この文書は一部分が欠けています。その部分は、「1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.2」で[7][8][9]の部分です。また、この文書の掲示を2002年10月27日午後2時半ぐらいにやったのですが、その前後、非常にパソコンの動作がおかしく、この文書自体は、一部に記事の重複や抜けがあり、読める状態のものではありませんでした。その時の状況については、後日、お知らせします。
なお、この文書自体は、平成7年に作成されたもので、平成8年に裁判へ提出されているものです。ですから、平成7年時点での記述であり、その後の色々な事態の進展については、触れられていません。また、文中に「〜ページ」とあるのは、B4にテープを起こしたものを印刷した状態でのページ数です。ですから、ウエップ上では、これらのページ数は反映されていません。
2002年10月27日午後9時50分。武田信弘

1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.1−1

 この書類は、1994年1月10日の夜、埼玉高等学校教職員組合書記長の書記長T先生、信弘本人、母、姉の4者間で行われた会話に関するものです。この日の昼間、信弘は、校長(埼玉県立三郷工業技術高等学校、小川浩校長。1995年4月に、県教育委員会に転出。)に対し、学校と信弘との間に発生していたいろいろなごたごたについての話しをしていました。その内容は、学校会計や入試、盗難事件などを初めとし、それらを信弘が追求していく中で、校長及び県教育委員会から出された、信弘を精神科に診させるという職務命令に関することでした。その話しの中で、校長は、1993年の12月6日に、姉の自宅に行き、話しをしたと言い出したのです。信弘にとって、このことは、校長から聞くのも初めてであり、もちろん、姉にも聞いていませんでした。そのため、そのことを、確認するために、この1月10日の夜、姉、及び、職務命令に関していろいろのことを相談していた書記長T先生との話合いを、信弘のほうでお願いし、やってもらっていたわけです。
 この書類は、姉、書記長T先生、母、信弘の話合いが既に始まってから、1時間以上が経過してから後の会話の録音を元に作ったものです。会話を録音することは、書記長T先生、姉とも嫌がったのですが、信弘のほうで強く主張し、一応了承をとって行ったものです。場所は、姉の自宅内の姉が塾をやっている部屋です。話合いに姉の長男、子供Aが加わり、ホワイトボ−ドに信弘が経過を書いて確認している場面です。この録音部分の前に、次のことが話されています。
・この日の話合いをどこで行うかということについて、書記長T先生が、信弘の姉の家で行いたいと主張し、そのことを、姉と事前に打ち合わせていたことを、信弘に否定したこと。この時期は姉の子供の受験前で、信弘のほうで姉の自宅を避けたいという気持ちがあり、信弘は、どこかのレストランで話したいと主張したのです。それなのに、姉、書記長T先生とも、姉の自宅で話したいと主張し、しかもその打合せを事前にしたことを否定していたのです。)
・1993年12月6日に姉の自宅へ、校長が来たこと。そのことを信弘に黙っていたこと。そして、その時話した内容はほとんど覚えていないこと。(これも大変不自然なことです。11月30日に第1回目の職務命令が校長から信弘に対して出され、12月6日、つまり、校長が姉の自宅に行ったその日、県教育長名の分限処分付きの職務命令が出されたのです。校長は、信弘にその職務命令を渡してから、姉を訪ねているという訳ですから、話の内容は、その職務命令に関したことでなければなりません。学校側と信弘がどういうことでもめていたか、姉は事前に知っていた訳ですから、その流れの中で出された職務命令について、この日、校長と姉が話をしたとしたら、姉が信弘にそのことを話さないのも、その内容を覚えていないことも、大変不自然なことです。)

 この書類では、時間経過に従って、ポイントになる会話の部分をあげてあります。なお、会話をほぼ完全に再現してあるものと、細かい部分を省略してあるものとがあります。時間を取っていただき申し訳ないのですが、ぜひ、実際のテ−プを聞いてみていただけないでしょうか。その時の状態を、こうして文字で再現しても、かなり、雰囲気に違いが感じられるのです。なお、録音全てを、文章に起こしたものを付け、それへの参照ペ−ジをこの書類の各引用部分に※で示してあります。

[1] 職務命令が出た経過の確認をしていく中で書記長T先生が、日教組本部の法制部に問い合わせ、「職務命令に対して対抗するためには、医者で対抗する以外にない。」(※6ペ−ジ中段を参照)と言われた事に触れています。次に、慶應病院や、原宿の医者のことなどに話しが移り、その後の部分が、ここで取り上げる、1993年12月10日(分限処分付きの職務命令での呼び出し日。この日、書記長T先生と姉が、信弘の代わりに県の健康教育課へ行っている。)の県での話合いの経過についての会話です。尚、この「職務命令に対して対抗するためには、医者で対抗する以外にない」という論理そのものが、冷静に考えると、おかしいものです。この事は別項([16])で取り上げます。
 (※9ペ−ジ後半を参照)
書記長T:つまり、本人が来ないって、大騒ぎしてる訳。それで、「今日はお会いできません。」て。それでどなり合いした訳です、僕は、*谷課長補佐と。そいで、「本人以外にはお会いできません。」と。それで、かなりやりとりですよ。このままの状態で終わったら、もう武田さん完全に処分だから。そいで、最終的に、あのう、医者に、医者って確か、*井って言ったかな、藤井って言う医者が隣の控室に居たんだよね。控室って言うか、会議室に。実際には居たんだけど、医者が会わないって言うんで、それで、こっちがかなり大きな声で、「そんな医者、世の中にいるのか。」って言って、「家族が来てんのに。」って言って、それで、医者の方と何か相談して、そいで、最終的に、あのう「お姉さんとなら会います。」って言ったの。だけど先生は、あのう、医者は、駄目ですって、そいで言った訳、「これはプライバシ−ですから。」と。
信弘:医者に会わせろと、だれが言ったんですか。
書記長T:僕と姉Yさんと二人で言った。それで、あの、医者の方が、最終的に高教課の医者の方と連絡取ったみたいで、「お話を聞きます。」と。で、お話になった。で、そん時も最初は、あのう、「ご家族とは会うけども、第3者はだめです。」と言った訳です。組合はね。だけど、そしたら、
信弘:そういう話しも、最初、この前は出ませんでしたね。そういう話しまでは、この前、教えていただきませんでしたね。
書記長T:どこですか。
信弘:いや、だから、
書記長T:今日は正確に、経験話し、してるんですよ。全部整理しながら。客観的に、武田さんがどういう状態に置かれてるかをね、正確に話してあげてる訳ですよ。今ね、いいですか、だから細かいところまで、話してる訳です。そいで、最終的に、「これはプライバシ−に関することだから、家族までは会うけれど、組合の人は入れる訳には行かない。」って言ったの。だけど、そしたら、それに対して、姉Yさんの方が、「いや、あの、これはぜひ、一緒に聞いてほしいです。」って言って、じゃ、家族の同意という前提で、話しをした。つまりどういうことかと言うと、かなり医学的なプライバシ−の部分に入っていくっていう判断が向こうにあった訳。それで、いろんな話しをした。それで最終的結論から言えば、要するに、その、県のほうの医者はね、「これは、先生の場合は、被害妄想にもうかかっている。」と。「だから、これはちゃんとお医者さんに見てもらった方がいい。」と、いう話しをそこでする訳です。「だけど、いや、もうすでにお医者さんにかかってる。」と。
信弘:はい、それで。
姉:うん?
信弘:どうぞ。
書記長T:うん?
信弘:どうぞ。
書記長T:いや、だから、お医者さんにかかってますというところで、最終的なやり取りとしては、じゃ、先生が医者にかかってね、順天堂に行ってる、と言ったから、「順天堂の医者に先に行かれてね、そこで、お薬ももらっているでしょう。」と言うから、「貰ってます。」とお姉さんが言った訳。「じゃ、そのお薬も貰ってね、病院行かれているようでしたら、その状態を、その状態が続いて行くという前提で、じゃ、今日のところの話はそこで終わりにします。」ということになった。
信弘:通院を条件にして、え−、、、そいで、、、ということですね。はい。
書記長T:それが、その間の経過ですよ。だから、で、それから、後もう一つは、「ちゃんとお薬を飲んでください。」と。「病院に通って、、、」
信弘:このことも言いませんでしたね。
書記長T:言いません。だから今日は正確にみんな言っているって言うじゃないですか。あんまり、先生が事態を正確につかんでないから。

 ここには、医者、姉、書記長T先生の3者で、信弘のことについて、かなり医学的なプライバシ−の部分をいろいろ話したということが、かなりはっきり述べられています。しかし、この後、何時間にも渡るこの日の話合いの中で、全くそのような事(つまり、医学的なプライバシ−の部分)は述べられないのです。
 また、なぜ、薬を飲むという条件を、一ヵ月も信弘に伝えなかったのでしょう。(県での話合いが1993年12月10日、そして、この日の話合いが、1994年1月10日です。)
そして、職務命令の取扱いに関しても、疑問が出てきます。つまり、書記長T先生の話では、医者が、「今日のところの話はそこで終わりにします。」と言って終わりになっていますが、書記長T先生ほどの組合活動の経験者が、12月10日の呼び出しの発端を作った職務命令の取扱いに関して、医者ではなく、県の担当者に何の確認もしないのは、不思議なことです。なぜなら、医者が職務命令を出したのではなく、県の担当部局が出したのですから。(または、別の言い方で言うなら、その場面のことが、この時点で、書記長T先生から、語られなかったことが不思議です。)


 1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.1−2

[2] 県警のことでのやり取りの最後の部分で、県に書類を出す前、吉川警察より、「健康教育課へ行けと校長が言っていた。」(※25ペ−ジ中段を参照)と言われた事に触れています。この吉川警察による発言と、職務命令との関連も大変おかしいことが指摘できます。
 吉川警察の発言に対し、書記長T先生は、「武田さんは、警察がおかしいと思ってい、警察は、武田さんがおかしいと思っている。だから、警察は、健康教育課へ行けと思ったんでしょう。」と答えています。ここで取り上げるのは、それに続く部分です。
 (※26ペ−ジ中段を参照)
信弘:僕が精神病だと仮定して、普通にとる処置は何なのか。(普通の対処の仕方は、)お前が言っていることは、こういう点で違うだろう。例えば、これはボ−ルペンではなく、ホワイトボ−ドマ−カ−だ。なぜなら、ここに書いてある。このように事実に即して、おかしい部分を言っていけばいい。しかし、校長は、何科の医者か、なぜ医者にかかるのかということを言わない。県のほうにも僕は問い合わせ、*川主幹のほうも、何科って事も言わない。いいですか。理由も言わない。何科の医者かって事も言わない。そして、文書で、これ、呼び出しをしている。いいですか。なぜなんでしょう。
書記長T:お医者さんの判断で、やるべきだということになった。医者が武田さんの出した書類を見て判断している。精神病だとは言わない、被害妄想だと言っている。
信弘:理由を言わないのはおかしい。僕が精神病なら、そう言っていいはずだ。
書記長T:医者の判断でやるべきことだ。県の医者でなくていい。12月8日の町医者にまで手が回っているという話を聞いたときは、かなり(信弘のことを)おかしいと感じた。

