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日本基督教団高槻日吉台教会は、プロテスタントのキリスト教会です。

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〒569-1022 大阪府高槻市日吉台二番町3-16

礼拝説教

「涙があふれてとまらないとき」

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日時 2018年12月2日
   降誕前節第5主日
聖書箇所  2コリント1章23節-2章11節
賛美歌   151/229/231 
交読    詩編42
説教者  小笠原純牧師(高槻日吉台教会・朝礼拝)



 アドヴェントに入りました。クランツのロウソクも一つ灯りました。イエスさまのご降誕をお祝いする準備をしていきたいと思います。アドヴェントという言葉は、 「到来」を意味するラテン語のアドヴェントゥスからきた言葉です。アドヴェントはイエスさまがお生まれになられるのを待ち望む期間です。キリスト教の暦のことを「教会暦」というふうに言いますが、教会暦によると、一年はアドヴェントから始まります。イエス・キリストを待ち望むことから一年が始まるのです。
 クリスマスはご家族やご友人に、教会に来ていただくいい機会ですから、ぜひ一言、声をかけていただきたいと思います。毎年お配りしています、「大切な人とクリスマスを」という葉書を、ことしもつくりました。ぜひ、大切な人とクリスマスの礼拝にいらしてくださればと思います。わたしにとって大切な人とはだれなのだろうと考える良い機会になると思います。すこしこのわたしの写真が若いのが、ちょっと気になります。わたしの教会の牧師さんって、知ってる?。こんな顔しているんだ。牧師さんが「大切な人とクリスマス礼拝にきてくださいね」って言うんだけど、あなた一緒に来てくれる?。と聞いてみてください。あんまりいつもいつも教会に誘うのも、なかなか大変ですので、ぜひクリスマスにお誘いくださればと思います。
 今日の聖書の箇所は「コリント訪問の延期」という表題のついた聖書の箇所の一部と、「違反者を赦す」という表題のついた聖書の箇所です。
 コリントの信徒への手紙(2)は使徒パウロが書いた手紙です。いろいろな説があるとは思いますが、一般的に使徒パウロはコリントに4の手紙を書いたと言われています。手紙A、手紙B、手紙C、手紙Dです。手紙Aというのは最初の手紙ですが、これは失われてしまったとされています。コリントの信徒への手紙(1)5章9節で、使徒パウロは【わたしは以前手紙で、みだらな者と交際してはいけないと書きましたが、】と書いています。新約聖書の305頁です。【わたしは以前手紙で、みだらな者と交際してはいけないと書きました】ということですから、コリントの信徒への手紙(1)の前に、使徒パウロは手紙を書いているということです。この以前に書いた手紙というのが、手紙Aということです。そして手紙Bは現在のコリントの信徒への手紙(1)ということです。そして手紙Cというのは、手紙Aと同じように失われてしまい、いまは残っていないということです。そして手紙Dというのが、コリントの信徒への手紙(2)ということです。(手紙Cについては、コリントの信徒への手紙(2)の10-13章が、この手紙Cの一部ではないかと言われたりします)。コリントの信徒への手紙(2)2章4節にはこうあります。新約聖書の327頁です。今日の聖書の箇所のところですけれども、コリントの信徒への手紙(2)2章4節にはこうあります。【わたしは、悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙を書きました】とあります。使徒パウロが涙ながらに書いたという手紙が、手紙Cではないかと言われています。
 使徒パウロは、自分との関係がおかしくなったコリントの教会に対して、何度か手紙を書いて送り、そしてどうにかしてコリントの教会の人々が、以前のように、神さまを信じて歩むことができるようにと祈りつつ、自分の考えをコリントの教会の人々に伝えたのでした。
 コリントの信徒への手紙(2)1章23節から2章1ー2節にはこうあります。【神を証人に立てて、命にかけて誓いますが、わたしがまだコリントに行かずにいるのは、あなたがたへの思いやりからです。わたしたちは、あなたがたの信仰を支配するつもりはなく、むしろ、あなたがたの喜びのために協力する者です。あなたがたは信仰に基づいてしっかり立っているからです。そこでわたしは、そちらに行くことで再びあなたがたを悲しませるようなことはすまい、と決心しました。もしあなたがたを悲しませるとすれば、わたしが悲しませる人以外のいったいだれが、わたしを喜ばせてくれるでしょう】。
