客観説TQM研究所 TOP   2-3-3:成果主義の崩壊の原因と対策   FMEA / FTA   なぜなぜ分析

  一世を風靡した「目標管理」は、結局、失敗であった。 社員は相互に協力しなくなった、難題に挑戦しなくなった、管理職が無駄な仕事で忙しい〜などで、企業の実績はみるみる低落した。
  なぜか? 「目標の意味、何のために、どう設定するのか」 という入り口の段階の問題で間違ったことが原因である。 目標管理は、「実務経験のない学者が実務管理のやり方を説いたもの」という基本的・構造的な誤りを内包する理論であり、そもそも成功する筈のないものであった。
  この点で、方針管理やQCサークルなどのマネジメント理論の構造的な誤りと同類である。
  では、失敗と判明した後、どのように軌道を修正すべきだろうか? 各企業は、この点でも誤りを犯し、「個人目標を廃止し、チーム目標に変更する」などの修正を採用している例がある。 目標の意味も、設定の手順も分っていないのだから、それは成功し得ない試みである。 以下、目標管理に関する記事を見て行こう。



成果主義の「崩壊」 給料と直結やめた1部上場企業も (2003年09月07日アサヒコム)

運用の難しさが指摘され続けている成果主義賃金制度。サラリーマンの不満は高まるばかりだが、とうとう社内の反発を抑えるため、業績評価を給料に反映させないように制度変更した企業まで現れた。運用の形骸化も指摘され、専門家から「結果評価オンリー」の成果主義は「崩壊」しつつあるとの声が出始めている――。

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 50歳代のベテラン人事コンサルタントがしみじみ言う。

 「成果主義で社内の不満がたまり、とうとう業績評価をそのまま給料に反映させないように制度を変えてしまった会社が出てきました」

 はて面妖な。働きに応じて給料が上下し、好業績の社員には「高給」で報いる――これが成果主義賃金制度の定義のはずである。それが、「評価を給料に反映させない」とはどういうことか。

 この会社は東証1部に上場する社員4000人規模のサービス業。経緯はこうだ。

 「社長から直接、『人事制度を点検してほしい』と依頼されたんです。昨年のことです。最初は成果主義の抜本見直しなんて思いもしませんでした。ところが、聞き取りを始めると、出るわ出るわ……」

 社員たちからいっせいに噴き出したのは、成果主義に対する不満だった。

 成果主義のツール(道具)として最も一般的なものは、「目標管理制度」(以下、目標管理)といわれるものだ。社会経済生産性本部の昨年の調査によると、対象になった大企業の69・9%がこの制度を導入していたから、日本で成果主義という場合、目標管理を意味するといっても、おおむね間違いではないだろう。

 仕組みは、各社員が年度初めに上司と話し合って業務目標を定め、その達成度合いを年度末などに、例えば「SA、A、B、C、D」の5段階といった具合に査定する。その結果評価を給与・ボーナスに反映させ、社員同士の給料に差をつけるシステムだ。

 この会社も、こうした典型的な目標管理を3年前に導入していた。毎年、改善はしていたというが、社員の不満は実に多岐にわたったという。

 評価される社員側からは、
 「目標を3つ出す決まりだが、3つ以外の仕事は評価されないと思うと力が入らない」  「A評価がつくはずなのに、最終評価がBで腹が立つ」

 などと、システムそのものや査定の不透明さに対する反発の声が噴出した。一方、管理職サイドの不満は複雑で、そうした部下とのコミュニケーションについて、

 「目標設定や評価について面接を何度もして、部下に納得する説明をしなければならない。あまりに手間がかかりすぎて面倒このうえない」と嘆きつつも、ことが自らの査定に及ぶと、

 売り上げの現状維持さえ難しい情勢なのに、数量を伸ばさないと自分の評価は上がらない。ウチの担当は成熟地域なのに、伸び盛りの地域と同じに扱われるのも不公平だ」と、部下と同レベルの反発を示すのだった。