まずここで次の3点を指摘したいと思います。
1.教頭日誌の11月16日付けのコピ−には、「警察より電話があり、校長が職務命令を出し、健康相談を受けさせる(医者2名)」、とはっきり書いてあります。つまり、医者の判断ではなく、校長が、警察と話した上で、健康診断を受けさせるための職務命令を出すことを決定しているのです。このことは、11月22日の吉川警察の御代田係長の言葉も裏書きしています。彼は、「警察のやり方に不満があるなら、健康教育課へ行け。」とはっきり言っているのです。
 また、県の方へ信弘が書類を提出したのは、11月26日です。つまり、11月16日(校長が吉川警察と話し、健康相談を決めた日)の時点で、医者が信弘の書類を見ることはありえず、従って、医者の判断があって、その後校長と吉川警察の話合いがされたということもありえません。ですから、11月30日、及び12月6日の両職務命令は、医者の判断で出したものではなく、あくまで校長と警察、そして県との話合いで出されたものと考えられます。
2.信弘の問いかけに対する書記長T先生の答えが、通常とは違っています。つまり、信弘は、理由もかかる医者の診療科も明らかにされずに、職務命令が出た、その経過についておかしいと言っているのに対し、書記長T先生はそのことには触れず、医者の判断だとしか答えていません。普通であれば、「そのような経過になったのは、これこれの理由だ。」とか、「その経過は確かにおかしい。県や校長の方に確認をしてみよう。」のような反応になるべきではないでしょうか。これ以降も、信弘は、このことを言い出そうとし、そのたびに、書記長T先生や姉は信弘の発言を遮っています。[16]でも、信弘は同じことを問題として出すのですが、そこでも、書記長T先生の答えは、医者の判断だとしか答えていないのです。
3.信弘が精神病であることの根拠として、信弘の出した書類を見ての医者の判断だ、と言っていますが、内容に入った話(つまり、医学的なプライバシ−に関するもの)をこの時も、また、これ以降もしていません。以降、書記長T先生が繰り返し、何度も、根拠として、言っているのは、・.原宿の町医者にまで手が回っていると信弘が思ったこと。・.信弘が会話の録音を取ること。の2点であり、医学的なプライバシ−に関すると思われるものは出てこないのです。また、信弘は、これらの2点に対しても、自分の行動の理由を述べ、説明しています。

[3] 上の場面のすぐ後の部分です。平成3年の夏休みにサッカ−部副顧問の先生の車が壊され、警察を呼んだ事件が一切公表されなかったことについて、書記長T先生が、「本人が被害届を出さなければおしまいの話しでしょう。」(※29ペ−ジ下段を参照)と答えている部分です。
 実際は警察を呼んでいるのですから、被害届は出されたことになります。また、学校内で警察を呼ぶような事件が起これば、生徒に話さないまでも、被害者の意向に関係なく、学校の職員全体には、少なくともその経過を報告し注意を呼びかけるのが普通です。
 平成3年の時点で信弘は生徒会の顧問として、部活動費の調査を行っています。その中で、サッカ−部の収入に関し次のような疑問点が出てきていたのです。つまり、サッカ−部主催の大会で発行されるパンフレットに、約100件ほどの広告がされ、その広告費について、副顧問は1件5千円だと言い、正顧問の教員My先生は1件2千円だと言っていたのです。教員My先生はさまざまな面で色々な噂のある教員であり、平成3年以前からも、信弘と対立することの多かった人です。そのような経過で起こったこの事件について、一切公表されず、しかも、信弘は、数カ月後、その副顧問から、丸で、信弘が犯人であるかのような形で、この事件のことを、初めて知らされたのです。サッカ−部副顧問の車の修理費は50万円以上かかったという話です。この事件自体についても、多くの裏があるように思えます。
 そして、このような常識的には大変おかしいことに対し、書記長T先生は、回りの行動はおかしくない、信弘の方が被害妄想でおかしいのだ、という形で対応しています。これ以降も、信弘の言うさまざまなことに対し、一貫してその形でしか、書記長T先生は答えません。 

1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.1−3

[4] 前段の場面より、書記長T先生は、信弘に対し、「原宿の町医者にまで、手が回っていると、信弘が考えたことは、おかしい、そこを説明してほしい。」と言う形で、執拗に信弘を攻めます。(※28ペ−ジ上段、34ペ−ジ中段、35ペ−ジ中段を参照)
 書記長T先生の言葉に対し、信弘は、「町医者のことを僕が言ったから、その一点をとって、僕がおかしいと言いたいんですね。」(※35ペ−ジ中段を参照)と反論しています。ここで取り上げるのは、それに、書記長T先生および姉が答えて、次のように述べているところです。
 (※35ペ−ジ下段を参照)
書記長T:武田(信弘)さんにこういう精神的な問題を(信弘が)抱えていることまで、話したくなかった。母さんもそうだけど、本当のことを話したいと言うことは誰だってある。武田さんに受け止める状態がない。どうしようかって、みんな困っている。親やみんなのことを思いやるなら、医者の言うことを聞いて、薬を飲んでほしい。ここまで言うのはつらいけど、武田さんに分かってもらうためには、話した方がいいんじゃないかと思って話しをしている。
姉:隠しているのは、こちらもつらい。

 ここが、書記長T先生及び姉の話しの核心部分です。つまり、書記長T先生、及び姉の二人とも、信弘が被害妄想であるという前提で話しているのです。しかも、姉は、職務命令が出る以前から、「母の話を聞いて、信弘のことをおかしいと思っていた。」(※51ペ−ジ上段を参照)とまでこの後の部分で言っています。しかし、もともと、精神科にかかること自体が、書記長T先生の指示であったのです。分限処分付きの職務命令が出たため、それに対しては医者で対抗するしかなく、信弘が精神的に正常であることの証明をしてもらう、と言うのがその理由です。12月8日は、慶應大学付属病院で、職務命令などの経緯を話した結果、正常であることの証明を拒否されました。その結果、ともかく医者にかかっているという実績を作ったほうがよいとの書記長T先生の指示に基づき、12月9日、順天堂の医者に、職務命令のことは伏せ、軽いノイロ−ゼということでかかることにしています。これらのことは、この書類の会話の中の次の部分からも、知る事が出来ます。・6ペ−ジ中段、書記長T先生の「職務命令に対抗するには、医者しかない。」の言葉。・31ペ−ジ中段、信弘の「僕は、正常だって事を証明してもらいに来たんだ。」以下の言葉。・34ペ−ジ上段、姉の「順天堂の先生も、どっこからが正常で、どっからが異常か出せませんって言ったよ。」の言葉。・34ペ−ジ上段、信弘の「順天堂では、一日目は、県の職務命令について、証明してほしいということは、出てきていませんでした。」の言葉。
 さて、職務命令は、信弘が学校の問題を追及(普通に処理をすれば、何人かの教員の首が飛ぶことです。)している中で、呼び出しの理由も、そして、最初はかかる医者の診療科も明らかにされずに出されたものでした。12月6日に出された第2回目の職務命令に関するそのような経緯を、姉、書記長T先生とも知ってい、書記長T先生は、信弘に対し、そのような経緯はおかしいと言っていたのです。その上で信弘の代理として、姉、書記長T先生は県へ行ったのです。普通であれば、第一に書記長T先生や姉がとるべき行動は、理由も明らかでない職務命令に対し、なぜ理由がはっきりしなかったのかを県にまず確認し、それを信弘に説明することであるはずです。
 また、信弘が実際に被害妄想だと仮定をしても、書記長T先生は11月30日に出た職務命令に対応する時点で、また、姉は12月6日、校長が姉の自宅を訪ねた時点で、県または校長と直接話す機会があったのですから、職務命令が出た理由を確認し、それを信弘へ説明してしかるべきであったはずです。最初は、かかる医者の診療科が明らかにされず、そして最後まで、医者にかかる具体的な理由は明らかにされない、そんな状態で出された職務命令の経緯を姉、書記長T先生は、県、校長へきちんとたずねていないのは、なぜなのでしょうか。
  そして、職務命令が出た経緯を述べる代わりに、「武田さんが精神的な問題を抱えていることまで話したくない。」「信弘に隠していることがつらい。」と言っているのです。つまり、ガン患者にガンであることを知らせるのがはばかられるのと同じように、信弘にも、精神病であることを知らせるのはつらい。だから、細かいいきさつは信弘本人には伏せたままでいようといっているように聞こえます。しかし、もともと、信弘の場合は、被害妄想ではなく、理由も、そして、かかる医者の診療科も明らかにされずに出された職務命令に対抗するために、書記長T先生の指示に従って、一応、医者にかかってみたということなのですから、信弘が「精神的な問題を抱えている」と言う前提そのものが、成り立たないものです。
 さらに、もしも本当に、隠しているのがつらいというのなら、分限処分付きの教育長からの職務命令が出ることはつらくないのでしょうか。仮に、信弘が被害妄想であれば、第一回目の職務命令の時に、県との接触を書記長T先生はしているのですからその時点で、そして、または、少なくとも分限処分付きの第二回目の職務命令が出され、姉、書記長T先生が12月10日に県へ行って医者から説明を受けた時点で、信弘に「これこれの理由で、被害妄想が疑われる。医者は、こういう具体的な話しをしている。分限処分付きの職務命令が出ているのは、これこれの理由だ。だから、県の医者でもいいし、自分で選んだ医者でもいい。ともかく、医者に行って治療を受けよう。」と、説得するのが普通の行動ではないでしょうか。
 実際に、一回目の職務命令は、書記長T先生自身が、執行保留状態にしているのです。このことは、書記長T先生の、この1月10日の会話(※3ペ−ジ中段を参照)からもわかります。そして、第1回目の職務命令に、信弘が従わなかった(書記長T先生が県と交渉し、保留状態になった)結果、分限処分付きの、教育長名の職務命令が出たわけです。この分限処分付きの職務命令の呼び出し日(12月10日)に、姉、書記長T先生が県へ行き、県と話した結果を、その後、書記長T先生から信弘は聞いてい、書記長T先生に、県のほうで何か条件はないのか、と確かめていますが、その時、薬のことは、何も出ていないのです。その時、姉、書記長T先生からあった話は、「今日、県で医者と会った。順天堂にかかるということで職務命令は止めておくことになった。」というものだけだったのです。しかも、12月10日から1ヵ月経った、この1月10日に初めて、薬を飲むことを含め、詳しい話し(しかし、実際は、医者と話したはずの、具体的な話しは出てこない。)をし、詳しい話をするのが遅れた理由として出てくるのが、ここで取り上げた、「武田(信弘)さんにこういう精神的な問題を(信弘が)抱えていることまで、話したくなかった。母さんもそうだけど、本当のことを話したいと言うことは誰だってある。武田さんに受け止める状態がない。どうしようかって、みんな困っている。親やみんなのことを思いやるなら、医者の言うことを聞いて、薬を飲んでほしい。ここまで言うのはつらいけど、武田さんに分かってもらうためには、話した方がいいんじゃないかと思って話しをしている。」ということなのです。

[5] 第5点目は、第4点目であげた場面のすぐ次の部分です。
(※37ペ−ジ中段を参照)
信弘:どこを思いやって、隠しているのか。
姉:信弘が生徒にラブレタ−を出している。それが発覚した。医者が、『この先生は生徒にラブレタ−を出す癖がある。』と言った。
書記長T:親から抗議が来て、それを教員My先生がなだめた。その時から、信弘が、教員My先生のサッカ−のことを言い出した。それから、信弘がいろんなところに話しを聞きに行き、テ−プをとっている。そんな先生がいるのかと文句が来ている。

