みことばのとびら「聖書を学んでみませんか」

 

 聖書のものがたり(口語訳聖書)

  

 やみはこれに勝たなかった。

  聖書  (ヨハネの福音書1章1〜5節)

「はじめに言がった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。」

  

どんな闇も、光に勝つことはできないのです。闇はだれからも愛されていない、

必要とされない、一人ぼっち、自殺、罪の呵責、心の深くにある暗さです。

光が現れるなら闇は消えるのです。光を受けてみませんか。

 

 途方にくれても行き詰まらない

  聖書  (コリント人への第二の手紙4章7〜10節)

「やみの中から光が照りいでよ。と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、私たちの心を照らしてくださったのである。しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。わたしたちは四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。迫害にあっても見捨てられない。倒されても滅びない。いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。」

 土の器である私は簡単に壊れてしまうものですが、この宝を土の器の中に持っているのです。

 

 永遠のいのちが欲しい

  聖書  (マタイの福音書19章16〜26節)

 すると、ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。イエスは言われた、「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」。彼は言った、「どのいましめですか」。イエスは言われた、「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。父と母とを敬え』。また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」。この青年はイエスに言った、「それはみな守ってきました。ほかに何が足りないのでしょう」。イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。それからイエスは弟子たちに言われた、「よく聞きなさい。富んでいるも者が、天国にはいるのは、むずかしいものである。また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。弟子たちはこれを聞いて非常に驚いて言った、「では、だれが救われることができるのだろう」。イエスは彼らを見つめて言われた、「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」。

 永遠の命はどんなに宗教に熱心でも聖書の言葉のうわべで従っては得られない、でもこれが人の姿です。

だからイエスを救い主と受け入れるのです。神にはなんでもできないことはないのです。

 

 お祈りを教えてください。

  聖書  (ルカの福音書11章1〜4節)

 また、イエスはある所で祈っておられたが、それが終わったとき、弟子のひとりが言った「主よ、ヨハネがその弟子たちに教えたように、私たちにも祈ることを教えてください。」それで彼らに言われた、「祈るときには、こう言いなさい、『父よ、御名があがめられますように。御国が来ますように。わたしたちの日ごとの食物を、日々お与えください。わたしたちに負債のある者を皆ゆるしますから、わたしたちの罪をもおゆるしください。わたしたちを試みに合わせないでください』」。

弟子は、イエスさまが祈り終わったその時、祈りを教えてくださいと願います。

イエスの祈りのように祈りたい。そこで教えられたのが主の祈りです。

 

 天地は滅びる。

 聖書  (マルコの福音書13章34〜37節)

 気をつけて、目をさましていなさい。その時がいつであるかあなたがたにはわからないからである。それはちょうど、旅に立つ人が家を出るに当り、その僕たちに、それぞれ仕事を割り当てて責任をもたせ、門番には目をさましておれと、命じるようなものである。だから、目をさましていなさい。いつ、家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、にわとりの鳴くころか、明け方か、わからないからである。あるいは急に帰ってきて、あなたがたの眠っているところを見つけるかも知れない。目をさましていなさい。わたしがあなたがたに言うこの言葉は、すべの人々に言うのである」。

 天地は滅びる、主か来られるときがある。そのとき主に仕えていたい。

 

  全世界をもうける。

   マルコの福音書8章34〜38節

 それから群集を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、何の得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。邪悪で罪深いこの時代にあって、わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、父の栄光のうちに聖なる御使たちと共に来るときに、その者を恥じるであろう」。

全世界をもうけても、自分の命を損したら、何の得になろうか。

生涯をかけても価値のある人生とは、主イエスに従うことです。

 

 人から出て来るもの

   マルコの福音書7章14〜23節

 それから、イエスは再び群集を呼び寄せて言われた。「あなたがたはみんな、わたしの言うことを聞いて悟るがよい。すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない。かえって、人の中から出てくるものが、人をけがすのである」。イエスが群集を離れて家にはいられると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。すると、言われた、「あなたがたも、そんなに鈍いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ないことが、わからないのか。それは人の心の中にはいるのではなく、腹の中にはいり、そして、外に出て行くだけである」。イエスはこのように、どんな食物でもきよいものとされた。さらに言われた、「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、謗り、高慢、愚痴。これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。

 あなたの心にもある罪のカタログ、これは人を汚すのです。心でイエスのことばを悟りましょう。