映画評・コラム

 

独仏ニュースダイジェスト掲載

高橋容子

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ぬるい水 監督:今村昌平

市に一軒しかない外国映画のオリジナル上映舘で、今村昌平監督の「赤い橋の下のぬるい水」(01年)が日本映画にしては珍しくヒットし、6週間も上映されていた。

このミニシアター、異色作品を取り上げることで人気があるのだが、いかんせんマイナー映画は上映期間が短い。うかうかしていると1週間で終わっていたりする。それが「赤い橋の下のぬるい水」は6週間。

「ヨーコ、すごく変な日本の映画がいま上映されてるよ、観た?」と、たいていの映画では動じないクララまでがメールしてきた。「あんな奇妙な映画は初めて。あの水にはびっくりした!」

実は私も「あの水」にはまいってしまった。話はこうだ。リストラされた中年男(役所広司)が、親しかったホームレス老人の遺言を真に受けて、能登半島の赤い橋のそばの家まで宝探しにやってくる。そこに住む女性(清水美砂)は「性欲がたまった状態」になると体内に水があふれ、股間から噴出させてしまう特異体質。男は彼女に性的に奉仕して噴水のごとく水を浴びるうち、自己を回復する。

なんというアホらしくて目出度い物語。女から噴出した水が水路を伝って川に流れ込むと、魚は飛びはね、花が咲く。ぬめぬめ、ゆらゆらと温かく、まるで胎児を包む羊水のよう。そうか、あれは男を祝福し、子宮への回帰願望を起こさせる聖なる水なのだ。

「あれは、彼女の以前の恋人が自殺してしまうくらい危険な聖水で、力のない男が浴びると逆に取り込まれてしまう」とクララ。「なぜなら、たまっているのは日本人女性が抑えているエネルギーだから。なんだか神話の世界みたいよね。卑猥な感じはないし」

たしかにこの女、自然の化身のような雰囲気で、西洋の性モラルに縛られていなかった時代の日本人を思わせるものがある。おおらかで単刀直入…。

「そこなのよ」とクララが口をはさんだ。「合理思考より単純思考の私たちスペイン人は、そんな自然で飾らない感情表現に共感できるの」

なるほど、これほど堂々とした性愛讃歌はそうあるものではない。当年75歳になる今村監督の、衰えを知らない性的幻想には敬服の至りだ。それでも正直、老人にここまで頑張られたら鬱屈の渦中にある中・高年世代は立つ瀬がないだろうにと、やはり中年の私などは思ってしまう。しかし、スペインの友人とこんなに会話が弾む日本映画はそうあるものではなし、難しいことは考えず、目出度い気分にでも浸るとするか。(2002年6月)

 


The Sixth Sense シックス・センス 監督:ナイト・シャマラン

人間は肉体と精神から成るというなら、肉体が朽ちたあとに残る精神は どこで終わりを告げるのか。1970年にマドラス(インド)で生まれ、フィラデルフィア(米)で育ったシャマラン監督はこの作品に答えを探した。

児童精神科医クロー(ブルース・ウィリス)は、市から優れた業績を表彰されたその夜に、職業上の成功は自惚れだったことを思い知らされる。以前の患者グレイが成人して現われ、自分を救えなかった医師クローに銃弾を浴びせて自殺したのだ。それから1年後、クローは8歳の患者コール(ハーリー・ジョエル・オスメント)に出会った。周りを異様に恐れる症状はグレイに似ている。この少年を助ければ前の失敗を償えるかもしれない。クローの根気強い努力に少年は重い口を開く。不慮の死を遂げた人々、自分の死を把握できない霊魂が彼の前に現われるという。コールは何かを感じる第6感を持っていたのだ。

一度アクションスターの肩書きがつくと、そのイメージからの脱皮はかなり難しい。成功例はクリント・イーストウッドだが、ブルース・ウィリスの場合、あのTVシリーズ「こちらブルームーン探偵社」(1984)のオトボケ助手や、「ノーバディース・フール」(1994)の土建会社社長など、普通の役を演じていただけに、役柄の転換はわりにスムーズだった。当作品でも、彼が見せた悲しげな表情は忘れがたい。ただし、11歳の子役ハーリー君の存在には負ける。健気で優しい少年の役を演じたら、現在の米国でこの子の右に出る者はいないだろう。少年の母親役トニ・コレットもうまい。最後のどんでん返しまで息をつかせない、なかなかの傑作である。(2000年1月)

