておりますが、辰巳の借り入れが、まだ12万円分、返済されず残っております。お恥ずかしい限りですが、今後とも、よろしくお願い申し上げます。辰巳泰子拝。 (15.12.24)

オン カカカ ヴィッ サンマエイ スヴァーハッ! サンスクリット語に近づけて声に出す地蔵菩薩のマントラは、病む人が、また動物が、何か吐き出すときの音に、似ています。お地蔵様のマントラは、何もわるいことしないのに、この世の苦しみ背負う生命のために、あるそうです。くり返し唱えると、背中をさすりに来てくださるでしょうか。神仏のあるなしは、わからないけれど、遠い古代から今のあなたを想って、少しでもらくになってねって、念じてくれた人が、あるんですよ。歌にも通じるものが、ありますね。 (14.12.16)

よいお知らせ。過去16年間の、あらゆる書評のなかから、「後世に次ぐ貴重な書評」5000点をまとめたご本が、共同通信社と三省堂の共同事業として、出版されるそうです。そのなかに、自分のかつて執筆した書評が、選ばれました。ご関係の各位に、感謝申し上げます。さて、月鞠次号、15号は、発行の準備に入っています。進捗は、会員各位、いつもの倍の20首を執筆中。辰巳が、連載の百首歌を書き上げたところ。 皆、多病や多難を労り合いつつ、ゆっくりかまえ、年内の発行を予定。あきらめたら、あかんで。 (14.8.31)

この2月、首都圏は、二度の記録的大雪に見舞われました。今年は地域の役員であったことから、年度末の大仕事とばかり、雪かきを体験。地域には、さまざまな人がいて、役員を引き受けなければ、知らずに済んだことが、数多くありました。これでもかと吹雪くなか、もう、自室に戻ろうとしたとき、閃いたんです。地域活動への嫌がらせを続ける、あの名物の輩、代々の役員が、次々と、ひどい目に遭わされ、わたしもやられました。そうだ……。あの輩の住む辺りの雪を、かいておこう、って。それは、この一年の、自分の、けじめのようなものでした。ご褒美でしょうか。今夜、帰途につきつつ、白梅の花の、三分咲きに逢いました。ふと顔をあげる気になったのは、知らず、香りに肩を叩かれたからに違いありません。「お疲れさま!」 空には、朧月。春が、懐に飛び込んできた瞬間でした。(14.2.17)

東日本大震災の被災地復興がなされないまま、言論や表現に政治の圧力のかかる時代が、やってきました。しかも、驚くほど急激に……。いま、できること。あはたはどうか、暗い気持ちにならないで。そして、これから大切なこと。自分の来た道を振り返ったとき、自由な時代にしておくべき仕事を、わたしたちは、してこれました。戦争や政治について、愛について、年齢的にも、そのときにしかできない表現を、選んでこれました。わたし、これから、運慶になります。漱石の「夢十夜」によると、運慶は、木のなかに仏のおられるのがわかるので、木を削ってゆけばよいだけだったと。ですからわたしも、傷つけず、取り出そうと思うんです。人のなかから、慈悲の心を。それが、自分の、これからの時代にすべき仕事、年齢もかなって、できる仕事ではあるまいか。(13.12.11)

台風18号、26号が、列島を荒らし去り、間もおかず時雨の寒さ。月鞠の会では、会員を、募集中ですが、募集するのは、運営維持のため。会員となられた方が、全員、わたしの弟子かというと、違います。また、指導を望まれる方が、会費を払い、会員となられた瞬間から弟子かというと、それも、違います。わたしの歌の師匠は、高瀬一誌さん。かつて、短歌人という結社に、19歳から33歳までの14年間、所属しました。高瀬さん、わたしは、師匠と呼ばれたくて、月鞠の会を、立ち上げたのではありません。高瀬さんは、ヒエラルキーを否定していました。「短歌人にセンセイはいない」が、スローガンのようでした。月鞠の会は、あなたの弟子でいるために、立ち上げました。あなたを、忘れないために。……あの人なら、なんというだろうか、なんとしただろうかと、対話があり続ける。それを師弟と、感じています。学びを求める人は、どんな相手、どんなこと、どんなものからでも愚直に、導きをひきだすもの。高瀬さんのおっしゃったとおり。センセイは、確かに、いません。学びを求める人を、ひとえに、弟子と呼ぶばかり。自ずからなる分を、果たしてゆければ、幸いです。(13.11.7)

