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日本基督教団高槻日吉台教会は、プロテスタントのキリスト教会です。

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〒569-1022 大阪府高槻市日吉台二番町3-16

礼拝説教

「信仰に基づいてしっかりと立ちなさい」

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日時 2018年9月9日
   聖霊降臨節第22主日
聖書箇所  1コリント16章13-24節
賛美歌  13/497/471/聖餐78
交読   25
説教者  小笠原純牧師(高槻日吉台教会・朝礼拝)



 今日は世界聖餐日です。世界中のクリスチャンと共に、聖餐にあずかり、私たちが神さまの民として歩んでいることを、こころにとめたいと思います。同じ神さまを信じる人たちが、日本の中だけでなく、世界にいて、そして共に祈りあいつつ歩んでいます。とても幸いなことだと思います。
 大阪北部地震のとき、台湾基督長老教会は日本基督教団をとおして、兵庫、京都、大阪の関西三教区に地震のお見舞い金をお送りくださいました。東日本大震災のときもそうでしたけれども、日本のクリスチャンのことを覚えてくださり、祈り、また支えてくださっています。
 そうした教団レベルの交流というのもありますが、私たちの教会もまた多くの教会に支えられ、祈られた教会でありました。『高槻日吉台教会三十年のあゆみ』を読んでいますと、私たちの教会が会堂を立てるときに、いろいろな教会から献金が寄せられたことが記されています。【この六月に会堂建築のための募金趣意書が作成され、特に原忠雄牧師は古くからの友人、信者に数百通からの依頼状を発送された。原忠雄牧師が伝道をされた旧台北教会、沖縄、四国、東京、福知山など日本各地の教会から、またハワイ、アメリカから、この原牧師の熱意に動かされた多くの方々からの献金が寄せられるようになったのである】(P.12)。
 私たちの教会は日本の各地の教会・伝道所、また台湾、ハワイ、アメリカからのクリスチャンの祈りと支えによってできた教会です。共に聖餐に預かり、そして神さまの民として歩む人々と共に歩むということは、とても心強いことだと思います。
 今日の聖書の箇所は、コリントの信徒への手紙(1)の最後のところとなります。表題には「結びの言葉」とあります。手紙の終わりの挨拶ということになっています。コリントの信徒の手紙(1)16章13−14節にはこうあります。【目を覚ましていなさい。信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい。何事も愛をもって行いなさい】。「目を覚ましていなさい」というのは、世の終わり・終末のときの注意として語られる言葉です。マタイによる福音書24章36節以下には「目を覚ましていなさい」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の48頁です。マタイによる福音書24章42ー44節にはこうあります。【だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒が夜のいつごろやって来るかを知っていたら、目を覚ましていて、みすみす自分の家に押し入らせはしないだろう。だから、あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」】。
 使徒パウロは世の終わり・終末の備えをしっかりとしておきなさいと、コリントの教会の人々に勧めています。世の終わり・終末はいつ来るかわからない。だから目を覚まして、いつ世の終わり・終末が来ても良いように心して過ごしなさいと諭しています。そしてそのような歩みの心構えとして、「信仰に基づいてしっかり立ちなさい」「雄々しく強く生きなさい」「何事も愛をもって行いなさい」ということを勧めています。
 コリントの信徒への手紙(1)16章15−20節にはこうあります。【兄弟たち、お願いします。あなたがたも知っているように、ステファナの一家は、アカイア州の初穂で、聖なる者たちに対して労を惜しまず世話をしてくれました。どうか、あなたがたもこの人たちや、彼らと一緒に働き、労苦してきたすべての人々に従ってください。ステファナ、フォルトナト、アカイコが来てくれたので、大変うれしく思っています。この人たちは、あなたがたのいないときに、代わりを務めてくれました。わたしとあなたがたとを元気づけてくれたのです。このような人たちを重んじてください。アジア州の諸教会があなたがたによろしくと言っています。アキラとプリスカが、その家に集まる教会の人々と共に、主においてあなたがたにくれぐれもよろしくとのことです。すべての兄弟があなたがたによろしくと言っています。あなたがたも、聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい】