 「もちろん、自分の仕事ぶりをそっちのけにした、独りよがりなものが多かったが、その不満の根っこが同じであることがだんだんわかってきました。要するに、目標管理の結果が給料にそのまま反映されることが嫌なんです。なかには、もうかってないから、社員の給料を下げるために成果主義を入れたんだ、などと真顔で話す社員までいました」(人事コンサルタント)

 となると、社内に渦巻く不満を鎮めるには、業績評価が給料に直結するのをやめる以外に道がない。だが、誇り高き人事マンには、制度の大変更がなかなか決断できない。

 「やれ『3つの目標以外でも業績を上げれば特別評価してはどうか』とか、やれ『目標を立てにくいルーチンワークの職場は制度から除外しては』などの弥縫(びぼう)策が出たが、最後は私が人事部長を説得した。よほど運用で苦労していたのか、管理職から喜びの声があがったといいます」

 と人事コンサルタント。今でも目標管理はあるが、それは参考にすぎず、査定は複数の上司の目を通すなど不透明にならないような工夫がなされているという――。

 「成果主義の見直し」といえば、すぐ思い出されるのが2001年に問題が表面化した富士通のケースだ。目標管理による成果主義を進めた結果、「社員がチャレンジングな目標に取り組まなくなった」「短期的な目標ばかりが重視され、長期的な目標が軽んじられている」などの弊害が明らかになり、結果だけでなく「プロセス」も評価の対象に加える見直しがなされた。

 人事関係者の間で「富士通ショック」と呼ばれているものだが、冒頭の1部上場企業は見直しどころか制度の根幹を変えてしまったケースである。「まれな事例」というが、成果主義に詳しい国際人事研究所の太田隆次氏は、こう言い切る。

 「今後、こういう企業は増えていくでしょう。目標管理のみで個人成果を評価する成果主義は、『崩壊』に向かっているからです」

 どうやら成果主義は、大きな曲がり角を迎えているようだ。「崩壊」の根拠は後述するが、まずは、もう一度、成果主義を取り巻く「事情」をおさらいしておこう。

 「成果主義」という言葉が使われ始めたのは、バブル崩壊後の1990年代に入ってからだ。グローバル競争を展開する電機各社が先鞭をきり、不況が深化した90年代後半に各業界に一気に広まった。

 人事関係者が言う。

 「経済が成長しないのに、賃金だけが年功序列で右肩上がりというわけにはいかなくなったのです。個々の企業で見ると、売り上げが伸びないなか、増え続ける人件費を減らす必要に迫られた。結局、そのツールとして使われたのが成果主義だったわけです」

 人件費削減という不純な動機で導入されたのだから、社員の側からすればたまったものではない。その欠陥ぶりはさまざまな形で語られてきたが、それは今もまったく同じだ。

 この春、メーカーを辞めたAさん(49)は、会社が成果主義を導入したことが退社の原因になったという。

 「評価には営業報告書などのリポートが必要になるので、そうした文書をつくるのが得意な社員の評価がよくなるんです。となると、例えば営業で、本当はお客さんに対応しなきゃいけない案件があるのに、『成果』を示すための文書をつくるほうを優先する社員が出てくる。つまり、顧客に向いていた目が上司にしか向かわなくなるのです。ウチの営業は野武士的な社員がけっこういたのですが、私も含めてそういう人たちはどんどん辞めていきました」

 Aさんの「不幸」は、こうしたシステム自体に内包されている欠陥に加えて、制度の舵取り役の管理職が、とんでもない誤った運用法を取ったことにもあった。

 「成果主義だから、成果が出ないと給料が上がらない。すると、管理職のなかには、気に入らない部下を、わざと成果が出ないルーチンワークの部署に回す人がいました。また、目標管理で目標を設定するには、部下とすりあわせが必要なのに、そのための面談を行わない管理職もいた」

