朝鮮開化史


表紙
中表紙
01 02 03 04(目次)
05(第一章 地理編)
06 07 08 (第四章 江原道)
09 10(第十二章 日韓両国地理上の関係)
11(著者/発行者)



欝陵島
金剛山の一支、東海に入る六十余里峙立して鬱陵島となる一に蔚陵と書す。即ち古の于山国なり。後、新羅に入る。別名は武陵、羽陵共に字・音相近きに因る。大小六島あり。其の中著名なるを于山島(日本人は松島と名く)竹島と云う。全島の面積約七十五方里。島中耕作すべきの地多からず、樹木は海浜より山嶺に至るまで欝密す。 山、高さ四千英尺にして海岸陟●三哩内海中の水深六千英尺より九千六百英尺に至る。居民は男女約三百口、数十年以来船匠商買及漁夫農夫相●て●り住居す。海水甚だ深きを以て魚産未だ盛んならずと雖も、海菜の運出毎年二千荷を超え、土質膏沃にして肥料灌漑を要せず。只樹叢●●を以て覆耕す。春作は大小●にして秋作は薯及び豆の類なり。林産は老巨の杉松及各種の実木にして亦多く槐木、香木、柏子木、甘湯木を産す。

今王二十三年韓廷金玉均を以て東南諸島開拓使兼捕鯨使に任じ、白春培を以て従事官となし該島開拓事務を辨理せしめたるが、翌年京域の変ありて果さず。その後、島民・徐敬秀を以て越松萬戸差定し該島人民を繁殖し外国人の樹木伐採を防禁せしめたり。

本島の日本と関係を生じたるは倭寇以来の事なるが如し。貝原益軒は之を日本所属と断じたり。明治十五六年の頃日本人某工人を派して伐木に従事したるに、韓廷抗議し日本之に譲りて其所属論は一定したるも、日本人の窃に渡航して伐木及び密貿易に従事せるは●止まず。貨物売却の時、口銭百分の二を官に納め、木材には舶一隻に百両を納め以って公然の密貿易を営めり。

囚に記す。今王建陽二年、西暦一八百九十七年、該島の伐木殖林の権利露人の手に帰し、光武三年、京城駐在露公使は韓廷に照会して外国人の鬱陵島木材盗伐を禁ぜんを迫り、外部亦た日本公使に照会したれば日本公使は該島に在りたる日本人に退去を命じ、次で露は工学士及兵士を該島に派し占領に類似せる処置を施したりと云ふ。