 まず、信弘の問に対する姉の答えが普通の会話として成り立たないものです。普通であれば、信弘のこれこれの点を思いやって隠していた、と答えるはずです。これでは丸で、「信弘にはこんな問題があるのだから、こういう仕打ちも仕方のないものだ。がたがた言わずに静かにしろ。」と言っているように聞こえます。
 書記長T先生の言っていることも、普通に考えると奇妙です。なぜなら、信弘の出したラブレタ−が原因で起こった問題を教員My先生が止めてくれたのなら、信弘は、教員My先生に感謝していいはずです。それを、信弘が教員My先生を恨むような行動に出たというのは、無理があるのではないでしょうか。
 このテ−プの後の部分でも説明をしているとおり、事実は、1990年(平成2年)11月の段階でその女子生徒が教員My先生からスカ−トめくりの嫌がらせを受けていたのを信弘が見かけ、それを止めようとしたのです。校長、教頭、学年主任、担任である教員My先生、副担任の5者に集まってもらい、その場で次の2点の確認をしたのです。
・信弘とある女子生徒の関係についてあらぬ噂が流されている可能性が
あること。
・その女子生徒のスカ−トを教員My先生がめくっていたこと。また、その
後、11月22日には、そのことに関し、職員会議で信弘は発言しています。 
 
さて、職務命令は、信弘に被害妄想の様子が見えるということで出されたものだというのが、県(そして、姉、書記長T先生)の主張です。それならば、医者は具体的に、信弘の病状について説明をするはずのものです。それなのに、被害妄想とは関係のないラブレタ−のことを、なぜ、医者が言い出すのでしょう。
 また、書記長T先生が言っている第2点である、信弘がテ−プをとることが、医者の言ったはずの医学的なプライバシ−にかかわることなのでしょうか。事態の紛糾が予想される場合、会話のテ−プをとることは、よく行われることです。
 教頭日誌の12月10日付けのコピ−には、信弘が学校にいるようなら、学校で医者2人に信弘を診させると書かれています。県は信弘の代わりに書記長T先生や姉が行くことを知らないはずですから、県の方にも医者が二人いたはずですが、*井という医者一人しか話しに出てきません。これも矛盾しているように見えます。
 また、これは確実な知識ではないのですが、精神病で病院へ収容する時には、医者二人の診断が必要とされているのではないでしょうか。もしそうなら、県の意図は健康相談(カウンセリング)などではなく、信弘の収監である訳になります。だいたい、健康相談に二人の精神科の医者が必要でしょうか。そして、理由も、診療科も言わないままの職務命令で、健康相談は、受けさせるものでしょうか。分限処分付きの教育長名の職務命令まで出してきたのは、なぜなのでしょうか。(精神科であることは、12月2日、教頭が校長の言葉として、信弘に伝えています。)

[6] [5]であげた会話のすぐ次の場面です。
(※39ペ−ジ中段を参照)
信弘:他になんか言われたんじゃないですか。これだけですか。これは初めて出てきた事ですよね。
書記長T:初めてのことって。全部今日言ったこと、初めて言ってますよ。今まで、こんなこと言いたくなかったから言わなかった。
姉:言いたくないから言わなかったの。
信弘:どんどん言ってくれ。ホントのことを言ってほしいって。
書記長T:ホントのこと、ちゃんと病院行ってください。病院で薬をもらうならもらって、お医者さんと話しをしてみてよ。

 ここでも、そして、他の数箇所で、信弘は、何を県で話し合ったのかを尋ねてますが、このラブレタ−のことで全てであるとも、そうでないとも、明確な答えを、書記長T先生、姉とも避けています。そして、信弘が被害妄想であることの医学的な根拠も語られていません。ただ、薬を飲むことだけが繰り返されるのです。
 また、何故、このラブレタ−事件のような重要なことが信弘本人に確認されなかったのでしょうか。[12]で母の「大ウソついたわけじゃないでしょう。ただ、お前のことを思ってみんなが言わなかっただけ。ア−チャンも聞いて知ってたんだけども言わない。言うと、もうあれだと思って言わなかったの。」(※63ペ−ジ上段を参照)との言葉を取り上げますが、ここで母が知っていたといっていることは、この話の経過からすると、信弘がラブレタ−を書いたことになります。書記長T先生や姉は、「今まで、こんなこと言いたくなかったから言わなかった。」とのことですが、では、何故、母に話をしたのでしょう。

 1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.3

[10]第9の場面に続く場面です。
(※50ペ−ジ下段を参照)
信弘:こういうふうに非常に大きい問題があって、それを向こう側の言い分だけを信用して、僕の言い分について確認もしないで、そうやったら、何でもいくらでも、でっちあげができますよね。
姉:私、ア−チャンの言うことだけ聞いてたもん。本当にそうだと思ってたの。信弘の言うこと聞かなかったら分からなかったもん。県で、、、それはそうよ。信弘のあれを聞かなかったら分からなかったもん。聞けなかったの、おっかなくって。

 ここで姉が母から聞いたと言っていることは、1993年の11月10日、母が「家から出れない。」と姉へ言ったことを指しています。(このことは1994年の2月27日のテ−プでほぼ確認できます。この27日のテ−プで、しかし姉は「真夏の暑い時に80にもなる母親を家に閉じ込めた。」と、それを言い換えて言っています。)事実は、信弘が母に対し、「色々変なことが起こるので、外出をしないで家に居てくれ。」と頼んだこと、そして、台所やトイレ、風呂場などの窓に防犯用の市販の金具(窓が5cm程開いた状態で止まるもの)を取りつけたことの二つです。母は自分の部屋の窓を開けたり、またそこから庭へ出入りすることは自由にできたのです。もちろん玄関からの出入りは自由にできていたのです。このことを母はちゃんと認めています。
 そして、さらに姉の主張の奇妙な点は、母がこのことを姉に話した1993年の11月10日の時点から数ヶ月間、1994年2月27日までの間、信弘と話す機会が実際何回もあったのにもかかわらず、姉は母の言葉を信弘に確認しなかったことです。そして、その間に、職務命令が出され、順天堂越谷病院に信弘はかかることになるのです。
 また、ここでも姉が医者から聞いたはずの医学的な理由は話されなません。ですから、ここの姉の言葉は、信弘の主張を聞いての逃げのように思われます。なお、2月27日の姉の言葉は、ただ誤解をしたというだけではなく、積極的に信弘を精神病患者に仕立てあげようという意図が感じられるものです。その時のテ−プも一緒にお送りします。

[11]第10の場面からかなり経過したところです。このテ−プの最初から、約110分経過した部分です。
(※60ペ−ジ中段を参照)
姉:だからあなた友達がいないんじゃないの。みんなそうなんじゃないの。
信弘:友達はいますよ。
姉:じゃ、何でその人はこの話合いしてくれないの。
信弘:どういう話しですか。
姉:こういう話、相談に乗ってくれないの。いつもどうしてやってくれないの。
信弘:(何か言っているのだが、聞き取れない。)
母:自分一人で説明してんだよ。だからいけないよ。
信弘:(何か言っているのだが、聞き取れない。)
姉:だれ?なんて人?

 ここで姉は、信弘の友人の名前を聞こうとしています。2月27日のテ−プでも、姉は、信弘の信頼している生徒の名前を聞こうとしています。どうも、姉という立場を利用して、信弘が話しを持っていくところに、信弘が言っていることはノイロ−ゼのせいだから相手をしないように、と話しをしているような節が伺えるのですがどうでしょうか。

[12] 信弘が、薬を飲むことに同意せず、反対に、なぜ、ラブレタ−のことを信弘に知らせなかったのか、と問い返すという形の会話が続き、書記長T先生が、「武田さんね、本当にこういう状態だったら、しょうがないから、強制的にでも、やってもらうことになるよ。」とか、「家族が言えば、終わりですよ。家族がこんだけ話してだめで、もうしょうがないから、武田さんは、強制的にでも、治療してもらいましょうとなれば、そうなるよ。本当に。あとは、もう一つは、県が認定するかもしれない。」(※62ペ−ジ中段を参照)と言ったあとの母の次の発言の部分です。
(63ペ−ジ上段を参照)
母:大ウソついたわけじゃないでしょう。ただ、お前のことを思ってみんなが言わなかっただけ。ア−チャンも聞いて知ってたんだけども言わない。言うと、もうあれだと思って言わなかったの。

 母が聞いて知っていたことは、ラブレタ−事件のことであると思えます。すると、母は、それを知っていて信弘にたずねなかったのですから、かなり、ラブレタ−事件が本当の事だと信じてい、本当のことだと確認するのがいやでたずねなかった、ということになります。母が信じるにたるに至った、まだ明らかにされていない理由があるように思えますが、どうでしょうか。つまり、信弘に関して、かなりひどいデマが流されているのではないでしょうか。それは、[16]で指摘する、姉の長女、さえの対応にも現れているように思えます。
 母の心労ということから言うと、母に言わずに信弘に言うのが当然であったでしょう。姉、書記長T先生の両名とも、信弘に言わずに、母へ言うという判断を下したのはおかしいことです。
 母に心配をかけるという行動は他にも見られます。分限処分付きの職務命令の呼び出し日が2日あるうちの、第1日目、12月8日のことです。信弘は、自分が精神的に正常であることの証明を得るため、東京へ行こうと思い、その日の朝、年休とることを電話で教頭に言ったのです。教頭はそれに対し、ただ「解りました。」とだけ答えているのです。しかし、その後、教頭は、次のような理由を付けて、母のところへ来ています。つまり、
・教頭がその時、呼び出し日であることを信弘に伝えるのを忘れたため。(それを言うために、家に来なければいけないと考えた、と言うことなのでしょうか。)
・自宅へ電話しても出なかったので、居留守でも使われると困ると思ったため。
 しかも、この時、教頭は一万円ものタクシ−代を自費で出し、事務長同伴で、教頭自身の判断で、来ているのです。
 また、姉や書記長T先生の電話番号も、教頭は、知っていたのです。あと一日余裕があるのになぜ来たのでしょうか。母に心配をかけたくないから、母のところへ行かないでくれと、信弘は、その前に教頭、校長に言ってあったのです。文書で受け取った命令書には、12月8日と10日の2日間が呼び出し日として明記されてい、信弘は十分に分かっていたのにもかかわらず、教頭は母のところへ来たのです。しかも、自宅の電話はいつも留守番電話になってい、教頭が電話をすればその跡が残るはずなのですが、実際は残っていないのです。
 母に信弘がノイロ−ゼであることを信じこませるだけでなく、母の健康を害することもねらっているように思えます。

[13] 薬を飲む、飲まないの話しが続きます。その中で、車の後輪(の両方)に油がかけてあったこと、車のライトが、下向きのライトが一つと、その左右反対側の上向きのライトが一つ、同時に切れていたこと、などを信弘が言い、書記長T先生が、「その話しはいっぱいいくらでもあんの。」(※65ペ−ジ中段を参照)などと答えています。
そこから、数分経過した場面です。
(※67ペ−ジ上段を参照)
母:通院してたってだめでしょう。薬も飲んでないじゃないの。
書記長T:そこが一つの条件なんだもん、県とやりあっている時の。
母:薬も飲んでないじゃない。
書記長T:これがないから困っているわけよ。正直。
姉:言いなりじゃないんだよ。
書記長T:それは県の、ね、順天堂の医者でしょう。県の医者じゃないんだよ。だから、そこの医者の話しなんだから。
信弘:じゃ、ちょっとよろしいですか。じゃ、薬を僕にのみなさいって言う動機は県のほうの条件だからって言うんですか。
書記長T:いや違う。
母:そういうわけじゃない。
姉:それだけじゃない。
書記長T:条件じゃなくて、武田さん自身が、ね、少なくとも医者が薬を出している状態だと、医者が判断している。で、僕が、僕もいろんな、それなりに一生懸命医学的なこと読みましたよ。それでもう一回、資料も読み直しましたよ。その上でのね、ヤッパ一つの判断は、武田さんはやっぱり被害妄想に入っている。それで被害妄想に入った場合には、これは早い段階で飲まないとだめなの。本当に。退職の先生の最後はヘリコプタ−が僕を追いかけ回してると、空の上から。そういう人、いましたよ。そこまでくんの、最後は。
姉:分かった? あんたの言ってること、そうじゃない。危険が迫ってくるって言うのは。
書記長T:原宿の医者まで、原宿の病院まで手が回ってるって言われた時には、僕はさすがにちょっと考えたよ。それは。
信弘:具体的に僕はそういう風に考えた訳を言おうとしてますよね。
書記長T:違うよ、訳が。あの、風が吹けば桶屋が儲かるってような話しをしてる。

