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 生活情報誌トラム掲載

高橋容子

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カーニバル(2004年3月号)

カーニバル(謝肉祭)の語源はラテン語の「Carne vale」。これを文字通り訳すと「肉(Carne)は有効である(vale)」となる。それが「肉よさらば」の通釈で広がり、今のように「飲み食いして羽目をはずすお祭り」を指すようになった。ふだん生真面目でお堅いイメージのドイツ人までが、たがが外れたように大騒ぎするカーニバル。その起源には、やや込み入った背景がある。

一つはキリスト教に由来するというもの。イエス・キリストの復活を祝う復活祭(春分後の満月直後の日曜日)からさかのぼること46日。「灰の水曜日」と呼ばれるこの日から40日間、イエスの40日断食修行にちなんで、肉を食べない「断食期間」が始まる。そこで、この前が腹ごしらえをする時期になっていたというのだ。

そしてもう一つは、キリスト教化される以前からヨーロッパ人たちが祝っていた春のお祭り。大いに飲み大いに歌って、冬の悪魔を追い払っていたそのお祭りは、ちょうど断食期間が始まる2月中旬から3月初めの頃に重なっていた。そこでいつしか、この土着のお祭りとキリスト教のカレンダーが合体。パワーアップして、今のような春の祭典となった。中世の頃は、あまりの乱痴気騒ぎに教会や治世者から禁止されたこともあったほどで、現在のように組織的に行われるようになったのは近代になってから。かの有名なケルンのカーニバルでも、179年の歴史しかない。

カーニバルは、断食期間に入る2日前の月曜日に大パレードがくりだしてピークを迎え、灰の水曜日から断食とあいなる。ちなみに、断食40日後に続く週は、イエスが磔になった聖金曜日(Good Friday/Karfreitag)を含む聖週間(Easter/Oster)。受難の金曜日は、敬虔なクリスチャンの家庭では食卓に肉が上らない魚料理の日になっている。さて、宗教的意味が薄れたご時世、この「肉断ち」を文字通り守っている人は、どれだけいるのかな?


教会法による婚姻の締結(2004年5月)

この言葉がメディアにあふれる日がまもなくやってくる。恋に恵まれないハンサム王子としてここ10年来、ヨーロッパで最も騒がれていたスペインのフェリペ皇太子(35)が5月22日、ついにゴールイン。スペイン国営放送局の元アナウンサーで「離婚歴」のあるレティシア・オルティス(31)と「教会での結婚式」を挙げるからだ。

あれ、バツイチでカトリック国の未来の王妃になれるの? と不思議に思われるかもしれない。ところがこの件に対し、反対はなきに等しかった。なぜなら、レティシアさんの最初の結婚は「民法(国法)による婚姻締結」だけだったから、というのがその理由。王子との「教会法上での結婚」に問題はないというわけである。

そもそも婚姻締結とは、婚姻届をお役所に出すとか、戸籍役場に許可を申請して証人と共に意思表示したりと、国によって方法は様々でも、共通している概念は「国法によって成立させる契約行為」。だが欧米にはこれとは別に、教会法による婚姻の締結がある、というのがこの件のポイントになる。

つまり、人は民法上で結婚と離婚をくりかえせるが、カトリック教会で結婚式を挙げると「カトリック教会法に離婚は存在しない」ため、たとえ法的に離婚しても教会に登録された婚姻の記録は削除できない。具体的に言うと、2度とカトリック教会で結婚式を挙げられない。さて、王子のお相手であるレティシアさんは、幸運なことに教会法上は無傷。だからバツイチの過去は、カトリック教会での結婚の妨げにならないのである。

ちなみに、この教会法上の婚姻を強引に解消させた、きわめて稀な例もある。モナコのカロリーヌ王女は、2度目の相手と教会で再婚したいがために大枚をはたき、バチカンに、最初の夫との婚姻を無効にさせた(現夫とは民事のみ)。つまり、解消には理由のほか、金とタフな心臓が必要というわけで、これから教会で結婚式を挙げたい未来の花嫁花婿さんたちは、くれぐれもご注意ください。


温室効果でなぜ氷河期が?(2004年7月号)

温室効果による地球温暖化は、対策が最も急がれる環境問題。温室効果とは、大気中に水蒸気や二酸化炭素、メタンなどが増えると、地表や海面から出る熱線が遮断されて宇宙へ逃げなくなり、結果として気温が上がってしまうこと。生活環境に破壊的な悪影響を及ぼす恐れがあるため、京都で行われた地球温暖化防止会議で先進国に対し、これら温室効果ガスを削減する数値目標が定められた。このとき採択されたのは京都議定書だ。

さて、先頃封切られた話題のアメリカ映画「The Day After Tomorrow」でも、地球は気候変動に見舞われる。ただしこの映画では、北半球が温室効果によって新しい氷河期を迎えてしまう という設定だ。東京やニューデリーは雪に埋まり、ニューヨークは巨大な波に襲われる。しかしこれを、支離滅裂なパニック映画と侮るなかれ。実はこの映画には、多くの気象学者が可能性を指摘するシナリオがえがかれているという。

