ライン


Race Report"IPC World Championship Cycling For The Disabled"
2〜12.8.2002 Altenstadt Germany

ドイツへの軌跡
2001.10/12〜14 福島泉崎にてバンク合宿
2001.10/23 花月園にてバンク練習
2001.11/3    チャレンジタイムトライアル2001に参加 

200mタイムトライアル 11"582  
1kmタイムトライアル 1'09"395

2001.11/10 日本障害者自転車競技大会ピスト大会 家事都合により欠場
2001.12/2    日本障害者自転車競技大会ロード大会in名古屋 優勝(Tarzanに掲載)
2002.1/19,20 厚木ロード合宿
2002.2/10 都幾川村方面ロード練習 
2002.3/16,17 厚木ロード合宿
2002.3/28〜31 境川バンク強化合宿
2002.4/27,28 福島泉崎バンク強化合宿
2002.4/29 取手記録会に参加

200mタイムトライアル 11"795
1kmタイムトライアル 1'10"250
4km個人追い抜き 5'12"031

2002.5/25〜27 修善寺250mバンクにて強化合宿
2002.6/2 取手記録会に参加

200mタイムトライアル 11"568(自己ベスト)  
1kmタイムトライアル  1'08"918(自己ベスト)  
4km個人追い抜き   4'58"947(自己ベスト)  

2002.6/9 日本障害者自転車競技大会ピスト大会

200mタイムトライアル 11"310 (自己ベスト)    
1kmタイムトライアル  1'08"914(自己ベスト)    
4km個人追い抜き   4'57"081(自己ベスト)     

2002.6/15 東日本実業団ピスト大会に参加

1kmタイムトライアル 1'06"927(自己ベスト)  

2002.7/6〜8   修善寺250mバンクにて強化合宿
2002.7/13,14 福島泉崎強化合宿(NHK福島で放送)
2002.7/20,21 日本マスターズ選手権に参加
2002.7/20〜22 修善寺250mバンクにて強化合宿
2002.8/3〜13  IPC障害者自転車世界選手権大会(ドイツ・アルテンシュタット)


はじめに
 昨年10月来、チームラバネロのチームメートで視覚障害者の大城竜之氏とコンビを組み、視覚障害者タンデム競技に取り組んできました。各人の日常の練習のほか、主に週末を利用した合宿で実際に2人でタンデムに乗る練習を重ね、同じくチームラバネロの葭原水澤ペアと切磋琢磨を重ねてきました。
また、記録会に積極的に参加し、成果を確認すると同時に、レースの雰囲気に慣れていきました。メダルに最も近いと思われる1kmタイムトライアルでは、先日の東日本実業団選手権において、シドニーパラリンピック金メダルコンビ葭原・水澤ペアに肉迫する1分6秒台をマークしました。また修善寺で行われた最後の合宿では、練習中のため非公式ながらも,200mでも10"95のベストタイムをマークしました。
世界選手権を目前に控え、緊張、興奮、期待の入り混じった何ともいえない気持ちで日々をすごしています。練習で培った自信とチャレンジ精神を胸に、初めての国際舞台を精一杯走ってこようと思っています。目標は、1kmTTでのメダル獲得です!
スプリント、1kmタイムトライアル、4km個人追い抜き、ロードタイムトライアル、ロードレースの5種目すべてにエントリーしています。本命は、得意種目の1kmタイムトライアル。世界記録は、日本代表の葭原・水澤ペアがシドニーパラリンピックでマークした1分4秒台。バンクの路面抵抗にもよりますが、1分4〜5秒台がメダル圏内になると思われます。
アルテンシュアットのバンクは室内バンクで、風によって生まれる空気抵抗が少ないため、タイムは縮まる傾向にあり、好タイムが期待されます。
ただし、日本国内ではバンクの周長は250mが最短なのに対し、アルテンシュタットのバンクはわずか周長200m。しかも直線が長くコーナーが急なバンクになっており、バンクへの対応が一番のキーポイントとなるでしょう。すなわち、200mバンクの急なコーナーでいかにG(遠心力)に負けないようなコーナーワークができるか、いかに短い助走区間でうまくトップスピードに乗せることができるかが課題です。
以下に記したのは、今回の大会の参戦記です。あるときはベッドの中で、またあるときはバスの中で、出来事をつらつらと書き綴ったノートをまとめてみました。


8/3出発

大城君の仕事の都合で、大城・丹沢ペアは一日遅れての出発。成田空港には、栗原徹さんが見送りに来てくれた。大城君と3人で写真をとって、いざ、日本を出発!


2002 World Championship part I
(写真をクリックすると写真集に飛びます)

12時15分発ルフトハンザのミュンヘン行き直行便。大城君とは隣の席でなかった。隣になったお姉さんと仲良くなり、若干の仮眠時間を除いて話っぱなしだったので、実に短く12時間が過ぎていった。フライトアテンダントがみな背が高く、バレーボール選手のよう。ドイツ人は背が高い!男のアテンダントも多く、同性愛者が多いらしい。日本人のアテンダントは一人だけだった。機内食だけで足りるはずもなく、おにぎり、チョコ、サンドイッチ、トマトジュースを何度も貰いに行く。
 17時頃ミュンヘン空港到着。大城君曰く、「迎えが来るはず」だったが、誰も来ず。1時間ほど待ってもこないので、自分で動こうと考える。気づくと、ドイツ語でAltenstadt行きのバスのアナウンスをしていた。バスターミナルに行き、バスの運転手と話すも、バスの運転手は英語が話せない。「なんで英語しゃべれないの?」とそのときは驚く。(あとからわかったことだが、英語を話せるドイツ人は意外と少ない。とくに田舎部では。)どうやらバスはもう行ってしまったようだ。その後、空港のinformationの人と英語で悪戦苦闘。バスで、電車で、とたらいまわしにされた末、もう一台バスが来ていることが判明。そして、19時40分ごろ、スペインチームを迎えに来たボランティアの女の子2人と男の子1人と遭うことができた!彼女に、迎えがこなかった旨を伝えると、「ごめんなさ〜い」。この子(アウリー)は、何回も日本に来たことがあるそうだ。やっと一安心。しかしすでに、僕と大城君は疲労困憊していた。
スペイン、ギリシャ、イギリスの到着を待ち、20時40分ごろやっとバス発。スペインはみなウェアがそろっており、ブルーのポロシャツを着ている。騒ぎっぱなしでうるさい連中だ。バスの中で眠る‥。スペインの連中がとにかくうるさかった。空腹と疲れを感じながら、バスに揺られ2時間くらい。やっと目的地に着いたようだ。兵学校のようだ。ここが選手村らしい。
 22時40分ころ、体育館のような、はたまた飛行機を収容するような大きな建物で、軽食を食べる。
フライドチキンサンド、パワーバーハーベスト、バナナ、炭酸ジュース。
その後、IDをつくるために、写真をとる。classificationは明日とのことで、ボランティアの女の子と軍人さんに宿舎まで連れて行ってもらう。
そして、部屋の前の廊下で高村さんにやっと会えた!正直、嬉しかった。長い長い一日だった。シャワーを浴び、12時過ぎ就寝。ぐっすりと眠った。