14号に、自転車の絵を描きました。言うまでもなく、絵は素人です。でも、絵も言葉も、写生の大切さは、同じに思います。教室があります、本日のお題があります、そこで、写生についてのレクチャーを受ければ、写生の勉強をした気になります。しかし、写生をする人は、多くはありません。わたしも自分が、得意の短歌ではなく、「お絵描き」するとき、その難しさを感じます。輪郭から描くな……では、どこから描くかと、まず、思います。自転車は、車輪から描いては、多分もう、台無し。自分にとって描きやすい、サドルから描きました。その一枚目、車輪はひどくぶかぶかとして、車輪ですらなく、輪切りレモンに見えました。しかし、サドルから描いたことで、車輪に輪切りレモンを発想でき、同時に、輪切りレモンから、またもっと、新味の何かを発想できないかというふうに、アイデアは発展します。発見は、錬金術のように連続するもの。しかし下手ですから、発想を、受け手に共有させられるほどな画力が、ありません。ですから、せめて自転車らしく、何も見ず空で描けるようになるまで、何枚も何枚も、同じものを描き、さらっと描けたものをしまいには、使います。それでも下手をまるだしなのだから、受け手に狙いを伝えられるほど能く描くには、もっと写生の練習、せめても、心づもりがいると思うばかり。そして、このプロセスは、百首の連作を短期間に仕上げるのと似ており、写生があらゆる基本になると、説くのはそこ。輪郭から描いたものは、写生ではありません。その輪郭に何をどう、取って付けても、描かれたものは、記号です。しかし、見てすぐ、それとわかる記号があると、見た人を安心させられます。すぐれた表現者は、輪郭を持って、他者を安心させることもまた、できるのでしょう。(13.10.14)

すっかり涼しく、秋らしくなりました。日蔭にいると、遠く大通りがキラキラ光って見えました。昨年来、家族が次々と倒れ、いまそれぞれに、癒えゆく人。癒えゆく人は、社会に復帰してからむしろ、多くの支えを必要とするのだと、実感しながらこれを書いています。いまは、野分の時期なのかな……。一つ過ぎては次の野分、あなたの魂は、季節が移り変わるように、嵐に花を散らしながら、次の年にはさらに幹ふとく、いつのまにかたくましく変貌を遂げることでしょう。嵐の中にいるときは、もはやこれまでかと考えますし、過ぎ去った嵐の後を立ち直るのは、心の整理とともに実働がいる。そればかりは、誰かが代わってくれるわけもなく。あなたは、それをわかっているからこそ、ほかでもなく焦るのでしょう。急いだところで、人生の小舟の寄り付くさきは、どなたさまも、似たようなもの。ここは焦らず着実に。そして、愛するひとを、大切に。(2013.9.28)

きょうは、地蔵盆でした。小さな子が、浴衣の帯をひらめかせ、念仏車のてっぺんに、何かを置いて走り去りました。近づくとそれは、蝉の抜け殻でした。そのときは、抜け殻を、労しいと思いました。ですから、そっとつまんで、弁天池へ放ちました。そして、抜け殻が、草生へ着地した瞬間、はっとしたんです。抜け殻が、私か。違う。私は、抜け殻を一つ、一つ、後にし、力いっぱい生きる者である。歳月、極まって、いつか、抜け殻であるほかなく生きるとしても……。惜しんでくれる童子の、ありますように。まだまだ、時間があります。力いっぱい、生きるほかなく。いのちの限り、歌うほかなく。 (13.7.22)

