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2004 ATHENS PARALYMPIC 参戦記


9/10 11 12 13 14 15 16 17
18:タンデム個人追い抜き予選
19
20:スプリント予選
21
22:1000mTT決勝
23 24
25:ロードレース
26
27:ロードタイムトライアル
28 29 30

9 月10 日

いよいよ旅立ちの日。12 時に羽田空港に集合してから、深夜2時のチャーター便出発まで長い時間空港にいる。その間、チェックイン、記者会見、結団式、壮行会と盛りだくさん。その上、待ち時間も長く、疲れる。
記者会見…団長や、メダル有望選手が8 人ほど出席。こんなに多くのカメラを向けられたことも、フラッシュをバシバシたかれたことも初めてで、ちょっとスター気分を味わう(笑)が、それだけ緊張する。パイロットの自分は、なるべく手短にコメント。

結団式…東大自転車部の平松・中田君、JR東海の加賀山さん、栗本さんが見送りに来てくださる。厚生労働大臣を初めとするご来賓のお話を聞いているうちにお開きに。
壮行会…手狭な会場に、たくさんの車椅子。自分たち自転車チームはテーブルも椅子もなく、初めのうちは身動きさえとりにくいほど。内閣総理大臣や橋本聖子さん、柔道の鈴木選手らも登場。自分は酒は一滴も飲まなかったが、かなり出来上がっている競技団体も。大城君がYahoo!の取材を受ける。

出発…JCAD の栗原さん、多良さんが見送りに来てくださる。
栗原さん「頼むぞ〜」
おれ「任せてください!」
選手163 人、役員108人がアテネへと旅だった。

9 月11 日

イタリアのボラーレ航空の飛行機の機体は、A321(=小さい)。以前アリタリアの機内食がひどかったので、覚悟していたが、案外工夫のあとが見られてよかった。ただ、量が少なく、もらったばかりのWeider のバーを頬ばることになる。フライト時間は12 時間のはずが、荷物量が超過したそうで、給油のためモスクワへ着陸。結局アテネまで、15 時間ほどかかる。空港へ着くと、アテネパラリンピックのウェアを来たスタッフの人が。空港もところどころにオリンピック、パラリンピックの装飾がされていて、「いよいよ来たんだな〜」という感じ。選手村行きのバスに乗り込み、選手村へ。荷物を自分で運ばないでよいので、普段の国際遠征に比べると、とても楽である。
道路は、オリンピックのために整理したのだろう、立派なハイウェイが続く。しばらくは線路が並行しているのが印象的だった。オリンピックののぼりが道沿いに続いている。30 分ほどで選手村に到着。デカい。そのスケールに圧倒された。今までの自転車だけの世界大会とはわけが違う。建物は白く、大理石をふんだんに使っており、きれいで、清潔感がある。スタッフのウェアの色使いも、のぼりの色使いもキレイ。
景色も開けていて、青空と山が見える。山は木が少なく、山肌が見えている。オリーブの木が生えている。空気は乾燥していて、日差しが強い。そして、風も強い。夕方から選手村の中をロードで流す。

9 月12 日

6 時朝食。眠い。7 時発のベロドローム(自転車競技場)行きシャトルバスに乗り込む。20分ほどでバンク到着。バンクの中に入ったとき、思わずため息が出た。さすが、オリンピック会場。キレイで、とても立派な競技場だ。9 時から11 時まで指定練習時間。周回、フラ500、フラ100 をやる。疲れか、足が重い。中バンクをいつもの修善寺の感じでゆっくり走ると後車が滑って落ちた。ケガは軽症。厄祓いになったかな?
夕方、ロードで流す。シューズのクリートのネジを締めすぎて受けの金具を破壊するトラブルで、かなり焦る。