 


Todo Sobre Mi Madre オール・アバウト・マイ・マザー 監督:ペドロ・アルモドバル

電話局職員アルモドバルが「僕は母になりたい」と歌い、マドリードのアンダーグラウンド文化に旋風を巻き起こしたのは1970年代中頃だった。やがてフランコ将軍の死によってスペインが民主化を迎えた1980年代、アルモドバルは同性愛やトランスヴェステイト(女装愛好)、ドラッグ中毒など、それまで弾圧されていたテーマを映画表現に取り上げ、それらを許容する「自称マッチョ社会の本当の統率者」たちを描き始める。それは時にウソをつき、静かに問題を解決する女性たちだった。

マドリードの心臓臓移植センターに勤める看護士マヌエラ(セシリア・ロート)は、息子エステバンが17歳の誕生日に交通事故で死んだことを告げるため、出身地バルセロナへと向かっている。18年前にそこから出奔したのは、愛人から妊娠を隠すためだった。しかしその元愛人は今、女装してローラと名乗り、行方知れずになっているという。マヌエラは足を運んだ街娼地区で昔の女友だち(アントニア・サン・フアン)を見つけ、さらに弱者救済活動をする修道女(ペネロペ・クルース)、死んだ息子がファンだった大女優(マリッサ・バレデス)と出会い、代理家族を作り上げる。

トランスセクシュアルの街娼になった昔の友人、エイズに感染して妊娠中の修道女、レズビアンの女優と、エキセントリックなキャラクターが普通人マヌエラから守護を受け、それにより普通人マヌエラも救済されて、最後に「死」と「誕生」が起こる。まさにアルモドバル得意のメロドラマで、男は影の存在。男たちに真実を話すときは永遠に来ない。

タイトルは「イブの総て」(1950年)から。演技を仕事にする女優と、それが天性の全女性に捧げられた。秀作。(1999年12月)

 


Sonnenallee ゾンネンアレー 監督:レアンダー・ハウスマン

ベルリンの壁が落ちて10年。旧東独(DDR)には共産党と諜報機関シュタージ以外に「普通の市民」がいたことを、そろそろ語ってもいい頃だろう。ハウスマン監督と原作者ブルッシクはともに旧東独で生まれ育った「生粋のオッシー(東独人をからかう造語)」である。現在ハウスマンはボッフム劇場の総監督。ブルッシクは1995年に小説「Helden wie wir(11月映画封切)」でベストセラー作家になった。

この2人の出会いは、ブルッシクがハウスマンの発言に共鳴して生まれた。「DDRはヒッピーの国だった。みんな酔っ払って仮病を使ってたよ」

主人公はミーシャ(A.シェール)、17歳。5キロも続く大通り、ゾンネンアレー(タイトル)の東の端に住んでいる。といっても東側の家屋は371番から410番まで。370番より前の家屋は壁の向こう側だ。西から東を見学する観光客たちは通りの高台に上り、ミーシャとその仲間を動物園のサルのように眺める。だが壁を背にしたこの小空間には、美少女ミリアム(T.ヴァイスバッハ)をめぐる青春群像があり、恋人の妊娠で入党する友人マリオや、西のソフィスティケートされたロックに落胆する少年たちの悲喜劇があるのだ。

このほか、定期的に商品を隠して持ち込む西の叔父や、西のパスポートを手に入れても逃亡できない母など、脇役像も豊かだ。ただ一部、吉本新喜劇のようなギャグは不要だろう。

なお、外国人は観る前に予備知識が必要と思われる。たとえば西のテレビを珍しがる男2人はドレスデン出身。当時そこは西の放送が入らない唯一の場所だった。また、主人公が悪戯した標語のオリジナルは「Partei ist Vorhut der Arbeiterklasse(党は労働者の前衛部隊)」。これを主人公はVorhaut(包皮)に書き換えた。