 使徒パウロはコリントの教会の人々に、特定の人々について配慮をすることをお願いしています。ステファナ、フォルトナト、アカイコという人々について記されています。この人たちがどういう人であったのかということは、詳しくはわからないわけですが、この聖書の箇所からすると、コリントの教会から使徒パウロのところに来ている人たちであったようです。たぶんコリントの教会のなかで中心的な役割を果たしていた人なのでしょう。彼らがコリントの教会の様子を教えてくれたり、コリントの教会からの使徒パウロに対する質問を届けてくれたり、また使徒パウロからのコリントの手紙を携えて、コリントの教会に帰っていったのではないかと言われています。あるいは使徒パウロはエフェソの教会で過ごしているときに、コリントの教会から来て、使徒パウロの手助けをしてくれたのではないかということです。
 【この人たちは、あなたがたのいないときに、代わりを務めてくれました。わたしとあなたがたとを元気づけてくれたのです】とあります。コリントの教会と使徒パウロは離れていて、思うようにこころを通わせることができないときがありました。ちょっとした出来事が誤解を生み、互いに相手のことを信じられなくなるというようなことあったりします。そしてお互いに元気がなくなってしまうというようなときがあります。そうしたときに間に入ってくれて、誤解をといてくれたり、細やかな配慮をしてくれる人がいると、とても助かるということがあります。ステファナ、フォルトナト、アカイコが、そうした細やかな働きをしてくれたのでしょう。そしてコリントの教会も、使徒パウロも元気を取り戻すことができました。
 アカイア州というのはコリントが首都です。アジア州というのはエフェソが首都です。コリントの信徒への手紙は、使徒パウロがエフェソで手紙を書いているというふうに一般的に言われています。「アジア州の諸教会があなたがたによろしくと言っています」ということですから、教会間の交わりというのがあるということです。自分たちの教会のことだけを考えているということではなくて、他の地域の教会が互いに覚えあって交わりを深めているということです。私たちの教会も先日、高槻四教会の交換講壇をしました。高槻教会から藤原寛人先生が説教にきてくださいました。また1月には北摂地区の交換講壇が行われます。茨木春日丘教会の大石健一先生が説教にきてくださいます。地域の教会の交わり、地区の教会の交わり、教区の交わりがあります。教会間で覚えあい、支え合っていくという交わりが、使徒パウロの昔からあるということです。
 アキラとプリスカについては使徒言行録18章1節以下に記されています。新約聖書の249頁です。使徒言行録18章1−3節にはこうあります。【その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである。パウロはこの二人を訪ね、職業が同じであったので、彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。その職業はテント造りであった】。使徒パウロはコリントで、アキラとプリスカと出会います。そしてアキラとプリスカはその後、エフェソと使徒パウロと共に伝道に励んでいます。そのアキラとプリスカが、コリントの教会の人々に、「くれぐれもよろしく」というふうに言っているということです。教会間の交わりや、信徒の交わりがあります。そうしたクリスチャンの交わりが生き生きと息づいているということです。そして使徒パウロはそうした交わりを大切なものと考え、コリントの教会の人々に、「すべての兄弟があなたがたによろしくと言っています。あなたがたも、聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい」と勧めています。
 コリントの信徒への手紙(1)16章21ー24節にはこうあります。【わたしパウロが、自分の手で挨拶を記します。主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい。マラナ・タ(主よ、来てください)。主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。わたしの愛が、キリスト・イエスにおいてあなたがた一同と共にあるように】。
 コリントの信徒への手紙ですから、使徒パウロは筆を舐め舐め、コリントの教会の人々に手紙を書いているというような姿を、私たちは思い浮かべるわけです。しかし使徒パウロの手紙の書き方は、いわゆる口述筆記という方法で、使徒パウロが話して、それをだれかが文字にしていたということのようです。そして最後に、自分からの手紙であるということを明らかにするために、使徒パウロが自分で書くが行われるわけです。「わたしパウロが、自分の手で挨拶を記します」というのはそういうことです。使徒パウロ直筆の手紙というのは、いまのところ発見されていないと言われています。もし発見されたとしたら、手紙の本文は使徒パウロの書いた字ではないということです。クリスチャンの作家の三浦綾子さんも病弱であるために、使徒パウロのように口述筆記ということをしていたようです。三浦綾子さんが語って、夫の三浦光世さんが書いています。