 ここで、[1]の場面を思い出してください。書記長T先生の話では、県の医者が、「じゃ、そのお薬も貰ってね、病院行かれているようでしたら、その状態を、その状態が続いて行くという前提で、じゃ、今日のところの話はそこで終わりにします。」と言ったことになっています。県の医者が本当に、信弘のことを精神病と判断したのなら、当然、それに対する治療方針も、12月10日の県での話合いで話されているはずです。それが、上にあげた、[1]での言葉になるはずです。しかし、この[13]の場面では、薬の飲むのは、県の条件ではなく、順天堂の医者の判断であり、書記長T先生自身の、信弘の出した書類や医学的なことを読んだ上での判断になってしまっています。なぜ、県の医者の判断、そしてその根拠が明確に示されないのでしょうか。
 ここでも、県で医者が語ったはずの医学的なプライバシ−のことは話されません。そして、その代わり、医学的なこと(一般的な本であることを他の部分で言っています。)と信弘の出した書類を書記長T先生が読んだとしか言っていません。しかも、具体例として言われるのは、ここでも、原宿の医者のことです。
 1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.4−0

[14] [13]から後、次のような会話が続きます。ここは[7]で少し取り上げた部分でもあります。
(※70ペ−ジ上段を参照)
書記長T:(書記長T先生の)姉の母親が精神科へ行き、薬で治してもらった。場面設定したら、薬のほうはちゃんとやりますね。
信弘:やっていただければですね。
書記長T:教員My先生のこと、経理の問題を校長と話すこと、やりますよ。ただその時、あ−だった、こうだったと言わないでほしい。判断は例えば、お母さんなり、姉Yさんなりにやってもらいたい。

 つまり、信弘は薬を飲まないとは言っていないのです。ただ、「事態が明確になるまでは、飲むのが嫌だ。」と主張しているのです。それに対し、書記長T先生は、「場面設定をした段階で薬を飲め。」とか、「事態の確認を信弘がやるのではなく、母や姉にやってもらいたい。」と言っています。
 前の部分と重なりますが、一ヵ月以上も薬のことを言い出さなかったのに、なぜ、こんなにも薬にこだわるのでしょう。しかも、事態の確認が済んだら信弘は薬を飲むと言っているのに、事態の確認と並行して(実際には、確認の場の設定と同時、つまり、実際の話合いの前に)薬を飲むことにこだわるのです。
 さらに言うなら、書記長T先生の「判断は例えば、お母さんなり、姉Yさんなりにやってもらいたい。」の言葉は、信弘の口封じをねらっているものとさえ思えてくるのですが、どうでしょうか。

[15] 上で挙げたすぐ次の部分です。かなり長くなりますが、書記長T先生が言ってる具体的な場面を思い浮かべてください。
(※70ペ−ジ下段を参照)
信弘:いいですか。もう一個、僕にわかんない部分がある。なぜ、先生も姉貴も、会う必要のない医者に会ったんでしょう。
書記長T:会う必要ある。
信弘:ちょっと待ってください。そこが重要な点だよ。
姉:会う必要が無いじゃなくて、お医者さんに会いに行ったのよ、あたし達は。
書記長T:10日の日に、、、
姉:お医者さんがお前を待ってたからって、そんであのなんか変なのが来たんじゃない。そんで、一緒に行ったんですよ。
信弘:じゃ、医者に会う前の段階で、僕が精神的におかしいって根拠は何かあったんですか。それはあの書類ですか。
書記長T:僕のほうですか。
信弘:はい
書記長T:僕が話の中で、その医者と話しした時に、
信弘:いや、医者と会う、、、
書記長T:*川という、*川課長補佐と話をした時に、武田先生は被害妄想に入っているという風に言ったんですよ。
信弘:先生が、僕を被害妄想だと言ったんですか。
書記長T:*川という健康教育課の主幹が、医者の判断は先生は被害妄想に入っていると言った訳ですよ。そうじゃなくて、学校の経理のこういう問題があるでしょうと反論している。ところが、それで話をしてて、なんとかしてここは医者に行かないところで切り抜けようと話をした訳でしょう。
信弘:僕に対してですね。
書記長T:そう、そう。それで、どっちかって言うと、県をある意味で攻めた訳ですよ。
信弘:どういう風に攻めたんですか。
書記長T:問題を武田さんの言う主張にそって、僕は動いた訳ですよ。
信弘:言う主張ていうのは、こういう問題あるんだから、、、
書記長T:こういう問題を解決することをまずその大前提とするべきではないかと、いう話をした訳ですよ。
信弘:当然、ということは、
書記長T:だけども、その話をして行く中で、医者は医者なりに、僕らの知らない状況見たいな話を、、、(聞き取れない)判断をしてたようです。要するに医学的な判断してました。僕らの方は紙切れで判断できる問題じゃないでしょう、僕の方は言ったんです。だけども、医者のほうは、あの、武田さんが出した告発をするというその文章のところと、ところで、ある程度判断もうしてるんです。してた。で、僕らで、、、
信弘:(何か言っているが、聞き取れない。)
書記長T:ん、簡単に言えば、それは被害妄想に入っている。
信弘:(何か言っているが、聞き取れない。)
書記長T:医者のほうが言った。医者ね。
信弘:書記長T先生も判断してって、言わなかったんですか。書記長T先生が判断して、と言った意味じゃないんですか。
書記長T:僕の方の判断は、要するに、僕の方の判断は、先生の、さっき言った中で、その町の医者の話をした時に、ああ、これはちょっと、武田先生、、、(聞き取れない)。原宿の医者にまで行ってるって話をしたときにね。それがまず、ちょっと被害妄想かなって気になったの。それから、先生が時々テ−プを取ってるてこと、僕知ってたから。何でこんなことするのかな、普通だったらやらない。僕は相談されてるほうだからね。

 ここでまず第1に指摘したいのは、医学的なプライバシ−に関する話はされなかった、と言うことです。なぜなら、書記長T先生自身が、「僕らの知らない状況見たいな話し」と言い、かつ、書記長T先生が医者から聞き、納得したであろう、医学的な話はせずに、その代わり、原宿の町医者と、テ−プのことを、ここでも挙げているからです。
 第2に指摘したいのは次の部分です。信弘の「医者に会う前の段階で、僕が精神的におかしいって根拠は何かあったんですか。それはあの書類ですか。」との問に書記長T先生は、「*川という、*川課長補佐と話をした時に、武田先生は被害妄想に入っているという風に言ったんですよ。」と応じています。この場面で信弘は、「なぜ、書記長T先生と姉は会う必要のない県の医者に会ったのか。それは、県へ行く前から、信弘のことを精神的に異常と思っていたからなのか。」と尋ねている訳です。理由が全く明らかにされないまま出された職務命令に対し、信弘本人が県に出向くと何が起こるか解らないので、姉と書記長T先生が代理に行くことになったのです。信弘としては、当然、職務命令が出た経過の確認をし、次に、その根拠を正す形になるものと思っていたのです。ところが、その手順は全くされなかったように、書記長T先生の話ではなっていたので、信弘は、「(書記長T)先生が、(県に行く前に信弘のことを異常だと思っていたので、)僕を被害妄想だと言ったんですか。」と、この場面で重ねて確認している訳です。しかし、書記長T先生は、「僕が話の中で、その医者と話しした時に、」と言ったその直後、「*川という、*川課長補佐と話をした時に、武田先生は被害妄想に入っているという風に言ったんですよ。」と、場面こそ、医者に会う前の時点に戻っていますが、結局、医者に会う前に当然されるべき、職務命令の正当性の確認は、県との話合いの場でされたかどうか、解らないままなのです。そして、医者に会わなければならなかったのは、「*川課長補佐が『県の医者が信弘は被害妄想に入っていると判断した。』と言ったからだ。」ということになっているのです。なぜ、普通に踏まれるべき手順が踏まれなかったのでしょう。
 次に言いたいのは、書記長T先生の言っている場面が、途中から変わってしまっている点です。医者に会う前に*川主幹と話していたはずが、いつの間にか、「医者が判断した。」「医者が言った。」と、変わってしまっています。*川主幹と学校の経理問題があることを話し、県のほうを攻めていたのが、どうして、「だけども、その話をして行く中で、医者は医者なりに、僕らの知らない状況見たいな話を、、、(聞き取れない)判断をしてたようです。要するに医学的な判断してました。僕らの方は紙切れで判断できる問題じゃないでしょう、僕の方は言ったんです。だけども、医者のほうは、あの、武田さんが出した告発をするというその文章のところと、ところで、ある程度判断もうしてるんです。」と、医者との会話に場面が変わってしまうのでしょうか。だいたい、「学校の経理のこういう問題があるでしょう。」との書記長T先生の問に県のほうはどう答えたのでしょうか。医者が、書記長T先生と*川主幹の話に急に割って入って、学校の経理の問題も信弘の被害妄想の産物だとでも答えたのでしょうか。
 だいたい、[1]で取り上げたように、この日の話合いの最初、書記長T先生は、「家族が来てるのに、(会わないなんて、)そんな医者いるのか。」と叫んだと、自分で言っているのです。この[1]の部分を再掲しておきます。

書記長T:つまり、本人が来ないって、大騒ぎしてる訳。それで、「今日はお会いできません。」て。それでどなり合いした訳です、僕は、*谷課長補佐と。そいで、「本人以外にはお会いできません。」と。それで、かなりやりとりですよ。このままの状態で終わったら、もう武田さん完全に処分だから。そいで、最終的に、あのう、医者に、医者って確か、*井って言ったかな、*井って言う医者が隣の控室に居たんだよね。控室って言うか、会議室に。実際には居たんだけど、医者が会わないって言うんで、それで、こっちがかなり大きな声で、「そんな医者、世の中にいるのか。」って言って、「家族が来てんのに。」って言って、それで、医者の方と何か相談して、そいで、最終的に、あのう「お姉さんとなら会います。」って言ったの。だけど先生は、あのう、医者は、駄目ですって、そいで言った訳、「これはプライバシ−ですから。」と。
信弘:医者に会わせろと、だれが言ったんですか。
書記長T:僕と姉Yさんと二人で言った。それで、あの、医者の方が、最終的に高教課の医者の方と連絡取ったみたいで、「お話を聞きます。」と。で、お話になった。で、そん時も最初は、あのう、「ご家族とは会うけども、第3者はだめです。」と言った訳です。組合はね。だけど、そしたら、
信弘:そういう話しも、最初、この前は出ませんでしたね。そういう話しまでは、この前、教えていただきませんでしたね。
書記長T:どこですか。
信弘:いや、だから、
書記長T:今日は正確に、経験話し、してるんですよ。全部整理しながら。客観的に、武田さんがどういう状態に置かれてるかをね、正確に話してあげてる訳ですよ。今ね、いいですか、だから細かいところまで、話してる訳です。そいで、最終的に、「これはプライバシ−に関することだから、家族までは会うけれど、組合の人は入れる訳には行かない。」って言ったの。だけど、そしたら、それに対して、姉Yさんの方が、「いや、あの、これはぜひ、一緒に聞いてほしいです。」って言って、じゃ、家族の同意という前提で、話しをした。つまりどういうことかと言うと、かなり医学的なプライバシ−の部分に入っていくっていう判断が向こうにあった訳。それで、いろんな話しをした。それで最終的結論から言えば、要するに、その、県のほうの医者はね、「これは、先生の場合は、被害妄想にもうかかっている。」と。「だから、これはちゃんとお医者さんに見てもらった方がいい。」と、いう話しをそこでする訳です。「だけど、いや、もうすでにお医者さんにかかってる。」と。

