
小話:異端審問官
ある異端審問官が、ある男を民衆の手に渡して虐殺させてしまった。
ところがその男こそ正真正銘の信徒であることがわかった。
すると審問官が民衆に言った。
「お前たちは罪なき人を殺した。懺悔をせよ。悔い改めよ。罪を償え。」
民衆は流された血を見、これにおののいてひざまずき、罪を告白し、嘆き悲しんだ。
これを見た老ユダヤ人が驚いて審問官に言った。
「判決を下したのはあなたではないか。そのあなたが人々に悔い改めを命ずるとは!
あなたに罪はないのか?」
「私は神の名のもとに判決を下した。
従って私に責任はない。責任は常に神と民にある。だから昔から言うではないか。
『民の声は神の声』と」
それから民衆の方に向かって言った。
「ここに異端者がいる。この者はお前達の真摯なる悔い改めを汚した。
私はこの男を
お前達に渡す。」
民衆は一斉にユダヤ人に襲いかかった。
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煽情的な記事や画像で感情に訴えることで問題の核を隠蔽し、疑問心を凍らせ、
事実を究明できなくして民衆を支配する。
結果の責任は常に、踊らされた民衆に転嫁され、それによって事実の核を隠し自分は民衆の側に立つふりをする。
日本人は昔から感情的でこの宗教的暗示に弱く、簡単に引っかかってきた。
結果としていつも判決を下したものは現れず判決の基準となった思想も探求されない。
一切の責任は実行者である民衆に転嫁され、実行者は糾弾され懺悔を命じられる。
このような手法で日本国民は煽動されつづけている。
山本七平著『日本人と中国人』から引用
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