 


The Opposite of Sex オポジット・オブ・セックス 監督:ドン・ルース

なんとも辛らつなブラックコメディである。監督は「ルームメイト(1992)」「ボーイズ・オン・ザ・サイド(1995)」の脚本を書いたドン・ルース。今回は独立プロで初めてメガホンも取った。主演は「アダムス・ファミリー(1991)」とその続編で子役とは思えぬ凄みをみせたクリスティーナ・リッチ。今は花より実がある19歳に成長し、毒気を撒き散らす演技派になった。

ストーリーはこうだ。ディーディーは16歳。ルイジアナの片田舎にも、母親の小言を聞くのにも興味はない。だから継父の葬式で罵言を吐き、インディアナ州に住む20歳年上の異母兄ビル(マーティン・ドノヴァン)の元に転がり込んだ。ビルは高校教師で、ホモ。エイズで亡くなった恋人トムの家を相続し、新しい恋人マットと暮らしている。

さて、ディーディーはこのマットにちょっかいを出し、彼の子供を身ごもったと主張。2人でビルの1万ドルとトムの遺骨を盗み、トンズラする。落ち込むビルを毒舌で慰めるのは、ひそかに彼を恋するトムの妹ルーシャだ。と、突然マットの元恋人が現われ、ビルに強姦されたと訴える。

映画は、こうした支離滅裂な騒動に小悪党ディーディーのコメントを挿入し、観客を巻き込んで進行する。ディーディーいわく、「セックスというのは必ず恋人や夫婦という関係か、 子供か病気で終わる。私はこういうものの反対を求めてるわけ。そんなものに価値はないじゃない?」

賛否のほどは映画を観てのお楽しみ。インディペンデント・スピリット賞のデビュー作品賞と脚本賞を受賞した作品で、強烈な台詞にグッとつまること、うけあい。(1999年8月)

 


Buena Vista Social Club ブエナ・ビスタ・ソーシャルクラブ 監督:ヴィム・ヴェンダース

「ベルリン天使の詩(1986年)」のあと、ヴェンダースは、高尚な言葉で人生批判を聞くのが好きな人々からもてはやされた。なにげない台詞で人生をリアルに描いた小津安二郎を尊敬するわりに、この監督は脚本を書くと、ロードムービーの主人公にさえエセ哲学を語らせる。現在の評価が分かれるのは、このあたりが原因かもしれない。

しかしドキュメンタリーとなると話は別だ。ご紹介する作品は彼が台詞を「書いた」ものではない。「パリ、テキサス(1984)」で音楽を担当したライ・クーダーがヴェンダースに贈った唯一無二のシャッターチャンス。結果は豊かに実った。

ことの起こりは1996年。ハバナにアフロ・ラテンアメリカ音楽を探しにきたクーダーは、そこで別の宝を発見する。1930年代から50年代に活動した伝説のソン・ミュージシャンがまだ生存していることだった。ソンとは、19世紀の中ごろキューバに生まれ、モダンルンバに発展した舞踏音楽。クーダーは忘れられた彼らを探し出し、即席編成のバンド「ブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブ」を結成、アルバムを世に送り出した。

ヴェンダースは2回目の録音(1998年)から同行し、体育館で子供たちの競技に音をつける80歳のピアニスト、ルベン・ゴンサレスをカメラに収め、72歳の歌手イブラヒム・フェレールに母を語らせる。91歳のギタリスト、コムパイ・セグンドは、祖父の葉巻に火をつけた5歳のときから自分も吸っていると笑う。朽ち果てた通り、たむろする人々、はげたマルクスの文字…。自然光で撮ったハンドカメラの映像とソンの音楽がセックスのようなエクスタシーをもたらす。それは底なしの憧憬だろうか。このヴェンダースは文句なくいい。(1999年7月)

 


Analyze This アナライズ・ミー 監督:Harold Ramis

ニューヨークのマフィアのボスが不安神経症になったらどうする? 眠れない、商談で呼吸困難に陥る、裏切り者を始末できない。それに何より、愛人が相手でもベッドで集中できない。これは困った。普通の人間ならサイコ・セラピーを受けるところだが、ポール・ヴィッティ(ロバート・デニーロ)はマッチョが売り物。そんなものを受けていることが噂になったら、子分にどうしめしを付ける。第一、敵方にばれたら仕事は上がったりだ。

