惑星間哲学者からの便り

ベルクソン・ルネッサンス

序、惑星間からの眼差し
 

 第三惑星の地球から、めくるめく宇宙空間に脱出した宇宙飛行士たちが、一様に語るのは、宇宙から見た地球の比類のない美しさだという。

 この宇宙飛行士たちのレポートや映像に哲学的な衝撃≠受けた人も多い。

 宇宙飛行士たちの体験で興味深いのは、ゴッズ・アイズ・ビュー(神の目)で宇宙空間から地球を見おろしたときに知覚の拡大とともにこれまで人類の味わったことのなかったある不思議な直観が生まれてくるということである。

 いわば人類にとって宇宙船は、科学だけでなく形而上学にとっても大切な法具≠ノなろうとしているのである。

 この惑星間という空間は、地球における思考法から自由になり、巨視的な立場で物を考えることができる、まさに哲学者にとって魅惑的な場なのである。われわれが海外に行って自民族の文化や哲学を相対化するように、惑星間は地球の文化圏=重力から解放されることにより、「存在」のもっとも深い本源について地球的思考に惑わされることなく直に考えることができるのではないか。

 そして、地上で起こるできことは、重力によって歪められた特異な空間で起きる特異な現象であるように、われわれの知覚や思考法、しいては生命の顕現のあり方も特殊なものであるということが見えてくるのではないか。二十一世紀の形而上学はこの「惑星間からの眼差し」を抜きにしては考えられないだろう。

 私は次のようなことを夢想してみる。この惑星間での思索を基に二十一世紀の形而上学を創造し、そのもとにこれまでの天才的な神秘家や哲学者、思想家、さらには芸術家などの多くの直観を一つの鏡に集約し、新しい世紀を輝かせる思想のサーチライト≠ノできないかということである。

 しかし、そのためには、やはりその土台となる形而上学が必要であり、惑星間哲学者の先駆者をこれまでの歴史から探してこなければならぬ。

 それは、ひと昔前のフランスの哲学者のなかにいた。アンリ・ベルクソンである。いささか、現代の哲学思潮の中では古い感のあるベルクソンを出してくるのはなぜか。

 それは、ほかならぬ彼がゴッズ・アイズ・ビューの目で、地球における生命進化のあり方や地球における物質と生命の関係、さらには人類の知覚や知性の性質を明らかにし、それらが地球ならではの特殊なものであることを証明した哲学者であるからだ。レヴィ=ストロースは、ベルクソンとサルトルを比較しながら次の様に言う。

「ベルクソンは形而上学的問題について、アメリカ・インディアンがするように、そして実際にスー族がしているように、考察しているのです。両者(著者注・ベルクソンとサルトル)を比べることで、私はベルクソンの思想に敬意を表しているのです。それは時と場所を超えて普遍的なものを有しうる限りでの、人類の思考のもっとも深い根源にまで届いているということです」〔1

 彼の残した著作の中には、まるで宇宙船で冥想し、思索したのではないかと思われる壮大な思想が宝石のようにちりばめられている。その美しい詩的な魅力ある言葉とともに。例えばやはりレヴィ=ストロースが、ベルクソンのテクストとスー族の賢者の言葉の一致として紹介した次のような言葉はどうだ。

「大いなる創造力の流れが物質の中にほとばしり出て、獲得できうるものを獲得しようとする。大部分の点で流れは中止した。これらの中止点が、われわれの目にはそれだけの生物種の出現となる。つまり有機体だ。本質的に分析的かつ総合的なわれわれのまなざしは、これらの有機体の中に、数多くの機能を果たすべく互いに協力している多数の要素を見て取る。しかし、有機体生産の仕事は、この中止そのもにすぎなかった。ちょうど、足をふみいれただけで、一瞬にして、幾千もの砂つぶが、互いにしめし合わせたかのごとく一つの図案となるというような単純な行為だ」(『道徳と宗教の二つの源泉』)