 この[1]の話からは、県に行き、話合いを始めるその最初から、姉、書記長T先生とも県の医者と会おうとしていたように思えます。つまり、県が「本人が来ないって、大騒ぎして」い、続いて、県が「今日はお会いできません。」と言い、それに関し、書記長T先生と*谷課長補佐が「どなり合いした」。そして、「医者が会わないって言うんで、かなり大きな声で、『そんな医者、世の中にいるのか。家族が来てんのに。』」と、書記長T先生と、姉が怒鳴り、その結果、医者と会い、その医者から、「被害妄想にもうかかっている。」と言われたので、「もうすでにお医者さんにかかってる。」と答え、その結果、県の医者にかからなくてよくなった、という風になっているのです。だから、信弘は、この[15]の冒頭の問「なぜ、先生も姉貴も、会う必要のない医者に会ったんでしょう。」を発したのです。
 それなのに、ここ[15]での書記長T先生の主張では、まず、「*川という健康教育課の主幹が、医者の判断は先生は被害妄想に入っていると言い」それに、書記長T先生が、「学校の経理のこういう問題があるでしょうと反論し」、「なんとかしてここは医者に行かないところで切り抜けようと話をし」、「県をある意味で攻めた」となっているのです。そして、書記長T先生が県を攻めている過程で、医者が、「僕らの知らない状況見たいな話を、、、(聞き取れない)判断をしてたようです。要するに医学的な判断してました。僕らの方は紙切れで判断できる問題じゃないでしょう、僕の方は言ったんです。だけども、医者のほうは、あの、武田さんが出した告発をするというその文章のところと、ところで、ある程度判断もうしてるんです。」と医者の判断の話に移っているのです。[1]と[15]の情景は、互いに、はっきりと矛盾しています。
 また、「なんとかしてここは医者に行かないところで切り抜けようと話をした」時や、「県をある意味で攻めた」時に、職務命令が出た手順のおかしさについて、なぜ、書記長T先生は何も言わなかったのでしょうか。もともと、県を攻めるのであれば、職務命令が出された過程の不自然さをまず攻めるべきものです。仮に、信弘がノイロ−ゼであるとしても、「なんとかしてここは(県の)医者に行かないところで切り抜けようと話をした」のであれば、「学校の経理のこういう問題があるでしょうと反論」するだけでなく、職務命令が出された過程の正当性について、話しをしていくことが、普通の、そして、もっとも強力な「県を攻める」方法であったはずです。なぜなら、例えば、「職務命令は、このように不自然な経過で出されている。だから、まず、そのように不自然な形になぜ成ったのか、説明してもらいたい。その上で、県の医者にかかるかどうか、相談したい。」というふうに、言っていけば、職務命令が出た過程の不自然さの解明がされ、それによって、県の医者が信頼に足るものかどうかも、判断できるからです。
 また、[1]では、任用係の*谷課長補佐と話をしていたはずが、[15]では健康教育課の*川課長補佐に変わっています。12月10日の話合いについて、多くの矛盾点があります。


 1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.4−1

[16] [15]の場面から、テ−プの話を経て、書記長T先生が、「順天堂のほうへ行かれたらね、そのお医者さんの判断で、最終的に判断したほうがいいんじゃないかってことです。僕の判断は素人認識だから、最終的にはお医者さんを信じればいいんじゃないですかってことです。」(※73ペ−ジ中段を参照)と言った後の会話です。
(※73ペ−ジ下段を参照)
信弘:僕がまだ後一点残っているのは、いいですか、県の方へ行って、まずやるべきことってまず何かって言ったら、僕がやってきている経理の問題、学校の不正の問題について、きちんとやってほしいと言うこと、それがまず第1点。第2点として、なぜ理由も言わずに、何科の医者かってことも言わずに、いいですか、理由を言わないで何科の医者だって言うのは、それだったら、まだ分かりますよ。ね、両方とも言わない。いいですか。両方とも言わないで、ああいう職務命令を出すのはなぜかという理由を尋ねる、普通だったら。ところが、理由を尋ねるんじゃなくて、医者に会わせてくれって言った、と言いましたね。そうじゃないですか。
書記長T:違いますよ。
信弘:理由は尋ねたんですか。
書記長T:理由はちゃんと聞いてますよ。
信弘:どういう風に答えたんですか。
書記長T:どういう風に判断しましたかって聞いたら、書いたもので判断しましたって、、大体先生はいつ頃、だいたい、まあ、もう発生してるねって話ししてた。
信弘:そういうふうな、違うじゃないですか。今、医者が言ったって言いましたよね。
書記長T:そうです。医者のほうで、医者のほうは、もうはっきりと、要するに先生は被害妄想始まっていると、認識してる訳。で、その判断はなぜやったかと言うと、あのう、先生の出した資料と校長先生から上がった報告と、それで判断してる訳。
信弘:いいですか。そこまで分かりました。じゃ、なぜ、*川主幹からそういう説明聞いただけで、その上で、なぜ医者に会わなければいけなかったんですか。
書記長T:会わなければ処分ですから。
信弘:だって、向こう側は会わす必要ないはずですよ。
書記長T:冗談じゃないですよ。本人が来なかったら、来なかったで、懲戒処分することが前提だもん。
信弘:だってそれは医者に会ったって、何にもなんないでしょう。
書記長T:違う、違う。あの、あれは教育長の文書でちゃんと先生を分限に関する条例に基づくと、ここにありますよ。だから、そうすると、簡単に言うと、要するに、文書に出した職名違反の違反行為、武田先生やったって事になってる訳よ。そこで、本人が来ないんだったら、こりゃもう、処分するって判断している訳よ。
信弘:本人来ないんだから、処分しかない訳ですね。医者に会ったからといって、どうする、、、
書記長T:だから、そこに家族が来て、話してるんだから、ね。
信弘:それは医者と話す必要ない訳ですよね。
姉:そんなことないよ。お医者さんに、だって、こういうふうに言って、
書記長T:だからいい?
信弘:医者が判断する訳じゃないですよね。
書記長T:何言ってる。もう一回言うよ。武田先生が助かったのは、*井先生が、ね、最初に何て言ったかって言うと、順天堂に行ってるんですねと、そして、お姉さんの方から、あのう、何か、え−、お薬みたいな話しもね、出た、話をしたら、したのか、順天堂行ってる、順天堂へ行って、何か薬みたいのを、お薬をちょっともらったようです。そしたら、そこまでされているようでしたら、別に、あの、いいですよ。その順天堂のほうの話をすりゃいいでしょうと。
姉:、、、
書記長T:で、そのお薬を、2、3ヵ月飲めば、ずっと楽になって、ただし、飲まなければ、こりゃ進行しちゃいますよって、言われた。それが*井先生の判断。言ったのはね。
姉:順天堂、、、。
書記長T:そこで言ったんで、県は収まったの。

 ここで信弘は、[2]でふれた場面に続いて、再度、職務命令の正当性の話を出していきます。しかしここでも、何故、職務命令が理由も何科の医者かということも明らかにならないまま出されたのかの理由を、書記長T先生は答えません。信弘は明確に職務命令が何故あのような形で出されたのかを問題にしています。それに対し、書記長T先生は、医者が「信弘の出した書類と校長の話を元に判断した。」としか答えていないのです。[15]の場面と同じで、まるで、答えをはぐらかし、問題をすり替える行為です。信弘が学校の問題を追及している最中に、理由もかかる医者の科目も明らかにされずに出された職務命令に関して、書記長T先生は、何の追求もしなかったのでしょうか。書記長T先生自身が何の正当性の問題も感じていないように思えてしまいます。
 
 職務命令の正当性について、書記長T先生は、この書類の会話の冒頭部分で次のように触れています。・1ペ−ジ中段、「母親同伴なんて、おかしいですねって、僕は言ってる。」・3ペ−ジ上段、「処分がおかしいじゃないですよ。母親同伴なんて言うのはおかしい。母親同伴の処分なんておかしい。」
 なお、書記長T先生がこれらの言葉を言ったとき、信弘は、書記長T先生の言い分をホワイトボ−ドに整理して書いていたので、ともかく、書記長T先生の言い分を確認するという形で、何の反論もしていません。
 さて、この発言から、書記長T先生は、職務命令の内容そのもの、つまり、信弘が精神科にかかること自体は、おかしいことではないと、言っているように読み取れます。しかし、母親同伴を指示している職務命令は、11月30日付の第一回目のもので、それについては、書記長T先生のほうで、「職務命令を留保状態」(※3ペ−ジ中段を参照)にしたのです。その後、12月6日教育長名の分限処分付きの職務命令が出るまでの一週間、特に、何も、書記長T先生のほうから話しはなかったのです。もし、母親同伴がおかしいのであって、精神科にかかること自体はおかしくないのであれば、なぜ、その間、書記長T先生は、何も信弘に対して、何も言わなかったのでしょうか。「母親同伴はおかしいけれど、武田さんの書類を見て、県の医者は、ノイロ−ゼだと言っている。それについてどう思いますか。」ぐらいは、十分に言えたはずです。そして、もちろん、この間、姉も、信弘に対し、特に何も言ってはいないのです。これは、なぜなのでしょうか。

 仮に、職務命令の内容が正当なものであり、信弘が本当に被害妄想であったと考えても、ここでの書記長T先生の主張は、次の理由で大変不自然なものです。つまり、職務命令違反で処分をするのは、医者の権限ではなく、あくまでも、県の担当部局である訳です。信弘がここで言っている通り、まずは、県の担当者との、職務命令についての確認の話しがなければいけないのです。
 また、医者に会う前に、信弘本人が来ていないことについて、いろいろ県の担当者と話しをしたと、書記長T先生は言っているのですから、「医者に会わせろ。」と叫ぶ代わりに、、例えば、「本人は、昨日、今日と、自分で医者にかかっています。そして、代理として、自分書記長Tと、本人の家族のものが来ています。県のお医者さんの判断の理由を教えていただき、こちらも、状況を説明したいと思います。」とでも、医者ではなくて、県の担当者に対し、まず、言えばいいはずです。
 [1]で指摘した書記長T先生の言葉が真実だとすると、以下のような経過になります。書記長T先生と姉は、12月10日、最初、「今日はお会いできません。」と言う県の任用係*谷課長補佐と怒鳴りあいを演じ、次に、医者に会うため、かなり大きい声で「そんな医者いるのか、家族が来ているのに。」と叫び、かなりのやりとりの末、医者に会った。そして、その医者と、医学的なプライバシ−に関する話をし、その中で、信弘が順天堂へ通院していることを言った。その結果、職務命令が止まった。注意していただきたいのは、信弘に対する医者の診断結果を聞いたのは、*川主幹ではなく医者からだ、と思える点です。しかし、ここ[16]では、*川主幹に対し、職務命令が出た経緯を確かめ、その時に、*川主幹から医者の判断の説明を受けているというのです。この点も矛盾します。
書記長T先生や姉が言っていることのかなりの部分が作り話であるように思えるのですが、どうでしょうか。そして、作り話であるにしても、何故、姉と書記長T先生は医者に会うことを、あのように積極的に求めなければなければならなかったのでしょう。何か別に動機があるように思えてしまいます。
 