前回のひとりごとから、桜咲き、梅雨も明け、はや大暑。季節一つぶん、過ぎ去りました。さて、口座から貸付を受けた7万円は、その後、8万円増、合算し15万円にまで膨らむ事態となり、皆様には多大なご心配をおかけしました。伏してお詫び申し上げます。今月に入りようやく、1/3の返金(5万円)ができました。それに、次号(14号)の誌面計画も、定まってまいりました。今後ですが、次号は、9月末日校了、10月中旬の発行を予定。14号の誌面には、皆様からお送りいただいたご本の、書評をプラスします。貸付金増の理由につきましては、生計を支え合う息子が昨年春、働き過ぎによって体調を崩し、加療を受けつつ一年余、そのあいだ職を得られず、この4〜6月にかけ、生活費をも借り入れる事態に発展したことによりました。現在は、息子の体調のほう落ち着き、仕事も得られ、返金をスタートさせるに至り、清算は、次号発行にタイミングを合わせられそうです。……一年余りものあいだ、自分一人の微々たる収入で、おとな二人が暮らせたのは、すでに底はつきましたが、息子に、働いたなりの貯金あってのことでした。雇用の面でも公的サービスの面でも、若者は、受難の時代となりました。生活保護法改正によって、支給額の切り下げられるのを、他人事と思えずにおります。皆さんも、ご病気にはお気をつけください。お見守りに感謝申し上げます。(13.7.20)

13号の発行から、ひと月が経ちました。さて、この場を借り、会計報告とさせていただきます。会計報告は号毎。当初、賛助会員にのみ報告、共有の情報としていましたが、報告自体、特に不要とされる方もあり、収入の部については、個人情報を含むため秘匿を望まれる方もあって、現在、支出の部のみを公開とし、収入の部については、賛助会員の要望に合わせ、個別におこなっています。13号、支出の部は、印刷製本……38500円/文具代(封筒、用紙、インクなど)……5200円/交通費……1180円/配送料……20000円/コピー代など雑費……1120円/※備品代……10000円/※貸付……70000円。これらの合計……146000円。※備品代、貸付についてご説明します。パソコンは、一台の減価償却期間を過ぎ、そのあいだ、月鞠7〜13号の版下を製作。故障修理相次ぎ、つきましては、月鞠の会の口座から上記金額を備品代として充当。別途、新機購入のため、上記金額を版下製作者に貸し付けました。専従の物品ではないので、月鞠の会として、全額の負担はしません。貸付としての処理です。精算は、14号の発行と同時を目処に。貸付については、事前に、ご賛助の一部会員(窪田さん)に相談。独断の事後報告ではない点、ご承知いただければ、主宰としては助かります。大変遅くなりましたが、この記事をもちまして、13号の会計報告とさせていただきたく。(13.3.12)

気づけば、白梅の花が咲き始め、さっき、朝の散歩に、二羽のメジロを見かけました。文字どおり比翼連理のさまを、好ましく見ていると、ほつっ……。お尻から、落し物。間髪入れず飛び去ったのが、また、可愛くて。おなじ場所で、夜、ハクビシンを見かけたこともあります。猫によく似て、でも、猫のわりに尻尾がふさふさしすぎているし、顔の形も違ってる。呼び止めると、振り向きました。鼻筋が、白かった。それで、ハクビシンとわかりました。あっちは塀の上、こっちは路上。しばし見つめ合い、ハクビシンのほうから緊張の糸を切るように、走り去ってゆきました。そこは、自宅のすぐそば。野原でもなく、団地の一角。自転車置き場に少しの庭があるぐらい。秋には紅白の曼珠沙華が咲きます。きょうから、三月。メジロの飛び去ったあと、沈丁花のつぼみの膨らむのを、確かめました。恵方へ運びましょう。自分を痛めつけず、かつ、誰も悲しまずにいられるよう、決めつけず、あきらめず、恵方へ。(13.3.1)

