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ドイツニュースダイジェスト2001年10月掲載

高橋容子

 

2001年テロと映画祭

9月下旬、第49回ドノスティア=サン・セバスティアン国際映画祭へプレス参加してきた。9月11日の同時多発テロ直後とあって、空の旅を中止する人が増えていた最中のこと、 案の定この映画祭でも、長年の映画功労者に贈られるドノスティア賞を受賞するはずだったジュリー・アンドリュースとウォーレン・ベイティがドタキャン。コンペ作品の主役バーバラ・ハーシーも来なかった。

時が時だし、こうも華を欠いては客の反応も湿りがちか? そう思って会場へ行くと、どっこい、スケジュール表に見入る市民の明るさは去年と少しも変わらない。

そうなのだ。バスクでは常日頃、民族独立運動の過激派テロが頻発しており、市民は多かれ少なかれ心に悼みを抱えている。だからこそ平常心を保つこと、日常を楽しむことの大切さを知っているのだろう。

などとつらつら考えていると、小津安二郎の映画評論などで日本の文芸評論界をリードし、今夏まで東大総長を務めていた蓮實重彦氏が歩いている。ベネチア映画祭の審査を終えたその足でやってきたとか。

「ここはレトロが充実しているんです、数年前には成瀬巳喜男の回顧展を開きましたからね」と蓮實さん。今年は時代回顧展とあわせ、米監督フランク・ボーゼージと仏の亡命グルジア人監督オタール・イオッセリアーニの作品展が、それぞれ3ヶ所で行われている。たしかに回るだけでも大変そうだ。

一方、一般的な映画好きの楽しみは、過去1年間の優秀作品を上映するサバルテギ展(バスク語で自由の意味)。この中から選ばれるオーディエンス賞には今年、当地のメンタリティーからすると、心温まる「アメリ」(ジャン=ピエール・ジュネ監督)か、カンヌでパルムドールに輝いた「息子の部屋」(ナンニ・モレッティ監督)だろうと言われたが、その予想を見事に裏切って観客が選んだのは、カンヌで脚本賞に終わった「No Man’s Land」(ダニス・タノヴィッチ監督)だった。

ボスニア内乱の不条理と国際監視軍の無力を喜劇タッチで描いた作品で、私個人はこの結果に大いに満足し、観客の目の高さに感動してしまった。

ちなみにこの映画祭は、上映作品の数、賞と批評のハク、バイヤーが商機を当て込んでくる点で、スペイン語圏で最大級の影響力をもっているのだそう。カンヌ、ベルリン、ベネチアの世界3大映画祭に傑作を持っていかれがちだが、20万市民が参加して継続させてきた強みがある。来年の50回目ではどんな意外性が見られるか。楽しみではある。


ノーマンズ・ランド 

1993年6月。ボスニア紛争の最前線。霧で道に迷ったボスニア軍の兵士たち。いつの間にか敵陣に入り込み、気づいたときにはセルビア軍の攻撃が始まっていた。唯一の生存者チキは、なんとか塹壕にたどり着き身を隠す。そこは、ボスニアとセルビアの中間地帯“ノー・マンズ・ランド”。偵察に来たセルビア新兵ニノと老兵士はボスニア兵の死体の下に地雷を仕掛けて引き上げようとする。その瞬間、隠れていたチキが二人を撃ち、老兵士は死に、ニノは怪我を負う。チキとニノの睨み合いが続く中、死んだと思われていたボスニア兵が意識を取り戻す。しかし、少しでも体を動かせばさっき仕掛けた地雷が……。チキはまさに身動きできない仲間を気遣いつつも敵兵ニノに眼を光らせるのだったが……。

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