 ベルクソンにとって地球上における生命進化の歴史は地球環境に限定された特殊なものであって、生命の種の誕生もその花々しい見かけとは違って「大いなる創造力の流れ」の中止を意味した。

 彼のこのような「惑星間からの眼差し」は、レヴィ=ストロースが言うように「人類の思考のもっとも深い根源」にまで遡ることによって可能になったのであろうか。

 それはとにかく、この作品ではベルクソンの「惑星間からの眼差し」に導かれながら、人類の知覚と知性などの地球的パラダイムを検証するとともに、それに代わる新しいパラダイムや神秘主義の可能性についても追求し、来るべき二十一世紀の形而上学の方向性を探っていきたい。

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 引用文献はそれぞれの章の後に記した。なお、ベルクソンの文献は、基本的に19931月に白水社から再発刊されたベルグソン全集九巻によっている。が、『道徳と宗教の二つの源泉』については、『世界の名著53 ベルクソン』(中央公論社)の森口美都男氏の訳語によるものが多いので、ここに明記しておく。

1〕レヴィ=ストロース著/『遠近の回想』(みすず書房)

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第1部、地球的パラダイムの検証−−21世紀の認識法を求めて

 1、人類の知覚と知性の問題点

 

われわれの知覚には、約四十億年という途方もない時間をかけて進化してきた地球上の生命の痕跡が確かに残っている。例えば動物は、地球という特殊な環境で生き残っていくために、まずどうしても「感覚ーー運動神経系」という一つのシステムを優先して発達させる必要があったが、その行動を有効に導くための機能は、われわれの知覚にも色濃くその影を落としている。

  ベルクソンの『物質と記憶』によると、わたしたちが周囲の物に働きかけるためには、働きかける物をあらかじめ分離する必要がある(図一参照)。ここではSという主体が対象のOに働きかけるためには、知覚はPという全体からSの行動にかかわる対象のOだけを分離する必要があるのである。換言すると知覚された物とは、行動の可能性を意味する。〔1

 われわれは日常生活において、行動するために常に全体から分離され、制限された不完全なものを見ている。例えばこの原稿を書斎で書くためには、当面の道具であるパソコンのキィボードやディスプレーをまず、書斎という全体から切り離して知覚する必要があるのである。

 この「分離」という傾向の他にもわれわれの知覚が「自動認識装置」として様々な性質を持っていることを、最新のゲシュタルト心理学は明らかにしつつある。

 例えば、G.カニッツァのゲシュタルト知覚論によると、われわれの知覚には、「閉鎖下の原則」があり、物事を一つのまとまりとして「完結した閉じた塊」として見る傾向があるという。また彼は知覚の「対照化の原則」についても言及し、はっきりとした対照に分類したい要求があることを明らかにしている。[2

 これらのことから言えることは、われわれの通常の知覚は、有効に行動するために広大な世界から身体が直接、間接に影響を与えたることができる部分だけを分離、閉鎖し、他の物と対照化しようとする性質を先天的に持っているということである。

 この知覚の閉鎖的な扉について体験的に明らかにしたのが、オルダス・ハクスリーの『知覚の扉』だった。その約四十年前に書かれた知覚の実験の模様は今も鮮列な意味を失っていない。その中でハクスリーは、ケンブリッジ大学のC・D・ブロード博士のベルクソンに言及した次の言葉を引用している。

「ベルクソンが記憶と感覚知覚に関して提唱したような理論をわれわれは今までの傾向を離れてもっと真剣に考慮した方がよいのではなかろうか。ベルクソンの示唆は脳や神経系それに感覚器官の機能は主として除去作用的であって生産作用的ではないということである。人間は誰でもまたどの瞬間においても自分の身に生じたことをすべて記憶することができるし、宇宙のすべてのところで生じることすべてを知覚することができる。脳および神経系の機能は、ほとんどが無益で無関係なこの巨大な量の知識のためにわれわれが圧し潰され混乱を生まないように守ることてであり、放っておくとわれわれが時々刻々に知覚したり記憶したりしてしまうものの大部分を閉め出し、僅かな量の、日常的に有効そうなものだけを特別に選び取って残しておくのである」[3