理由はこう。ヨーロッパが高緯度のわりに暖かいのは、メキシコ湾から北大西洋を北上する暖かい海流のおかげ。この暖流はアイスランド付近で冷え、3000メートルほど下に潜って南へと方向を変える。そしてカリブ沖からブラジル沖へと南下し、また温まると海面へ上昇して南大西洋を横断、アフリカ沖から再びメキシコ湾へと北上する。こうして大西洋の海の水は地球規模で海面と海底をぐるりと還流し、北半球に暖かさを与えているのだが…。

もし温室効果で降水量が増え、北極の氷も熔けると、海の塩分は薄まる。海水は十分な塩分を含んでいないと冷えても下に潜れない。そうなると、海流の仕組みが変わり、結果、北半球の沿岸地域に寒波が訪れる、というわけ。

「氷河期というのは大げさだが急激な寒冷化はありうる」と海洋学者たち。地球が温暖化したら氷河期に突入! そんな笑えない環境破壊は映画の中だけで終わってほしいもの。


知る人ぞ知る名文句「我々が勝利した!」(2004年8月号)

先月ポルトガルで開催された欧州サッカーのEURO杯に初出場し、初優勝してしまったギリシャ。予選リーグを突破しただけでも予想外だったのに、準々決勝で強豪フランス、準決勝で下馬評高いチェコに辛勝し、決勝戦ではリーグ初戦で顔を合せていたポルトガルに、またまた勝ってしまった。EURO杯の歴史に残る大番狂わせというわけで、アテネのフィーバーは上がりっ放し。そして優勝の翌日、ギリシャの新聞に踊ったタイトルがこれ。

「Νενικ?καμεν(=Nenikaekamen 我々が勝ったぞ!)」

この句が名言になったそもそもの舞台は、インド=ヨーロッパ語系ペルシャ人(現イラン)の大帝国がギリシャに遠征したペルシャ戦争(BC492−449)のさなかというから、話は古い。都市国家アテナイ(現アテネ)の北東マラトン村に上陸したペルシャの大軍をアテナイ軍が撃破した紀元前490年の戦いで、使者が戦場からアテナイまでの36.76kmを一気に走り、「おーアテナイよ、我々が勝った!」と叫んで絶命する。この故事から、オリンピックのマラソン競技(42.195km)が始まり、 使者の絶命の句も、ありふれた言葉の裏に隠れた見識を示す「知る人ぞ知る表現」として、現在でも使われるというわけ。

このほかヨーロッパのメディアには、古代の故事や名句を知らないと面白さが分からない表現がよく登場する。例えばローマ帝国のカエサル将軍が言った「veni, vidi, vici. 我来たり、我見たり、我勝てり」。これなどは、ギリシャチームを引き連れEURO杯に乗り込んだドイツ人監督オットー・レーハーゲルにぴったり。ゲーテの絶命の句「Mehr Licht…もっと光を」などは、サッカーばかりかあらゆる分野で落ち込むドイツに捧げられるかも。さて、8月13日からアテネで始まるオリンピック。「我々が勝ったぞ」がトップに踊るのはどの国のメディア?


華氏ってなに?(2004年9月号)

先ごろ劇場公開が始まったアメリカ映画「Fahrenheit 9/11(華氏911)」。タイトルのFahrenheitは、主にアメリカで使われている温度の単位だ。「今日は暑い、100度はありそうだ」などと言われたら、たいがいの日本人やヨーロッパ人なら目を丸くしてしまうこの華氏温度。映画が話題になっている折、今回はこの単語を取り上げてみよう。

私たちが通常使用しているセルシウス(℃=摂氏)がスウェーデン人の考案者Celsius(1701−1744)の名に由来するのと同様、ファーレンハイト(F=華氏)も、この温度を考案したドイツ人 Fahrenheit (1686−1736)の名からきている。寒暖を目盛で表現することを最初に考えたファーレンハイトは、羊の血液を100度、氷と塩の混合物を0度と定めてみた。しかしこの基準では安定しない。そこで後にセルシウスによって考え出されたのが、1気圧の下で水の沸点を100度、水と氷が共存する氷点を0度にする温度だった。

華氏と摂氏の換算式は「F=1.8x℃+32」。摂氏の0度と100度は華氏で32度と212度になり、摂氏10度、20度、30度は華氏で50度、68度、86度で18度ずつ上昇する。

そこで話を映画に戻すと、カンヌ映画祭でパルム・ドールに輝いたこの「Fahrenheit 9/11」は、ブッシュ再選阻止を目的に作ったと監督マイケル・ムーアが公言するとおり、9・11テロの背景とブッシュ大統領の真実を描いた、非常に政治的なドキュメンタリー。911Fは航空燃料が自然発火する温度に近い。ちなみに、タイトルに華氏温度がついた映画はこれが最初ではない。SF作家レイ・ブラッドベリーの名作をフランソワ・トリュフォー監督が1966年に映画化した「Fahrenheit 451」の舞台は、文字が禁止され文書が焼かれる未来社会。451Fとは、いみじくも紙が自然発火する華氏温度なのである。