デニーロは「タクシードライバー」で孤独な運転手、「恋に落ちて」で静かな中年男、「ミッション」で殉教する伝道師を演じるなど、役の幅と徹底した演技に定評のある俳優だが、悪の強さで際立つのはやはりギャング役。「ワンス・アポン・ア・タイム…」「アンタッチャブル」等々、 いつも正当な悪役だった。ところが、今回の「ストレスで精神崩壊寸前のボス」は、これまで演じてきたタイプを笑い飛ばす役柄。固定しつつあるイメージを払拭する作戦に出たのだろうか。

セラピスト役は、最近出ずっぱりのビリー・クリスタル。いざこざを避けるために渡した名刺が元で、とんでもない有名人を患者に取る羽目になって右往左往する役柄は、この人にうってつけだ。軽く笑いを取る演技もうまい。が正直なところ、彼のイメージも定着した間は否めない。

実は、殺し屋が精神療法にかかるとか、患者がセラピストを困らせるといった設定はすでに何本かの映画になっていて、内容に目新しさがないとも言えるが、これは筆者の批判が過ぎると逆批判を受けるかも。デ・ニーロとクリスタルのやり取りは非常に面白く、観て損はない。(1999年6月)

 


The Full Monty フル・モンティー 監督:Peter Cattaneo

かつて鉄鋼の都だった英国シェフィールド。そこは現在、失業者の都に変わった。職安仲間、ガッツとデイブとロンパーには仕事もなければ希望もない。だがある日、単純な興味から男性ストリップの会場にもぐりこんだガッツは、女たちの狂騒を盗み見て思った、何で俺たちにできないんだ…。さあ、彼ら3人は社交ダンスを習っている失業仲間ジェラルドを説得、オーディションでもう2人の失業者を仲間に入れ、トレーニングを始める。

テレビ出身の監督だけあって、小さなシーンの描き方がうまい。ゲネプロ中に警官のパトロールに出くわし、半裸で逃げ惑う6人。ところが、ビデオを見て警官たちは批評家に変身、ここの動きが合ってないなどと言い出す。

いつもながら、イギリス映画の淡々としておかしさには実に感動させられるものがある。無理して笑いや涙をとらなくても、現実を描けば立派な悲喜劇になることをイギリス人は知っているのだ。

妻に愛想をつかされ、一人息子の養育権を取り上げられたガッツ。仕事を失ってインポテンツになったデイブ。病気の母親を抱えた気弱なアウトサイダー、ロンパー。妻に失業したことを言えず、毎朝「行ってくるよ」と出かけてくる役職付きだったジェラルド。彼らは労働市場では確かに敗者だが、現状を打開しようとする男の尊厳をかけた戦いでは優しい勝者になる。

ドナ・サマー、ホット・チョコレートのメロディーが懐かしく、圧巻ストリップシーンに流れるのはトム・ジョーンズの「You Can Leave Your Hat On」。オープニングでデイブが言う。若くも筋肉マンでもない自分たちの、たった一度きりの大舞台だ! 心憎い。(1997年11月)

 


Absolute Power アブソルート・パワー 監督:クリント・イーストウッド

スペクタクル大作でも感動の名作でもないが、プロットや小道具にさりげない職人の技が見える作品だ。“早撮り監督”と異名をとるイーストウッドは、1955年からこれまでに56本の作品を撮り、時には主演と音楽まで担当している。年平均1.5本と多産だが、そのほとんどは娯楽映画として平均点以上の質を保つ。その仕事振りはまるで「むらなく迅速かつ親切に」をモットーに上り調子なアメリカ経済を具現しているようではないか。

舞台はワシントンDC。ルーサー(イーストウッド)は絵画の模写とアメフト観戦で晩年を過ごす孤独な老人…とは仮の姿、往年の大盗賊である。引退の花道にと、忍び込んだ大富豪サリバン邸で、彼はとんでもない事件を目撃してしまう。無人であるはずの屋敷に、泥酔した富豪の妻と米国大統領がいたのだ。彼ら2人のサドマゾ遊戯はいつしか深刻な暴力へと発展し、女がレターナイフを振り下ろした瞬間、シークレットサービスの放った銃弾が女に貫通する。