 この6月に都市銀行を退職したBさん(31)も、人事が進めた成果主義の底の浅さにあきれ果てている。

 「約6年前に目標管理が入ったのですが、銀行ビジネスの特性に合ったものではありませんでした。例えば外回りの営業マンにとって実績になるのは、新規や給与振り込み口座の獲得件数などが中心になる。しかし、銀行にとっては、1000円で新規口座を開く顧客より、既存口座を持っていて定期預金を積み増ししてくれる顧客のほうが大切なはずです。ところが、新規顧客を追いかけていると、既存顧客へのケアがおろそかになってしまう。矛盾ですよね」

 ●「年功序列制度、引きずる運用」

 成果が見えやすい「外回り」と違って、内勤に不満がたまるのは銀行でも同じだ。

 「僕は支店にいたのですが、外回りの目標は、本部からの支店ノルマを支店長が人数で割り算しただけのものでした。それは許せるにしても、外回りが獲得口座数など『加点主義』で評価されるのに、内勤の評価が『減点主義』なのはおかしいと思った。事務作業は完璧で当たり前、ミスが発生したら即、減点なのです。支店長へのブーイングは陰では相当のものだったが、なかには『なぜ、自分のボーナスが同期より低いんだ』と文句を言う行員もいました」

 ほかにも、あるメーカーの人事部長が、「長年、人事の仕事をしていると数字だけで評価する結果主義がうまくいかないのは、よくわかっています。だから、富士通のケースを聞いても、全然、驚かなかった」

 と言えば、企業人事に詳しい関係者も、「成果主義と同時に人減らしが進んでいるのに、仕事の整頓がされていないため、職場によっては大変な状況が起きています。より少ない人数で、同じ量の仕事をしなければならない。『目標なんか立ててられるか』というむなしい気分に襲われているサラリーマンがいっぱいいます」と、現場の惨状を話す。

 ところが、改革の動きが盛り上がる気配はない。いったん導入した制度を変えるのが難しいのは組織の常。まして制度をつくったのが誇り高き「人事部」だから、なおさらなのだろう。

 しかし、事態は深刻化しているという指摘もある。慶応大学ビジネス・スクールの高木晴夫教授は、「成果主義は、すでに運用の形骸化などで中身が骨抜きにされてしまっています」と話す。

 高木教授によると、そもそも年功序列を打破するために成果主義を入れたのに、その運用が依然として年功序列を引きずったものになっているというのだ。

 「メーカーなどに見られる現象ですが、その年に管理職に登用したい社員がいたとします。制度の決まりで、その社員を登用するにはA評価が必要になるのですが、その場合、その期の業績に関係なく上司はその社員にA評価をつけてしまうのです。その代わり、その期の業績からすれば当然、A評価がつくはずの社員をわざとB評価に落としてバランスを取る、などということが少なからず行われています。これは制度にとって大きな『ルール違反』ですが、これほどではなくても、メーカーなどでは評価のあいまいさなどルール違反が日常茶飯のように行われています。原因は、企業が年功序列を払拭しきれないところにあります」

 経験による「年功」は尊重されるべき側面もあるからこその現象だが、運用への鬱積する不満と、運用自体の形骸化。2つが重なっているからこそ、単なる目標管理による成果主義は「崩壊」過程にあるのだ。

 先の国際人事研究所の太田氏が言う。

 「目標管理による成果主義を導入した企業の人事マンは、『失敗した』と総ざんげ状態のはずです。結果のみで判断するノルマ主義に似た運用に陥り、従業員のやる気が失われてしまっているからです。『個人を殺す』だけの成果主義なら即、やめたほうがいい」

 しかし、人事関係者から漏れてくるのは、「運用がうまくいかないのはそのとおりだが、ほかの方法があるのか。成果主義の原則自体は間違っているとは思わないが……」とする悩みの声だ。

 例えば太田氏は、結果だけでなく、さまざまな側面からプロセスなどを評価し、しかも賃金には、個人成果だけでなく部門業績や企業業績を多面的に反映させる「トータル成果主義」こそが、目指すべき道だと主張している。