 使徒パウロはコリントの信徒への手紙(一)の最後を、自分の手で記し、いきなり「主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい」と書きました。「相変わらず、使徒パウロ、激しいなあ」というような気がします。「じゃあ、自分の手で書くね」と言っていきなり、「主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい」はないやろうと、思います。しかしこれはどうやら初期のクリスチャンの間で使われていた典礼文であったようです。そのあと「マラナ・タ」(主よ、来てください)とあります。「マラナ・タ」というのアラム語です。こうした決まった言葉というのがあり、典礼文として使われていたということのようです。
 先日、Bさんから「クリスチャンの手紙の終わり方って、どんなものがありますか。たとえば一般的な手紙では「拝啓と書き出して、敬具と終わる」「前略と書き出して、早々と終わる」というようなものがありますが」と尋ねられたので、「栄光在主」とかですかねえと、そのときはお答えいたしました。今日、コリントの信徒への手紙(一)の終わりで、使徒パウロが「主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい」と書いているのを見て、自分の勉強不足を反省いたしました。「主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい」。でもこれは書かないほうが良いと思います。
 しかしそのあとで、使徒パウロは【主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。わたしの愛が、キリスト・イエスにおいてあなたがた一同と共にあるように】と記しています。使徒パウロはコリントの教会の人たちに、「主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように」と記し、イエスさまがコリントの教会の人々と共にいてくださることを祈りました。そして使徒パウロは「わたしの愛が、キリスト・イエスにおいてあなたがた一同と共にあるように」と記しています。「神さまの愛が」ではなく、「わたしの愛が」と、使徒パウロは記しています。私たちなら、たぶん「神さまの愛が、キリスト・イエスにおいてあなたがた一同と共にあるように」と記すだろうと思います。しかし使徒パウロはあえて「わたしの愛が」と記しました。このわたしの愛がという言葉に、使徒パウロがコリントの教会の人々を愛してやまない思いが記されているのです。
 コリントの教会は使徒パウロが神さまのこと、イエスさまのことを宣べ伝えることによってできた教会でした。しかし使徒パウロがコリントの教会から離れているときに、あとからやってきた人たちがコリントの教会の人々をそそのかしてコリントの教会は使徒パウロから離れてしまうようになりました。しかし使徒パウロはそうしたコリントの教会の人々に手紙を書いて、そして自分がコリントの教会の人々のことを忘れることなく、ずっと祈り、そして愛しているかということを伝えたのです。使徒パウロは手紙の最後で、「わたしの愛が」と記さずにはいられませんでした。
 使徒パウロは、ステファナ、フォルトナト、アカイコ、またアキラとプリスカの名前を出しながら、自分たちが互いに覚えあい、支え合いながら歩んでいることを、コリントの教会の人々に伝えています。また、自分たちには同じ神さまを信じる友がいて、そして祈りあいつつ歩んでいるということを、コリントの教会の人々に伝えました。
 私たちもまた、初期のクリスチャンたちと同じように、神さまを信じて、洗礼を受け、そしてクリスチャンとして歩んでいます。私たちには共に聖餐に預かる友がいます。そしてそのことはとても幸いなことであります。
 先日の木曜日に、入院をしておられるCさんをお訪ねいたしました。その前の日にみなさんが書いてくださったカードを、伝道部の方々が届けてくださっていました。Cさんはカードに書かれているお一人お一人の顔を思い浮かべながら、お一人お一人の言葉を読み、とてもうれしかったとお話ししてくださいました。やはり「同じ神さまを信じて歩んでいる兄弟姉妹の交わりは、特別なものだと思う。つらいとき、しんどいときの大きな支えになる」と言っておられました。
 使徒パウロは「信仰に基づいてしっかりと立ちなさい」と言っています。イエス・キリストを信じて歩むことによって、私たちはしっかりと歩むことができます。私たち自身は弱い者ですけれども、私たちが信じているイエス・キリストは力強い方であるからです。私たちの罪をあがない、私たちのために十字架についてくださったイエスさまは、私たちを愛し、そして私たちを守ってくださる方だからです。わたしはまだ洗礼を受けておられない方々に、ぜひ洗礼を受けてクリスチャンになることをお勧めいたします。神さまはお一人お一人を招いてくださり、イエスさまと共に歩む道へと導いてくださっています。
 私たちはイエス・キリストと共に歩みます。力のない私たちですけれども、信仰に基づいてしっかりと立ち、世界のクリスチャンと共に、良き歩みを整えていきましょう。


