非自動の忘れ形見。 忘れ去られたもの

 

      

        福岡県筑豊地方。日田彦山線の池尻駅にやって来ました。

         駅名表に塗り替え前の「ごとうじ」の文字がうっすら見える。

         後藤寺が田川後藤寺に改称されたのは昭和57年。 もう26年も前の話になる。

    

     よんかく掲示板の書き込みによるとここに懐かしい機械式入換信号機があるという。

 

        

    荒れ果てた池尻駅舎。窓一つ無いし中はまっ茶色に塗られていて雰囲気はよくない。

   ホーム上に投げ散らかされた植木鉢を運転士さんが降りて片付けていく

   私も筑豊の人間だからこれくらい予想は付いたけどやっぱり寂しい。

 

      

     ツイン氏の証言に基づき後藤寺方へ歩いていく。線路内を歩くのはよくないが

    一応列車の来ない時間を調べて脇を歩きます。

 

      

     キハ125の日田行きが池尻駅に進入。

 

        

         「!!!!!!!」   身体が一気に落ちた。

       用水路の上を渡る部分に足を乗せた瞬間、ストーンと落ちる。

       胸から下は宙ぶらりん、さらに身体がじわじわ落ちていく。このまま奈落に落ちるわけには行かないので

       一気に身体を引き上げる。 死ぬかと思った。。。

     

     わかりづらいけどここで落ちた。草が完全に茂っていて全然わからなかった。

    それにしても歩いても歩いても信号機は見当たらない。 気が滅入ってくる。

    

     

    カッターシャツが・・・ネクタイが・・・ズボンが・・・ こりゃ自業自得だから誰にもいえないのが辛い。

   まさかガセやねぇとや?今時あるわけねかろうもん。デタラメいいやがってくさ。。

   だんだん言葉が悪くなる。

 

     

     しょうがないのでもう一度駅構内に向けて戻っていく。 ん?なんか視線を感じる。

 

     

     本当にあったんだ・・ でも完全に木と同化してしまっている。 

    機械式のやつは生まれて始めてみた。

    ふたつ並んだめんくりたまが愛らしくて生き物みたいである。 

 

     

     真横から。 「天空の城ラピュタ」のロボットを思い出す。

 

     

     下から見上げる。青い色の色眼鏡が二つ入っているが片方は割れていた。

    しかしこの信号は背が高くて身長178cmの私が見上げるほど背が高い。

    入換信号は低いという先入観があったのでびっくりする。

 

     

     根元。滑車とワイヤーが見える。 どういう構造になってるかは脚立でもないと調べようがない。

 

     

   後から見た図。こりゃこっちから見てもわからんはずだ。

  もっと早く気づけばわざわざ三ヶ瀬まで歩かなくて済んだのに。。と思うけど見つけられたからよかった。

  樹と同化してしまったがゆえにおそらくここまで残ってきたのだろうと思うが状態がいいとは思えなかった

  しかしこれは貴重なものであると思うので、よければ筑豊篠栗鉄道部の方で保存していただくか

  門司港の九州鉄道記念館に収蔵して大事に保存していただきたいと願うばかりです。

 

        完