日本水路誌 第十巻下 朝鮮西岸 大正9年7月


表紙
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獨島
官首角(官長首)と一挾水道を隔てて對立せる小嶼にして高二五四呎、此水道は大低潮に露出す。此島と買誼島との間には数箇の露岩あり。此露岩と獨島との間の潮流亦急速にして船艇を通ずるに過ぎず。



<解説>
上記文献に出てくる官首角、独島、買誼島の位置関係はこのようになっている。
1914年、日本統治時代に陸軍陸地測量部によって作成された「波濤里」図にも独島の記載がある。
1861年、朝鮮時代後期に金正浩が著した大東輿地全図にも一文字の"獨"で独島が書かれている。
1800年代前半に書かれたとされる朝鮮図第17巻・申(泰安郡附近図)にも一文字の"独"で独島が書かれている。
同じく1800年代前半に書かれたとされる海東輿地図にも"獨"の字で独島が書かれている。
1957年、韓国国立博物館が調査・出版した「韓国西海島嶼」には波濤里の先端に「官首角」の文字が確認出来る。
(官首角の詳細な住所は泰安郡所遠面波涛里1353-4である)
1995年、泰安郡が製作した『泰安郡誌』には独島に関する記述が一切ない。

注目すべきは独島と石島が同じ泰安郡内に存在するということである。そして竹島問題が起こった1950年代初頭から、独島の名称は韓国の地図上から消されている。そして現在は別名で花島と名付けられている。

これとは別の独島が現在、泰安郡の古南面古南里 山11にもある。これら島名は、日本でいえば「大島」というような、どこにでもある島名であることが分かる。