産業革命の波が押し寄せた19世紀の後半に、豊富な石炭を産するルール地方で広がったピジョンスポーツ。炭坑から出たときの開放感、空を翔ける鳥、遠い故郷…。労働移民たちが“放たれて帰還する”伝書鳩に魅せられたのは、このような背景からという。

 

 Companion Bird No.13 海外BIRD'S通信 From Germany

 

空を翔ける鳥たち

 

取材 高橋モルマン容子 Yoko Takahashi-Mormann

撮影 モルマン花 Hannah Mormann

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鉄鋼の街から商業の街へと転換したエッセン市。ドイツ伝書鳩連盟の建物は、郊外の閑散とした営業事業地区にあった。研究所のような外観、モダンで清潔なホール。それもそのはず、連盟は世界でただ一つという伝書鳩クリニックも開業しているのである。

カンプハウゼン医院長とポイス医師に導かれ、まず出入口の床に敷かれたマットで靴を消毒、クリニック内部へと潜入を許された。菌を外部へ放出しないようフィルター洗浄をしているためか、空気が乾いている。診察室、レントゲン室、手術室、試験室と見学していると、ここが鳩専門の病院であることを忘れてしまいそうだ。

現在ドイツにはブリーダーが7万人、伝書鳩は約1000万羽。その健康に責任を持ち、レース鳩には少なくとも年3回の診察日を設けるというのだから、両ドクターは忙しい。ピジョンスポーツ発祥の地ベルギーやオランダからも救急患者が訪れるとのこと。

そこで週刊伝書鳩 (Die Brieftaube) のキューントップ編集長にお願いし、ブリーダーを紹介してもらった。最初にお会いしたペーター・ハースさんは、地元サッカークラブの強豪シャルケ04のファンで飼育歴は祖父の代からという、典型的なルール地方の愛鳩家だ。広い敷地の一角を鳩用に区切り、鶏舎ばかりか飼料小屋とヒュッテまで建てている。

飼育数は300。短距離レースに年13週(回)、1才以上の鳩70羽を出場させる。しかし、「今や伝書鳩は何の役にも立たない贅沢なホビーですね、どこの鶏舎も後継者不足に悩んでますよ」と実情を語ってくれた。

 もう一人紹介されたブリーダー、日本人の荒川仁友さんはドイツに住んで36年。故郷の宮城県、大学時代の東京、留学先のボンと、そのつど鳩に出会い、現在もデュッセルドルフの郊外で150羽を飼育する。荒川さんは国際長距離レースを手がけるが、勝敗は二の次。銘鳩の系統を作る夢を追っている。近親交配を最低5代続けて遺伝子を均質化させた鳩と、同様にして作った別系の鳩を交配させれば、驚異的な系統が新しく生まれるはずだという。

取材を終えて駅へ向う道すがら、私の頭には中嶋みゆきの歌がぐるぐると回っていた。ああ 人は昔々 鳥だったのかもしれないね こんなにも こんなにも 空が恋しい…。愛鳩家の熱にあたったのかもしれない。

ペーター・ハースさん(上)と鳩小屋(下)