朝鮮水路誌

国立国会図書館に所蔵してある『朝鮮水路誌』は、日本の水路部が1894年に作成したものである。同書では、朝鮮領の東限が鬱陵島であることを示す記述がある。下記の写真はその『朝鮮水路誌』の表紙である。












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総記
形勢
朝鮮国は亜細亜の東部にあり 其地勢たる狭長なる一大半島を成し 数多の島嶼 之を圍繞す 其位置は北緯三三度一五分より同四二度二五分 東経一二四度三〇分より同一三〇度三五分に至る(以下省略)



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リアンコールト列岩
此列岩は洋紀1849年佛国船「リアンコールト」号初て之を発見し船名を取りリアンコールト列岩と名つく。其後1854年露国「フレガット」形艦「パラス」号は此列岩をメナライ及ヲリヴツァ列岩と称し、1855年英艦「ホルネット」号は此列岩を探検してホルネット列島と名つけり。該艦長フォルシィスの言に據れば此列岩は北緯37度14分、東経131度55分の處に位する二坐の不毛岩嶼にして鳥糞常に嶼上に堆積し、嶼色鳥めに白し而して北西彳西至南東彳東の長さ凡一里に嶼の間距離1/4里にして見たるところ一礁脈ありて之を連結す。西嶼は海面上高さ凡四一〇呎にして形糖塔の如し。東嶼は較低くして平頂なり。此列岩附近水頗る深きか如しと雖も、其位置は實に函館に向て日本海を航行する船舶の直水道に當れるを以て頗る棄権なりとす。



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鬱陵島(一名松島)海軍海図第五四号第九五号を見よ
隠岐島を距る北西3/4西凡一四〇里朝鮮江原道海岸を距る凡八十里の海中に孤立す全島嵯峨たる圓錐山の集合にして樹木鬱然繁茂す而して其中心北緯三〇分東経一三〇度五三分に、高さ四〇〇〇呎の一峯あり。巍然天に聳ゆ。此島周廻十八里にして形幾と半圓を成す。鬱陵島の北東側に於て竹嶼を、南南東1/4里西凡そニ3/4里に望むの處に一岩あり、岩上の水深僅にニ呎及至三呎(日聞蒸気船「ウィマル」号の報告に據る) 島岸殊に東北両岸に沿うて数個の峻岩分立し其中に四〇〇呎及至五〇〇呎の高さに達するものあり。何れも鬱陵島の如く走界にして錘測も恃みとするに足をす然れも竹嶋(此嶼は島の東濱を距る七鏈の處にあり)を除くの外、皆本島の崖岸を距る1/4里以上に出る者なし。島の北濱に接して孔岩あり岩を貫きて一大孔あるを以て其形甚奇なり此岩と相對せる陸岸に高さ大凡八〇〇呎の花崗岩山あり滑面禿兀峻険にして形糖塔の如し。


※「據」は音読みで「キョ」、及び「コ」で、訓読みは「よ」る
※「處」は音読みで「ショ」、及び「ソ」で、訓読みは「ところ」
※「而」は音読みで「ジ」、及び「ニ」で、訓読みは「しか」
※「彳」は音読みで「テキ」「チャク」
※「呎」は音読みで「フィート」。これは明治時代に作られた国字
※「較」は訓読みで「くら」。"比べる"はむかし"較べる"と書いていたようです
※「頗」は音読みで「ハ」、訓読みで「すこぶ」る
※「雖」は音読みで「スイ」、訓読みで「いえども」
※「實」は音読みで「ジツ」「シツ」、訓読みで「み」「みの」る
※「當」は音読みで「トウ」、訓読みで「あ」たる。
※「距」は訓読みで「へだ」てる
※「凡」は訓読みで「すべ」て、「およ」そ
※「圓錐」は音読みで「エンスイ」
※「巍」は音読みで「ギ」、訓読みで「たか」い
※「聳」は音読みで「ショウ」「シュ」、訓読みで「そび」える
※「廻」は音読みで「カイ」「エ」、訓読みで「めぐ」る、「まわ」る
※「僅」は音読みで「キン」「ゴン」、訓読みで「わず」かに
※「據」は音読みで「キョ」「コ」、訓読みで「よ」る
※「錘」は音読みで「スイ」「ツイ」、訓読みで「つむ」
※「恃」は音読みで「ジ」「シ」、訓読みで「たの」む
※「鏈」は音読みで「レン」「テン」
※「兀」は音読みで「ゴツ」「ゴチ」