8/4練習日
6時半すぎ起床、7時から朝食。昨日、空港から来るのが遅かったことで、水澤さんや市川さんにからかわれる。
 チーズ、ハム、サラミ、ライ麦パン、他パン多種、ガス入りウォーター、ミルク、シリアル3種、フルーツ。
 9時半から、大城君のclassification。Japanジャージに着替え、昨夜の建物へ。待ち時間に初Japanジャージを記念撮影。
 11時半から昼飯!のはずが、「大城君国際ライセンス紛失事件」により、ドイチェテレコムの公衆電話と格闘する羽目になり、昼飯ぬき。挙句、ライセンスのFaxが今日中に届かないとエントリーできないとまで言われ、僕はもうプンプン状態。
 12時発のバスに乗り、バンクへ移動。伊神監督がVCタブ、エナジーゼリーバーをくれる。あとは眠る。
 13時過ぎバンク到着。見てビックリ、なんと倉庫の中にバンクがあるじゃないか!14時からバンク試走。200m板張りバンク。コーナーが急で、何メートルか先の地面が頭にぶつかってくるんじゃないかと錯覚するような迫力がある。上板では踏んだ板が浮く音がする。幅員が狭く、タンデムは3台までしか並べない。計測ラインのすぐ下のブルーバンドがflatであり、左のペダルを掻くんじゃないかとも思った。怖がって、ハンドリングに力が入っていたせいか、握力が疲れやすかった。やがて、ライセンスの件で、大城君と伊神さんがいなくなる。
16時過ぎてから、ようやく大城君帰還。そして、2回目の練習走行。ブルーライン上くらいか8分目くらいでかけ降ろす練習をする。1回目に乗ったときとは違い、もう怖くはなくなっていた。ハンドルをガツンと固めてやれば大丈夫。52-15Tのギヤではもう完璧だ。
練習後、バンク前の出店で、ハンバーガー・ソーセージを食する。大城君は、自宅に忘れてきたライセンスのfaxをなんとか友達に頼めたらしい。
17時のバスで帰る。やたらと肩がこっている。小回りバンクでかかるGのせいか?
18時過ぎ、選手村の兵学校に到着。シャワー、毛剃り、食事。
チキン、ライス、パスタスープ、ヨーグルト、生野菜サラダ。
 その後、部屋でマッサ−のベックさんにマッサージをしてもらう。タオル一枚をふんどしのように巻いてやる本格的なのは初めて。あまりにくすぐったく、ゲラゲラ大笑いするので、周りに笑われる。大城君のライセンスは、faxされてきたものが片面だったりとドタバタしたが、なんとか解決。ホッとした。その後、日記を書いている間に寝てしまう。
3時ごろ、寒くて目がさめる。しまった!そして6時半ころまで布団をかぶって眠る。

8/5スプリント予選(11:00〜)

7時朝食(パン、ハム、チーズ、シリアル4種、ホットミルク、はちみつ、キウイ、バナナ、マスカット、メロン、ガス入りミネラルウォーターなど)。みんな不平をいうが、自分の普段の食生活よりもよっぽど品目数も多いし、充実していて良い!!食べ放題、飲み放題だし。ここに来てから、よく食べ、よく寝ているので、健康状態はすこぶるよいのだ。
7時45分のバスでバンクへ。ここで今まで気づいたことをいくつか書いておこう。
・英語を話せないドイツ人が多いのに驚いた。こちらがゆっくり話さないと通じないなんてマシな方。
・Altenstadtは田舎である。ドイツ人でもすぐわかる場所ではないようだ。(空港のinformationの人も困っていた。)風景は「北海道のよう」だそうだ。広くて、緑が多い。空気が乾燥しているせいか、息が上がりやすい気がする。
・車は右側通行で、小川さんという三輪の方が車と事故って、ヘリコプターで運ばれるというハプニングがあった。もしかすると日本の癖で左側通行したんじゃないだろうか。
 伊神監督から恒例のサプリメントをいただき、9時ごろバス到着。
 ジャパンワンピースを着て、warming up。ギヤは52-14T。ストレッチ、ローラー、そして周回40回。日本と違い、世界ではブルーライン周回が基本のようだ。左から抜くか、右から抜くか、瞬時に判断しないといけない。躊躇してバックを踏むと後ろが危ない。しかし幅員は狭く、タンデムだと3台しか並べないくらい。何度も生命の危機を感じる。ラスト7回くらいから水澤ペアがペースを上げたので、少し車間を空けてついていく。スリリングだが楽しい周回だった。20分強。