 再度、ここで、職務命令の正当性の問題に戻ります。この1月10日のテ−プの冒頭部分で、書記長T先生は、次のように言っています。「分限条例まで出されるってことになると、このままの状態だと、医師の診断を受ければ、地公法上は、休職でも、懲戒でも、免職でも出来る。」(※6ペ−ジ上段を参照) 「最初の法制部の問い合わせのときに、とにかく、医者で対抗する以外に、これはちょっと対抗できないなって話しを、12月の初め当たりに聞くんですよ。その法制部の問い合わせの中に。」(※6ペ−ジ中段を参照)
 当然、書記長T先生は、職務命令に関し、理由も、かかる医者の診療科も明らかにされていないことを知っているのですから、その不当性についてこそ、日教組本部の法制部に問い合わせすべきです。しかし、その不当性についての法制部との話しは出てこず、「医者で対抗するしかない。」との判断なのです。なぜ、「医者で対抗するしかない」のでしょうか。どんな命令であっても、その理由が明記されるべきものです。日の丸や君が代に関する処分であっても、それなりの理由(つまり、日の丸を引きずり降ろしたとか、君が代をジャズ風に伴奏したとかの理由)が示されます。しかし、この、信弘の場合は、職務命令自身が、何の理由も示さずに出されているのです。これでは、まるで、何の理由もなく人を殴り、その人が殴り返したのを、暴行罪に問うているようなものです。
 日教組法制部は、果たして、どのように答えたのでしょうか。または、そもそも、どのような形で、この一連の出来事について、書記長T先生から、法制部に話しが行っているのでしょうか。 
 1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.5

[17]この時点より以前に、信弘が「ラブレタ−事件を最初にやらないのは逃げているのではないか。」(※57ペ−ジ上段を参照)と言ったことに対し、書記長T先生が信弘になぐりかかる場面があり、その時に姉の長男、子供Aと信弘のもみ合いがあります。そこに姉の長女の*SAが話合いに加わり、その*SAと信弘が、話しをしている場面です。
(※76ペ−ジ上段を参照)
信弘:ちょっといいですか。ちょっといいですか。話しはとんじゃうんですけど。*SA。
*SA:はい。
信弘:*SAはさ、一年生の時に、
*SA:はい。
信弘:要するに高1の時に。
*SA:はい。
信弘:僕がここに来て、
*SA:はい。
信弘:で、さえが、ね、何かの本かなんか、読んでた。よくわかんないんだけど、要するに、高校生のレイプがうちの学校でもあるんだ、見たいなこと、ちらっと言って、僕に対して変な表情を一瞬見せたことがあった。
*SA:あん。
信弘:そうじゃない。
*SA:僕が海おじちゃんに? 冗談じゃないよ。(信弘は、姉の子供たちに海おじちゃんと呼ばれています。)
信弘:冗談じゃないか?
*SA:そういう本読んでたから。さえ、いろんな本読む。僕はね、いろんな本読むよ。セクハラの本、読んでたんだよ。学校の。だから、ひっでえなって思って、そのことを学校で、3分間スピ−チと言うのがあって、発表したと、それだけだよ、別に。海おじちゃんに、そんな、親戚にそういう人がいるなんて、思いたくないもん。
信弘:いや、だからね、僕はそういうふうな濡れ衣を課せられやすいね、立場に居る訳だ。要するに今も独身だしね。
*SA:それ、そう思っちゃたんでしょう、自分で。それは自分にやましいところあるんじゃない、もしかしたら。
信弘:それは自分にやましいところがあったんじゃなくて、そういう事をやられた経験があるからだよ。
*SA:あ−ん
信弘:実際に***(高校)、、、そういうふうな形で嫌疑をかけられたんだ、僕は。
*SA:それで僕は、
信弘:いいか、いいか、いいか、はっきり、いいか、
*SA:はいよ。
信弘:はっきり、いいか。な。変に人を思い、何て言うか、思いやるみたいなことを自分がやってて、それによって、事実を隠すんだみたいな事はやんないでほしいんだ。いいか。
*SA:やってない。
信弘:ちゃんと、事実をきちんと、それをきちんと言ってほしい。それがまず重要なの。そういう事ないよね。
*SA:ないよ。ないです。僕を信じてくれないなら、それでもいいけど、ないよ、僕は。
姉:そんじゃ、あの、女の先生がレイプになったっていうの、あなたなの? 女の先生がレイプされたって、言ってたじゃない。***(高校)で。その相手はあなたなの?
信弘:あなたって何? 僕がレイプしたっていうの?
姉:だって今、そういうふうに、疑いかけられてるって。
信弘:疑いをかけられているって、言ってんじゃないか。僕がやったんだったら疑いじゃなくて、僕が犯人じゃないか。何言ってる。
姉:だから、違う、その、そうじゃないわよ。そういうふうに、誰かにレイプされたっていうのは、あれなの、その疑い、あんたにかけられてるの?
信弘:言ったじゃない。
姉:そういうふうに言ってないわよ、あなた。そういう事実があったって。
信弘:僕に対して、あんた裏切ったのね、みたいな事、言ってるじゃない。裏切ったのね、みたいな事、言ってるじゃない。
姉:裏切ったって、誰が、
書記長T:悪いけどさ、前のほうの話しは置いといてもらって。だから、要するにね、武田さんの主張している部分が、あの−、ある程度言うと、被害的な、自分がこう考える部分と、いくつか重なった部分があるから、話しが、話しがそこでね、ごちゃごちゃになってくるんだよ。

 信弘と*SAの会話をどう思われるでしょうか。本当は、*SAは信弘が何かをしたと思っているのではないでしょうか。「親戚にそういう人がいるなんて、思いたくないもん。」とか、「それ、そう思っちゃたんでしょう、自分で。それは自分にやましいところあるんじゃない、もしかしたら。」という言葉に、*SAの本当の気持ちが表されているのではないでしょうか。
 姉は、信弘がさえを問いつめるのを遮っています。このことは、姉が*SAと信弘の会話に割って入ったタイミンングと、その言葉の内容から分かるのではないでしょうか。つまり、姉は、最初、「そんじゃ、あの、女の先生がレイプになったっていうの、あなたなの?女の先生がレイプされたって、言ってたじゃない。***(高校)で。その相手はあなたなの?」と、会話に割って入り、次に、「だって今、そういうふうに、疑いかけられてるって。」と言葉を継ぎ、最後に、「だから、違う、その、そうじゃないわよ。そういうふうに、誰かにレイプされたっていうのは、あれなの、その疑い、あんたにかけられてるの?」と、言っています。これは、次の理由で、不自然に見えます。つまり、信弘が最初に「実際に***(高校)、、、そういうふうな形で嫌疑をかけられたんだ、僕は。」と言ったのですから、それに対して、姉が言うべき言葉としては、まず、「そういうふうに、誰かにレイプされたっていうのは、あれなの、その疑い、あんたにかけられてるの?」が、あるべきではないでしょうか。信弘が、まず、「疑いをかけられた」と言っているのですから、その「疑い」という言葉の内容を考え、それが、「レイプではないか。」と考えるのが、自然な思考の流れであるはずです。しかし、実際の姉の言葉は、まず最初に、「そんじゃ、あの、女の先生がレイプになったっていうの、あなたなの? 女の先生がレイプされたって、言ってたじゃない。***(高校)で。その相手はあなたなの?」という形で、姉自身が、信弘のことを疑っている形になっているのです。これは、思考としては、あまりに唐突です。もともと、*SAと信弘のこの話しの文脈で、なぜ、姉は、このように急に言い出したのでしょうか。*SAと信弘の会話を遮り、話題を変えさせる目的があったとは、言えないでしょうか。
 また、信弘が*SAを問いつめている最中も、背後で、姉が何かを言っているのがテ−プを注意して聞くと分かります。なぜ、信弘が*SAを問いつめるのを遮る必要が姉にあるのでしょうか。また、なぜ姉は、信弘をレイプの犯人だと呼ぶのでしょうか。そして、信弘が反論するところを書記長T先生が、話題を変えてしまいます。実際、この書記長T先生の言葉で、この話はこれで終わりになってしまいました。
 なお、姉の言葉についてここで説明をしておきます。1993年12月5日に姉が突然訪ねてきて、「***(高校)で何が起こったのか教えて欲しい。」と言い出したのです。校長からの職務命令でかかるのが精神科であると12月2日明らかになり、その直後の日曜日でした。県のほうの医者にかかるのを避けるために、信弘が、日曜日に開いている精神科の医院を訪ね、自分が正常であることの証明をしてもらおうと予定していた日です。信弘は、「今日医者に自分で行こうかと思っていたのに。」と答え、せっかく来てくれたのだからと、病院へ行くことをやめて、***(高校)時代のことについての説明を姉に次のように話しています。
・昭和60年、夏休みあけ、同僚のA先生が誰かからレイプを受けたように、その様子から推測された。その相手は、同僚のW先生のようであった。
・その後信弘は特に何もしなかったが、61年度の年度末、A先生の次のような表情に気持ちを動かされた。つまり、「世界から見放されても、自分は世界に対して微笑んでいく。」というような表情をA先生は信弘に対して見せられた。それで、信弘は、以前神奈川県で教職に就いていたという経歴を偽って埼玉の教職に就いているということを記した、プロポ−ズの手紙を出した。その後、A先生が信弘をまっすぐ見つめられ、信弘がそれに対し、目を伏せてしまった。
 ここまで姉に話した時、姉は、「あなた、裏切ったのね。」と言っているのです。それに対し、「倫理的に非常に厳しく言うならそうかも知れないが、一般的に言うなら、裏切るということにはならないと思う。」と信弘は答えています。この会話のことを指して、姉は言っているのです。
 また、このとき、信弘は、「本来、男女関係は、1対1であるべきものだ。なぜなら、人間は、もともと、一人であるからだ。自分自身が辛いとき、苦しいとき、向き合えるある一人の他人がいるから、それらを乗り越えることができる。もし、一人でなかったら、自分も一人でなくなり、辛い経験も、楽しい経験も、分断されて、ばらばらになってしまうだろう。自分自身がばらばらになってしまう。」と姉に語っています。