(2018年10月7日高槻日吉台教会朝礼拝式・世界聖餐日礼拝式)



「神さまの業を丁寧に行なう」

おすすめイメージ

日時 2018年9月23日
   聖霊降臨節第20主日
聖書箇所 1コリント16章1-12節
賛美歌   12/504/507
交読   詩編18の21-31
説教者  小笠原純牧師(高槻日吉台教会・朝礼拝)


 

 

事務仕事などをしていますと、明らかに苦手な人がいたります。A4の紙を三つ折りにするというようなことがあります。幾人かの人と一緒にこの作業をやっていますと、とてもきっちりと三つ折りにする人と、あきらかにそれ歪んでいるだろうと思えるような折り方になっている人がいたりします。歪んだ折り方になっているのが気になって気になって仕方がないという人もいると思います。きっちり三つ折りでなければ気持ちが悪いという人もいると思います。人が折ったものであっても、できることであれば歪んだ折り方になっているのを直したいと思う人もいると思います。わたしはまあほどほどにきれいに折るというような感じです。人が折ったものまで直すということはしませんが、自分が折ったのがあまりに歪んでいたら気になって直すということもあります。できれば事務仕事はきっちりとできればと思います。
 しかしそうはいうものの、ちゃんとできなかったりすることもあります。わたしの友人はきっちりとしている人なのでしょうか、少し前、封筒に貼ってある郵便切手を指さして、「どうしてこう、ちゃんとまっすぐに貼れないのかなあ。これ歪んでるよ」と言っていました。そうした正当なご意見をお聞きしながら、「ああでもわたしもあるわ」と思いました。切手をまっすぐ貼ろうと思うのですが、手元が震えて歪んでしまうのです。あるいはカードなどを書いていても、字が歪んでしまったり、間違えてしまったりするようなことが多くなったような気がします。加齢のゆえなのか、単なる疲れなのかわかりませんが、まあそんなことが多くなったような気がします。
そうした仕方のないこともあるわけですが、でもやはり落ち着いて、丁寧に行なっていくということの大切さということもあると思います。忙しさにかまけて、生活が雑になってしまっていると言いますか、心を込めて行なわなければならないと思いつつもいいかげんになってしまっていると言いますか、やはり注意しなければならないなあと思います。私たちに託されている神さまのわざを、こころを込めて、丁寧に行なっていきたいと思います。神さまの前に大したことができるわけではないかも知れませんが、託されていることをしっかりと受けとめたいと思うのです。
 今日の聖書の箇所は「エルサレム教会の信徒のための募金」「旅行の計画」という表題のついた聖書の箇所です。
 コリントの信徒への手紙(1)16章1−4節にはこうあります。【聖なる者たちのための募金については、わたしがガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも実行しなさい。わたしがそちらに着いてから初めて募金が行われることのないように、週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい。そちらに着いたら、あなたがたから承認された人たちに手紙を持たせて、その贈り物を届けにエルサレムに行かせましょう。わたしも行く方がよければ、その人たちはわたしと一緒に行くことになるでしょう】。
 「聖なる者たち」というのはエルサレム教会の人たちのことです。使徒パウロはエルサレム教会にお金を送るために、諸教会に対して募金をお願いするということをしていました。「ガラテヤの諸教会に指示したように」とありますように、コリントの教会に対してだけではなく、ガラテヤの教会に対してもお願いをしているということがわかります。
 ローマの信徒への手紙15章22節以下に「ローマ訪問の計画」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の296頁です。ローマの信徒への手紙15章。15章25節以下にはこうあります。【しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。それで、わたしはこのことを済ませてから、つまり、募金の成果を確実に手渡した後、あなたがたのところを経てイスパニアに行きます】。