9 月13 日


7 時半朝食。10 時からのロードはお休み、19 時〜21 時ナイター練。
・周回
・ハロン11 秒2。

9 月14 日

7 時半朝食。17時〜19 時バンク練。
・周回
・ハロン11 秒17
・スタンディング半周13 秒41、12 秒88。

9 月15 日

7 時半朝食。15 時〜17 時バンク練。
・周回
・ハロン11 秒09
・F500 29 秒37
・スタンディング半周13 秒00。

9 月16 日

7 時半朝食。13 時〜15 時バンク練。
・周回
・ハロン11 秒13
・F100 5 秒60
・スタンディング半周13 秒01。

9 月17 日

7 時朝食。10 時〜11 時バンク練。
・周回
・ハロン11 秒3 (51×14T)
・スタンディング半周12 秒8。
明日からの競技に備えて、開会式は欠席。

9 月18 日

7 時半朝食。12 時バンク入り。14 時から男子タンデム個人追い抜き予選予定。大城・丹沢ペアは8 組目。
これがパラリンピックの雰囲気か。超満員ではないが、大歓声が競技場中にこだましている。地元ギリシャの選手を、大歓声で応援している。好記録が出たときの拍手喝采、歓声がすごい!!テレビのモニターで写しているし、こんな場所で走れるなんて、素晴らしい。

昼食を早めに摂ったのと、競技進行の遅れで、アップ中にお腹が空いてしまう。ウィダ―、りんご、すもも、バナナを補給。次回からは、マックでもテイクアウトすることにしよう。
ロードレーサーをBT に取り付けてアップ。空気が乾燥しているので、水を飲む割に汗をかかない。だから頻尿になる。今日は本番のせいか、特にトイレが近い気がする。スタート前、大城君がストラップをはめるのにてこずる。はめ終えたのはスタート10 秒前を切ってから。しかも、ストラップの先が入っていない。かなり焦ったが、なんとかスタート。
自己記録の4 分41 秒の更新を狙っていった。入り22〜23 秒台、残り15 周回は17 秒フラのペースで行くつもりだった。ギヤレシオは、50−14T を選んだ。軽いかな(?)とも思ったが、今年は主に52-15T で高回転の練習をやっていたので、これで良いだろうと思った。
1 周目、2 周目、3 周目、順調に予定通りラップを刻んでいく。ギヤも軽いので、足はよく回っている。抑え目に入って、予定通りのラップを刻んでいる。順調かに思えた。しかし、ラップを重ねるごとに、どんどん維持がつらくなってきた。残り8 周、半分ではもうタレタレになってしまった。ギヤを落としたのは間違いだったか?バンクは軽いのだが。
結果、4 分57 秒という信じられない記録で終わってしまった。15 位/18 チーム。
明日から気持を切り替えていこう!

9 月19 日

8 時朝食。10 時〜12 時ロード練。
昼食後、20分ほどYahoo!の取材を受ける。明日のスプリント予選の結果を踏まえて報道するらしい。メール、洗濯をして午後はゆっくり過ごし、鋭気を養う。