2002 World Championship part II
(写真をクリックすると写真集に飛びます)

 床に大の字になったり、ストレッチしたりして時間をすごす。伊神監督にBCAAウォーター、グリコーゲンリキッドを競技一時間前に貰う。飲んでいるところを写真にとられる。どうやらザバスからもらっているようだ。グリコーゲンリキッドを飲んで、血糖値が上がりすぎた気がしたが、スタート前には良い感じになっていた。(やたら水を飲んで、トイレにいったが。)
 7番目スタート、イタリアの次。4.5周走るうちのラスト1周を計測。いつもどおり、計測ライン→ブルーライン→上と徐々に上がっていく。リラックスしたゆっくりのスピード。周回板で2回をみたら、もうその周回中に3〜4コーナーでおろさないといけない。2コーナーすぎの直線、上げていく。3コーナーからダンシング、4コーナー外からブルーラインまでのラインを踏むように斜めにおろしていく。G(遠心力)がすごくて、もがけている感じがしなかったが、1〜2コーナーはそこそこうまく回れた。直線でガツンと踏みなおす。上半身もうまく使えたと思う。しかし3コーナー入ってから、2センターで膨らんでしまい、4コーナーは膨らみながら直線も外を走る感じでゴール。
 Gのすごさに驚きつつ終わった感じで、まだまだ力を出し切れていなかった。アップのときに、全力でおろしていない(バンクが混雑していてできなかった)のが残念だったが、これで感覚はつかんだと思う。
 拍手が起きていた。11"41。今まででは一番時計だ。その後、水澤さんペアは、前輪が溝にはまるトラブルもあり、11"50。ドイツなどは、計測ラインを踏まずに下ろしており、栗原さんが抗議したが、ダメ。計測ラインを踏まないといけないという指示が事前に出ていたのに、だ。決勝では、僕らもなるべく外で粘ってからおろそう。結局、5番時計で決勝進出。決勝ではもっといいタイムが出せると思う。
 その後、伊神さんにマッサージをしてもらい、高村さんとビデオを観ながら反省会。上でスピードを上げ足りていなかったとのこと。ハイスピードで上を回るのは少し怖い(コーナーが急なため、壁にぶつかりそうになるのだ)が、決勝ではもっと上げていこう。
 昼食は、ミートソーススパ、フランスパン、りんご、チョコバー、炭酸水。その後一時すぎのバスに乗り、帰る。この日記も主にバスの中で書いている。
 ここで、バンク内の雰囲気について書いておこう。好タイムが出ると、拍手喝采で盛り上がる。これは外国らしい。絶えずピリピリしているのかと思いきや、そうでもない。(もちろん自分の番のときはピリピリするのだが。)表彰式では、民族衣装の背が高いお姉さん(といっても、15歳前後の少女)が花束とメダルを渡す。もちろん、優勝国の国旗が掲揚され、一同起立して国歌をきく。
 各チームの雰囲気は、
スペイン:ポロシャツ2種類、Tシャツ2種類、ハーフパンツ、ウォームアップジャージ、トレーナー、レイン用ジャージ、リュック、advanced training system(ローラー)などONCE(オンセ)を後ろ盾に、資金も機材も充実している。とにかくにぎやかで、悪く言えばうるさい。
アメリカ:タンデムの色も星条旗、メーカー名もStars&Stripesと、さすがUSAは愛国心が強い。女子タンデムもいて、周回練習でも一番のまとまりをみせている。合宿などもずいぶん一緒にやっているのだろう。
中国:全員LOOKのクロモリフレームでそろっているが、基本的に初心者で、周回練習中も横一列になるなど、要注意危険集団としてマークすべき存在。ワンピースを着たままで、食堂で食事をするやつまでいる。
ドイツ:地元であり、筋骨たくましい。人数も多く、大会運営のボランティアもドイツ人であるし、やはり一番の応援を受けている。Adidasのウォームアップジャージが格好よい。
などなど。
 15時半宿舎到着。水澤ペアと一緒にロードを50分ほど乗りに行く。すばらしい景色だった。緑と、牛と、大空と、吹き抜ける風。右側通行に戸惑いながら、周回コースを走る。鏡の世界にいるようだ。日本人は左側のラインに沿って走るのに慣れているけど、ヨーロッパ人は右側のラインに沿って走るのに慣れているだろうなと思う。上りは息がやや上がる程度、下りは足を高回転で回していく。いかにもツールドフランスで走っていそうな風景もあり、田園風景の残る田舎なんだな、と実感。
 その後、シャワー、そしてマッサージbyベックさん。マッサージは、裸にタオル一枚でやってもらう。まずつまさきから、足の表、裏、ふくらはぎ、腰、背中、腕、首、とあがっていく。僕は感じやすいので、足の裏を触られただけで、すぐに笑い転げるし、少し強く大腿四頭筋をさすられようものなら、痛さに悲鳴を上げる。常にいたくすぐったく、絶叫の嵐である。そして、みんなそんな僕をみて、笑っている。終わったあとは、オイルで足と背中がべとべとだが、石鹸とお湯で流してもあまり落ちないので、濡れタオルで拭くだけにしてる。風呂(シャワールーム)は共同で、覚悟していたよりキレイだが、石鹸や浴槽はない。ドイツに来る直前に金髪にしたため、髪がゴワゴワになっていたので、毎日誰かにリンスを借りていた。
 食事は特設テントの中で食べる。テントといっても、デカい。体育館のような大きさだ。兵隊さんや地元のおばさんのボランティアの人たちが給仕してくれる。お代わりはできるし、果物やお菓子、水は持ち出し放題である。洗濯機がないので、水道で手洗いしていたが、昨日からランドリーサービスが始まった。オレンジジュースもはじめはソフトドリンクぽかったのが、今朝から100%ジュースになっていた。選手たちの要望を聞き入れて、サービスを向上させようという姿勢が見られて嬉しい。パンに蜂蜜とチーズをぬって食べる「伊神スペシャル」は本当にうまい。
 この日の夕食は、チキンindia風、パスタ、ミートボール入りスープ、サラダ、アイスだったが、腹ペコの僕はすぐに美味しく平らげてしまった。もう一個のメニューも食べてやろうと思い、もう一回食堂に入りなおしてもバレないかやってみることになった。面白そうだし。食堂のテントを出て、ジャージを脱ぎ、Tシャツ姿になってから、すぐにテントに入りなおす。笑いをこらえながら、メニューを物色するフリ。食べたいものはもう決まっている。(もう一方のメニュー、ポークとスマッシュポテトだ。)入り口で案内する兵隊さんが訝しげに「Japan?」と聞いてくるので、うなずくと、日本のテーブルに案内してくれる。今度は葭原さんの横に座り、「腹減った〜」と言いながら、いつものおばさんに「ポーク」を注文。なにやらドイツ語で呟いている。こっちも笑いをこらえるのに大変。すると、ベックさんの友達が「さっきここで食べてたやつだ」とばらしてしまい、オバさんは大笑い。「Good appetite!」ということで、すんなり持ってきてくれた。これ以来、堂々とお代わりできるようになった。
 その後、日記を書きながら眠りに落ちる。今回は、布団をかけておくのを忘れなかった。