 つまり、生活はわれわれが馬車馬のように目かくしを付け、右や左や後を見ずに、進むべき前方を真っすぐに見ることを強要しており、そのためにわれわれの知覚は、生活に有効なものだけを特別に選び取る一種の濾過装置と化している。それは「存在」そのものを積極的に捉えるものではなく、むしろ行動のために「存在」に「閉鎖化」「対照化」などの認識の網≠かけ、制限することしかしないのである。

 この知覚論の延長にあるのが、ベルクソンの知性に対する考え方である。

 ベルクソンの知性論をかいつまんで語るなら、われわれの知覚がきわめて生活の便宜に対応したものであったように、それに基づいた知性もきわめて実践的な機能の一環であるということである。

 ベルクソンによると、知性の本分は製作することであり、それは対象に働きかけやすくするために「存在」を人為的に切断し、固体としての事物に置き換える性質がある。通常の知覚が広大な世界の一部を分離するように、知性は製作しやすくするために「生命」や「運動」を巧妙に取り除くのである。

「製作はもっぱら只の物質を素材としておこなわれる。だから、たとい有機物を素材として用いるときでも、製作は、有機物を形成した生命などにはとらわれず、それらを無機物として取りあつかう。只の物質そのもののうちでも、製作は、ほとんど固体をしか引きとめない。固体以外のものは、その流動性そのものによって逃れ去る。したがって、知性が製作をめざすものであるならば、そこから予想されるように、実在のなかの流動的なものは、一部分、知性の手から逃れるであろうし、生物における真に生命的なものは、完全に知性の手から逃れるであろう。自然の手から出たままのわれわれの知性は、無機的な固体を主な対象としている」(『創造的進化』)

 どんな流動的な対象についても知性は非連続で不動なものとして表象しようとする。なぜなら日常の行動を優先するわれわれは、「非連続的なもの、不動なもの、死んだもののうちにおいてしか、くつろぎを感じない」からだ。

 『思想と動くもの』の「変化の知覚」の中でベルクソンは「われわれは、あたかも変化が実在しないかのように、推論し、哲学している」と指摘しているように、われわれの知性はあたかも蝶がサナギから抜け出た後の抜けがらを捉える傾向があり、自由に動き回る蝶はわれわれの指の間からいつも抜け落ちている。知性は「結合し、分離し、または配列し、かき乱し、整頓するが、創造はしない」のである。

 このような知覚や知性の内に潜む「自動置き換え装置」なるものを仏教では「迷い」と呼び、インドのヴェーダンタ哲学では「マーヤー」と名付けている。

 この「マーヤー」という問題を現代の認識論の問題として浮上させたのが井筒俊彦だった。井筒は、そのエキサィティングな論文「マーヤー的世界認識」の中で、われわれの認識の持つ構造的な問題点を見事に描いてみせている。

 井筒はこの中で、人間意識に内在する根源的無知が意味文節的にブラフマンに「付託」(かぶせ)する様々な現象形態の枠づけを通して、ブラフマン自体が、コトバの意味の指示する事物事象の形を帯びて現われることを「マーヤー的世界」と呼ぶ。そして経験する認識主体である「個我」そのものがマーヤー化した意識だということに注意を促している。

「『個我』は身体的主体性であることに注目されなくてはならない。『個我』の決定的に重要な特徴の一つは、身体との密接な結びつきである。『個我』は受肉せるアートマン。純粋真正の主体性(本当の意味での『私』、つまりアートマン)は、身体と結合することによって、その認識能力は混濁し、身体器官の制約を通じてのみ機能するので、もはや存在実相(ブラフマン)はあるがままに認識することができない。このように受肉した主体にとっては、絶対無制限的なブラフマンは、雑然と紛糾する多者の世界としてのみ現象する。それがマーヤー的世界なのである」〔4

