掩体壕(海軍宇佐航空隊)
(大分県宇佐市 2004.2.21)
 
 掩体壕探索にあたり、初の長距離遠征先として選んだのが、この宇佐でした。
 宇佐には茂原に次いで多い、10基もの掩体壕が残っていたので迷わず決定しました。

 大分空港到着後バスで宇佐に向かったのですが、せっかく来たのだからと宇佐神宮で下車し、参拝してからタクシーで城井一号掩体壕に行きました。
 今考えれば、運転手さんに「城井一号掩体」と伝えると、当然のように通じたのが感動です。無線で会社にも「城井一号掩体」と行き先として伝えていました。
 認知度の低い「掩体壕」という言葉が普通にかわされている!これも掩体壕を指定史跡としている掩体壕西の聖地?宇佐だからでしょう。
 当時、公園として整備中だった城井一号掩体に到着すると、運転手さんは待ちましょうかとおっしゃったのですが、周囲を回るつもりだったので、お断りしました。

 徒歩で他の掩体壕を探索したのですが、最後は柳ヶ浦の駅まで歩いたので結構な距離になったと思います。

 掩体壕は、広範囲にわたるので車かできればバイクで廻るのがおすすめです。
 



城井一号掩体
<市指定史跡>
国内で一番有名な掩体壕?

No2
小型掩体壕
倉庫

No3
小型掩体壕
工場の倉庫?

No4
小型掩体壕
ガレージ

No5
小型掩体壕
不法投棄されたゴミだらけ

No6
小型掩体壕
廃物置?

No6
小型掩体壕
反対側から

No7
小型掩体壕
物置?

No8
小型掩体壕
ガレージ

No9
小型掩体壕
畑の倉庫

No10
中型掩体壕
滑走路の北側に位置。

No10
中型掩体壕
裏側から

城井一号掩体には零戦が格納されていたと言われ、現在も内部には、別府湾で引き上げられた零戦のプロペラが展示されています。
NO3.5.6の翼の部分が特徴的。(※Noは管理人が便宜的につけたもの。)

<海軍宇佐航空隊>
昭和14(1939)年練習航空隊として設置。
昭和18(1943)年から掩体壕が造られはじめ、終戦時には47基の有蓋掩体があったそうです。
 宇佐航空隊は、戦争末期に特攻基地として使用され、ここから飛び立ち多くの方が戦死されたそうです。
 滑走路跡は市道となっており、周辺には現在も10基の有蓋掩体壕が残ります。その残存数は国内で茂原市の11基に次ぎますが、発見しやすさでは茂原市を遙かにしのぎます。

 城井(じょうい)一号掩体壕は、1995年(平成7年)3月掩体壕としては全国で初めて市指定の文化財となりました。

(後日談)
訪れた当時、城井一号掩体周辺は駐車場等の再整備中でしたが、整備後は、見学帳が置かれたようです。2006年4月に一青窈さんが平和を願うメッセージを記帳し、6月にそのページが、破り取られるという事件がありました。残念な出来事ですが、城井一号掩体壕の名が広まったようで、その際の当ページのアクセスは普段の10倍にも上り驚きました。


アクセス:JR日豊本線柳ヶ浦駅下車、タクシー約10分(城井1号掩体)

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2004年2月29日作成
2010年3月3日更新
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