未明のいま、食事を済ませました。一袋29円がさらに40%引きになっていたもやしを2袋、ゆがいてドレッシングで和えたのをタッパーに詰め、残りを生姜ともやしのスープにしました。それから。牛蒡と人参を薄味に煮付け、あたたかいうち半分ほどいただいて、日頃五個250円の豚肉入りコロッケが175円になっていたのをレンジで一つ温め、中濃ソースをかけて白いご飯といただきました。冷蔵庫では、一杯60円だった解凍もののするめいかが、いい感じで塩辛となりつつあります。13号では、こうした日頃の料理を、あるがまま、百首の歌に書きました。ご飯と食事なら、わたしは、食事という言い方が、なんとなく好き。大事、些事、食事。一日の、節目の「こと」として食事がある。美食、粗食、間食、夜食……内容形式を問わず、節目をうまく乗り切れた感じのするときに、いい食事だったとおもえるようです。(13.2.21)

春から秋へ、天候不順の甚だしい半年が、過ぎようとしています。この半年、自分とわが子だけの世界に閉じてしまわないために、世の中の動きを一所懸命、追いかけていたようにおもいます。新聞を読んだり、ニュースに触れたり、それらは、わたしにとり、一人ではないと感じさせてくれることでした。それをさらに、人にも話し、ツイッターにも書いて、だんだんわかってきたことがありました。自分と人との違いに気づくには、自分が、人と、どう違っているかをわかるには、大切におもうことを共有できる人と、出逢ってこそだと。これを仮に、愛と呼ぶとすると、愛を知って、愛でないものの多さに気づかされてしまうのだといえます。多くの人が、愛を知らないがゆえに、ぼんやりとした、愛かどうかはっきりしないものを纏いながら、しかもその、はっきりしないものを喪う不安のなかで、たゆたっているのではないか。では、愛を知る人は、愛を知らない人より幸福かというと、そうではなくて、価値を知ってしまったがゆえに、かけがえないものを喪う本物の不安に、苦しまなければならないのです。愛も本物なら、不安も本物なのです。それで、どうするのが、いちばん不安でなくさせてくれるかというと、慈しみたい想いの、少しでも湧き出るものなら、ためらいなく、自分から、あなたを大切におもうと、伝えていくことしかないのでした。それで、ちっとも減らず、増えてゆくのですから、お金は遣えば減るものなのに、愛は、遣うほど増えるのだから、不思議だなぁと、おもうこの頃。(12.10.1)

19日、窪田さんからご連絡をいただきまして、昨日送付させていただいた、本誌12号の「歌論」に、大きな誤りがあるとわかりました。2ページ目に該当すべき原稿が飛び、おなじ本文が2ページ続いています。謹んでお詫び申し上げます。賛助会員、ご購読の皆様には、別途、書面にてお詫びを申し上げます。折をみて刷り直し、13号に同封の予定。差し替えるべき内容については、こちらをご覧ください。 歌論五。(12.7.25)

きのう梅雨明けとなり、今日も見事な晴天です。そろそろ、12号が、皆様のお手元に届くかとおもわれます。さて、12号から、会計報告を公開の場でさせていただきたく、下記へアップしております。12号会計報告
……照り翳り、見届けようとしてくださる方のあることに、深く支えられています。(12.7.18)

