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坂本順治監督に聞く 「顔」

英独仏ニュースダイジェスト2000年10月掲載

高橋容子

 

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スペイン北部、ビスケー湾に臨む高級避暑地ドノスティア=サン・セバスティアンで毎年9月末に開催される「サン・セバスティアン国際映画祭」は、世界の映画祭の中でベネチア、カンヌ、ベルリン、ロカルノに次ぐ古い歴史を持っている。今年48回目を迎えたその映画祭に、坂本順治監督の『顔』がコンペティション入りした。上映を機に現地入りした坂本監督に映画制作と『顔』への思いをうかがった。

 

坂本順治監督は89年、デビュー作『どついたるねん』で映画賞を総なめし、日本映画の世代交代を鮮烈に印象づけた。以後、『王手』『ビリケン』と続く新世界3部作、『鉄拳』『BOXER JOE』と続くボクシングドラマ、男同士のおとぼけ旅情を綴った『傷だらけの天使』『愚か者・傷だらけの天使』や異色作『トカレフ』と、かなり意表をつく設定でアウトロー的人物を描いている。9作目に当たる「顔」では初めて女性を主人公にした。

藤山直美演じる主人公、吉村正子は家に閉じこもる30代。母親の葬式の夜、自分を手ひどく侮辱した妹を殺し、香典を持って逃走する。その旅で知る人の優しさと辛さ。正子は社会に踏み出すことで初めて自分の顔を見つけ、同時に警察に追われる顔になる。

坂本監督はこの作品を群集劇にしたと語る。正子と人々は出会うべきして出会う。その<必然的出合い>に加わる大楠道代、佐藤浩市、岸辺一徳ら個性派と呼ばれる俳優たちは、今回、藤山直美という希代の舞台女優と共演することで、その存在感をさらに強めたようだ。淡々としたせりふと演技には計算された意味が隠され、坂本作品のベストだと評価する声も聞こえる。

 

「藤山さんと映画を作りたいと2年ほど前からずっと考えていたら、時効成立直前に捕まった福田和子事件が起こり、似たような話を一緒にやりませんか、と彼女にオファーして実現した作品。妹を殺すことにしたのは、1番身近でコンプレックスを与える存在は兄弟姉妹だからで、それを殺して逃げることで主人公は解放されるわけだけど、それがテーマではないよ」

坂本監督自身は、自尊心を保とうともがく一個の人間を描きたかったと語る。例えば、正子は自分をレ−プした男(中村勘九郎)に金を突き付け、そう簡単に被害者にはならない意地を示す。自尊心を保ちたい心理に男女の差はないはずだ。しかし、これまでの坂本作品は「挫折しながらも闘う男のロマン」「カッコ悪く生きることのカッコ良さ」を主に描いてきた。今回、初めて女性を主役にして、何か発見があったのだろうか。

「男性が主役だと、どうしても自分の憧れを描いてしまうが、女性を主役にしてみたら、今さらフェミニストぶっても無理があるし、どのみち男が見る生理だからね。それで肩の力が抜け、主人公を一個の人間としてとらえて自分自身を投じていけることが分かった。僕自身も子供の頃、家に閉じこもっていたから、そういう記憶を正子という人間に投じられたわけ。それをあるとき釜山で言ったら、今頃分かったの、オソイ!と女性の映画関係者から叱られちゃった」

 

坂本監督はこの作品で、女性層の共感を得ることに成功した。「正子は自分だ」と感想を寄せてきたティ−ンエ−ジャ−もいたという。大楠道代演じるバーのマダムは、姿を消した正子からの電話に応えて言う。「お腹が空いたら食べて。死ぬくらいなら、逃げて」。花と散るのが男のロマンなら、そんなものに背を向ける女もいるのだ。佐藤浩市演じる初恋の男性に正子は言う。「わけあってお別れです。もし生まれ変わってまた会えたら、私と結婚するって約束して下さい。迷惑かける話じゃないからウンと言って」

記者会見ではこの<輪廻転生>に質問が出た。「正子は殺人者です」と坂本監督。「間違いはゼロにはできない。が、死ねないなら生きるしかなく、そのためには「再生できる」と自分に暗示をかけるしかない。これは仏教の輪廻ではありません」

 

サン・セバスティアン国際映画祭はコンペティションのほかに、フリ−スタイルと他の映画祭受賞作品を競わせるオープンゾーン、監督回顧展、時代回顧展、新作スペイン映画展など、充実したプログラムで知られる。今回は10日間に180本以上の映画が上映され、街中が映画祭一色になった。

しかし、イベリア2国と仏、中南米の作品が比較的多く候補に残るのは文化的に当然とはいえ、今年の賞決定では審査陣とプレス、また一般観客の間で興味と理解の幅に大きなギャップがあることが浮き彫りになった。金貝賞(グランプリ)を受賞したメキシコのリプスティン監督作品『The Ruination of Men』に対し、オピニオン各紙は「新味がない」と痛烈に批判したし、芸術性で評価が別れた仏のクロッツ監督作品『PARIA』に審査員特別賞が贈られると、会場からはブ−イングさえ起きている。

 

『顔』は選外に終わった。しかし、辛口のプレスからは「コンペで最高のできだ」と評価があがり、夜の公式上映では、上映後に観客から拍手が起こっている。また、10月5日付けの南ドイツ新聞は「ベルリン、カンヌ、ベネチアと来て傑作は出尽くしたかと思っていたら驚きがあった。坂本順治の『顔』は最高におもしろい掘り出し物だった」と書いている。

当映画祭で日本映画を担当する金谷重朗氏によると、『顔』は今回の上映をきっかけに、ブラジルのサン・パウロ映画祭とフランスのナント三大陸映画祭からも上映リクエストを受けたという。EU諸国でも近い将来、一般上映されるのではと筆者は期待している。

インタビュ−中、坂本監督は「映画が世界共通語になることに反対する」と強く言い切った。違いを見せるのが映画であると。今回、欧州の映画祭の1つがその違いに興味を示したわけで、これは坂本監督の今後に少なからず影響を与えるに違いない。

「映画をやるのは自分を他者に見せて認知されたい、愛されたい思いを実現できるから」と言っていた。『顔』を高く評価したプレスに対し、「好きになってくれて本当に嬉しいです」と応えた坂本監督の笑顔が印象に残っている。