 「最近はプロセス重視が叫ばれ、どの企業に聞いても『プロセスも見ています』と口をそろえるが、そのプロセスの中身を尋ねると、とたんに口ごもってしまう企業が多い。それでも、私の見るところ、一握りの企業群が、真ん中のクラスに浮上してきています」

 太田氏に「一握り」のうち、例として9社をあげてもらった。「トータル評価」のなかには、「企業戦略との因果関係」から「チームワーク」「役割・職責」までさまざまあるが、確かに目標管理だけでなく多項目にチェックが入っている。なかでも太田氏が重視するのが「コンピテンシー」だ。

 「コンピテンシー」とは、「高業績者の行動特性」のことで、これによってプロセスを評価する。言葉は難しいが、要するに、できる社員から仕事の進め方など具体的な「行動」の特徴を聞き取って文書化し、皆でその「行動」を見習おうというものだ。例えば営業マンなら、「子供の教育など取引先トップのプライベートな関心事も把握し、円滑な人間関係の構築を続けている」などとなる。「できる社員の『虎の巻』が公開される」といえば、イメージしやすいだろうか。

 「コンピテンシーの導入が、いちばん具体的な成果につながる可能性が高いと思うんです。また、個々の企業の『あるべき社員像』といった、企業理念から説き起こした行動特性もコンピテンシーのなかだと規定しやすい」(太田氏)

 ●「日本的経営に吸い込まれる」

 アサヒビールも、コンピテンシー導入企業だ。ユニークなのは、パソコンで「コンピテンシー診断」ができることだ。

 「100問程度の質問に社員が答えていけば、戦略センスやバイタリティー、プレゼンテーション力など項目ごとに自分の点数がわかる仕掛けです。一定の期間ごとに社員に受けてもらい、自分の行動で足りない点を認識してもらっています。また、この診断は研修ともリンクしていて、伸ばしたい能力に対応した研修も受けられます」(人事部の谷村圭造プロデューサー)

 この10月から管理職に成果主義を適用する医薬品メーカーの三共は、いきなりコンピテンシーを取り入れる。

 「ポストごとに与えられている役割をきっちり明確にしていきたい。責任範囲や仕事の特性といったコンピテンシーを、プロデューサーやマネジャーなど管理職のグレードごとに定めた。成果主義については、『成果を生み出すには、どうすればいいかを皆で考えよう』という精神でやっていこうと考えています」(人事制度室の上圷<あみかくつ>伸二課長)

 しかし、先の慶応大学の高木教授によると、このコンピテンシーにも「形骸化」の危機が迫っているという。

 「私の研究室が導入企業に対して調査をしたところ、コンピテンシーの導入効果について前向きな回答をした企業は少数派でした。また、実際に高業績者の行動を自分の行動とすることで従業員のパフォーマンスが向上したと回答した企業もほとんどありませんでした。おまけにコンピテンシーによって昇進評価を行っている企業のなかには、目標管理と同様、先に述べた年功序列を引きずった運用がここでも行われています。そう、『まず昇進ありき』で評価が決められてしまうわけです」

 目標管理にせよ、コンピテンシーにせよ、「日本企業は成果主義のツールをうまく使いこなせていない」とするのが高木教授の見立てだ。

 「私は、日本企業が持っている文化的体質をおでんのだし汁にたとえています。老舗のおでん屋のだし汁は、一から作り直さずに、古いだし汁に具を足し続けていきます。それと同じで、日本企業は外来文化を次々に受け入れ、それを吸収することを繰り返してきました。そう、成果主義も、どんどん日本的経営というだし汁のなかに吸い込まれているのです」

 日本企業は過去、「年功序列」をうち破ろうとさまざまな仕掛けをしては失敗してきた。成果主義も同じ運命をたどるのかもしれない、というのである。

 (AERA:2003年08月29日号)


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