 使徒パウロはコリントの教会に行く計画を立てていたわけですが、いまのところコリントの教会に行ってはいないのです。そしてそのことに対しても、「パウロはコリントの教会を訪れると言っていたのに、訪ねてこない。バウロは約束をやぶった。パウロは嘘つきだ」というようなことをいう人々もいました。そうしたコリントの教会の人々に対して、使徒パウロは「わたしがまだコリントに行かずにいるのは、あなたがたへの思いやりから」だと言いました。使徒パウロがこのとき、コリントの教会を訪ねると、使徒パウロが教会の権威を振りかざして、コリントの教会の人々を攻め立てることになってしまうかも知れません。それは使徒パウロにとっても、コリントの教会の人々にとっても不幸なことです。実際に訪ねるとそのようなことになってしまうかも知れなかったので、使徒パウロはこのとき、コリントの教会を訪ねることをしませんでした。
 使徒パウロは権威を振りかざして、人々を支配下に置くというような方法をとろうとはしませんでした。使徒パウロは「あなたがたの信仰を支配するつもりはなく」と言っています。権威を振りかざして人の信仰を支配するというようなありようは、キリストの教会にはふさわしくないということです。大切なのは一人一人が「信仰に基づいてしっかり立っている」ことだと、使徒パウロは言います。一人一人が自分の信仰についてしっかりと考えてみて、よくないところに気づいていく。信仰に基づいてしっかりと立っているかどうかを問い直してみる。そうしたことが大切であり、権威を振りかざして、無理やりにその人の信仰を正していくというようなありようは、お互いにとって不幸なことであり、悲しい出来事になってしまう。わたしはあなたたちがそれぞれ自分の信仰を振り返ってみて、「ああ、このことはやっぱりよくよく考えてみると、神さまやイエスさまにふさわしいことでなかったし、パウロに対して失礼であったなあ」と思い直してほしい。そうすることが、わたしを喜ばせることになると、使徒パウロは言いました。
 コリントの信徒への手紙(2)2章3ー4節にはこうあります。【あのようなことを書いたのは、そちらに行って、喜ばせてもらえるはずの人たちから悲しい思いをさせられたくなかったからです。わたしの喜びはあなたがたすべての喜びでもあると、あなたがた一同について確信しているからです。わたしは、悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙を書きました。あなたがたを悲しませるためではなく、わたしがあなたがたに対してあふれるほど抱いている愛を知ってもらうためでした】。
 使徒パウロはコリントの教会の人々を非難したり、攻撃して、コリントの教会の人々をやっつけたりすることを望んではいませんでした。使徒パウロにとってコリントの教会の人々はパウロのことを喜ばせてくれるはずの人々であるのです。ただいまは不幸にして、使徒パウロから少しこころが離れてしまい、使徒パウロは悲しい思いをさせられています。しかし本来、コリントの教会の人々は使徒パウロに喜びを与えてくれる人々であると、使徒パウロはコリントの教会の人々を信じていました。そのために使徒パウロはコリントの教会の人々に、「涙ながらに手紙を書きました」。「涙の手紙」と言われる手紙です。使徒パウロはコリントの教会の人々を辱めたり、非難したりするのではなく、どんなにコリントの教会の人々を、自分が愛しているのか、大切に思っているのかということを、切々と涙ながらに訴える手紙を書いたのです。残念ながら、この手紙は残っていないと言われています。「こんな大切な手紙、なくすかなあ。ちゃんと文書管理、どうしてしなかったのかなあ」と思いますが、たぶんあまりに大切にし過ぎて、どこに片づけたのかわからなくなってしまったのでしょう。
 コリントの信徒への手紙(2)2章5-11節にはこうあります。【悲しみの原因となった人がいれば、その人はわたしを悲しませたのではなく、大げさな表現は控えますが、あなたがたすべてをある程度悲しませたのです。その人には、多数の者から受けたあの罰で十分です。むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください。わたしが前に手紙を書いたのも、あなたがたが万事について従順であるかどうかを試すためでした。あなたがたが何かのことで赦す相手は、わたしも赦します。わたしが何かのことで人を赦したとすれば、それは、キリストの前であなたがたのために赦したのです。わたしたちがそうするのは、サタンにつけ込まれないためです。サタンのやり口は心得ているからです】。
 コリントの教会の中でたぶん使徒パウロに対して、どう考えてもあまりにひどいことを言う人が何人かいたのでしょう。使徒パウロが「涙の手紙」を書いたあと、コリントの教会の人々は使徒パウロのことを信じるようになりますそのため以前に使徒パウロのことに対してあまりにひどいことを言っていた人々は、コリントの教会のなかで立場がなくなるということがあったのでしょう。使徒パウロはそうした人々のことについても、心配をしています。「あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください」と言っています。