12号、只今編集中。会員間で校正を分担しつつ、7月10日発行の目処が立ち、ようやく、予告を打っていい局面にきました。11号に比べ、本文のページ数は1/3に。前号発行から半年、賛助会員それぞれ、人生の転機に見舞われ、なんやかや励ましあいながら、セーフモードを保ったというのが、正直のところ。協調なき発行は、無意味と考えます。また、協調を優先し、無内容になってしまうのは、もっとよくないと考えています。わたし自身の転機を述べますと、今後、本誌と、本誌発行のためのウェブ制作のシーンを除いて、これまでの旧かな使用を改め、世間一般に用いられている、いわゆる「新かな」遣いを選択することにしました。夏の盛りの頃には、辰巳泰子の単歌集として六冊目にあたる最新歌集「いっしょにお茶を」が、沖積舎から上梓されます。こちらは、新かなで、版が刻まれることとなりました。12号歌論には、その経緯などを綴っています。内容は、実作の迷路になかで、皆様にとり、目印の一つとしていただけますよう、意識しました。ご期待ください。(12.6.17)

いま、2005年以降の作品を、新歌集にまとめる作業をしています。振り返りつつ驚くことは、いまだかつてない駄作の多さ。ですが、佳作も多いように見えます。佳作は、ぱっと目立つので、目立つものだけ取り上げていけばよく、いちいち読まずに済むので、作業は、いっそ楽。駄作なくとも、凡作多く、佳作が少なければ、一首一首を読みあげては、数を揃えるのに悩んだでしょう。今しかうたえない歌を――。その想いが、苦しいときの支えでした。苦しいときほど、お茶を濁さず、魂こめて、たくさん歌を作ってください。いずれ、残されるのは、駄作ではなく佳作なのです。駄作多くとも、佳作を得られれば、しめたもの。(12.4.8)

詩歌は、書く人と読む人の、重なる世界。だから、「知り合いの作品だから読む、読まれる」ということになりやすい。そして、人から作品をたどる世界に、自己完結しやすい。しかし表現は、「あの作品を書いた人が、この人……」と、作品から辿られる世界を得て初めて、読者を得たといえます。友人どうしに閉じられた世界は、文芸の世界ではないですよ。作品に触れさせるときは、もちろん、「知り合いだから」で、かまわない。ですが、「あの作品を書いた人が、この人……」となるまでには、友人でない人との関係性が、なくてはならないのです。作品から辿られる世界を、拓いてほしい。少なくとも、閉ざさないでいてほしい。(12.2.29)

東日本大震災から、もうじき一年ですね。息子と、災害時の話し合いをしました。まず自分が無事でなければ、誰のことも助けられない。肝に銘じるべし。「そのときはそのとき!」と、あたかもハラを括ったように、うそぶく人とてあるでしょう。でも、用意は、自分や家族が無事でいるためだけに、するものじゃない。デモも、ボランティアも、世の中を動かすための、大切な行いに違いありません。だけど、わたしにできることは、少しずつの用意。そうなってからの買占め、人として、こんな醜い行為はありません。用意にまさる黙祷なし。作品も……あなたの言葉を必要とする人のために、用意がいります。まとめる日のこと、意識しておかれますよう。(12.2.13)

皆さん、お見守り、お祈りを、ありがとうございます。おかげさまで、11号は12月8日に無事出来、21日、皆さんへの発送も終え、23日、首都圏の方からのお手紙で、無事に届いていると確認できました。災難は、わたしたちの絆を、強くしました。安堵で胸がいっぱいです。寄贈は、発行部数が少ないため、毎号のお届けにできない場合があり、定期購読をお願いしております。いま考えているのは、次号12号の予定。また、次回歌会の開催。何事も、心づもりは早いほうがよく、動きとしては、障りのないあり方を心がけてゆきたくおもいます。(11.12.24)

版下を作り終え、12月10日の出来を確実なものとしつつあります。事件はその後、10月にも発生、それぞれ二度目の、自宅(発行所)の玄関錠の損壊、パソコン損壊を受けています。被害はこれまで、中傷落書、玄関器物、施錠、パソコン損壊に集中、窃盗はありません。その後、なんとしても12月10日に間に合わせるべく、それぞれの予定を調整し合い、わたしたちはいま、困難を乗り越えようとしている……事件のことは、忘れてしまいたいと書きました。でも、このことは、極小集団であるわたしたちが、力を合わせ、難局を切り抜けたことの、ささやかでも一つの史実として、刻みいれよう。いまは、そのように思います。そして、皆様の、お見守りに感謝。(11.11.30)