8/6 1kmTTfinal 17:45〜
 今日は、本命種目の1kmタイムトライアルがある。6時40分起き。7時過ぎから朝食。今日はシリアルが5種類もある。コーヒーや紅茶もたくさんある。コーヒーが濃くて、おいしい。ガス入りミネラルウォーターは大好物だし、100%ジュースもホットミルクもある。あとはトマトジュースがあれば最高だね。黙っていても飯が出てくる幸せ(しみじみ)。。日に日に健康状態がよくなっていく。
 9時前から4,50分練習。雨が降りそうだったので、基地の中をいろいろ見ながらくるくる周る。当たり前だが、ヘリポートや射撃場、訓練用フィールドや、ターザンのようにロープで移動するようなところ、ロープ場などあり、軍隊好きにはたまらないだろうなと思いながら走る。パリルーべの様な石畳のところもあり、下りがなかなかスリリングだった。途中から周回コースを決め、上りでやや息を上げて、下りは高速回転させる感じで、よい感じに仕上がった。高村さんが、小川選手に前輪を貸していたため、代わりの前輪を用意するのに手間取り、水澤さんペアに迷惑をかけてしまった。僕らのことを探していたようだ。10時発のバスにタンデムロードを乗せてもらうため、栗原さんにタンデムを預け、部屋で休む。11時のバスに乗り、会場へ。
 そういえば、こちらは空気が乾燥している。おかげで肌の調子がかなり悪い。頭皮や顔は粉をふいている。先術のとおり、健康状態はかなりいいのだが、肌だけがご機嫌斜めなのだ。あと、クレアチンを飲んでいるからだろう、お腹がゆるい。食べてはトイレ、飲んではトイレ状態である。
 会場についてすぐ昼食。マッシュルームのホワイトソースがかかったパスタ。バナナ、パン。うまい。その後、観客席にてLCやCPの応援。そのあと日本のピットに行くが、緊張のためか妙に体が重く、肩こりのためか頭痛もする。長い待ち時間で疲労したのかもしれない。ベンチの上でしばらく横になっているとよくなった。
 LCのチームスプリントが終わると、15分の練習時間。競技進行はかなりしっかりしていて、タイムテーブルどおりに競技が進む。たいてい早めに消化するので、このように練習時間になるのだ。ここでDHバーを確かめる。肩から首まわりにストレスを感じる。上からかけおろしたり、水澤ペアを追いかけたりする。
 その後は伊神さんに肩をほぐしてもらったり、高村さんにスタートオイルを塗ってもらったりしてすごす。腹が減ってきたので、パワーバーハーベストに、ザバスのPit inゼリーを3つも食べてしまった。そして、Women tandem,Mix tandemが終わり、いよいよMen tandem。
 Mixタンデムでは、元世界チャンピオンのベニカムが出ていて、後ろの女の子が振り回されていた。アナウンスも会場も大盛り上がりだったが、主役の女の子は忘れ去られていたようだ。
 僕らはドイツの次、14番目のスタート。World record holderの水澤ペアはとりの23番スタート。地面に大の字になりリラックスする。ほどよい緊張感と精神状態で、スタート台につけた。カウントダウン。いつもどおり、1をきいて一呼吸置いてスタート!その後は無我夢中。コーナーはなるべく膨らみながら入るようにしたが、とにかくGがすごく、DHバーを左に曲げこむので精一杯で、足は十分に踏めていない気がしつつも周回を重ねる。3周目、「(タイム)出てるぞー」の声。しかし力みかすぎたか、ラスト1周はタレタレ。フラフラの状態からコーナーで上半身をねじ込むのに力を奪われ、最後まで足はふみきれていない気がした。そしてゴール。4コーナー出口がスタートゴール地点だったので、思っていたより早くゴールラインが来る。1分7秒台。ぐむぅ。
序盤に1回コーナーでものすごく振られた。しかしそれ以外はうまく走れてたよ、と高村さん。1分5秒台が1位。暫定2位だ。しばらくすると、8位以内は確定した。最後にWorld record holderの番。ここまでで僕らは4位。アナウンスでは、しきりに「Shigeo Yoshihara,Koichi Mizusawa」とコールしている。すごいプレッシャーだったと思う。そしてスタート!速い!1周目はダントツのラップ。最後はタレたものの、1分5秒台前半。勝ったか?と思ったが、オーストラリアに僅差で2位だった。水澤さんのコーナーワークがすごかった。常にインを攻めまくっていた。あれだけのスピードであんなに内側を走れるのはやはり凄いな、水澤さんは。結局僕らはベストを更新できず5位。そして、水澤ペアは今季ベストを出して2位。日本チームは喜んでいたが、僕と大城君は複雑な心境だった。さすがに2秒差はいただけない。本番できっちりベストを出してくるあたり、勝負強さと集中力を痛感。まだまだ経験的にも技術的にも経験が足りないのだろう。場数を何回も踏むしかないのかな、と思った。
 表彰式での一こま。表彰台の水澤ペアを前に写真をとっていると、オーストラリアの人が僕に、「Congratulations!」。僕が、「We were the 5th」といって肩をすくめて見せると、「But you did good team job.」といってくれた。しかし悔しかった。そのとき優勝したオーストラリアの人に「Congratulations」と言ってあげることすらそのときは思いつかなかった。
 表彰セレモニーのあと、後片付けなどするともう8時になっていた。急いで飯を食べて、9時の最終バスで帰る。夕飯は、マカロニパスタだったが、ソースが残っておらず、マカロニにチーズと胡椒をふりかけて食べた。それをガス入りミネラルウォーターで流し込む。バスを待っている間、伊神さんがハムサンドを奢ってくれる。帰りのバスはJapanだけ。表彰に残ったオーストラリアやスペインはレンタカーで帰っていた。日本チームはそこまでする財力がない。。
 帰りのバスで、水澤さんからアドバイス「お前、直線であご上がりすぎだ。」コーナーで突っ張った格好のまま直線を走っていたようだ。コーナーと直線で踏み方を変えないといけないとダメだそうだ。直線は頭を下ろして、コーナーでは左手のDHバーをクイっと引いて5回踏むといった具合に。また、「お前らも53-14Tでもよかった」と言われた。ギヤが重いほうがステアリングが安定するから、コーナーをうまく回れるそうだ。なるほど。
また、明日のスプリント決勝のために個人追い抜きを欠場しようか迷っていることを相談したら、「どちらも全力で行く」ようアドバイスを受けた。「個抜きは日本記録を出せ。」よし、明日はどちらも全力投球。そう、一日何本でももがけるような練習は積んできたんだった。
 宿舎につき、シャワーを浴びる。今日はベックさんがいないので、伊神さんにマッサージをお願いする。市川ペアが寝ていたので、廊下でタオル一枚になって、マッサージ&ストレッチをしてもらう。そして。就寝は12時だった。
 1kmTTのとき、スタートでの悪い癖が出て、息継ぎをしすぎてしまった。コーナーで一回、センターで一回、バックストレートで一回。スピードが乗るまで息継ぎを我慢していたら、もっとスピード乗せれたかもしれない。これは後から気づいた。