 赦しあうということがなければ、教会の中にしこりが残り、結局、またそのことが原因で、教会の中がぎくしゃくしてしまうことになると、使徒パウロは言います。そして悪魔・サタンにつけ込まれることになり、のちのちまた大変なことが教会に起こることになる。そうしたことも気をつけなければならない。人を裁いたり、やり込めたりして、その人を辱めたりすることは、結局、悪魔・サタンに隙を与えることになってしまう。そうしたことはよくよく気をつけなければならないことなのだ。自分に対してひどいことをした人であったとしても、愛をもって接するべきだと、使徒パウロは言いました。コリントの教会の人すべてが、わたしにとっては愛すべき存在であり、とても大切な一人一人であるのだと、使徒パウロは言いました。だからわたしに遠慮して、「あの人はパウロ先生に対して以前、とんでもなくひどいことをしたら、追放しよう」というようなことは考える必要はないと、使徒パウロは言いました。
 使徒パウロは、「赦し、そして愛しなさい」と言いました。このことが、ごたごたとして歩みになったとき、大切なことなのだと言いました。「むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください」。教会が教会であるためには、「赦し、そして愛する」ということが大切なのだ。「赦し、そして愛する」ということが失われたら、それは悪魔・サタンのわなにはまって、悪魔・サタンのものになってしまったということなのだ。そのように使徒パウロは言いました。
 赦せないと思える出来事に出会うことが、私たちにはあります。そう簡単に赦すことはできない。そう思えます。とくに信頼をしていた人から裏切られたというような場合、自分が生きているうちは赦すことはできないだろうと思えたりします。ただ赦せないということは、とても大きな重荷であり、苦痛をともなうことでもあります。自分が悪いわけでもないのに、自分が人を憎み続けなければならないという重荷を負わなければならないというのは、とても苦しいことです。そしてそれは不条理なことでもあります。
 使徒パウロは「赦し、愛しなさい」というけれでも、私たちは到底赦すことができないと思えます。自分が傷つけられた、悔しかった出来事や、悲しかった出来事を思い出すと、涙があふれてとまらない。「赦し、愛しなさい」と言われ、「はい、そうします」と言うことができるわけではありません。
ただ、あふれるその涙をぬぐってくださる方がおられるということを、私たちは信じています。わたしのこの涙をぬぐってくださるおられ、わたしの苦しいこの胸のうちを知ってくださる方がおられることを、私たちは知っています。イエスさまは私たちの苦しみ、悲しみを知っていてくださり、私たちが人を赦すことができないという苦しみを、イエスさまは知っていてくださいます。
 そして私たちはイエスさまが、私たちの罪を赦すために、私たちの世に来てくださったことを信じています。御子イエス・キリストは裁くためではなく、私たちを赦すために、私たちの世にきてくださいました。イエス・キリストは私たちの罪のために十字架につけられるために、私たちの世にこられました。イエスさまは人々のあざけりのなかで十字架につけられていきました。
 マルコによる福音書15章16-20節には、「兵士たちに侮辱される」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の95頁です。【兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。また何度も、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。このようにイエスを侮辱したあげく、紫の服を脱がせて元の服を着せた。そして、十字架につけるために外へ引き出した】。
 苦しみ、悲しみを経験されたイエスさまが、私たちの涙をぬぐってくださいます。そのイエスさまの愛が、私たちのこころを癒してくださるとき、私たちは憎しみの世界ではなく、イエスさまの愛の世界へと招かれていることに気づかされます。私たちの涙をぬぐってくださるイエスさまの愛に満たされるときに、私たちはこころの安らぎを得ることができるのです。
 アドヴェントに入りました。イエス・キリストが私たちのところにきてくださいます。この大きな喜びを受けとめ、クリスマスの備えをなしてゆきたいと思います。私たちの罪を赦し、私たちを愛してくださる、主イエス・キリストの愛に、こころから感謝をして、イエスさまの愛を、私たちも隣人に届けていきたいと思います。