原作はワシントンの元刑事弁護人デービッド・バルダギスの小説「The President」。クリントン大統領を揶揄した作品といわれ、映画は共和党支持者イーストウッドによる民主党批判とも深読みできる。

大統領役は、イーストウッドの傑作「許されざる者」(1992年)で悪徳保安官を演じたジーン・ハックマン。この2人は素晴らしい好敵手だ。事件をもみ消す女参謀長役ジュディ・デイビスとハックマンの、顔で笑って罵りあう衆人監視のダンスシーンは見事。幕切れのシーンでは、思わずダーティ・ハリーの名台詞「Make My Day」を聞きたくなった。(1997年6月)

 


浮き雲 監督:アキ・カウリスメキ

「僕の野心は2つ。観客が映画館を出るとき、入ったときより少しは幸せな気分になっている映画、そしてアクションが最小限に抑えられている映画を作ることだ。そうすれば咳払い一つでもドラマチックになる。だからこの映画の脚本を書くとき、僕はフランク・キャプラ監督の「素晴らしき哉、人生」とヴィットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」を念頭に置き、その中間でフィンランドの現実を描いてみた」(カウリスメキ監督談)。

その言葉通り、この映画には叫びも涙も罵りも愚痴もない。市電の運転手ラウリ(カリ・フェーネネン)が路線縮小によって職を失い、老舗のレストラン「ドゥブロヴニク」で接客チーフとして働く妻イローナ(カティ・オウティネン)までもが経営者交代によって失職しても、2人はそっと肩に手を置き、黙ってお茶を煎れる。やっと見つけた職を身体検査で不合格になり、運転免許まで没収されるラウリ。闇市で得た職場を税務署の手入れで失うイローナ。人生に穴が開いてしまったかのようだ。だがいつか「雲は過ぎ去る(原題)」。2人はドゥブロブニクを追われた女将から資金を得、元従業員たちとともに新しいレストランを開く。その名は「Työ=仕事」。

これは言葉や動作のない愛情物語である。互いを傷つけないようにとる行動はメランコリーにあふれている。監督はこの作品を、去年急死した男優マッティ・ペロンパー(「レニングラード・カウボーイ」のマネージャー役)に捧げた。(1996年7月)

 


Welcome To The Dollhouse ウェルカム・ドールハウス 監督:トッド・ソロンズ

あぁ、まさに「子供は辛いよ」である。特に11歳の7年生、ドーン・ウィーナー(ヘザー・マタラッツォ)にとって。なぜなら彼女は、頑固で不器用なアウトサイダーだから。

ドーンの毎日は戦いだ。同級の悪がきたちと喧嘩し、先生には言い分を無視され、両親からは不公平に扱われる。彼らが溺愛するのは、バレリーナとしての将来を期待する末っ子ミシーだ。兄のマークはそんな状況に勝ち目のないことをクールに悟り、コンピューターとロックバンドに明け暮れる。そのバンドで歌う高校生のスティーブにドーンは恋をした。 けれど彼の目当ては金と食べ物と大人の女。チビはお呼びではない。

地面の下をのぞかなくても、悪行の限りを語らなくても、撮影カメラの高さを50センチほど下げれば地獄が見える。そう、子供の生活は決して無邪気な天国なんかではないのだ。悪がきのボス、ブランドンとドーンの間に奇妙な連帯感が芽生えるほど複雑でもある。そんな世界の悲喜劇を、ソロンズ監督はセンチメンタリズムを廃して描き、1996年度サンダンス映画祭の大賞を獲得した。

この作品には日本人が一般に期待する教育的なハッピーエンドはない。醜いアヒルの子は白鳥にならないのだ。ドーンは兄に尋ねる、「8年生になるとマシかな?」「変わらないよ、あぁ、顔についての悪口はなくなるか」「ふーん」。ドーンは起き上がり小法師。明日も戦う。(1996年11月)