8/7 11:15〜4kmIndividual persuit ,16:00〜 Sprint final
 いつもどおりの時間に起き、朝食を食べる。8時のバスで向かう。この生活にも慣れてきた。昨日の1kmTTであごがあがっていたのは、エアロヘルメットが動いてしまって視界が悪くなったせいもあったと思う。なので、それがないように今日は準備をしっかりしよう。また、水澤さんにアドバイスされたコーナーワークを意識してみよう。目標は、個人追い抜き4分40秒(日本新記録)、スプリント10秒台、自己ベスト、表彰台。
 9時すぎに到着。まず、エアロヘルメットのポジションをあわせ、固定しなおす。休み時間に試走。ハロンのかけおろしを意識して走る。その後ローラーで入念にアップ。水沢さんのアドバイスどおり、一時間以上かける。そろそろ股ズレが痛くなっている。お腹がすぐすく自分には、ザバスのPit inがすごくよい。今日も一つ頂いた。
 個人追い抜き1本目は本橋市川ペア。がんばっていて、5分1秒。水澤ペアは個人追い抜きは欠場。自分たちは9組目。「ここ(室内板張りバンク)でタイムが出なくちゃ、絶対出ないぞ。自分たちがどこまでタイムを出せるのか、日本記録をねらっていけ。」と水澤さんに言われていた。
 次の次だと思って、最後のトイレに行った。すると、トイレに関さんが走ってきた。「丹沢君、dash、もう次だよ!」慌てて戻り、ヘルメット、手袋、シューズカバーをはきスタート待機位置へ。1周目は19秒、2周目以降は14秒ペース目標。
 リラックスしてスタート。入りは予定通り19秒台。そのあと、大城君の回転のパースに合わせると、思ったよりスピードが出てしまった。「これは上げすぎじゃないか」と思いながら、次の周回「12秒台」のコールが聞こえた。「やっぱり速すぎる。」かなりきついペースだったが、もうこのペースになってしまったので行くしかない。そのまま12秒台のラップを刻むと、なんとシドニーパラリンピックチャンピオンのオランダペアの背中がだんだん近づいてきた。(もっとも、飛ばしすぎだとはわかっていたが。)周りが興奮しているのがわかった。何しろ、抜かれると思われていたから。しかし期待と裏腹に体はキツクなり、追いついたその差は開いていく。激しくたれてはいたが、まだ「14秒台」のラップは維持できている。周りの応援がすごかった。「踏め〜」「どうした〜」「我慢しろ〜」。コーナリングは、「糸をひくように滑らかな」コーナーワークができたと思う。直線はブルーバンドを踏むくらいインを走り、コーナーはややふくらみ気味に入り、キレイにインをついて、コーナー出口へと抜ける。やっとこのバンクの走り方がわかってきたのかな。もっとも個人追い抜きのスピードでだが。後半、上げなきゃいけないとわかっていたが、コーナリングに神経を奪われるのもあり、「キツイ、苦しい」の方が「あげなきゃいけない」よりも先行していた気がしてもったいなかった。走りながらタイムが出ているのはわかっていたが、より強いコンセントレーションとハングリー精神があれば、もっと踏めたかもしれない。苦しくなってから意外とペースが落ちすぎなかったが、これは大城君が調子が良かったからで、「半分でもまだ元気で、後半は重かった」というから、大城君のがんばりが大きかったと思う。ラスト1周は踏みたおし、ゴールはハンドルを投げた。せめてラスト3〜4周から死ぬ気で踏み倒したかった。ゴール後、「4分38秒台」「4分41秒台」の表示が見えた。拍手が聞こえた。どちらにしても、日本記録だ!!日本にとって、個人追い抜きは一番厳しいトラック種目とわかっていた。結局1位は4分33秒で、自分たちは8位と1秒差の9位!8位までは翌日の準々決勝に進むことができたのに。結果を聞いて、「もっと速くラストスパートしていれば」とやや後悔の念も。しかし、苦しい中かなりがんばり、当初の目標(日本記録更新)は達して入賞まであと一歩。周りは喜んでくれた。なんと入りの1000mが1分10秒台だったそうだ。なんで、全力で走っても1分7秒台しか出ないんだろう!?
 その後、サプリメント、ダウン、伊神ストレッチ。そして昼飯は、マカロニにチキンソースとトマトソース。うまかった〜。そして大会Tシャツを買い、ゆっくりしてから、残された表彰台チャンス種目、スプリントfinalに向けアップ開始。今大会では、バンク形状のためだろう、マッチスプリントはなしで、ハロンのみでの対決なのだ。予選5位だったので、4番目のスタート。予選で溝にはまって7位だった水澤ペアは、2番めスタート。ギヤは52-14Tか53-14Tか迷っていたが、高村さんの判断で53-14Tになっていた。
 水澤さんたちがスタート。上でずいぶんとスピードを上げていた。そしておろしていく。すると1センターでインに切り込みすぎて、なんと2コーナーでブルーバンドの上まで飛ばされてしまった。タイム11"62。大失敗である。有力ペアが目の前で失敗した。この、チャンスでもあるが動揺も感じるシーンを見てから、僕らはスタートした。
 意識して早めに上にあがり、スピードを上げる。予選ではスピードを上げたりなかったからだ。ラスト2回の周回板を見ながら加速、2コーナーからググっとハンドルを引きながら加速していき、3コーナーダンシング開始。しかし早くからスピードをあげすぎていたようだ。4コーナー過ぎてから一番加速していくダンシングの2歩目くらいで、もう足に乳酸がたまりだした。「しまった〜!」と思った。結局スピードが思うように伸びず、下に突っ込んでいく。1コーナーから2コーナーは無難に通過、バックストレートも踏み倒す。そして3コーナーふくらみ気味にアウトから入り、インに切りこむ…ア〜、予選と同じパターンで4コーナー膨らんでしまった。直線はインに切り込みながらゴール。11秒31。ギヤ倍数を一枚上げた分、上でスピードを上げようと思うあまり、助走で足を使いきってしまった。また、コーナーをくらみ気味に入っても、センターでインに切り込むともっていかれてしまうことに気づいていなかった。優勝したオーストラリアアチームのように外側の赤
線を走るくらいでちょうど良かったようだ。
 ハロンは各チームいろいろなおろし方をしていた。バックストレートでもうおろしてしまうチーム、下に一回落ちてからもう一回ブルーラインまで上がってくるチームなど。
 どちらにしても日本はこのあまりに極端な200mバンクの走り方を習得していたかった。
フランスも不完全燃焼だったようだ。オーストラリアチームは、直前に3週間もイタリアで合宿してからきていたそうだ。
 結果4位。3位との0.3秒差を埋められたかどうかは誰にもわからないが、うまくやっていれば、埋められたんじゃないかと思う。栗原さんに「栗原さんすみませんでした」と謝った。すると栗原さんは僕の背中に手を回し、涙ぐんでいた。「また一緒に練習しよう」
 その後、18時のバスで帰る。このとき、スペインチームと一緒になり、妙に盛り上がってバカ騒ぎをした。スペインの女の子は下ネタに強い!それをドイツ人のボランティアの女の子が冷めた目で見ていた。ドイツの女の子とも話したが、スペイン人とはキャラクターが全然違う。おとなしくて、理知的な感じだ。しかしやがて彼女たちも打ち解け、みんな仲良くなった。
 宿舎につき、夕食。ポークソテー、ミートソーススパ、生野菜サラダ、ガス入りミネラルウォーター。もちろんパスタはお代わり。その後、パーティーへ行くはずが、水澤さんお疲れで中止に。ベックさんのマッサージは、疲れてきているだけに痛かった。その後、栗原さんの部屋でおしゃべりして、12時ごろ寝る。