9 月20 日

6 時半朝食。8時バンク入り。9 時から10 時まで練習。10 時から男子スプリント予選。
ギヤは52×14T を選んだ。練習でコンスタントに11 秒1 は出ていたので、10 秒台を狙っていった。だがしかし、本番はアドレナリンが出たようで、上のスピードがかなり速くなり、下で回りきってしまった。結果、入りは良かったものの、後半失速。タイム11 秒2という不満な結果に終わってしまった。8 位/12 チームでギリギリ予選通過。葭原ペアは10 秒9 を出し、5位通過。
ところで、この日も朝食からハロンまで3 時間以上あり、直前の補給食の取り方を失敗してしまった。今度から自分でももっとしっかりしたものを持っていこう。
1/4 決勝一本目。相手は予選1 位のModlaペア。インスタート。最上方で、後ろを伺いながら周回を重ねる。格上相手なので、もちろん逃げるつもり。ラスト3 周を過ぎた辺りで、うまく相手に前に出られる。そのあとは、うまく捌かれて、相手のペースにはまってしまった。
2 本目。今度はアウトコース。割と速めのペースで展開。保坂さんの指示を聞きながら、適当に車間を空け、隙を窺がう。ラスト2 周を迎える2センター、パイロットが前を見るタイミングに合せて、一気にインを突く。初めから全開。ホームの直線をダンシングして、すぐに1 コーナーに差し掛かるので、シッティングに移る。
バックストレート、後ろを振り返ると、かなり差が開いている。「これは逃げ切れるか!?」と思い、全開で踏み続ける。「ここでもう一度ダンシングしてスピードを上げても良いかな」、とも思ったが、良い感じでシッティングできていたので、シッティングで踏み続ける。ジャン。バックストレート。大歓声がこだまする。まだ来ない。しかし3 コーナーに差し掛かるところからタレ始めた。4 コーナー、並ばれ、抜かれた。見せ場は作ったが、あともう少しでModla に勝てたので、惜しい!が、ともあれ積極的に行ったので、満足。結果、7−8 位決定戦へ。
7−8 位決定戦の相手は、過激な走りも辞さないフランス。去年のヨーロッパ選手権in チェコは、スロバキアと絡んで、落車している。事故にだけは注意して、やはりとにかく積極的に行こうと考えた。大城くんにくじをひいてもらい、運良くアウトコース。計測線上で周回を重ねる。適当に車間を空け、追走。先行するフランスは徐々にペースを上げながら揺さぶりをかけてくる。ラスト2 周を迎えるホームストレートで、外側から一気に前に出る。ダンシングで並走して、出きる。またもや2 周がけ。今回の方がスピードに乗った。コーナーに入るたびに、イオが異音を発し、怖かったが、後ろも見ないで、とにかく踏む。やはり最終2C くらいからタレたが、相手は来ず。逃げ切り勝ち!実は、国際大会マッチスプリント初勝利だった!もともと、ハロンでも負ける相手ではない筈なのだが。
というわけで、しり上がりに調子を上げ、1000M に向けてよい感じで終えることができた。レース後、スタンドへ行き、父、妹、大城母、従姉妹、葭原母、そして、自転車部のみんな、平松、高月、片山さん、岩崎さん、大森さん、田口さん、一太郎!と談笑。みなさん、こんなに遠くまではるばる来てくれて、本当に嬉しい。明後日を見ていて!と言い残し、ピットへ戻る。
佐久間さんの1kmTTを応援。日本人応援団のスタート声援がすごい。1 分16 秒9の自己ベスト。おめでとうございます〜。
さあ、いよいよ去年と状況が似てきた。ギャラリーもたくさんいるし、お膳立ては整いました。あとは、明後日、力を爆発させるだけです!
9 月21 日

8 時朝食。10 時半〜11 時半ロード練。
電話、メール、洗濯、ストレッチをして午後はゆっくり過ごす。
葭原大木ペア銅メダルのニュースが飛びこんでくる。おめでとう!!ますますお膳立ては整ったかな。後から話を聞くと、準決勝以降は4 チーム中3 チームが落車する壮絶なレースだったらしい。あらためて、出なくてよかった。身障者のタンデムスプリントも高速化してきて危なくなっているので、そのうちなくなってしまうだろう。
今日もたくさんの方から応援メールが。自分と大城君を信じて、最後までがんばりますよ。さあ、結果どうなる?アテネパラリンピック!今までの努力が報われて、笑って終われると信じているぞ!!おれ!!自分とパートナーを信じて、自信を持って、落ち着いてやれば大丈夫。