10月16日、写生をテーマとした、第一回月鞠歌会(吟行歌会)を、無事終えました。昨年来の、ツイッターでの百首評の教室も、昨日、終えました。百首評は、写生歌で〆たかったんです。写生、それはいま、窪田さんに、いちばん必要なものだ。「月光」の作品も、皆、観念歌だ。意識なさったら、ものの見方の変わる体験を、なさるとおもう。根本君が、写生を意識して分かったことを書いています。皆さん、是非、お読みください。……さて、次号の予告です。発行予定日を12月10日に修正。少し先ですが、たのしみにお待ちください。不一。(11.10.19)

きょう9月20日は、11号の発行予定日でした。事情あってセーフモードの日々、発行はおよそ一か月、延期とします。犯罪被害に遭い、からだを壊していました。いままでの自分だったら、闘おうとしていたでしょう。不正を許さない、そのおなじエネルギーを、表現にも持ったでしょう。でもいまは違って、わたしを、大事におもい、心配してくださる方や、お心遣いをくださる方、お仕事をくださる方に、報いるあり方を、考えるようになりました。そして、自愛ということも。被害届は複数通、提出してあり、なかったことのように、考えようとしています。からだのほうは、よくなりました。いまは、押せ押せになった仕事を、生業含め、一つ一つ、消化している最中。焦らないようにと心がけています。しばしお待ちください。(11.9.20)

11号の百首連作は完成し、編集中です。やる気が起こらなかったのは、いまこの国に起きている痛ましいことの数々、心ない言論への怒りを、歌には書くまいとしていたからだと、書きながら気づいてゆきました。そして、書きながら怒りは、風化させまいという想いに、移ろってゆきました。合理化でしょうか。わたし自身もまた、弱者の叫びを胸に、生きている。しかし、弱者であっても、人のせいにはしたくなくて、生きている。よかれとおもうこころの通じることを希って、生きている。ぶつけるように書いてはいまいか。紙一重ということがある。胸に手をあてています。(11.08.01)


いま、11号の百首連作に着手したところ。これまでになくやる気が起こりません。しかし毎回、そんなことを言いながら、作りきってしまいます。とにかく手を動かすこと。丁寧に動かすこと。神経を注ぐこと。そして、日頃おもうようにやることです。日頃にないことなんて、できません。日頃におもわない歌の神様が、書き始めたときだけ、降りていらしたりしません。日頃に、おもうことです。(11.07.06)

編集作業の途上、三月十一日、三陸沖に大地震が発生しました。大津波が起こり、三陸沿岸を中心に、何万人という人が犠牲になりました。この地震の影響で、福島県にある、東京電力の原子力発電所に爆発事故が起こり、放射能が漏れ、日本全国、予断を許さない状態。そしてわたしは、地震があって数日のうちに、部分染めですが、初めて髪を染めました。死という断絶に遭うことなど、とうていイメージできません。しかし、死体になることはイメージできました。白いものは、染めるほど目立ったわけではなかったですが、このまま死体になるのはイヤだなと思って。だって、誰が見つけにきてくれるか、わからないもの。(11.04.27)

第9号の発行が間近に迫る。ツイッター短歌教室の誌面化が、今回の目玉。百首歌には、江戸四十八手を詠みこむ試み。賛助会員の皆さんの作品も、想いを深められたり、 人生にあらたな局面を迎えられたり、それぞれの苦境、活況の伝わってくるものです。 「月鞠」はルーティンワークに陥らない。常に新しい風を入れ続ける。(10.09.12)