8/8 
 さすがにみんな疲れていて、あやうく寝坊で朝飯を食べ損ねる。その後、ロードTTのコースへ練習に行く。
 LCの武村さんが事故ってヘリコプターで運ばれる事件。左折しようとして、直進車に激突したらしい。コルナゴのカーボンフロントフォークが粉砕、肺に穴が空く傷を負ってしまったようだ。自分も気をつけよう。ついつい左側通行の癖が出てしまう。水澤さんの後ろをついていくのは安心だが、自分ひとりは怖いなあ。


2002 World Championship part III
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 1時間練習後、昼飯。チーズ入りラビオリ、ベーコン、生野菜サラダ。2人前食べて腹いっぱい。その後、4時くらいからスーパー、家具屋でショッピングを楽しむ。
 ランドリーサービスに洗濯物を出しに行き、夕食。Chinaもどき(たけのこ、小麦粉、にんじん、チキンなどをいためたもの;中国人が食べたら怒るだろう)。その後、ベックさんマッサージ、シャワー、そして、はじめてパーティーへ。アメリカ人のタンデムストーカーのblindの子に、「How do you like Japan?」といかにもアメリカ人らしい質問をされ、即答できず反省。しかしこの質問は、この後も最もよく訊かれた質問の一つだった。
 ロードのスタート、ゴール地点の広場では、毎晩パーティーが催されていて、宿舎からもバスが出ていることは知っていた。なんでもかなり深夜まで毎晩盛り上がっているらしいが、選手はそうそういけないだろう。テントに入ると、バンドの演奏にあわせて、超満員が総立ちで踊っている。さっそくスペインの連中につかまる。上半身裸のやつもいる。飲み物を探しに行くと、さすがに有料。ジョッキ代も払う。ジョッキやお皿の代金は、あとで現物を返せば戻ってくるのだ。
 ベラルーシのwomenタンデムがきていたので、つかまえて話をした。眼光が鋭い子だったので、前から気になっていた。幸い彼女は英語をしゃべれたが、「写真をメールで送ってやる」というと、「私はコンピューターを持ってない」そうだ。こんなところに、微妙に貧富の差を感じてしまった。スペイン人やドイツ人はたいていEmailアドレスを持っていた。
 その後、大城ペア、葭原ペアで4人で飲み、FESTINA,ボーダホンなどの店をみてから宿舎に帰る。宿舎で住田らと話してから寝る。


