平田昭彦(AKIHIKO HIRATA)


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          平田昭彦

目次
生い立ち
東宝の俳優として

久我美子との結婚
結婚後
高樹蓉子との共演


生い立ち

 生年月日:1927年12月16日
本名は小野田昭彦(おのだ あきひこ)、生まれは現在の韓国の首都ソウル。父の彦次は東洋拓殖に勤務しており、母はフクでその次男として生まれた。兄弟は2つ上に新東宝の監督の小野田嘉幹、4つ下には妹の音羽美子がおり、音羽美子も女優、歌手として活躍した。
しばらくして東京の中野に移り、中学1年のとき東京陸軍幼年学校を受験し入学した。ちなみに、この陸軍幼年学校は当時軍国主義が進んでいた世の中にとって憧れの学校だった。太平洋戦争末期の1944年に陸軍士官学校に入学するが終戦により廃校になる。
その後、旧制の第一高等学校、東京大学法学部に進み、その頃新東宝の監督だった兄の嘉幹の助監督としてアルバイトをした。これをきっかけで、いくつかの作品で助監督をし、大学でも演劇部に属していた。卒業後は三菱商事の前身の東京貿易に入社するが、山口淑子の勧めで1953年に俳優として東宝に入社した。

東宝の俳優として
平田昭彦は1953年に東宝第5期ニューフェースとして入社し、同年、「抱擁」でデビューし、「鉄腕涙あり」(1953年)で主演するも映画が不評だったため、脇役へ回った。
これ以後は「ゴジラ」(1954年)などの知的な2枚目として学者、実業家などのインテリ役、「暗黒街の対決」(1960年)からは冷徹でキザな知的悪役が多くなる。
その後も主に多くの東宝映画に出演する。
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久我美子との結婚
久我美子と平田昭彦との付き合いは1960年の10月の「大阪城物語」の共演がきっかけだた。この共演と平田昭彦の熱心さから、1961年10月9日に帝国ホテルで挙式をした。披露宴では久我美子の親友で3人娘として売り出していた岸恵子や有馬稲子が出席し、東宝の小林桂樹の司会で、三船敏郎、池部良など、台風が近づいているにも関わらず、錚々たる参加者が300人以上詰めかけた。
新婚旅行は非常に地味で、皮肉にも「愛の戦士レインボーマン」で敵対した水谷邦久の故郷の熱海だった。
彼らの間に子宝は恵まれなかったが、非常に仲の良い夫婦だった。
ちなみに久我美子の祖先は藤原氏の流れをくむ華族の出で、学習院女子中等科在学中の1946年に第1期東宝ニューフェイスとしてデビューした。
            平田昭彦と久我美子

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結婚後
1964年以降になるとテレビへの出演も多くなった。「青春とはなんだ」などの青春ものや「ウルトラマン」の岩本博士にも出演するようになった。
1970年になると「愛の戦士レインボーマン」で悪役のボスのミスターKを演じ、1977年にも「大鉄人17」に出演する。
その後、平田昭彦はバラエティー番組にも進出し、「ぴったしカンカン」のコミカルな回答者や、「俺たちひょうきん族」ではたけちゃんマンの場面でユニークな政治家役で出演し、今までの平田昭彦の印象とは異なる一面を見た気がした。
1984年7月24日に癌性リンパ管症で死去した。非常に欲しい俳優である。
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高樹蓉子との共演
愛の戦士 レインボーマン」でミスターKの部下を演じ、「大鉄人17」でも共演している。
           
          「レインボーマン」で左:平田昭彦、右:高樹蓉子


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