『ヒューマニズムとテロル』第一部(1)
 
 
 メルロー・ポンティの著作『ヒューマニズムとテロル』の中において、彼はアーサー・ケストラーの著書である『零と無限(仏訳。邦題は『真昼の暗黒』)』に対しての書評を行っている。
 本書の目的は共産主義の研究にあり、文学論ではない。にもかかわらず彼がその本を取り上げているのは、それが、その時代の共産主義と共産主義者の現実を、研究する者たちの前に否応もない鋭さで提示してくるからだという。
 『零と無限』において提示されているものは、反共産主義者の立場と、共産主義者の立場の明確な対決である。
 反共産主義者は、自国の中、あるいは自国の利益を守るという正当化の元に、「暴力、強制労働、植民地戦争、黒人など有色人種への差別と偏見と最悪の私刑」などを忘れた振りをして、現実に世界に溢れている暴力に目をつむっている。
 一方で、共産主義者は暴力を自分たちからは離れた位置や、結果から捉えそれを美化する。
 この対立を真に理解しないが故に、人々は共産主義と自由主義との間での中身のない議論を繰り返しているのであった。
 メルロー・ポンティは、この本に対し、『現代の問題を、しかるべき形ではなかったにせよ、ともかく提起している』という評価を下している。
 本の内容については、ルバショフという一人の共産主義者(実在の人物ではないが、その当時の共産主義者の平均的な姿をもった人物。実在の共産党員の何人かをモデルとしているといわれる)が、共産主義とともに生き、最終的には共産主義によって死を迎える姿を描いている。それはマルクス主義が提示する弁証法に沿った人間の一生であり、その人間と共産主義との最終的な限界がどうなるかということを描こうと試みられたものであるようだ。
 ルバショフは初期段階の革命家達がそうであったように、それなりに裕福なインテリであり、テロルとヒューマニズムを完全に分離して扱うことが可能だと考えている人物だった。それ故に当時のソ連の現実が、その体制の維持のために、大衆よりも工業などの発展が優先されることが避けられない状況となると、そうした党の指導に対してモラルの上から反対する。
 1930年代に入ると、ソ連における革命は、次第にその段階を初期のものから良くも悪くも、その次の段階へと移しつつあった。それは以下の様な変遷であるのだが、ルバショフ自身の人生も、この変化に従い弁証法的に変化していった。
 
 
 
 革命の中にあった時、ルバショフは革命のために、白軍の兵士やブルジョアジーたちへと暴力を行使した。それは、階級の敵、革命の敵に対しての暴力であり、彼個人のモラルとしての「非暴力」が革命によって正当化され救われるからだと信じたからであった。こうして彼は弁証法に沿って自身を革命的状態へと投げ込むのだが、彼はその先に新たな弁証法的運動が続いていくことに気がつく。それは革命状態に入るために一度は埋没した主観としての自分と、他者との関係性である。
 ここに至ってルバショフは、ルバショフ自身が行ってきた暴力は決して正当なものでもないし、自身も潔白な無罪の人間ではないことに気がついていく。彼は自分自身の行為をいかに評価するべきであるかを知ることができなくなったのだ。1917年の革命が決して間違ったものではなく、彼自身は必要ならば何度でもその革命を繰り返すであろう事も間違いのないこととして感じていながら、一方でその革命は彼に弁証法的に次の段階へと進むことを要求したのだ。
よってルバショフは、自らがその次の弁証法的段階に進むためには、自分自身が行った行為の結果として、今自分自身に返ってきている、1938年のモスクワ裁判の中で反対派として『沈黙の中に死ぬ』しかないという事に行き着くのだ。
 それは、ルバショフのこれまでの共産主義者として歩いてきた道程と、彼がうち立てた革命の国と、彼自身の後に続いた世代との間で生じる自己疎外であり、ルバショフにとって『解き放たれることのない弁証法的状況』の限界点であった。
 
●ルバショフの弁証法的状況
 
 こうしてケストラーは、一人の人間とマルクス主義がもたらした弁証法的生き方との間で生じる出来事を『零と無限』の中で描いた。それは、マルクス主義と当時のソ連における政治体制への批判的な意味を含むものであったのであろうし、それらの問題点を暴き出したものだと言うことができそうだ。
 だがしかし、メルロー・ポンティは、このケストラーの作品に対して『マルクス主義はほとんど見られない』と言い、ケストラーを『凡庸なマルクス主義者』と言っている。
この作品は、確かにソ連の現実を暴き、また決して単純化され得ない問題としての人間というものを見いだしており、人間の自己の対する『苦悩』と『疑い』を描いている。しかし、そうした個人や歴史についての問題を、ルバショフもケストラーもマルクス主義者的な観点よりも、むしろ「機械論的哲学」「科学主義」に近い立場から見ているのだと、メルロー・ポンティは指摘する。
 マルクス主義とは全ての問題を人間と人間の関わりの問題として捉える視点であるのだが、ルバショフは自らや他の人間達との関係を、人間としてというよりもそれぞれの行動を反射する鏡として認識している。それでは、実像と鏡像との間で交わされる関係性は「あれかこれか」の二者択一しか選択肢はなく、それではルバショフ自身を襲ったように、やがては非人間的な二者択一となり、人間を破滅させる限界点に至るしかないだろう。
 メルロー・ポンティによればマルクス主義は『人間的な見方は、全く相対的なものではあるにせよ、他に何物もなく、いかなる宿命もないのだから、それが直ちに絶対であるという深い思想にささえられている』のだという。それは『人間同士の実践が絶対である』ことであり、そこにおいては二者択一ではなく、もっと広い範囲の選択が理論的討論のもとに生み出されていくべきものであったのだという。
 もちろん、当時のソ連においてはそうした理論的討論などは不可能な状態に近かったということはあるだろう。当時のソ連は「スターリンの革命」とでも呼ぶべきもののもとに、スターリンを絶対権力とするような動きの中で、こうした出来事は確かにあったのだ。
 だが、それをマルクス主義の欠点だと理解するケストラーの立場以外にも、もう一つ別な見方が存在する。すなわち、この当時のソ連の共産主義者達が、真実の意味でのマルクス主義者ではなかったのではないかという疑問である。そして、それはソ連の共産主義者たちだけの問題には止まらない。当時、共産主義者であることを表明していた人間達全てに対して投げかけられた疑問でもある。
 もしケストラーがメルロー・ポンティが指摘するように『凡庸なマルクス主義者』であり、マルクス主義ではないものをマルクス主義として捉えて、『零と無限』を書いていたのだとすると、それは確かに、実際の共産主義者達が、果たしてどれだけマルクスのマルクス主義で克服されていた問題を現代において実際に克服しているか、ということが疑問視されてくる。『果たしてルバショフは虚構の人物であり、彼の問題は架空の問題であろうか?』という一文でメルロー・ポンティはこの書評を締めくくっているのだが、それが意味するところは非常に重いと言わざるを得ないのではないだろうか。

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