以下の文章は、4月下旬に月刊誌『サイゾー』の記者の方から依頼を頂いた、
腐男子に関するアンケートの質問事項、および私の回答内容を編集したものです。
個人の嗜好などといった感覚的なものについては、いくら理性で分析しようとしても
うまく把握できませんから、以下の回答内容にもズレや違和感を覚えてはいます。
ただ普段なかなか改めて考える機会のないことですので、これを好機にご紹介する次第です。
なお、各回答の後の※欄は、今回の掲載にあたって付した補足説明またはコメントです。



●なぜやおいにはまったのか。
雑文1参照

※ これは定番の質問ですね。上の文にも書きましたがオフ等に参加した際にもよく聞かれましたし。なお、実際の回答では上の内容をかなりコンサイスしています。


●やおいのどこがそれほど魅力なのか。
 まずは恋愛感情を正面から取り上げている作品があることです。少年向けライトノベルはラブコメに終始しますし、少女小説は読み手たる少女たちの夢を壊さない、あるいはコンプレックスを刺激しないよう、設定や展開が現実離れしていたり夢物語に終始することが少なくありません。その点やおいではこうした制約から離れやすく、友情と恋情の狭間での悩みなどを描きやすいですし(どちらもゲイという話は少ないので)、同性同士という障害を乗り越えようと決意させるだけの恋情が描かれることにもなりますので、そういった点を求めて読んでいる面があります。
 あとは男性キャラが魅力的に描かれていることでしょうか。もちろんフィクションの産物ではありますが、女性が描く男性キャラに理想の一部を見ているという面は否めないと思います。自分の中にある同性へのコンプレックスのようなものを、現実の存在相手ではなくフィクションのキャラクターを客観視することでうまくかわしていると言いますか。  換言しますと、現実の男性をコンプレックスを持って見つめると、強くあるいは生々しくコンプレックスが意識されてしまうが、憧れて見たいという感もある。そこで、作中の男性に憧れることで代替しているといった感じでしょうか。
 さらに、主人公自身が相手に対するコンプレックスを持っているような話では、「同性を憧れて見る」「同性にコンプレックスを抱いている」という状況を、作中人物のものとして自分から遊離させつつ楽しむことができることになり、より自分にストレスをかけることがなくなるように思います。

※ これも考えてみれば定番の質問ですが、普段の生活では「これが好き/嫌い」という所で済ませている思考をその先まで展開させるのはなかなか興味深かったかなと。なお、初回の回答では自己防衛本能からか(笑)回答が抽象的になってしまい、追加で質問を受けたという曰くつきです。おかげで結構な長さになってしまいました。

 私のやおい趣味は、実はジュブナイル好きという大枠の下位に分類されるものではないかと自分では認識しています。ネタ違いなので触れてきませんでしたが、やおい本と同じくらいの量のライトノベルを読んでいますので。
 さらに別な切り口から見れば、1.卓抜・流麗な文章好き、2.濃やかな心情描写好き、3.恋愛小説好き、4.少年・成長譚好き、5.謎好き、といった嗜好があって(これに限りませんが)、これらを満たすような文章(マンガ含む)を読んでいるということになるのでしょう。狭義のライトノベルは2や4、5あたりを、文学作品では1や2を、SFやミステリでは5を、そしてやおいでは2から4の嗜好を満たしているのではないかと。
 私がこのサイトでリスペクトしているやおい小説は自己基準では1も満たしているものが多いんだなあ、と今更になって気付いたり(苦笑)。ベスト5に挙げたものに至ってはほぼここに挙げた全ての要素を満たしていますね。



●読んでいるときは、受攻のうちどちらかに感情移入をしているのか。
 基本的には第三者的な立場から読んでいますが、場面の中心人物の視点に移入していることが多いとは思います(やおいに限らず)。ただ、そうでない場合として、攻の立場になって考えていることはあります。正直なところ受のキャラクターなり言動には、女性的な要素を感じることが少なくないので、攻の方が移入しやすいのではないかと思います(もちろん攻だって女性からみた理想の男性像の体現でもありますが)。ただHシーンなんかはほぼ第三者的に眺める感じですし、筆力が無い場合や性別受の場合は読み飛ばしています。

※ 恋愛描写や心理描写を求めてやおいを読んでいる以上、場面の中心人物に寄り添うことになるのは当然かもしれません。「女性がいない恋愛」という点や「男性同士の恋愛」という点にやおいの価値を見出して読んでいる方たちだと、常に受か攻のどちらかに移入するということになるのかも知れませんね。


●同性愛的嗜好が自分のなかにあると思うか。
 正直なところ全く無いとは言い切れないでしょうが、あるとしてもかなり淡い、同性への憧憬とも言い得るものだと思います。男性への憧れ方や、男性に対する評価の仕方などを他人と比較すると、自分でもかなりフェミニンであることは否めないとは思いますが、具体的な衝動や欲求を男性相手に抱くことはありませんし、そういったものに結びつかない性質、あるいは程度の情動に留まると思います。

※ こういう質問をされることは当然に予想していましたが、やはり実際になされると苦笑するしかないものです。仄聞する限りやおいとゲイのあり方は似ても似つかないとは思うのですが・・・(ただ、稲垣足穂や三島由紀夫のような空想的な少年愛とは共通する側面もあるかもしれません)。まあ一般読者向け記事としてはこの質問は不可欠なのでしょうが。