(2018年12月2日高槻日吉台教会朝礼拝式・アドヴェント1)



「いと高き方の子ををお迎えする」

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日時 2018年12月16日
   降誕前第2主日、アドヴェント讃美礼拝式
聖書箇所 ルカ1章26-38節
賛美歌  235/236/271
交読     詩編46 
説教者  小笠原純牧師(高槻日吉台教会・朝礼拝)


 

 

 アドヴェントも第3週を迎えました。アドヴェントに入ると、わたしにとって気になる日は、12月8日です。先々週の土曜日でした。12月8日と言えば、皆さんは何の日というふうに思われるでしょうか。有名ところでは、12月8日は、ビートルズのジョン・レノンが殺された日です。わたしもこの日、ジョン・レノンを記念して、ジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス 戦争は終わった」を毎年、聴くことにしています。
 テレビ局の人が街に出てインタビューをするときに、「今日、12月8日、何の日かご存知ですか」と尋ねて、答えてもらいたい答えというのは、「真珠湾攻撃の日」「日本がアメリカに対して戦争を始めた日」です。12月8日は日本がアメリカに対して戦争を始めた日です。
 12月8日は日本がアメリカと戦争を始めて日ですけれども、日本はアメリカとだけ戦争をしたわけではありません。12月8日に日本は、アジアのマレー半島に奇襲をしています。時間的には真珠湾よりも早いので、「マレー作戦がアジア・太平洋戦争の始まり」と言われるのだそうです。「・・・だそうです」と、わたしが言いますのは、わたし自身、このことにこころを向けることがなかったからです。「12月8日と言えば、真珠湾攻撃かなあ」というふうに思っていました。
 わたしはことしの夏、香港に旅行に行きました。香港に旅行に行くということで、「地球の歩き方 香港 マカオ 深〓」を買いました。「何を食べようかなあ」とか、「これ、とってもおいしそうだなあ」とか、「やっぱり香港の夜景はきれいだろうなあ」とか「チョンキンマンションに行ってみないなあ」とか、思いながら、「地球の歩き方 香港」を読んでいると、最後のほうに、「日本は昔、香港で何をしたのか」というコラムがありました。
 【あまり知られていないが、真珠湾攻撃と同日の1941年12月8日、日本軍は香港侵略を始めている。
 日本軍は中国深〓(しんせん)から国境を渡り、旧啓徳(カイタック)空港、九龍(クウロン)市街地の占拠、香港の海上封鎖と進み、香港島へと迫った。イギリス軍は香港島にたてこもったが、淺水灣(チンソイワン)Repulse Bayなどでの激戦の末、25日降伏した。
 それから日本軍無条件降伏までの3年8ヶ月、香港は日本軍の南方基地として占領下におかれた。その日本軍が最初にやったことは、尖沙咀(チムシャツォイ)のペニンシュラホテルを接収して軍政庁とし、ヴィクトリア・ピークの中腹に香港神社を造ったり(未完成に終わる)、クイーン・ロード(皇后大道)を明治通り、ネイザン・ロードを香取通りといった調子で道路名などを日本語に改名した。
 日本軍の軍票の乱発で香港経済はインフレとなり、また、戦局の悪化にともない極端な食料不足が続き、餓死者が続出、100万人以上が香港を逃げ出した。
 1945年8月15日、日本軍は降伏した。すかさずイギリス軍がやってきたが、この日を記念して、8月最後の月曜日は「香港解放記念日」とされている。
街には日本人観光客があふれ、みやげ物屋では日本語で話しかけられる今の香港。こうした歴史のなかで、日本軍に肉親を殺された人たちが今でも数多く住んでいるのも事実である。何か事があれば沸き上がってくる反日感情が、なぜ香港人たちの心の片隅にひそんでいるかを、私たち日本人は忘れてはならないと思う。(長橋廣行)】。
 実際に香港を訪れたときに、「香港歴史博物館」に行きますと、「日本の占領時代」の展示物がありました。そして、「地球の歩き方 香港」に書かれてある内容の出来事が記されてありました。日本が侵略・占拠していたときは、香港にとっては、とても悲惨なときでありました。