9 月22 日

スプリントの前日は緊張で眠れなかったが、1KM の前日はよく眠れた。前日の夜は、イメージリハーサルも行ったし、ゲームプランニングもした。募る不安のなか、何回も自分に大丈夫だと言い聞かせた。
これまで、軽めのギヤ設定で失敗していたので、ギヤは53×14T を選んだ。朝食後、バス停に向かう途中でオーストラリアのコーチに声をかけられる。
”Are you ready for 1KM ? Today is the day for you.”
昨年のチェコを覚えているのかな、と思う。そのあとは、ほぼ予定通りにことが進む。いつものように、会場入りし、いつものように着替え、ストレッチ、自転車の準備、練習、補給食、トイレ、BT を使ったウォーミングアップ。朝の周回練習では、足が重たく感じた。それでも、やるしかない。緊張と、不安と、そして期待も入り混じった何ともいえないあの感覚で時間を過ごす。
出走順番の早いイギリスのパーシュートのペアが1 分5 秒5 の好タイムを出す。場内がどよめく。その後、昨日のスプリント7−8 位決定戦で自分たちに敗れたフランスが1分5秒3で走る。「これなら、世界新、行けるね!!」そう大城君にも叫ぶ。権丈さんにスタートオイルを塗ってもらい、エアロヘルメットをかぶり、シューズカバーをし、いざ出陣!自分たちの目の前で、オーストラリアが1 分5 秒1で走る。
意外なことに、スタート直前は、不思議と硬さはなくなっていた。とにかく落ち着いていて、無心になっていた。5秒前のカウントダウンから、いつもの呼吸法で発走!!一歩目はスッと出た。視界の片隅にテレビモニターが入ってきて、走っている自分が写っていたので、なんだか不思議な感じがした。
とにかくスタートは、うまくいった。3 コーナー入ってまもなく、シッティングに移行。4 コーナー出て、すぐにDH バーに持ち替えた。スピードが出ていたフランスがなかなかDH バーをもてなかったのを見ていたので、「ああ、スピードはあまり乗り切らなかったのかな?」と思った。
OGK のエアロヘルメットは、音がほとんど聞こえなかった。日本人応援団の大歓声も、場内のどよめきも、コーナーでのio のうなり声も、保坂さんのラップタイムも全く聞こえなかった。音が止まったようだった。
3 周目に入るところで乳酸が来だした。そして4 周目、タレた。歓声が聞こえないので、タイムがあまり出ていないのか、と思いながら走っていた。最終2C、お尻を前に持ってきて、使う筋肉を微妙に変え、最後の力を振り絞った。ゴール。ハンドルを投げる余裕もなかった。そのまま半周して、電光掲示板を見る。
「1min05sec9 」。暫定4 位。(3 年間の挑戦は、失敗に)おわった、と思い、首を大きくうな垂れた。実際、落ち込んだ瞬間だった。大城君にタイムと、ダメだったことを告げた。その後、世界戦チャンピオン、ヨーロッパ選手権チャンピオン、パラリンピックチャンピオンが走った。ヨーロッパ選手権チャンピオンのイギリスは、スタート失敗して、タイムを大幅ロス。かわいそうだった。他もタイムは出ず、結局自分たちの最終順位も、4 位/19 チームだった。
BT に乗って、クールダウンをしていると、スタンドから、一太郎や高月の姿が見えた。手を振ってくれている。一太郎にいたっては、ハカマをはいて、大きい日の丸を振ってくれている。
手を合せて、ごめんの合図をした。涙が流れ出てきて、止まらなかった。取材のあと、スタンドへ応援のお礼を言いに言った。バンク内からはわからなかったが、みんなが顔に日の丸のペイントをして、せいいっぱい応援してくれていた。みんなと抱き合った。「ごめんなさい、がんばったんですけど、ダメでした。」それしか言えなかった。それでも、「良いもの見せてもらった」「感動した」と多くの方から言ってもらえた。こんなに多くの仲間たちに応援してもらっただけで、僕は幸せだと思った。

9 月23 日

8 時朝食。10 時からロードコースの下見に行く。ロードコースは、両端がU ターンの少し変わった比較的フラットなコース。両端にアップダウンがある。オリンピックのトライアスロンのコースとかぶっているところがあるようだ。路面がつるつるしているので、下り坂のコーナリングを注意しないと。

9 月24 日

寝坊してしまう。少し遅めの朝食を食べ、10時すぎから1 時間ほど決戦ホイールを履いて練習。一昨日1km で追い込んだせいか、今日は足が軽い。明日のレースに備えて、ある程度心拍を上げて走った。

