てくてくまっぷ 90
羽曳野・藤井寺 史跡・古墳コース
 今年の梅雨明けは例年に無く遅い。20日に予定していたが、各地で大雨・洪水警報が出されていたので、今日、2006年7月27日に出かけることにした。梅雨は明けていなくても、お日様が顔を見せてくれている。晴雨兼用の傘を持参する。
 
 白子駅、6時13分発急行で中川駅へ、快速に乗り換え八木へ、八木から橿原神宮駅前へ、急行に乗り換え古市駅下車、改札で「てくてくまっぷ」の地図を2枚いただく。
写真はクリックしていただくと大きくご覧いただけます。
 大阪阿部野橋駅行きは古市駅で2両連結する。
河内長野行きの乗り換え駅でもある。
起点・古市駅を9:00に歩き始める。
 竹内街道を約300メートル進む。商工会館前に道しるべの石柱が立っている。「左右反対じゃないかしら?」
 東高野街道の舗装が美しい。札所・西琳寺、白鳥神社、古市代官所跡を見ながら、近鉄の踏み切りを渡る。
 木造の立派な常夜灯を越えると綺麗な石畳道が続く。
誉田(こんだ)八幡宮が左手に・・・日本最古の八幡宮と言われるだけあって境内は広い。本殿の前には、右手に立派な左近の桜、左手に右近の橘が植えられている。お参りする人がいないのを幸いに、宮司さんに道しるべの石柱の左右反対?のこと、左近の桜、右近の橘のことをお尋ねする。
「桜、橘は神様から見て左、右、道しるべは旅人から見て左、右です」と、当たり前の返事が返ってきた。あまり拘らないでおこうと思っても、今見てきた道しるべの石柱が気になる。困ったもんだ。
木造の常夜灯        誉田八幡宮           右近の橘        樹齢 ?年の藤
 羽曳野市とお別れして藤井寺市に入る。八幡宮の裏手の誉田山古墳は、前方後円墳で応神天皇の御陵である。宮内庁事務所も置かれ、正面は綺麗に掃き清められている。仁徳天皇陵に次ぐ巨大な古墳で、全長415メートルもあるそうだ。仲津姫陵は誉田山古墳より古く4世紀後半造営とか・・・この周りは大小の古墳が点々とあり、ほとんどが前方後円墳である。
大鳥塚古墳        応神天皇陵        小室山古墳        仲ツ山古墳(仲津姫皇后陵
 仲ツ山古墳の右手にある三ツ塚古墳は、説明板がなければ通り過ぎてしまうほど小さい。この場所で運搬用の木ソリ・巨大な修羅が出土したとか。本物の修羅は市立図書館で展示してあるとか、それを見るのが楽しみだ。
 道明寺天満宮ををめざす。歩き始めて3キロ、2時間余しか経っていないのに、喉はカラカラ、汗ビッショリ。学問の神様・菅原道真を祀る古社。梅の開花時には大賑わいの境内も、この暑さの中では、お参りする人はチラホラ。

 休憩所でひと休み。蒸し暑さが無いのは有り難い。普段余り利用しない清涼飲料水の自動販売機が気になる。Tシャツが濡れるほどの汗をかいては、熱中症予防のためにも、水分補給が必要だ。
道明寺天満宮にて       土師窯跡          牛さんにお願い        本殿
 広大な梅園で有名な道明寺天満宮の南に道明寺がある。参道の奥には立派な山門も見える。
道明寺参道にて
 道明寺裏手の閑静な住宅街を500メートルほど進むと、土師の里八幡宮が左手にある。ここは、小さな八幡宮である。土師焼きの窯跡の石碑を天満宮の山門横で見たが、焼物の里らしさは全く感じられない。
土師の里八幡宮にて
 起点の古市駅を出発して4キロ弱、2時間半歩いたことになる。相変わらず汗が滝のように流れる。近鉄南大阪線を越え、車の往来が激しい道に出る。ファミリー・レストランの看板が目に入る。「生ビールありますか」と確認してから店に入る。生ビールが無かったら、このファミリー・レストランに入らなかったのかしら?ビーフステーキやハンバーグがメインのレストランであるが休みたい一心で仕方なく入る。お手ごろ価格で、サービスもよく、お昼の休憩を一時間余取り、元気を取り戻した。
 レストランを出て、すぐ北に允恭天皇陵・市野山古墳がある。ネットの柵が張り巡らされ、周りの道から見る限り、正面は向こう側らしい。御陵の周りを巡る道もないようだ。