 12月8日は、日本が、アメリカに対して戦争を始めた日であり、香港に侵略を開始した日です。あたりまえですが、この日は、主の待ち望むアドヴェントのときにやってきます。アドヴェントのこのとき、戦争のない世の中であることを祈る者でありたいと思うのです。
今日の聖書の箇所は「イエスの誕生が予告される」という表題のついた聖書の箇所です。ルカによる福音書1章26-28節にはこうあります。【六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」】。
 神さまの使いである天使ガブリエルは、ガリラヤのナザレという町に住むマリアのところに遣わされます。ガリラヤという地域は、「異邦人のガリラヤ」と言われるように、辺境の地でした。大都市の中心地という地域ではありませんでした。「ガリラヤからはよいものが出るわけがない」というように言われていた地域です。「おとめ」とありますからマリアは、力のない若い女性です。その小さなマリアのところに、神さまからの使いとして天使ガブリエルが遣わされてきました。そして天使ガブリエルは小さなマリアを祝福して言いました。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」。
 ルカによる福音書1章29-33節にはこうあります。【マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」】
 「男鹿市(おがし)の子どもたちは、大晦日(おおみそか)に、なまはげが現れるので、クリスマスどころではない」と言われますが、突然、天使が現れるというのも、マリアにしてみたら、驚きでしょう。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と天使ガブリエルはうれしいことを言ってくれるわけですが、マリアにしてみると「これはいったいどういうことなのだろう」と恐れてしまうことになります。天使ガブリエルは言いました。マリア、あなたは神さまから恵みをいただいた。それであなたは男の子を身ごもることになる。その子の名前を、イエスと名付けなさい。と、まあ、このへんまで言われると、もうマリアは「ええ、どういうこと?」「ええ、なにそれ?。わけわからへん」という状態であったと思います。突然、自分が身ごもって男の子を産むことになっていると言われても、びっくりしてしまいます。
 でも天使ガブリエルはそのあと大切なことをマリアに伝えています。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神さまはあなたの子であるイエスに、ダビデ王と同じように王座をくださる。そしてあなたの子イエスは、ずっとずっとイスラエルを治めることになる。あなたの子イエスが治める国は滅びることがない。神さまが支配される世の中が来るのだと、天使ガブリエルは言いました。
ルカによる福音書1章34-37節にはこうあります。【マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」。
 マリアにはいいなずけのヨセフがいましたが、でもまだ結婚をしていなかったので、「あなたは赤ちゃんを身ごもる」と言われても、ちょっと困ってしまうわけです。しかし天使ガブリエルはこの出来事は、神さまの出来事なのだと言います。「聖霊があなたに降る」出来事のなのだ。人間の出来事ではなく、神さまの出来事なのだ。あなたは神さまの力で身ごもり、神さまの力で守られる。そして生まれてくる子も、聖なる者であり、そして神さまの御子なのだ。あなたは「どうして、そのようなことがありえましょう」と人間的なことを言うけれども、そうではなく神さまがあなたをそのように選ばれたのだ。同じようにあなたの親類のエリサベトも、神さまから選ばれた。いままで彼女は年をとるまでずっと身ごもることはなかったけれども、でもいまは男の子を身ごもっている。それは神さまがエリサベトを選ばれたからであり、神さまにできないことは何一つないのだ。そのように天使ガブリエルは小さなマリアに告げました。
 小さなマリアは天使ガブリエルの言ったことを信じます。とても信じることのできるようなことではないけれども、しかし神さまの出来事であり、神さまが選ばれ、神さまがそのように行われようとしているのであれば、わたしは信じると、マリアは言いました。ルカによる福音書1章38節にはこうあります。【マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。】。