9 月25 日

5 時半起床、6 時朝食。8 時にロード会場入り。ストレッチをして、着替えようと思ったそのとき、レーサーパンツを忘れたことに気づく。たまたまワンピを持ち合わせていたので、ワンピの袖を縛って、レースにでることに。固定ローラーでウォーミングアップをする。
ロードレースのコースは、7.2km×15 周。初めにゆるいだらだらのぼりをのぼり、下り、U ターン、また登り、下り、スタート/ゴールラインを通過、海沿いの長いだらだら上りへ。最後は、傾斜もある程度ついて、崖沿いの道をぐっと上り、U ターン。今度は、長い下りから、スタート/ゴールラインに帰ってくるというコース。1 周60M アップで、比較的フラットなコースだ。
レースは、昨年のヨーロッパ選手権とは違い、序盤からハイペースで、2 周目に入ってすぐに集団から千切れてしまった。U ターンと下り坂でブレーキをかけすぎて足をつかってしまった。アスファルトがつるつるで、どのくらいグリップするかわからず、慎重に行き過ぎてしまった。結果的には、下りのコーナーは向かい風だったので、ノーブレーキでいけた。2 周目からは、前も後ろもおらず、長い間独走状態が続いた。個人追い抜き、スプリント優勝のオーストラリアのModla が序盤から逃げている。化け物だ。
後に、アイルランドに追いつかれ、一緒に行く。2 組になってからは、だいぶ楽になり、ペースも少し上がった。その後、逃げていたModlaに追いつかれる。メイン集団にも追いつかれ、ダッシュして、これについていく。コミッセールから、離れろとの指示がなかったので、そのまましばらく集団にいる。しかし中切れして迷惑をかけてはまずいので、なるべく邪魔にならないように位置取りを気をつけて走った。やがて、集団のペースも上がり、再びついていけなくなる。またしばらく独走。
やがて再びアイルランドに追いつかれる。ラスト4 周くらいから腰痛が激しくなってくる。ロードレースは、昨年9 月のヨーロッパ選手権以来だ。アイルランドは、前を引くときはやたらと速い。へとへとなので、結構ひいてもらう。ラスト1 周、腰の痛みも、体力も限界近い。終盤、多めにひいてもらったので、ゴールでさすつもりはなかったが、アイルランドのブラインド選手がやたらとパイロットに自分たちの位置を教えたりしているので、ついついやってしまう。それでも悪いので、残り300m が見えてからのロングスパート。やっぱり悪いことしたかな。18 位/21 チーム中。
ゴールした後、ろくにダウンもせずに取材を受けると、腰が固まってしまい、自転車にまたがれない。座れない、起き上がれない、と酷い状況を、メダリストクラブの氷のうでアイシングして乗り切る。

9 月26 日

8 時朝食。午前中は、リカバリーのため、プールで軽く泳いだり、水中を歩いて筋肉をほぐす。午後はビデオ鑑賞室の視察。テレビ放映されていた試合映像を鑑賞、ダビングできるのだ。

9 月27 日

7時起床、7時半朝食。11時ごろロード会場入り。5.5 km×4 周、1 周40M up のタイムトライアル。一昨日のロードレースよりも初めのU ターンが手前になり、のぼりが一個減るので、楽になりそうだ。今回は、良拓マビックに、スペシャの3 スポークと万全の装備。
ロードレース結果を反映して、4 番めのスタート。葭原ペアを追い抜くことを目標に、レースに挑む。初周、押さえ気味に心拍170〜180台で行く。海岸線のU ターン手前の上り、アウターロウで上りきりたかったが、アウターロウでダンシングし続けると、ギヤがインナーに落ちてしまう。また、練習では大丈夫だったのだが、真ん中くらいのギヤも歯飛びがあり、若干のストレスを感じながら走る。やはり、昨日はロードを持ちかえって、きちんと調整すべきだったかな。葭原ペアは、思っていたより速い。
中盤から上げていく気持ちで走る。徐々に差はつまっているが、追いつけるほどではない。アイルランドが遅れている。後ろからカナダ、オランダなどの速いチームが追いつき、自分たちを抜いていく。自分たちを抜いていったカナダがパンクして止まっている。最後の海沿いの上り坂、全開で踏み切る。そして、U ターン、あとは下りだ。アイルランドに追いつけそうな距離。彼らをターゲットに、最後の力を振り絞る。結局僅差で抜けなかった。17 位/22 チーム中。ロードレースとロードTTの総合ポイントで争われるロード総合は、16位/20 チーム中。友人でスペインのエース、Christian/David ペアは、ロードレースで5 位と不服ながらも、TT で2 位、総合でも銀メダルを獲得した。おめでとう!