思い入れたらカッコわるい、なんて考えている人が、よっぽどカッコわるい。人生はもとより空虚で、埋草は自分で探さないと、あっという間に過ぎ去ってしまう。していることに、自分で思い入れるのでなかったら、他の誰が、思い入れてくれるでしょう。斜に構えるうちに、過ぎ去ってしまうんだよ。自分で中身をつくってゆかないと。(10.03.10)

復刊した月鞠のことを、京都新聞「凡語」に、取り上げていただきました。わたしは京都府の公費……府民の皆さんの血税で短大を卒業しています。今、新聞というこのうえない公器に、志すところの粋そして髄を掬んでいただきました。まだまだ守りには入るまい。用心深く、それでも、踏み出すほうを選んでいこう。自分の歩き出した道、歩いてきた道を全うしよう、そのなかで、見届けたりつないだりできることもまた、あるに違いない。(09.10.19)

孤独な夜に、わたしが思い浮かべる人は、西遊記でおなじみの玄奘三蔵です。しかし西遊記は、小説であって、玄奘三蔵その人と旅の事実にあたるには、大唐西域記を読むのがよいようです。旅の始め、熱烈にお供の申し出をした者は、沙漠に差し掛かるや翻意し、玄奘はその者を街へ帰らせ、いよいよ一人ぼっちで旅を続けることになったと、大唐西域記にあります。大唐西域記を読んだのはずっと以前のことですが、感動したのは、無事天竺へ着き、目的物であったお経の原典のほか、財宝の類を持って帰ろうとすると、盗賊に遭い、嵐に遭い、ただお経だけが無事で、そのほかの物を失ったというくだりでした。お経を取りにゆき、お経だけを持って帰ることになった玄奘の旅を、美しいと思いました。月鞠の会は、発足したばかり。よくよく考えればそれは自分のやりたいことではなかった……、という人を、引きとめはしません。わたしは、月鞠の会を、 仲間どうしの会にしたいと考えてはいるけれど、一個の世間にしたいと考えていないのです。世間がああ言っているとか、こう思っているとかいうことは、その人の頭のなかで、その人の意見が、勝手にみんなの意見になってしまっているだけのことで、本当にそうなのかどうか。わたしなら、それをみんなの意見と思う前に、一人一人に確かめます。すると、たいてい、それぞれに見方が違っています。結局、自分がどうかということ。十年、二十年先、月鞠の会の所期は……と、話してくださる方が、おられんことを。自分は最初から知っていると、大手を振ってお話しくださる方に、恵まれんことを。(09.10.13)

短歌って、刑務所でも習うものだし、どんな人がやってもいいものです。それが世間体のわるい人でも、わたしと仲良くする人が、友であることは言うまでもありませんし、 力になってくださる方であれば、敬意と感謝の尽きるはずもなく。それから、また、仲良くすることにこだわりません。切磋琢磨という言葉があります。どんな人とでも仲良くしなければならないのは地獄ですよね。仲良くしなくても、仲間は仲間です。……と、9月26日付で書いたことについて、反響をいただきました。何年か前、ある会で隣に座っていた方が、偶然にも、服役したことのある人だったんです。わたしが歌人であると知ると、「懐かしい。僕、刑務所で短歌を習いました」とおっしゃったんです。懐かしい、と言っていただけることをありがたいと思いました。それに、わたしの親しい歌人が、実際に、刑務所で、短歌を教えているのです。またこれも実際の話、わたしが住む三鷹の町の、とある町内会の御神輿は、千葉刑務所で製作されたものですし、かなわぬ理想でも机上の空論でもなく、世の中は、本当に、みんなつながっています。歌を作る、ものを作る、作るということで、事実、つながっているのです。そういうつながりを、勝手に切ったり貼ったりできると思わないし、思えないのです。互いのあるがままを、遠くからでも感じあってゆけるのが、素敵なことではないでしょうか。(09.10.06)



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