 使徒パウロはローマを訪れたあと、エルサレムに行って、エルサレム教会への募金を届けたあと、イスパニア、つまりスペインに伝道に行きたいということを、ローマの信徒への手紙で書いています。「エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助する」ための募金を、使徒パウロが諸教会にお願いをしていたことが、ローマの信徒への手紙でもわかります。
ではこの募金というのはいったい何なのか。どうして使徒パウロがエルサレムの教会のために異邦人の教会から募金を集めているのかということですが、それは使徒パウロとエルサレム教会との約束があるからです。
 初期のクリスチャンの時代に、とても大切なことが決まった「使徒会議」というのがあります。使徒言行録15章に書かれてあります。新約聖書の242頁です。使徒言行録15章1節以下に「エルサレムの使徒会議」、そして使徒言行録15章22節以下に「使徒会議の決定」という表題のついた聖書の箇所があります。エルサレム教会の人たちはユダヤ人ですから、キリスト教であっても割礼を受けること、ユダヤの律法を守るということが必要であると考えていました。しかし異邦人の人たちは何かをすることによって救われるということを考えていませんでしたので、割礼を受けること、ユダヤ教の律法を守る必要はないというふうに考えていました。使徒パウロはユダヤ人でしたが、異邦人に伝道をしていましたし、使徒パウロは「イエス・キリストを信じることによって義とされる」ということを宣べ伝えていましたので、割礼を受けること、ユダヤ教の律法を守ることが、人が救われることの条件とは考えていませんでした。異邦人のクリスチャンがだんだんと増えてくるなかで、異邦人も割礼を受けなければならない、ユダヤ教の律法を守らなければならないということに反発する人々が増えてきました。そのためエルサレムで使徒会議が開かれて、このことについて合意を得るということが行われたのでした。
 使徒パウロはこのエルサレムの使徒会議について、ガラテヤの信徒への手紙2章で記しています。新約聖書の343頁です。ガラテヤの信徒への手紙2章1節以下に、「使徒たち、パウロを受け入れる」という表題のついた聖書の箇所があります。ガラテヤの信徒への手紙2章3節にはこうあります。【しかし、わたしと同行したテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を受けることを強制されませんでした】。ですから異邦人が割礼を受けなければならないということはないということが、エルサレムの使徒会議で決まったということです。そして使徒パウロはガラテヤの信徒への手紙2章10節にこう記しています。【ただ、わたしたちが貧しい人たちのことを忘れないようにとのことでしたが、これは、ちょうどわたしも心がけてきた点です】。これがエルサレムの教会の人たちに対する募金ということです。このことは使徒言行録15章には書かれていないことですけれども、使徒パウロはエルサレムの使徒会議で、異邦人は割礼を受けなくてもいいということが決まったということそしてそのかわりエルサレムの教会の人たちに対して募金を行なうということが決まったのだと言っています。ガラテヤの信徒への手紙2章11節以下に「パウロ、ペトロを非難する」という聖書の箇所にもありますように、その割礼を受けていない異邦人は汚れた者であるという考えは、ユダヤ人キリスト者のなかに根強くありました。ですから使徒パウロはこのエルサレム教会の人たちに対して募金をしっかりと行なうことによって、エルサレムの使徒会議で決まった異邦人のキリスト者は割礼を受ける必要はないということが覆されることのないようにと思っていたのでした。それでなおさらのこと、一生懸命にこのエルサレム教会の人々のための募金を行なっていたのでした。
 ですので、使徒パウロはコリントの信徒の人たちに、細かくお願いをしています。あらかじめ募金をしておいてほしいということ。そして募金をするときに、余ったお金を献げるということではなく、あらかじめ募金を献げるために取っておいてほしいということ。そしてその募金をコリントの教会で選ばれた人が手紙をもってエルサレムに届けるということをしたい。そして使徒パウロも行けるのであれば、一緒に行きたいということを告げています。
