幕府から鳥取藩へ「御尋の御書付」 1695年12月24日



元禄八十二月廿四日、阿部豊後守様より曾我六兵衛を以御尋之御書付写本紙者返進
因州伯州へ付けている竹島は、いつから両国に附属する事になったのか、先祖が両国を領地とする以前のことか、その後のことなのか。
竹島はおおよそどれほどの島なのか、人は住んでいないのか。
竹島に漁業に行くようになったのはいつ頃であるか、毎年行っているのか、あるいは時々なのか、どのような漁業をしているのか、多数の船で行っているのか。
三-四年以前に朝鮮人が来て漁をしていた時、人質として両人を捕らえてきた。それ以前からも来ていたのか、そうではなく、その節両年つづけて来たのか。
ここ一、二年は来ていなかったのか。
先年来ていた時の船数、人数はどうであったか。
竹島の外に因伯両国に附属する島はあるか。また両国の者が魚を取りに行っていたのか。
右の様子を知りたいので書付を送ってほしい。以上

十二月二十四日