 つまり、身体と結合して混濁した認識能力は、「存在」そのものをとらえずに常にある「かぶせ」を行っている。これは井筒の言うコトバとしての分節機能であり、分節とは「文字どおり、区別し、分別し、分割し、分離させること。元来、分割線が全然引かれていないカオス状の事態に、あるいは分割線は引かれてはいても、それが漠然として浮遊的であるような事態の表面に、比較的明確な線を引いて区割し固定する」ことだという。

 その身体としての「私」は、刻々一刻、生活の便宜のために本来は生き生きと動いている「存在」に線を引いて区割りし、固定したものに置き換えているのである。

 このわれわれの知覚と知性そのものに潜むマーヤー的なるものを、明らかにすることは、二十一世紀の新しい形而上学を創造していく上でとても大切なことだと思う。換言するならば、約四十億年という途方もない時間をかけて培ってきた「生命の自動認識装置」をより次元の高いものに昇華する必要があるのである。中沢新一の言うように、「『存在』を語る言葉は、価値づけを与えたり、計量化したり、分析によって仕分けたり、ひとつの意味に固定したりする、ロゴスの働きから、自由でなければならないのだ」。〔5

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1〕岡部聡夫著/『物質と記憶』の解説文「脳と記憶ーーベルクソンの失語論」(駿河台    出版社)

2〕G.カニッツァ著/野口薫監訳『視覚の文法ーゲシュタルト知覚論』(サイエンス社)

3〕オルダス・ハクスリー著/『知覚の扉』(平凡社)

4〕井筒俊彦著/『超越の言葉』所収(岩波書店)

5〕中沢新一著/雑誌『大真実』所収「贈与ーー大地を貫流するエロス」(新潮社)

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2、「知覚の拡大」の可能性
 

 惑星間から現在の地球上の多事多端な混乱を一望するとき、思い至るのは、これらの不幸の淵源に、今まで見てきた知覚や知性の行動のためにたえず対象を分離し、簡略化する性質があるのではないか、ということである。

 様々な争いや地球環境悪化に対する処方箋は声高に叫ばれても、それらの問題をわれわれ人類の根源的な認識方法(マーヤー)まで遡って検証している思想家は少ない。

 このとき、求められているのが、これまでの地球上の生命進化の旅で得てきた閉鎖的な認識方法に縛られるのではなく、「知覚の扉」を開け、流れるものを不動に置き換えるのでなく、流れそのものと一体化していくような認識方法だ。

 それはこれまでの指からすり抜けていた蝶をつかまえて死体にし、固定したものとして観察するのではなく、自分も蝶と一体となって風に吹かれて舞い上がっていくというような軽やかな思考法……。

 前述のハクスリーのメスカリンを使っての知覚を拡大させる実験は、日常的に有効ものだけを選び取る除去作用としての閉じられた知覚を一端停止させることにより、「知覚の扉」が開き始め、そこに全く別のリアリティの世界が現出してくるというものだった。

 特にこの実験の場合、「視覚の拡大」ということに関心が払われている。確かにベルクソンが言うように「変化」を状態に分断する習慣は、視覚において著しいものがあり、通常の視覚は、視野全体から相対的に変化しない形態を切り取り、そしてこれが形を変えないで位置だけを変えると見なす習慣を身につけている。そこで「運動」は運動体に付加されることになり、視覚は特に触覚のさきがけとして外界に対するわれわれの行動を準備する。

 いわば通常の視覚は、かえって「存在」に一種の目隠しをしているのであり、それを一端停止させたときに別の光景が広がってくるというのだ。

 しかし、通常の知覚と拡大された知覚との間の往還運動をメスカリンという薬物に頼らないで行う道はないのだろうか。

 例えば、仏教の『華厳経』では、数々の聖者のもとを訪れた善財童士は、ミロク菩薩が弾指することによって、まったく別な荘厳な金剛世界に入ることができた。この場合、ミロクの弾指が時間・空間の知覚を停止させる役目をおっている。このような知覚の転回を仏教はごくあたりまえのこととして説き続けてきた。