 1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.6

[18] [17]の場面から、県警の話し、順天堂の医者が「治療を受けるか、受けないか、あなたが決めてかまいません。」(※89ペ−ジ上段を参照) 「薬を飲む、飲まないの判断はあなたです。」(※89ペ−ジ上段を参照)と言った話しなど、薬を飲む、飲まないの話しがずっと続いた後の部分です。
(※89ペ−ジ下段を参照)
書記長T:順天堂に行く前日、12月の8日ですか。慶應に行った日ですね。
信弘:慶應に行く前日ですね。
書記長T:12月7日ですか。
信弘:そうかな。そうですね。
書記長T:はい。
信弘:その時に、夜の11時頃、先生は僕のところに電話をかけて、何ておっしゃいました。先生が言われたのは2つですね。1点は、まず、あれは、委任状は要らない。2点目は、お姉さんに行ってもらってください、その2点ですね。
書記長T:そうです。
信弘:そうですね。
書記長T:その2点って言うか、あの、明日、あの今度の8日について、どうしましょうかって、話しになって、した時に、僕の方で、これ委任状持って行ったほうがいいんじゃないかって言ったら、確か6時頃だよ、そしたら、委任状ですかって、そちらが言ったんだよ。そんなことすんですかって感じで、言いましたよね。だから、そんな疑問まで持たれて、僕、委任も受ける必要ないと思うから、こりゃ、僕の、組合自身の判断で行こうと、で、代わりにお姉さんに行ってもらえばいいと。
信弘:組合での判断って、よくわかんないのですが。
書記長T:組合の事務所でのところに、一回いる時に、一回電話ありましたよね。
信弘:いつですか。
書記長T:12月7日、先生がワ−としてる時ですよ。そんで、僕のほうで、どうやって切り抜ける策があるかってね、一つの方法として、先生から委任状受けて、代理人として行く方法、一つ考えた訳ですよ。その時はね。
信弘:はい。
書記長T:そいから、でも、代理人てっも、家族じゃないから、これはお姉さんにね、お母さん行かないから、これはお姉さんに代わりに行ってもらって、二人足して一人分ね、
信弘:はい。
書記長T:本人のね、いうぶつけ方をしようと考えた。
信弘:はい。
書記長T:それがその日の判断。だけども、先生のほうで、委任状嫌がったから、
信弘:いや、嫌がったって事ないですよね。
書記長T:いや、少なくても、委任状なんですかって言い方。後で、すいません、僕は眠い時かなんかで、ちょっとあれだったって言ってる。
信弘:それは11時過ぎのことですよね。あの11時半の、、
書記長T:夜の、、
信弘:11時30分の時に先生、僕に電話くださった。
書記長T:あっ、その時、僕は委任状要りませんって言うんじゃなくて、僕が委任状をって言ったら、その時に、委任状って言い方をそこでしたんだ。
信弘:いやいや違いますよ。委任状はその前から言ってたんですよ、先生。
書記長T:そうかな。
信弘:前から言ってて、その11時30分のところで、先生のほうで、委任状は要りませんからって、はっきりそうおっしゃった。
書記長T:その11時30分でのは僕がかけました? そっちがかけました?
信弘:いや、先生が僕んとこにかけてきました。
書記長T:僕がかけたときですね。
信弘:そうです。
書記長T:それで、うん、あの段階では、僕は、委任状、武田さんからもらう気、なかったから。
信弘:ええ。
書記長T:それでも、次の日、武田さん、念のために送りましょうかって、そうじゃなかった、両方で持ってきたんですね。
信弘:そうですね。
書記長T:10日の日、持ってきた。そんで、あった方がやっぱりいいでしょうっていうんで、やったんだ、最終的にね。
信弘:なぜね、先生がね、あすこんところで、委任状は要らないって、
書記長T:何で、そんなことを聞くんですか。だから、僕の判断ぽかぽか変わりますよ。はっきり言って、、、、なんだから。そんな事イチイチぐちゃぐちゃ言ったってしょうがないでしょう。勝つために考えてる訳ですから。はっきり言って。なんで、当たり前です。僕は勝てるためにはどんな手だって使いますから。委任状が必要だって判断したら委任状だけど、先生がだめだと言えばやめようとかと、
信弘:僕は、だめだなんて言ってませんよ。
書記長T:だから、少なくとも、それが判断ですから、それが一体、何考えてるんですか。
母:だから、そういうとこまで、そういう気を回すでしょう。だからいけないのよ。
書記長T:人の行為、やること、いちいち判断することを、いちいちそういうふうに言われたら、やんなちゃいますよ。はっきり言って。もっと本質見失わないでほしい。武田さんが処分寸前の状態に居ることをどうやって考えるかっていう前提があるんですよ。何考えてるんですか。
信弘:僕が処分される理由はないと思いますよ。
書記長T:ないって、それ違う。済む話しじゃないから、言ってんですよ。
姉:
信弘:問題は、、、
書記長T:職務命令違反なら違反だけで処分できるの。もう、どんなことがあっても。
信弘:そんなわけはないです。
書記長T:あります。
信弘:そしたら、、、職務命令出ますよね。
書記長T:たら、楽ですよ。だから、日の丸なんかの問題だって、どんなおかしくたって、職命違反だってね、たとえ何たって、職命違反だって、処分なるでしょう。どこだって。
信弘:あれが正しい状態だと思います?
書記長T:職命違反じゃなくて、それ以前の問題。職務命令って、それだけ、しかで対抗できない力、県にあるでしょう。そしてそれ自体処分は有効であって、仮にそれが不当だって争ったときでも、裁判にかけて争いますよね、争ったって、勝つまでは、そりゃ、懲戒処分はずっと続く訳ですよ。
信弘:結構です。
書記長T:結構ですじゃない。そういう状態があるから、だから、懲戒処分については、僕らは、職務命令が出たら、戦術はダウンするんですよ。あたりまえですよ。何が言いたいんですか。
あね:そうよ。
書記長T:はっきり言って、もっと言いなさいよ。何、言いたいんですか。代理人に委任状は要りませんって、じゃ、何なんですか。じゃ、
信弘:何で要らないって、
書記長T:、、、ないから、はっきり言って、そちらが嫌がった感じがしたから、じゃ、いいですって言ったんです。そんだけですよ。次の日になって、「すいません。ちょっとなんか、寝ぼけてたみたいで。」みたいな事言ったんじゃないか、その時、確か。
信弘:それは、いいですか、だから、
書記長T:いいじゃないですか、そんな事。
姉:いいじゃない、そんな事。
書記長T:そんなつまんないこと。
姉:つまんないことですよ。
信弘:つまんないことじゃないですよ。
書記長T:つまんないことですよ。そういうの被害妄想っていうの。はっきり言って。
姉:そうですよ、それをいろんなのに。
書記長T:そんなつまんないことまでさ、そんな、何から何まで、
姉:、、、そういうことで。
書記長T:だからさ、今何やってるのかも分からない。警察にも行って、行った人間に対しても、「あれじゃ困る。」それじゃ、さ、話しにならないでしょう。
姉:だってね、、、、しかできないのよ。
書記長T:だから、被害妄想の話しって、正直言って本人は被害妄想って、思っていないですから。あたりまえですよ。先生は被害妄想って思わなくていいです。ね、思わなくていいから、最低限、医者の言ってることと、お母さんの言うこと、聞きなさいよ。もうそれしか言わないですよ。僕らの言うこと、信用できない、信用しなくていいですから。親孝行と思って、薬飲めばいいじゃないですか。

 どう思われるでしょうか、この会話を聞いて。信弘が聞いていることを書記長T先生は、初め、「そうです。」と認めています。その後で、いろいろと言い訳をし、最後には、「つまんないことですよ。そういうの被害妄想っていうの。はっきり言って。」と、信弘の言っていることを被害妄想ということで片付けようとしています。また、「僕は勝てるためにはどんな手だって使いますから。」とも言っています。
 しかし、書記長T先生が一度は、信弘の職務命令に関し、県へ行くことから手を引こうとしたのが、確かであることが、次の部分から、分かります。
 ・最初に信弘が「12月7日の夜11時頃、書記長T先生からの電話で、書記長T先生が言ったことは、まず第1に、『委任状は要らない。』第2に『姉(一人)に行ってもらいたい。』その2点ですね。」と確認をし、それに対して、「そうです。」と答えている部分。つまり、最初は、はっきり、信弘の言ったことを認めているのです。
 ・「そんな疑問まで持たれて、僕、委任も受ける必要ないと思うから、こりゃ、僕の、組合自身の判断で行こうと、で、代わりにお姉さんに行ってもらえばいいと。」と言っている部分。つまり、委任状を信弘が嫌がったような感じ(信弘が、はっきり、委任状を出すことを嫌がった、とは言っていない。)を受けたので、委任状を取りやめた。その代わり、おねえさんに行ってもらい、書記長T先生自身も、委任状無しで出かけていく、と言うことです。しかし、これは、最初、信弘の確認した、「おねえさんに行ってもらって下さい。」という言葉と矛盾します。これは、書記長T先生が行く代わりに、姉に行ってもらいたい、という意味なのですから。実際、12月9日(県に姉と書記長T先生が行く前日。)の書記長T先生と信弘の電話での会話(今回お送りするテ−プにあります。)では、その線に沿って、話がされ、その電話で、信弘の依頼を、書記長T先生は承知するのですから。
 ・書記長T先生の主張では、信弘が委任状を嫌がったような感じを受けたとのことなのですから、もし、本当に書記長T先生が県に行くつもりであれば、「これは分限処分に関するものなのだから、きちんと委任状を持って行った方がいい。」と、信弘を説得すればいいことであったはずです。「そちらが嫌がった感じがしたから、じゃ、いいですって言ったんです。そんだけですよ。」と書記長T先生は説明しようとしていますが、大変おかしいことです。そして、「つまんないことですよ。そういうの被害妄想っていうの。」と、信弘の被害妄想の話を出すことで、この話にけりを付け、話題を変えようとしています。
 ・「それで、うん、あの段階では、僕は、委任状、武田さんからもらう気、なかったから。」「だから、少なくとも、それが判断ですから、それが一体、何考えてるんですか。」「何で、そんなことを聞くんですか。だから、僕の判断ぽかぽか変わりますよ。」などの部分も、書記長T先生が、話をごまかしているのが現れているように思えます。
 
 この書類の後の部分でふれますが、[16]でふれたことを考え併せると、信弘の職務命令にからんだ一連の出来事が、学校(特に教員My先生)、県教委、そして姉と書記長T先生を巻き込んだ、全体としてあるねらいのあるもののように思えるのです。
 1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点 No.7−1

 [18]の後、また、薬を飲む、飲まないの話が続きます。その中で、書記長T先生は、「本当に(信弘は、)誠意ないよ。」(※94ペ−ジ上段を参照)、 「人のね、なんて言うんだろう。この、本当、ハ−トみたいな問題ですよ。僕も生徒といろんな話合いやったり、いろんな怒鳴り合いやるけどね。ある程度、怒鳴り合えば通じますよ。武田さん、何も通じない。通じないの普通かもしれない。僕としては、はっきり言って。人間性じゃなくて。」(※94ペ−ジ下段を参照)、 「本人が飲まないんだったら、飲める状態、強制的に作られても、しょうがないと思うよ。」(※94ペ−ジ下段を参照) などと言っていきます。
 また、それを受けて、姉も、「こいだけ時間を割いてくださった人に対してね、あんた、こんな態度はないよ。正常な人だったら、感謝を示さないこと、ないわよ。」(※96ペ−ジ上段を参照)と言っています。
 そのような状態の中、母は次のようなことまで言っています。「お前の言ってること聞いてて、ね、本当に、ね、他人様に対して申し訳ないって思って、ここ、本当に、ここ、心臓がどきどきしているんだ。こんな子供だったのかなっと思って、やっぱりア−チャンの育て方が悪かったかって、思ってる。ア−チャンも長生きできないんだから。」(※96ペ−ジ中段を参照) 「何を言ってるの、そのぐらいのことで、人をあんた、そうやってね。ア−、情けないな、本当に。え、もう、二人で死のうや。」(※97ペ−ジ上段を参照)
 冷静に考えれば、信弘の主張のほうが筋が通っていて、姉や書記長T先生の主張のほうがおかしいのは明らかです。母がここまで、姉や書記長T先生の言葉を信じるようになるには、なんらかの理由があるように思えます。ラブレタ−事件を初めとして、[17]で明らかになったようなレイプのことまで、色々なデマが母にも流されているのではないでしょうか。
 また、ここまで母が言っていることに対して、姉や書記長T先生は、どう考えているのでしょうか。
 