 住宅街を道なりに約1キロ弱、西方向に進むと大阪外環状線にぶつかる。歩道橋を渡って、目当ての藤井寺市立図書館へ。救急車がサイレンを鳴らして走ろうとするが、何車線もある道路には車がいっぱいで前に進めない。都会って不便ね!
允恭天皇陵
藤井寺市立図書館にて  修羅の模型展示
 三ツ塚古墳で出土した本物の修羅は、ケースの中で大切に保管展示されている。
子供達にも理解できるように、人形を使った模型展示がされている。運搬用のソリ・修羅を使うことによって大きな石が遠くから運ばれ、古墳が作られた昔の人たちの知恵に子供達は、きっと感動することでしょう。
 大阪外環状線に沿って300メートル進むと、大水川を渡る。大水川散策公園として川べりは整備され、赤や黄色のカンナが植えられ、木陰には休憩所もつくられている。小山大井橋を渡って、西名阪自動車道をくぐり、津堂城山古墳に向かう。古墳の周りの堀は、菖蒲園、蓮園として開放されている。城山には新成人の記念樹が毎年植えられているようだ。
津堂城山古墳にて
 お日様は容赦なく照りつける。梅雨は明けていなくても、真夏のお日様である。古墳に関する資料が展示してある市立陵南の森と、民家として日本で最初の重要文化財に指定された吉村家住宅は、疲れ具合や4キロという距離的なことからハショルことにした。
スローペースで行動している私達、ちょっぴり悔しいけれど、ムリはしないでおきましょう。
 津堂城山古墳から、細い路地をぬけ、藤井寺駅前に通じる道に出る。昔のメイン道路のようで、狭い道路の両側には、商店、人通りも車も多い。車を避けるように藤井寺駅へ向かう。
道路沿いに  産土神社
 終点藤井寺駅から近い葛井寺は、西国三十三ヶ所第五番札所として参詣客で賑わっている。
30年近く前に訪れた寺であるが、何も記憶に残っていない。葛井(ふじい)寺は藤井寺の地名の由来になった名刹で、国宝の千手観音が安置されている。
葛井寺本堂
 葛井寺山門から約400メートル南進すると、モダンな外観の舟形をした市立生涯学習センターが見えてくる。センターの2階に古代資料室、歴史展示室がある。

 展示品の説明に日本一の船形埴輪とあったが、先日松阪文化財センターの埴輪館で見た舟形埴輪こそ日本一と思っている私。松阪の宝塚古墳から出土した船形埴輪は、全長140センチ、高さ92センチとか、帆かけ船のポールまである。全国で船形埴輪の出土例は43例あるそうだから、日本一が二つあっても仕方がないか!ここの船形埴輪は手漕ぎ船の日本一かな?
生涯学習センターにて     船形埴輪          白鳥型埴輪          出土した鎧・兜
 右手に仲哀天皇陵が見えてきた。正面の堀には蓮が群生している。宮内庁の詰め所もあり、草一本生えていない正面から見る前方後円墳は大きい。堀の周りに植えられた松の枝ぶりが見事である。
仲哀天皇陵にて                         終点 藤井寺駅
 藤井寺駅近くの喫茶店で、今年はじめてかき氷を食べた。一口目の美味しかった事、小倉小豆の甘かったこと。でも、大盛りの氷は多すぎる。口の中が痛くなってきた。まさか、二人で一つ注文するわけにはいかないわ。残してしまった。

 人には笑われそうだが、暑い中10キロ余の道をよく歩いたものだと自分でも驚く。汗をいっぱいかいて体が軽くなったと言うのは生意気かな?
信貴山へ
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