 ベルクソンは、この知覚の拡大(転回)を行うものとして、芸術家の仕事に注目している。

 彼らは、意識がそれほど生活に密着していない人々であり、目隠しをはずし、生活の要求によっておしつけられていた偏狭化の習慣を捨てた人たちだ。

 芸術家は「存在」を行動のために知覚するのではなく、生活から「遊離」したかたちで「存在」そのものの真相に迫ろうとする。

「芸術は、たしかに、現実の最も直接な視覚(ビジョン)である。しかし、この知覚の純粋性は、有用な習慣とのある断絶、ある生来の、特に感覚又は意識の局部的な無関心、つまり、人が普通、イデアリスムと呼んで来た一種の生の非物質性を含んでいる」(『笑い』)

「芸術家は一種の共感によって対象の内部に自分を置きなおし、自分と対象との間に空間がつくった障壁を直感の働きで壊し、低めながら目的をはたす」(『創造的進化』)

 つまり、芸術家はわれわれの日常の知覚が行動のための便宜として行動の終了とともにすぐに消えていくところを、生活の必要から解放し、逆にその知覚を深め、拡大しようとする。

 行動の便宜のために働いていた「有用な習慣とのある断絶」の結果、日常の中に別のレアリティーを発見することは芸術家でもなくても充分、考えられる。

 この注意を「存在」に対する実践的関心の側面からそらせ、これを実践的にはなんの役にも立たない「存在」そのものの方へ向け変えること、この「転換」こそが哲学だベルクソンは言う。

 この知覚の拡大に関連して注目したいのは、近代科学がきわめて狭い範囲の知覚の上に築きあげられてきた事実である。

 ベルクソンは「近代科学はいつも理想として数学に向かっている」と言ったが、地球上の知覚や知性に基づいた近代科学は複雑な現象の中から、「ただ一つの点すなわち計量に集中させた」(「生きている人のまぼろし」と「心霊研究」)。

 が、この方法は決して広大かつ正当なものではなく、むしろ「存在」の大半を切り捨て分離して、局部だけを取り出し、計量という抽象化に限りなく近づいていくものである。

 すなわち知覚と知性の閉鎖的な性質に基づいている現代の科学は、計量を基本とし、その過程である「生成」をそのままの形で掴もうとはしない。というよりも常に物による計量では自然界にあふれた豊富な流線形や、しなやかな生命の動きを掴むことができないのだ。

 この科学が取りのがしてきた「変化」「運動」を知覚する方法として示唆的なのは、イリヤ・プリゴジン博士の「生成」を基本とした立場だ。

 プリゴジン博士は科学的な実験を通じて生成こそが本質であるという認識を明確に打ち出した。生成、変化が本質であるとするならば当然、流れる時間というものが関係してくる。近代の自然科学は世界を永遠不動のものとしてとらえる世界観の上に打ち立てられたが、この立場では自然を生きた姿で見るには十分でない。

 そしてこれからの科学や哲学はこの見方に「時間と言う概念を取り込み、動的で生成発展する、変化する、そういう自然としてとらえる方向に、科学というものを転換していかなければならない」〔1〕。

 プリゴジン博士の散逸構造論によると、これまでの科学が平衡状態に近い世界からしか見てこなかったのに対して、科学が見落してきた非平衡状態から考えると実はそこで物質と生命のつながりがかえって見えてきたという。いわば、物質の動きから生命の進化や生命の発生する条件を見ていこうとする立場である。

 近代科学が閉じられた知覚の上に建立されたことを思うとき、ベルクソンの言う「知覚の拡大」やプリゴジン博士の「生成」を基本とした立場からは、別種の科学が生まれてくる可能性もある。

 ここで言う「知覚の拡大」とは、知性や科学が取り逃がした広大な世界を救い上げようとする精神の再生の運動の一環でもある。

 それではその「知覚の拡大」に基づいたべルクソンの言う直観とはなんであろうか。

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1〕立花隆/『生命論パラダイムの時代』所収、「立花隆 ショートレクチャー」(ダイ ヤモンド社)。

 

