平郡島 蛇の池伝説
今を去ること820年もの前の寿永(1182年から1184年)の頃、



平家は各所の戦いに敗れ西へ西へ流れて、

四国屋島の一戦にも大敗を喫し、

一部の兵船は熊毛郡室津半島に落ちのび、

阿月池の浦の潟(砂丘などで外海と分離してできた湖)

になった大池に潜んだのである。

源氏の軍兵はこれを見つけ、

両軍入り乱れての合戦となり、たちまちにして湖は

血の池となったのである。

驚いたのはこの池に住む主の大蛇である。

もともと釈迦如来の使者といわれ、

幾久しく平和な生活を送っていたが、

時ならぬ合戦によって聖地を血で汚されたのではたまらない。

心清きものの住むところではないと、

住み慣れた池を後にし、ひとまず近くの皇座山に登った。

今でも皇座山の山頂には草木の生えない場所があり、

そこに大蛇が住んでいたと言い伝えられている。

ある日のこと、

室津半島から平郡島へ漕ぎ帰ろうとする漁師が、



年の頃18から19の美しい女性に呼び止められた。

その女性はどうしても今夜中に平郡に渡らなければならないと言う。

「なにとぞ渡したまえ。

お礼として、そなたが漁に出たときただの一度だけ、

船一杯の獲物を得させてあげましょう。

ただの一度だけですよ。」


と頼み込んだ。

漁師は夢のような話を半ば怪しみながらも、

とにかく美しい女性に請われるままに平郡へ渡した。

女性が指さした西平郡の波打ち際を見ると、

驚いたことに今までなかった大池がぽっかりとあるではないか。



目を凝らすと青く澄んだ美しい池である。

浜に着けられた船から降り立った女性は

「私の家はすぐそこです。

お礼の漁はこの一帯でなさって下さい。

決して二度と網をお入れになりませぬように。」


と堅く言い置いて、

かき消すように見えなくなった。

次の朝、

漁師は半信半疑ながら網を入れてみた。

ところがどうだ、

たちまち船は魚でふくれあがった。

浜へ帰り、

魚を売りおびただしい利益を上げた漁師は、

大量の味が忘れられず、女性の言葉を反故にし、

予備の船まで用意して再び漁に出た。

今回も獲物で船が一杯になったので、

いざ帰ろうと船を岸に向けて漕ぎ出したところ、

予備の船まで一杯だった獲物は、

たちまち蛇と化して、

何匹かは漁師の足を巻こうとしている。

漁師はびっくりして生きた心地もなく、

船を捨てて海へ飛び込み、

命からがら逃げ帰ったという。

女性が姿を消した池は「蛇の池(じゃのいけ)」と呼び、

「滴じゃというても粗末にならぬ ここは蛇の池神の水」

と後には俗謡にも謳われ、

島の人は今もこの池の水を神の水として崇めている。




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