 コリントの信徒への手紙(1)16章5−9節にはこうあります。【わたしは、マケドニア経由でそちらへ行きます。マケドニア州を通りますから、たぶんあなたがたのところに滞在し、場合によっては、冬を越すことになるかもしれません。そうなれば、次にどこに出かけるにしろ、あなたがたから送り出してもらえるでしょう。わたしは、今、旅のついでにあなたがたに会うようなことはしたくない。主が許してくだされば、しばらくあなたがたのところに滞在したいと思っています。しかし、五旬祭まではエフェソに滞在します。わたしの働きのために大きな門が開かれているだけでなく、反対者もたくさんいるからです】。
 「五旬祭まではエフェソに滞在します」ということですから、使徒パウロはエフェソにいてこの旅のことについて語っています。エフェソからマケドニア州の教会を訪ねて、そしてコリントの教会に行く計画を立てています。そして冬はコリントに滞在する予定にしています。この当時の旅は危険なことも多かったので、冬は避けるということでしょう。そしてできればコリントの教会の人々送り出してもらって、エルサレムの教会に募金を届けたいということです。しかしその旅を行なう前までは、エフェソに滞在して、エフェソでしっかりと伝道したいと使徒パウロは言います。使徒パウロの考えに反対しているユダヤ人キリスト者の人々がいるので、使徒パウロはエフェソから離れると、そうした人たちがエフェソの教会の人々を混乱させるということを、使徒パウロは心配しています。
 コリントの信徒への手紙(1)16章10ー12節にはこうあります。【テモテがそちらに着いたら、あなたがたのところで心配なく過ごせるようお世話ください。わたしと同様、彼は主の仕事をしているのです。だれも彼をないがしろにしてはならない。わたしのところに来るときには、安心して来られるように送り出してください。わたしは、彼が兄弟たちと一緒に来るのを、待っているのです。兄弟アポロについては、兄弟たちと一緒にあなたがたのところに行くようにと、しきりに勧めたのですが、彼は今行く意志は全くありません。良い機会が来れば、行くことでしょう】。
 テモテは使徒パウロを助けて、伝道をしていた人でした。使徒パウロが行くことができないときとかに、使徒パウロはテモテをその教会に送って、自分の代わりに働いてもらったり、情報を集めてもらったりしています。使徒パウロはテモテをとても信頼していました。コリントの信徒への手紙(1)4章17節にはこうあります。新約聖書の304頁です。コリントの信徒への手紙(1)4章17節、【テモテをそちらに遣わしたのは、このことのためです。彼は、わたしの愛する子で、主において忠実な者であり、至るところのすべての教会でわたしが教えているとおりに、キリスト・イエスに結ばれたわたしの生き方を、あなたがたに思い起こさせることでしょう】。
 使徒パウロはコリントの教会に送ったテモテのことを心配しています。コリントの教会の人たちがちゃんとテモテを迎えてくれただろうか。テモテをないがしろにするようなことはないだろうか。テモテはわたしと同じように、イエスさまの仕事をしているのだから、わたしに対するのと同じように、テモテに対しても接してほしい。テモテはエフェソからコリントに送り出したけれども、そちらでの働きを終えたら、コリントからエフェソに送り返してほしい。使徒パウロは若い同労者であるテモテのことを、とても大切に思っていました。
 もう一人はアポロです。アポロもパウロと同じように、いろいろな教会を回っていた教師でした。コリントの信徒への手紙(1)1章10節以下に「一致の勧め」という表題のついた聖書の箇所があります。コリントの信徒への手紙(1)1章12節には、【あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです】とあります。使徒パウロと使徒ペトロと同じくらいに、初期のクリスチャンのなかで、よい働きをした人であるようです。コリントの教会ではとても人気があったのでしょう。使徒パウロはこのとき、使徒アポロもコリントの教会に行くようにと勧めたようです。でもなんらかの都合があり、使徒アポロはこのときコリンの教会に行く計画はなかったようです