 以降、薬を飲む、飲まないの話しが続きます。その中で信弘と書記長T先生は、次のような会話をしています。

(※100ペ−ジ中段を参照)
信弘:事実を確かめることが重要ですよね。
書記長T:誰のために事実確かめるの。僕は、あなたの事実確かめる趣味につき合う気ないです。それだけの話しなら。その事実を確かめるってことをやるならば、武田さんがちゃんと病気から治って行けるんだったら、おりゃ、やるよ。ただ、それをさ、何で、そのことだけをやるわけ。」

(※101ペ−ジ中段を参照)
書記長T:さっき言ったような条件の、そこまでやるんですねって言ったら、やるって言ってるじゃないですか。だけどね、そんな形でね、僕は恩着せられてやる形じゃないと思うから。何で、そんな恩着せられながら、大変な思いするのかね。しかも、こんな対応で頼まれりゃ、もっと、冗談じゃない。
信弘:確かに、僕は、対応はちょっと礼儀知らずだと思うけど、恩を着せるって態度じゃないですよね。
書記長T:だって、僕はね、はっきり言って、武田さんが、薬を飲む、飲まないって事を、極端に言えば、僕はどうでもいいことですよ。

(※104ペ−ジ下段を参照)
書記長T:それで、今、いろんな話しをやったときに、薬も全然飲まないでやったら、相手の方が、ちょっと、かわいそうなんじゃないかって気がします。いろいろ話しをした場合に、悪くとると思うから。偶然の結果が、そうじゃない状態があって、例えば、今の話しは、武田さんから聞いた話だから、両方とも、一方的な話しだからね。第3者が入ったら、また違うことを言うって事は、いくらでも起こる事だから。そこまで入るところまでやったら、誰か傷つけるかもしれないし。そこまで話しをするって言うことになれば、武田さんのほうが、少しは考えてもらえることがあるならば、やってもいいと思うけど。
信弘:やんなかったら、それこそ、免罪事件ですよね。
書記長T:いいんじゃないですか。だって、武田さんが、自分でいいって言ってんだから、いいんじゃないですか。(中略)自分でそういう選択したんだったら、自分で解決しりゃいいんじゃないですか。その時、テ−プでも持っていって相手とまともな話し出来ると思うのは、止めといたほうがいいですよ。たとえ、どんな事実、真実があったとしても、テ−−プ持っていくような関係で、人間、まともな話し、出来ないですから。そんだけは、言っときますよ。

(※106ペ−ジ中段を参照)
書記長T:僕を信用できないんだったら、世の中、誰も信じないほうがいいと思いますよ。(中略)少なくとも、僕は、まじめにやってるつもりですよ。武田さんに関してね。少なくともね、何一つやってません。(「まじめでないことは何一つやってない。」の意味の様にとれます。) それから、物事を言わないでいたって事は、言わないほうがいいと判断したんですよ。そこまで突っ込んだ話をして、武田さんに理解してもらえるかってとこに、ヤッパ、疑問があったんですよ。

 書記長T先生の言葉は、一見、筋が通っているように見えますが、実際は、どうでしょうか。例えば、ここで言っている「突っ込んだ話」とは、何のことなのでしょうか。もし、ラブレタ−事件の事であるなら、なぜ、信弘が理解できないのでしょうでしょうか。

 1994年1月10日のテ−プで指摘できる矛盾点  No.7−2

[19] 上のような話しが続き、テ−プの最後にかなり近い部分に、次のような場面が出てきます。

(※109ペ−ジ中段を参照)
信弘:事実をきちんとはっきりさせないで、薬だけを飲ますってのは、、、
書記長T:はっきりさせないって、どこが言いましたか。薬を飲んで、ね、武田さんが間違えた部分を、はっきり間違えた、と気付いてほしいの。ね、言ってることが。間違った部分ですよ。
信弘:間違った部分を僕は喜んで認めますよ。間違った部分は。
書記長T:だから、その間違ってる部分、
信弘:だから、どこが間違った部分かっていうのは、はっきりしない訳ですよね。推測の部分ていうのは、間違ってるとは言えない訳ですよ。いいですか。
書記長T:いや、少なくともね、100人の人間がね、おかしいと思ったら、そりゃおかしいと思っていいですよ。真実が何かって、
信弘:100人がおかしいと思って、千人の人がおかしいと思って、一億人の人がおかしいと思っても、実際には違ったってことが、いっぱい今までだってありますよ。
書記長T:そんなね、今度の話はそんな話ですか。例えば、薬、毒を撒いたって話は、その一つですか。じゃ、1000人の人を、これは事実だって話ですか。
信弘:なぜ、新しいああいう風呂に、それも浴槽の水を出したらバ−っと表面が濁って、あんな水になっちゃう、、、
書記長T:科学的に明らかにすればいいじゃないんですか。そんなこと。
信弘:そうですよね。
書記長T:推測で言ったって何もない。
信弘:普通はないんですよ。
書記長T:そんな事、普通じゃなくて、そんな事、科学的に明らかにすればいいじゃないですか。金使ってやればいいじゃないですか。科学的にやればいい事じゃないですか。
信弘:そうですよ。
書記長T:それを誰か仕掛けたなんて話しにするとね、話を信用しなくなる。
信弘:いやいや、いいですか。科学的にやるっていうのと、、、
書記長T:武田さん、金出してもやればいいじゃないですか。
信弘:(何か言っているが聞き取れない。)
書記長T:それだけでいいことじゃないですか。
信弘:いやいやおかしいですね。
書記長T:事実を確かめたって、、、
信弘:その結果、いやいや、いいですか。例えば、ここから石が落ちる、これは、じゃ、万有引力のせいだな。向こう側から石が落ちた。それも万有引力のせいだな。いや、あれは誰かが投げたせいだよ。そういうふうな事ですよね。石が落ちてくるの、確かめる事出来ますよ。じゃ、なぜ、石が落ちてくるのかって、そこまで考えなきゃいけませんよね。石が落ちてくるのは万有引力のせいだ。じゃ、頭に当たった。ああ、これは万有引力のせいだ。それじゃ、おかしいでしょう。
書記長T:だから、風呂場にね、そんなもの仕掛けてね、やる人間がまずいるかって、客観的に考えて、、、
信弘:客観的に考えて、風呂場の床のところは完全に水が漏れています。あれは、、、
姉:それは、工事でしょう。
母:それは、工事のね、、、
書記長T:そんなの、誰かに確かめりゃいいことでしょう。だからさ、少なくともね、武田さんの書いた中に、誰も信用しないのは、お風呂に付けたって事とね、畑に毒撒いたって事、誰に言っても信用しないの。

 話の論理として、書記長T先生の論理がおかしいのは、すぐに分かることです。書記長T先生の論理は、「武田さんが間違えた部分を、はっきり間違えた、と気付いてほしい」から、薬を飲んで欲しい、ということです。しかし、その前提となる「どこが間違った部分か」の確認を、書記長T先生は「少なくともね、100人の人間がね、おかしいと思ったら、そりゃおかしいと思っていいですよ。」と、ただ、信用するか、しないかの話に置き換えてしまっています。
 そして、事実の確認の話は、1993年12月10日に書記長T先生と姉が県に行ったとき以来、何も出て来ていないのです。この1994年1月の話合いの後、今日まで、書記長T先生からは何の連絡もありません。信弘はこのお正月に年賀状で、信弘の問題について、その後どうなっているか、と問い合わせました。その返事は、書記長T先生がかかわっている埼玉県の土木談合事件に関する事をワ−プロで打った葉書が来ただけでした。姉も同じ態度をとっています。
 例えば、[5]であげた女子生徒へのラブレタ−事件についても書記長T先生は、[7]で「武田さんのほうが、県の言っていることが話が違うから、これについてはこういうふうにしましょうとか、そういうふうにする部分については、それはいくら疑問に思っている部分、別に隠す、押さえようと思うこと全然ありませんから。ただ、僕のほうの言っているのは、これだけいろいろ長い時間、話をしたんだから、武田さんもね、回りの人間が何でそういうふうになっているかって事について言えばね、何でもかんでも、相手が誰かが悪いって言うんじゃなくて、少なくとも武田さんのほうが、自分がノイロ−ゼ気味だと思うところあるんだったら、あるいはね、自分のほうは論理つなげて話ししているつもりだけども、人に話すときは論理少しつながりが無いと言われると。それについては慶應に行って、短期間で出る話しではないから。だったら、せっかく順天堂のほうに行ってるんだから、だったら医者がどういう診断しているか、よく聞いてもらってね、ちゃんと薬飲んだ方がいいんだろうかと、それちゃんと聞いてほしいわけよ。」と、事実確認よりも薬を飲ますことを優先させるのです。
 また、[14]の書記長T先生の言葉は、「教員My先生のこと、経理の問題を校長と話すこと、やりますよ。ただその時、あ−だった、こうだったと言わないでほしい。判断は例えば、お母さんなり、姉Yさんなりにやってもらいたい。」であり、事実確認そのものを、実態のないものにしようとさえしているように思えます。
 なお、1994年3月信弘は母とともに校長に、このラブレタ−事件についても確認を求めていますが、校長は、「女子生徒本人が思い出したくないだろうから、確認は無理だ。」と答えています。それどころか、それ以前、信弘が、「ラブレタ−事件は教員My先生が絡むことなので、教員My先生に確認をして欲しい。」と言うと校長は、「その必要はない。」と拒んでいるのです。また、教員My先生本人に信弘が確認を求めると、「話したくない。」とやはり拒否されました。この一連の事件に共通しているのは、事実確認そのものが拒否されているということではないでしょうか。

 さて、「薬、毒を撒いたって話」のように、命や刑事事件にかかわるような重要なことに関する推測については、まずそれの確認の方法がないか、と考えるのが普通の人のとる行動ではないでしょうか。
 ここでは、次のことを指摘したいと思います。
・書記長T先生は、信弘の出した書類(そこには、風呂の工事について、浴槽を取り外して、確認する必要があると書かれている。)を読み直したと他の部分で言っています。それならば、なぜ、浴槽を、信弘の主張どうり、取り外してみようと、ここで言わなかったのでしょう。
・信弘は、水の検査を1000万円かけてもやるんだということを11月10日、姉に伝えています。水質検査は薬剤師会で受け付けるのですが、一般的に井戸水や水道水に含まれる可能性のある物質の検査で、5、6万円かかり、物質を特定しないで何が含まれるかを調べると、その費用は数百万円以上になるという事です。ですから、実質的に言って、個人での毒の検出はまず不可能です。書記長T先生の「武田さん、金出してもやればいいじゃないですか。」の言葉は、このことを見越して言っている事ではないでしょうか。
・風呂の毒のことは、信弘が書類に書く際、もっとも、書くか書くまいか、危惧したことです。汚れである可能性もあり、毒物であると言う証拠は、風呂に入った結果、母と信弘の喉のリンパ腺が、同時に腫れたことしかないのですから。信弘の出した書類の中では、もっとも、信憑性を問われるところなのです。このことを、なぜ、書記長T先生は、今まで、言い出さなかったのでしょうか。原宿の町医者のことやテ−プのことは、再三、再四、信弘の被害妄想の例として、書記長T先生はあげているです。事実、書記長T先生が町医者やテ−プのことを言い出しているのは、合計7回にものぼります。(7、28、34、35、45、67、73の各ペ−ジです。)それに対し、畑の毒のことが出てくるのは2回しかなく、53ペ−ジは、母が言い出し、78ペ−ジは、信弘が言い出しています。そして、その両方で、書記長T先生は風呂のことには触れていず、書記長T先生や姉が、畑の毒のことから、話題を変えてしまっています。そして、この[19]の場面でも、風呂のことを持ち出しているのは、信弘です。なぜ、書記長T先生は、本来、もっとも信憑性を問うべき風呂の毒のことを1回も言い出さなかったのでしょうか。