8/9中日(なかび)
 朝食後、ランドリーサービスを受け取りに行くと、Japanジャージが痛みまくっていた。やはりdry cleaningがよくなかったのか。その後、ベッドで寝ていると、「英語を話せる人間がいないからミーティングに来てくれ!」と起こされる。栗原さん、関さんが武村さんの病院に行ったため、監督会議の内容を誰も理解できないらしい。
 「個人TTのときの出走間隔」
 「トライシクルロードレースのスタートはゼッケン順か?」
 「今日の練習時間は何時からか?」
この3つの質問を、大勢の人たちの前でチーフに訊いた。こんな会議の場で、大勢の様々な国の人たちの前で発言し、討論したのは初めてで、緊張したが、よい経験になった。さすがに毎日英語を使うので、少しずつはマシになっている気がする。そして、その後ロードTTコースへ練習へ。1時間30分。足が筋肉痛でヤバ重い。
 昼は、ラビオリ、野菜、バナナ、ガス入り水。
 その後、大城君に指圧をしてもらい、筋肉がほぐれた。
 2時半ごろから再び練習へ。TTコースの少し奥まで行く。TTのコースは、上りが結構きつく、帰りは下りだが、75km/hくらいでギヤが足りなくなり、回りきってしまう。練習の帰りにトライシクルのレースを見に行くと、水澤さんに出くわす。葭原さんが午前中の練習でオールアウトしていたため、一人でタンデムに乗ってきていた。ショッピングモール、そしてションガーの町の城壁の中へ。買い物をいろいろする。
 ションガーの市街では、メインストリートでみんなビールを飲んでいた。スポーツ用品を物色。オリバーカーンTシャツがあった。くつ、Tシャツ、パンツ、どれも日本と値段が変わらない。。NAKAMURAブランドのサイクルウェアがたくさんあった。
 帰ってから、シャワー、飯。ポークソテー、パスタ、生野菜、水etc。マッサージ、ミーティング、そして就寝。そして、寝冷え。

8/10 16:00〜Road Time Trial
 4番目スタートらしい。(16:03)。朝飯後、初日に走った周回コースを1時間弱走る。帰ってきて、大城君筋肉をほぐしてもらい、昼飯(ミートソーススパ、サラダ、パン、りんご、水、洋ナシ)。


2002 World Championship part IV
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 今日は朝からやたら体が重い。眠いし、だるい。大丈夫だろうか?集中力もない気がする。心配だ。廊下で、イタリア人の選手とすれ違う。最終日にウォームアップジャージを交換しようといわれ、即OK。しかしワンピースは断った。スペインのポロシャツが欲しい。
 その後、部屋でゆっくり、市川さんに足で筋肉をほぐして?もらう。14時半ごろに着替えて宿舎を出る。お腹空き気味だったので、Pit inとグリコーゲンリキッドを1時間前に摂る。もちろん、1時間半前には、伊神さんにもらったEnduroxを飲んでいた。
 スタート!スタートしてすぐ、POLANDのサポートカーが横からコース内に飛び出してきて邪魔される。コース反対側に飛び出し、なんとかかわす。前半は足にこないように回していく。上りもDHバーでOK。たまに上をもったりもする。上りが長く、dancingを効果的に使えていない気がした。上りでアイルランドを抜く。沿道の応援がすごい。エアロヘルメットから滝のように汗が流れる。ようやっと上りきり、下り。なるべく低いポジションをとり踏み倒すが、やがてすぐに回りきってしまう。75km/hどまり。やがて雨が降ってくる。水澤ペア(サポートカーつき)、市川ペアともすれ違う。下りきって、左折地点。十分ブレ-キングして減速したつもりだったが、ツルンと前輪が滑ってそのまま落車。タンデムで落車は初めて。雨でぬれているので、いつまでも転がってなかなか止まらなかった。その場にいたカナダチームのスタッフたちが、助けてくれたのもあり、なんとか復帰。
1〜2分は損したか?その間にカナダチームに抜かれる。復帰後はギヤがアウターに入らない!ので仕方なくインナーで踏む。大城君は頭を打っていて、左足も強打したので、ここまでは調子よく踏めていたが、ここからダメだったようだ。だんだん見慣れた景色が見えてくる。沿道の応援もすごい。最後の右カーブも曲がりきれずに、コース反対側に突っ込む。危うく沿道に乗り上げるところだったが、そこはなんとかかわして復帰。そのまま踏み倒してゴール。ゴールすると、みんなからは「いいペースだったよ」と言われたが、やはり落車が響き、タイムは遅かった。1秒差で本橋市川ペアに、7秒差で葭原水澤ペアに負けた。27位。ぐむぅ。
 夕食。ターキー、パスタetc。ベックさん最後のマッサージ。

8/11タンデムロード15:00〜
 昨日はTTでカナダチームと仲良くなったし、かなり有名人になっているのに気づいた。会う人ほとんどと挨拶をかわすようになっている。
 ドイツ人は警戒心が強いのか、いまいち反応が悪い人が多い。(特に選手はクールだ。軍人さんはやさしい)。スペイン人がダントツでうるさく、いつでもバカ騒ぎだ。イタリアもなかなかノリが良い。ベラルーシはいつも集団行動だ。