9 月28 日

8 時朝食。午前中は、梱包作業。昼は、ビデオ録画をして、夜は閉会式。選手村から、シャトルバスでメインスタジアムへ移動。閉会式のスケールに仰天!!パラリンピックてすごいな、と最後に度肝を抜かれた。これは、また北京へ参加したくなってしまう。

9 月29 日

日中は荷物をまとめてたりして時間を過ごし、夜は日本選手団解団式へ。いつものことながら、バスへの乗り込みや移動に時間がかかる。はっきり言って、無駄な儀式だと思った。2 時間立ちっ放し、まずい立食。こんな儀式をやるお金を強化に回して欲しい。そして、喫煙する選手の多さに驚く。種目によって、インテンシティーに差があるようだ。
夜は、選手村にビールを持ち込み、反省会。(選手村は、ノンアルコールなのです。)

9 月30 日

3 度目の国際遠征で初めての観光。佐久間さんと2 人でアクロポリスを見に行く。シンタグマの駅で地下鉄を降り、メインストリートでウインドウショッピングをしながら、徐々にアクロポリス方面へ。デルタのアイスを買ったり、カメラで写真を撮ったりしながら歩く。突然、街中に遺跡らしきものが。これがローマン・アゴラか。
アクロポリスの丘が見えてくる。足元がつるつるで、滑りそう。ほどなく、のぼり坂が始まる。ギリシャの遺跡は素晴らしかった。アクロポリスからの眺めも素敵だった。
下山後、遺跡に隣接したのんびりとして素敵な雰囲気のオープンカフェ風のタベルナがあったので、ここで食事をすることに。天気は快晴、パラソルの下は日陰で心地よい風が吹きぬけ、気持ちよい。おまけに、隣は遺跡。猫が足もとでくつろいでいる。なんてスローな時間だろう!!昼間からビールを飲む。幸せ!
スロータイムを満喫したあと、荒賀さん、権丈さん、小川さん組に合流。シンタグマ周辺で、お土産を買う。
帰宅後、最後の晩餐は選手村で。この脂っこい食事も最後だ。もうほとんどの国は帰っていて、残っているのは、日本とアメリカくらいだ。
深夜2 時、選手村発。6 時半飛行機発。10月2 日、深夜2 時半羽田着。平松、多良さん、父、らが出迎えにきてくれた。ありがとうございました。


アテネパラリンピックを終えて

4 位という結果については、非常に残念でしたが、3 年間できる限りの力を尽くした結果なので、その点では胸をはれます。勝負に「たら」「れば」は通用しないと思います。どんな状況でもタイムを出せるだけの力が足りなかったということだと思います。そして、そういう力をつけるためには、
「ここはこうすればよかった」
「あのときは、こういう練習方法、調整方法でやるべきだった」
「あのとき無理しないで、休んでおけばよかった」
など、後から反省、後悔する点はあります。
しかしそれはあくまで結果論であり、そのときそのときは、一生懸命考え、悩みぬき、そして全力で行動した結果の積み重ねが今回の結果であるということです。そういう意味で、結果には納得していないが、そこに至るまでの努力に関しては、全力投球してきた自信があるということです。
「ストライクを狙って全力投球したが、コースが少々外れた」
というところでしょうか。コントロールが定まらなかった原因は様々ですし、今となって分析できることもあります。そういった経験は、今後の役に立つと思います。パラリンピックは実際素晴らしい舞台でしたし、パイロットにとっても十分目指す価値のあるものだと思います。もっと多くの人にパイロットに挑戦してほしい。
自分がパイロットを続けるにしろ、続けないにしろ、自分の経験が後続の人たちにつながっていくようにしたい。そんなふうに今は思っています。
最後に、今季メカニックサポートをしてくださった、Y インターナショナル青山さん、Recycle さん、ウェイトの指導をしてくださった永友さん、素敵な写真をたくさんとってくださった佐藤さん、苦しいときにいつも励ましてくれた権丈さん、機材調達のときに何かと便宜を図ってくださった加藤さん、合宿の面倒をみてくださった栗原さん、保坂さん、荒賀さん、色々な雑用をこなしてくれた平松君、軽トラックを貸していただいた丹羽さん、タンデムロードや車輪、パーツ類を貸していただいた佐々木さん・本橋さん、様々な形でご支援いただいた東大自転車部のみなさま、私の活動に理解を示して暖かく見守ってくださった新井研究室のみなさま、その他すべての支援者の方々に厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました。

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