旧山陽ホテル(現JRビル)
竣工 大正12年(1923年)
設計 辰野・葛西建築事務所
構造 鉄筋コンクリート造3階建
住所 下関市細江町3−2−7

「本鉄道は設備の充実を持って名あり、列車内にボーイを乗込ましむること、寝台車を設くること、蒸汽暖室装置を施すこと等、他に率先して乗客の便利をはかるに勉む、近来馬関にホテルを建築せるが是亦日本における鉄道ホテルの嚆矢なり、」。明治35年刊山陽鉄道自社紹介の一説であるが、ここにあるホテルが山陽ホテルである。下関駅前に建物は完成したものの、鉄道国有化の波に洗われて開業はやや遅れ、改めて開かれたのは明治39年のことであった。初代の建物は木造2階建、3棟から成り、客室34室を備えた瀟洒な建築であったが、大正11年焼失した。現在に残る建物はこの火災後再建されたもの。大陸渡航の皇族や政府高官が必ず利用した西日本唯一の本格的ホテルであった。当時の新聞には宿泊者の名が職業とともに連日掲載されたほどである。昭和20年戦災に遭い、営業を停止した。

(近代建築ガイドブック[西日本編]/より抜粋)


旧山陽ホテル訪問  00.8月

 彫刻部拡大              室内
 

   正面玄関部   

   正面向かって左面外観

第一別館と同い年のこの建物は、JR西日本の管理で、現在建設会社の支社が入っています。許可をいただいて入り口付近のみ入館、写真撮影させていただきました。

正面ロビー・その右奥の階段あがり口は、ホテルらしい瀟洒な感じで、昔の面影を残しているようでした。床や階段には豪華そうな大理石も見えました。
階段左横の壁には滝を描いたモザイク画が。絵の下の説明プレートにはこうありました。
”このモザイック額は関釜連絡船徳寿丸(大正11年竣工、昭和35年廃船、3,637総トン)のホールに掲げてあったものである/昭和35年8月1日”
でも説明下さったここの会社の方のお話によると、エントランス以外の場所、階上や各室内などは既に大幅な改装がされていて、ほとんど原形をとどめてはいないとのことです。
以前は建物前に案内の看板を立てていたが、館内を覗きに来る人が多くて業務に支障を来すので外してしまったとのことです。

中を失礼してから外回りをうろうろしました。
タイル張りの壁が一部コンクリートで補修されて、同色の塗装で処理されていました。入り口の鉄製の庇が端正で良いと思いました。古い写真を見たところ、開業当時からあったもののようです。
軒下や窓の下の彫刻も細かく美しいものでびっくりしました。
建物が建っている場所は以前はへんぴな位置だったのですが、今は海峡タワー前に出来た大きな通りとつながったので、車などで前を通りかかる人も割合あるのではないかと思います。
山陽ホテル正面の、道路向こう斜め左に、現下関警察署(水上警察署とは別)が向かい合っています。その左の駐車場が、H5に取り壊された旧警察署(山口県土木部・昭和5年・鉄筋コンクリート3階建)跡です。旧警察署の建物を囲っていたものと思われる石の台が数個、今は花壇の中に配置されていました。
石の台拡大
 

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*関連ページ

松葉一清『やまぐち建築ノート』より「旧山陽ホテル」

旧山陽ホテルに触れた新聞記事(12.8.15付)

Rody雑記帳「山陽ホテル伝聞


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