2002 World Championship part V
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 雨が降っている。本橋ペアは午前中からローラーに乗っている。葭原ペアと大城ペアは、午前中は休むことに。昼飯はミートソーススパ。もちろん2食。その後しばらくして、おもむろに着替え、アップスタート。朝から雨がすごく、しかも寒いのでギリギリまで宿舎にいる作戦。ちょうど30分ローラーに乗った。レッグウォーマー、ホットクリーム、メッシュアンダー、起毛ベスト、お腹にビニール、アームウォーマー、半袖ジャージという格好。朝よりはましになったが、まだ雨は降っている。スタート15分前に出発、10分前に着くが、前のカテゴリーのレースが伸びており、スタートは15分遅れることに。そしてその間、ローラーもなく寒い!体が冷え切ってしまった。そして、道路へアップへ。時間ギリギリにスタート地点へ。当然一番後ろ。ついたらもうカウントダウンが始まっており、すぐにスタート!
 タンデムだからか、はじめはかなりゆっくりのスタート。しかしやがて一列棒状に。昨日のTTでの落車でコーナーに恐怖心を持ってしまった自分は、もともと後方なのに、コーナーのたびにブレーキをかけすぎて後ろ後ろになってしまい、かなり苦しい状況。水澤ペアのやや後ろなる。やがて、水澤さんが「丹沢、行くならこんなところにいたらダメだぞ」と怒鳴る。しかしすでにかなりキツイ。やがて長い下りに入る。ここでもうトップ集団からは離れたグループになってしまった。くだりで後ろからダンシングして前に出て、前に追いつこうと試みる。しかし、追いつくには至らない。そのままのぼりに入る。集団はダンシングでガシガシ上っていく。こちらもダンシング。しかしやがて辛くなってくる。上りの後半ではズルズル後退。水澤ペアだけでなく、本橋ペアにも抜かれる。そして、上りの頂上では単独走状態。1周めにして、集団から遅れてしまった!しかも日本チームで一番初めに千切れてしまった。これはかなりショックかつふがいなかったが仕方ない。とにかく寒く、きつかった。沿道の応援「Hop,hop,hop!!」が印象的だった。
しばらく単独走していると、後ろから何チームかおいついてくる。はじめイタリアがおいついてきて、「Japan,here we go!」と一緒に行こうと言ってくれたが、コーナーの度に遅れてしまい、離脱。やがてアメリカが追いついてきて、まるまる3周くらいひいてもらった。こちらもひこうと思ったが、「そろそろ前に出れるかな?」と思うとまたキツクなるペース。しばらく金魚のフン状態。しかしアメリカのおかげで復活!やがて前に出ると、アメリカはついてこれなかったようだ。
ここからは他力はあてにせず、たんたんと周回を重ねる。その間何チームか抜き去り、カナダ、イタリアなどに追いつく。しかし、トップがもうlapしてきた。「Japan,let's go!」と逃げているスペインのパイロット。本当に速い。昨年リジダビアンキの助っ人でスペインのパイロットのDavid(個人追い抜き2位、ロード3位)というやつがいた。こんな奴がパイロットをやっているんだから、日本もBR-1で上位に入れるような人をパイロットにしないと、ロードは勝負にならないなか走りながら思う。Lapされたり、追いついたりで、一緒に走る連中が少しずつ変わる。水澤さんペアも抜く。
やがて、日本、イタリア、カナダで落ち着く。長い下りでコースにたっている役員が「Slow down!」を連呼するので、何かと思ったら、アメリカが落車していて、救急車がきていた。雨でどんどんシューが減っていく。何回か大城君に後輪ブレーキのキャリパーを締めてもらう。長い下りだけイタリアが前に出る。あとは自分たちがずっと前を引く。イタリア人のパイロットは、「After race,change maria,OK?」とジャージを交換しろとうるさい。「After race」と答えておいたが、イタリア人はレース後のことばかり考えているという水澤さんの話は本当だった。まったく、しゃべる余裕があるなら前をひけ、いう感じだがイタリアのパイロットは本当楽そうに走っていた。まあいいか。長い上りでは、「Hey,Japan」とどこの国かわからないが応援してくれる。
後半は上りはアウターローでシッティングでのぼる。ラスト3周らいから左足内転がつりそうになる。ホットクリームの量が塗り足りないかな、と思っていたところだった。コーナー立ち上がりは、必ずダンシングでペースを作り直す。ラストの上り、下からダンシングで一気に中腹まで上り、あとは後ろを見ずにアウターローのままシッティングでがんばる。たちこぎすると足をつりそうになるが、なんとかがんばる。直線も踏み倒し、一緒に走っていた3チームの中ではトップでゴール。
上りでは、何度もインナーに落とそうかと思ったが、スピードが落ちたら終わりだと思い、低い回転数でもがんばって踏んだ。ラスト3周でpit inを飲んだ。(中盤はスパゲッティのせいで横腹が痛かった。)悪天候のため、22周が17周に減り、完走でゴール。長い上りの頂上付近では、日本チームの応援&補給部隊がいて、がんばれた。補給は自分は一個も受け取らず、大城君が一回貰った。本橋ペアより遅かったし、最初があまりにふがいなかったので、高村さんや水澤さんに怒られるかと思いきや、宿に帰ると「おつかれ」「ご苦労!」。
 全種目出たし、正直ピスト終わった時点で集中力が切れ掛かっていた感もあった。TT落車で完全に気持ちがきれてしまったかもしれない。しかしよくがんばったと思う。全種目出たのは、僕と大城君だけなんだから。
 シャワー、晩飯(チキンチーズのソテー)後、片付け掃除、ウエア交換、そしてパーティーへ!2時過ぎまで盛り上がる。ここでもいろいろな人が登場し、さまざまな出会いがあった。スペインのポロシャツを着ていると、スペイン人だとよく間違えられた。レース以外でも、いろいろな交流ができて、とても楽しかった。

成績
Men Tandem Sprint 4位(11"326)
Men Tandem 1km Time Trial 5位(1'07"282)
Men 4km Individual Persuit 9位 (4'41"273)
Men Tandem Road Time Trial 27位
Men Tandem Road Race 16位

おわりに
 初めての国際試合を何とか乗り切ることができました。これもラバネロ高村氏、日本障害者自転車協会栗原氏はじめ、すべてのスタッフ、仲間、そして様々な形でご支援してくださったみなさまのお陰だと感謝しております。目標のメダル獲得はなりませんでしたが、楽しみは後にとっておくことにして、来年のヨーロッパ選手権に期待していただけたら、と思います。そして、私たちの最大の目標はもちろんアテネパラリンピックです。シドニーで先輩の葭原水澤ペアが金メダルを獲得したときの感動は今も忘れられません。あのときの再現を、私たちの手でできたら。それが私の夢です。今後も、みなさまの御指導・ご支援をよろしくお願いいたします。


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