●好みのやおい小説のパターン、好きなキャラクターのタイプは。
 パターンとしては、地に足が着いた設定と言動(日本人など)のキャラが一から恋愛する過程を描き、等身大に悩み努力した結果、奇跡ではないハッピーエンドを迎えるもの。なお、攻視点か三人称で描かれ、文章に破綻が無いことも。
 キャラクターとしては、超人でも傲慢でもない等身大の攻と、女々しくなく怜悧でも白痴でもなく自分をしっかり持っている受が好みです。
 具体的には、学園ものですと進路や将来を踏まえたキャラクターの懊悩が描かれることが少なくありませんし、また攻の超人振りにも歯止めが掛かりやすく、やんちゃな受や小動物系の受なども登場させやすいので、好みの作品が多くなると思います。

※ これも「やおいの魅力」のところで書いたことを別な形で示しているに留まりますが、「やおい」という作品群の中から自分が求める作品を選ぶ際には、ぱっと思いついただけでもこれだけの留保を付けなければならない訳で・・・。


●女の兄弟はいるか? 少女マンガに慣れ親しんで育ったということはあるか?
 私自身は一人っ子ですが、母親が少女漫画を読んでいましたし、親戚の家にも従姉妹が読む少女漫画がありました。また、小学校卒業まで住んでいた家は、両隣に2つ年上の女の子がそれぞれ住んでおり、兄弟に近いような形で触れ合っていまして、当然少女漫画も読む機会に恵まれていました。自分で親に買ってもらっていたのはジャンプやコロコロ系のコミックでしたが、少女漫画も少年漫画もどちらも好きだったですね。
 私がはまった頃のやおい(97年の大ブーム以前)は、70〜80年代前半の少女漫画の匂いがかなり残っているものでした。(おそらくそれは作家が少女漫画出身であったり、あるいは少女漫画を読んで育った世代だったからだと思いますが・・・。)男同士の恋愛という点はさておけば、自分探し、恋と友情の悩みといったテーマ、キャラクターのステロタイプなどの点で、私が慣れ親しんだ少女漫画とやおいはかなり共通していますので、この点も私の中でやおいへの抵抗感が少なかった理由のひとつだと思います。

※ これ以降の質問は、「やおいの魅力」についての補足質問に伴って追加的になされたものです。改めて考えるに、少女漫画も上の「やおいの魅力」で示した要素を満たしていますねえ・・・。
 たださらに考えてみると、上記のような幼児体験によって少女漫画に対する抵抗が少なかったからこそ、やおいを門前払いしなかったり、読むことに対する抵抗が少なくなっていたりしたのでしょうから、実はこの点は非常に重要な指摘だったのではないかと思います。



●「やおいにはまるのは受け身な男性が多いのでは」との意見があるがコメントは?
 必ずしもそうとは限らないのではないでしょうか。確かに私には受け身なところがありますが、他のやおいを読む男性を見れば積極的な人も居ますので、なんともいえません。
 確かにやおいのストーリーにおいては、受または攻の男性のどちらかは恋愛に対して受け身として描かれることが殆んどで、これは一般の恋愛小説には見られにくい現象だと思います。しかし最近のライトノベルなどを読めば、日常生活に突然美少女が乱入してきて振り回されるというラブコメが主流でして、こちらも十分受け身な男性に対する娯楽として機能しえますし、男女の恋愛を描いている点ではむしろより受け身な男性に相応しいとも言えるでしょう。

 「やおい」を広く捉えて、「男が男に恋愛感情を抱きセックスする」と括りますと、それを読む理由は様々です。
 同性愛的な性向を持っているにも関わらず、現実の行為やあるいはゲイ小説でさえ生々しく捉えられてしまうために、ソフトなやおいを代替物にしている人も居るでしょう。
 私のように古き良き少女漫画世界の雰囲気や恋愛描写を求めてやおいを読んでいる人も居るでしょう。
 また男性においても女性と同様に、男女の恋愛描写に対して生々しさを感じたり、あるいは自らと引き比べて遠慮や嫌悪を覚えるために、現実との距離を担保できるやおいを読んでいるという人も居ると思います。
 最近男性向けのエロゲーにショタキャラが多く搭載されるようになってきていますが、これはおそらく、エロゲーが現実の女性に対して恐怖や気後れを抱く層に対する仮想現実による救済であるにも関わらず、そのエロゲーの中でさえも女性キャラに対して距離感や疎外の恐怖を抱いてしまう層が、同性であるということでは理解もしやすく、また現実世界との乖離が最も激しい(現実の成人女性←→仮想の少年)ショタキャラを愛でているものと考えています。
 もちろん中には可愛ければ(仮想現実なら)相手の男女を問わないという層もいるでしょうし、また特にショタにはペドフィリアに対する代替物としての機能もあると考えています。男性向けエロ漫画とされますと成人指定等がかかりますが、レディコミなどの女性向けとなると事実上フリーパスですので、過激な描写も一部には見られますから・・・。
 以上書き連ねましたとおり、やおいを読む理由は様々ですので、必ずしも読み手は受け身な男性に限られることは無いのではないかと思います。

※ 実際の記事を読めば納得できる意見だったのですが、ニュアンスなく結論だけを示されたために『そんなに簡単に「やおいを読む男」を一括りにできる訳がないだろう』という思いから、つい回答が長くなってしまいました(苦笑)。
 正直なところ、嗜好と性格というのはそれほどストレートには繋がらないのではないかと思っているのですが・・・。統計的に見れば一定の相関関係はあるのでしょうが、それを個人レベルに敷衍しても得られるものはないでしょうし。


■なお、掲載誌をご恵贈頂きましたので記事を拝読したところ、要点をテンポよくまとめ、対象の特殊性から必然的に用いざるを得ない揶揄的な視点も抑えられていましたので、些少ながらも関与できたことを嬉しく思いました。紙幅等の都合でしょうが分析等が甘く浅いのは惜しまれますが、他の腐男子2名の方の発言内容も興味深かったですし。
 ただ自分が腐男子のサンプルとして適切だったとはとても思えないのですがね・・・(苦笑)。



雑文