自己紹介


体力なし、根性なし、気概なしの私は遠くの山、高い山、難しい山に行くこともなく、 どこに所属することもなく、今に至っています。 なのにどうして今でも山に行くのだろうか。大きな理由に 近くにやはり長いこと飽きもせず山に行き続ける複数の友人がいること、 そしていろいろな楽しみ方を見つけてきたこと、にありそうです。
さらに、96年に始まった山登りメーリングリストへの参加の影響が極めて大きいです。いろいろな山行のスタイルに触れ、山行意欲が随分掻き立てられました。近頃では山登りメーリングリストで知り合った人達との山行が圧倒的に多いです。

20数年前は淡彩のスケッチが好きになり、山里寿男さんの絵に憧れていました。 山に行くたびにスケッチブックと固形の水彩絵の具を持っていきました。 社会人になってゲレンデスキーにはまりましたが、数年でいやになりました。 混んでうるさいゲレンデ、同じようなところを機械的に上下することに 疑問を持ち、山スキーに転向。近郊ハイクに少し飽きて沢登り。

しかしどれも深入りすることもなく、やがて 結婚、子育てで10年近く、山に行くことがありませんでした。 山の神が恐かった、今でもですが。
2人の子どもが1人で歩けるようになったら子連登山をしてみたいとヒッソリ 思っていました。 その一つの目標が2人の子どもを連れて富士山に登ることでした。 もう一つの再開の切っ掛けは出張でヨーロッパへ行く機会があり、その帰りに アルプスをハイキングしてみたいと思っていたのが実現し、感激にひったたからです。

近頃は季節を問わず近郊ハイカーに徹していますが、その大きな原因は車を手に入 れたからです。 しかし車の運転は嫌いで、2時間以上運転したくないので、必然的に丹沢、奥多摩 に足が向くことになります。食糧の心配をしなくとも良いというコンビニの存在も 大きいですね。
しかし、02年に車の全損となる事故を起こし、それ以来経済的にも厳しい状況が続き、電車か同行者の車で一緒してます。
かくして良い天気の週末、山の神との攻防戦に勝った暁には、入れっぱなしのザック を押入から取りだし、一走りで丹沢の裏へというパターンがここ数年続いています。 デスクワークから離れ、きざなようですが、風、木の香り、梢の音、沢の音に触れて みたくなるのです。

願わくば、山の名前、花の名前、木の名前、鳥達、虫達の名前を覚えたい。 山菜、キノコ、川の魚を味わいたい。
東京近郊の低山に咲く花の名前は、結構努力して覚えました。しかし、近頃は、えーと、えーとという枕詞を多発してます。新たに覚える数より忘れていく数の方が多いのはちょいと悲しい。
今一番憧れているのは沢旅でしょうか。だがやはり金無し、体力なし、気概なし だろうから、恋ノ岐川、葛根田川、赤木沢など行けないだろうかなー。
相変わらず、易しい沢が大好きです。体力のあるうちに泊まりの沢旅をもう少ししてみたい。
近頃、新潟、福島、あるいは訪れたことのないもう少し北へ頑張っていくかなとも 思ったり、ちょっぴり冬山へも行ってみたいとも思ったり。
というわけで50になったらバリエーションルートへ、というのは嘘ですが 昨年、はじめてザイルに触れました。アイゼン、ピッケルなんぞも使ってみたい とも。ヨーロッパアルプス4000mにも行ってみたいが夢の夢。
岩、雪にはとんと興味沸かず、ヨーロッパアルプスへの意欲は消えてしまいました。

後10年もたてば100名山ブームも過ぎ去るのではという期待もあります。 そうすれば私も行こうかな。どれも素敵な山ばかりだから。 だがさらに体力なし、根性なし、気概なしだろうから北海道や九州の山、南ア南部など へは行くこともきっとないだろうな。
北海道には98年6月、02年6月と出かけました。夏に長い休みがあったらと思いつつ、時間ばかりが過ぎていきます。
70になったら行ったことのない尾瀬と上高地、立山に行こうかな。
05年5月、尾瀬には、至仏山からスキーで滑り込みました。03年1月、上高地をスキーで歩きました。

そして最期は富士山の良く見える南向きの大きなブナか桂の木の根元に散骨でもして もらおうっと。それまで東京近郊の大きなブナが元気で残っているといいな。


(97年10月XX日記載)
(08年12月XX日追記)
ホームページに戻る