 イエスさまがお生まれになられる時代、マリアたちの国であるユダヤは、ローマ帝国の支配下にありました。自分たちの国が、他の民族の国によって支配をされているというのは、なかなかきびしいことです。ルカによる福音書2章1節以下は、「イエスの誕生」という表題のついた聖書の箇所です。ルカによる福音書2章1-5節にはこうあります。【そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである】。
 みなさんは自分が生れたときのアメリカの大統領がだれであったかご存知ですか。わたしが生まれたときのアメリカの大統領は、ジョン・F・ケネディ大統領です。みなさんは自分の生れたときのアメリカの大統領を知らないと思いますが、「じゅんちゃんは知っています」。「ぼーっと生きている」のではないからです。というのは嘘で、なぜわたしが知っているのか言いますと、昨日、調べたからです。ふつうはよその国の王様とか皇帝とか大統領とか、自分の生れには関係ないのです。しかしイエスさまの誕生のときは、関係があるのです。ローマ皇帝アウグストゥスの名前が出てきます。それはローマ帝国に支配をされているからです。
 そしてヨセフとマリアは住民登録のために、故郷に帰ります。それは住民登録という人口調査が行われるのは、ローマ帝国に対する税金を安定して確保するためです。そして税金の多くは、ローマ帝国の人々のために使われるのです。そしてユダヤの民の多くは、苦しい生活を強いられるのです。イエスさまの母マリアは、そうした民の一人でした。
 ローマ帝国の支配下にある民マリアに、天使ガブリエルは神さまが治めてくださる世の中が来る。神さまの御子がこの世に来てくださり、私たちの世を治めてくださると告げました。そしてその子をあなたが身ごもるのだと、天使ガブリエルは言いました。【あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない】。
 天使ガブリエルが告げたとおり、イエスさまは私たちの世に来てくださいました。しかしこの世の支配者のように、私たちの世を治めるために、私たちの世に来られたのではありませんでした。イエスさまは私たちの罪のために十字架についてくださり、神さまの御子として私たちの罪を赦してくださる神さまの愛を示してくださいました。そして私たちはみな神さまの子として、神さまから一人一人が祝福を受けていること、私たちを治めてくださっているのは、神さまであることを、私たちに告げ知らせてくださいました。そしてイエスさまは、私たちのことを大切な神さまの子として祝福してくださいました。
 天使ガブリエルは、イエスさまはいと高き方の子であると言いました。【その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる】。クリスマス、私たちは「いと高き方の子」を、私たちのところにお迎えします。神さまの御子が私たちの世にきてくださいます。私たちは神さまの御子をお迎えするにふさわしく、悔い改めのこころをもって、イエスさまをお迎えしたいと思います。
 私たちの国はかつて、ほかの国々と同じように、力による支配によって、国を治め、そしてアジアの諸国を侵略していったという歴史をもっています。そして私たちは悔い改め、そのようなありようは、私たちの国も、そして私たち自身も行わないという気持ちをもって歩んでいます。
 私たちは御国が来ますように、神さまの国が来ますようにと祈りつつ、アドヴェント、クリスマスまでの一日一日を過ごしましょう。神さまの御子がきてくださる、そのことにこころを向けてあゆみましょう。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように」と、すべてを神さまにお委ねして歩もうと決心をした、小さなマリアのように、神さまにお委ねして、こころ平安に歩みましょう。




(2018年12月16日高槻日吉台教会朝礼拝式・アドヴェント讃美礼拝式)




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