天本英世(HIDEYO AMAMOTO)


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目次
生い立ち
俳優として

特撮俳優として
晩年の天本英世
高樹蓉子との共演

        

生い立ち

 生年月日:1925年12月20日(出生届けは1926年1月2日)
本名は同じ、福岡県若松市(現在の福岡県北九州市若松区)の住友石炭鉱業の社宅で生まれた。父親は住友石炭鉱業の社員で、定年間近には九州支社長まで上り詰めた。父親の兄は横浜ゴムの会長になった。天本英世自身、東大在学中には叔父の家で下宿をしていた。兄弟は上に2人の姉と1人の妹がいた。
福岡県若松で生まれた天本英世は一時大阪の豊中に移り、旧制中学校途中で父親の転勤によりまた若松に戻り、若松中学校に編入された。天本自身は成績が優秀だったので、中学4年のとき旧制第5高等学校(熊本)を受験し、落ち、中学5年になったとき第7高等学校(鹿児島)を受けまた落ちた(これは得意の英語が無くなり、苦手の数学があったためだ)。しかし、次の年(1944年)もう一度第7高等学校を受験し11倍の難関を突破し文科乙類に合格した。
当時文系は35人だけだが、その中には後にNHKの会長になる川口幹夫や作家の飯干晃一らがいた。1年間は勉学ができたが、終戦の年(1945年)には熊本で飛行機の工場へ勤労動員され、しばらくして天本自身徴兵される。徴兵されたときの天本は宮崎で穴掘りばかりさせられていたそうだ。終戦になりしばらくして第7高等学校に戻り、1948年の春、高等学校を卒業し、東京大学の法学部に入学した。高等学校最後の年は11歳年上の人と恋仲になり、それが元で東大を半年で行かなくなる原因と、さらには一生独身だった原因となった。
大学を中退ししばらくして、ひょんなことから俳優を志す決心をし、父親にそのことを告白したところ、反対されると思いきや息子が俳優になることを許した。父親自身、実は俳優になりたかったそうだ。その父も「二十四の瞳」の最後の場面の校長先生役の代役で出演し、父親自身ものすごく喜んだそうだ。

俳優として
俳優になった天本英世はもう28歳になっていた。どうしたらよいかわからなかった彼は色々な伝を使って近藤経一という人を訪ね、俳優座を紹介され、その同人会に入った。そこで舞台を経験したあと木下恵介監督の「女の園」で哲学の講師役に抜擢された。この出演で木下監督に気に入られ、「二十四の瞳」(1954年)に出演することになった。役は主人公の先生役をしていた高峰秀子の旦那役で、非常に重要な役だった。船乗りで、子供は3人いたが、戦争に召集され戦死してしまう(下の写真は出演当時のもの)。やはり29歳と若いこともあり、背も高くかっこよかった。見ているとどっかの作家のような雰囲気があった(太宰治に似ていると言われた)。
しかし、映画の撮り方はよくわからず撮る順番が変わったことを知らずにいたため、大失敗を犯してしまった。
      「二十四の瞳」でまだ若い頃の天本英世

その後、東宝に移り、岡本喜八監督の作品に多数出演することになる。その代表作が「殺人狂時代」(1967年)だろう。ここでは溝呂木省吾博士役で出演している。この役の人は昔ドイツに留学し、人間は狂人の心を持っていると信じ、その実験をしている精神医学者。最終的には殺されてしまうのだが、ドイツ語の台詞が多数あり、この出演で旧制高等学校時代習っていたドイツ語が生かされる。この役の言い回しは死神博士そのものだった。
彼自身まだ40代だったが、それよりもかなりふけた役が多くなった。それは彼自身、その当時としては180cmと背が高く、やせていたためと思われる。
      
      「殺人狂時代」出演時の天本英世

特撮俳優として
特撮は東宝の特撮映画や「マイティジャック」(1968)で村上譲というマイティジャックの科学者の役で出演する。その後、しばらくは時代劇などのゲスト出演を繰り返し、天本を有名にする「仮面ライダー」の出演となる。これが大ヒットとなった。
あの死神博士はどこか不気味さがあり、まだ幼稚園だった私はあまりの怖さにトイレに逃げた思い出がある。
その後も「ロボコン」や「小さなスーパーマンガンバロン」などの子供番組に出演している。
その後も映画の脇役やテレビドラマ等に多く出演している。
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晩年の天本英世
フラメンコを習ったことがきっかけで、スペインへの造詣が深くなり、それが元でスペインを放浪するようになった。これにより著作として『スペイン回想』、『スペイン巡礼』などの著作が生まれた。1990年には北野たけしの「平成教育委員会」に出演したり、舞台に出演したりして忙しい日々をすごしていた。
最後に出演したドラマはNHK福岡放送局が制作した「うきは~少年たちの夏~」(2002年)で、この後に怪我をし、これが元で入院生活が長くなり、2003年3月に故郷の若松の病院で亡くなられた。

高樹蓉子との共演
高樹蓉子とは「狼無頼控(15回目)」と「小さなスーパーマンガンバロン」で共演した。
「狼無頼控」では表向きは将軍のそばに仕える辻井同順(天本英世)という奥坊主組頭で、裏では梵の一族の頭領だった。将軍にお葉の方(高樹蓉子)を差出、お葉の方は妊娠した。しかしその妊娠した子は実際には辻井同順の子だった。

「小さなスーパーマンガンバロン」ではワルワル博士役で出演し戦闘状態ではドワルキンになる。高樹蓉子の出演時にはアンドロイドさやか(伊藤つかさ)を作り、ドワルキンはアンドロイドさやかの母親(高樹蓉子)に化ける。

参考:『日本人への遺書(メメント)』、『映画人名事典』等より

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