 今日の聖書の箇所は、「エルサレム教会の信徒のための募金」「旅行の計画」ということですから、まあ何ということはない聖書の箇所であるわけです。しかしところどころに使徒パウロの伝道者としてのありようが出てきています。使徒パウロは神さまの業を丁寧に行なうということを心がけていました。エルサレム教会の信徒のための募金では、コリントの教会の人たちに、あらかじめ募金を用意しておきなさいと言います。コリントの信徒への手紙(1)16章2節です。【わたしがそちらに着いてから初めて募金が行われることのないように、週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい】。あわてて募金を行なうというようなことではなく、計画を立てて祈りつつ行なっていくということをしなさいと、使徒パウロは言っています。
 またコリントの教会を訪ねるときも「旅のついでに会いたくはない」と言っています。コリントの信徒への手紙(1)16章7節にはこうあります。【わたしは、今、旅のついでにあなたがたに会うようなことはしたくない。主が許してくだされば、しばらくあなたがたのところに滞在したいと思っています】。コリントの教会の人々を訪ねるのであれば、なにかついでに訪ねるのではなく、じっくりと時間をとりたいと、使徒パウロは言っています。
 わたしなどは旅のついでにだれかに会うことが多いです。東京に出張があるときに、足を伸ばして、父に会って帰ってくるということをします。あるいは娘に会って帰ってくるとか、東京の友人を訪ねて帰ってくるとか、名古屋の友人に会って帰ってくるとかします。というかほとんど旅のついでにしか会っていないということに気づかされます。
 神さまのわざを丁寧に行なう。なんとなく生き方が雑になってしまっているのではないかと思うときがあります。わたしは昔、「自分の魂のやしないになることをしよう」という思いにかられて、そのように心がけていました。「あなたは何のために生きているのか」という説教(JN0627  111113)でそんなことを言っています。いまから7年ほど前のことです。そのときは「自分の魂のやしないになることをしよう」と、こころがけていたと思うのですが、いまそのようになっているのかということ、ちょっと「どうだろうねえ」という気がします。自分の魂のやしないになることをしよう」という志からはすこし離れてしまっているのではないかと思えたりします。「 Life isn't always what one likes.」「人生は、必ずしも思うようになるとは限らない。」というのは、映画「ローマの休日」のセリフですが、まあそうだなあと思えます。
 それでもやはり、思いを整えて、自分のありようを考え直してみるというときも必要であるわけです。神さまのわざを丁寧に行なう。神さまが私たちに託してくださっていることがあります。それを使徒パウロのように丁寧に行なっていく。そのように自分のできる範囲で、誠実に行っていく者でありたいと思います。
 そして「感謝をもって生きていく」という歩みでありたいと思います。いつのまにか自分のこころのなかに不平や不満が一杯になっていることに気づかされるときがあります。人に対する怒りや憤りが、こころのなかに一杯になってきて、そのうちこころの内だけではおさまり切れず、口から出てしまうこともあります。
 しかし落ち着いて、こころを静め、神さまのことに心を向けて歩みたいと思います。神さまのことに心を向けるときに、私たちは正気になることができます。神さまが私たちを愛してくださっている。神さまが私たちを赦してくださっている。神さまが私たちに良きものを備えてくださっている。そのことを思い起こすとき、私たちは怒りや憤りから解き放たれて、本来の自分に戻ることができるのです。
神さまの愛に応えて、神さまが私たちに託してくださっている業を丁寧に行ないつつ、こころ平安に歩んでいきましょう。



(2018年9月23日高槻日吉台教会朝礼拝式)




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