3、直観による活性化
 

 ベルクソンにとって直観は分析=知性に対立する観念として提出されている認識であることは言うまでもない。

 それは第一に外から眺める知性に対して「内から感ずる認識」であり、「精神」や「生命」を対象とするものである。

「私の語る直観は何よりもまず内面的持続に向かうのである。この直観は、並置ならざる継起を、内面的成長を、未来を蚕食する現在内への過去の不断の伸張を、把握する。それは精神によって精神を直接見ることである。もはや何ものも介在するものはない」(『思想と動くもの』「形而上学入門」)

 直観の固有の領域は、知性が物質を主に対象としているのに対して「生命」「動き」「生成」「精神」などいずれも知性が取り逃がしてしまう領域である。

 例えばベルクソンがよく出す例として腕を挙げる単純な行動がある。われわれが腕を挙げるとき、その運動を内部から見るならば単純な運動の知覚である。しかし運動を外部から眺めている他者にとって、その腕はまずある一点を通過し、次いで他の点を通過していく。ところでその二点の間はさらに多くの他の点が含まれており、それらの点を数え始めるとすれば、どこまでも限りなく続けられていく。外から他の事物と関係させて眺めれば、無限の記号となるが、内側から直観すれば一つの単純な運動である。

 この直観は、『創造的進化』にあっては、本能や知性でもないところの「第三の認識方法」として提示されている。

 それによると、本能は内から直に事物に働きかけるのに対して、知性はひたすら外から物と物との関係を知ろうとする。しかし、本能は生命現象の或る一部(例えば巣をつくる)に関する知識であるのみでなく、ただちに行動として実現されてしまい、自分の知識を自覚しようとしない。その点、知性は生命を知ろうとするが、その性質上、その任がないことは先に述べた通りだ。ベルグソンは言う。

「知性と本能とは相反する二つの方向に、知性は無生の物質に本能は生命の方に向かされている。知性は科学を作り出し、これを介して物理的な作用の秘密をいよいよ私たちに明かしてくれるであろう。生命については、無生物の用語にそれを譯したもののほかは手に入れてくれないし、もとより入手してくれるつもりもない。知性は対象のぐるりをまわりながらそれを外側からできるだけたくさんの眺めに写しとり、対象の中に入りこむかわりにそれを自分のなかに引き入れる。しかし直観なら私たちを生命の内奥へぢかに連れていってくれるのではないか。ただし直観と私のいうのは本能が利害から自由になり自己を意識しはじめ、対象を反省しながらその範囲をとめどなく拡大できるようになったとして、そうした発展した本能のことである」(『創造的進化』)

 特に知性は動かないものに働きかけるが、直観は動き(生命)や持続の内に身を置く。それは一種の「精神的聴診」によって「存在」の鼓動(生命)を感じとろうとするのである。

 この直観を表現する際にはいつも困難がつきまとう。なぜなら、「思考が毎日の操作のために使っている全くでき上がった考え方が、どれ一つとしてもはや役に立つことができないからである」(『形而上学入門』)。これまでの観念の既製服≠ナは間に合わず、直観を表現するためには、その都度、それに合った新しい服をオーダーせねばならぬ。

 言葉という概念に固着してしまった瞬間に直観という、しなやかな精神の動きは停止してしまうからだ。彼の美しい比喩を借りるなら、海の底に投げ込まれた測深器が流動体を持ち帰るとすぐに太陽がこれを乾かして固いばらばらの砂の粒にしてしまうのである。そのようにみずみずしい直観も知性の光線にさらされるとすぐに固まって凝固したばらばらの動かない概念になってしまう。

 画家の横尾忠則は「霊性は知性をはるかにしのぐ」と題して次のように言う。

「僕が『芸術』を『迎術』と書くのも、迎える≠ニいう気持ちが強いからですね。向こうからやってくるもの、インスピレーションと考えてもいいし、直観と行ってもひらめきと呼んでもいいけれど、そうしたものを胸を開いて受けとめる。

 そうしたことと、ものを作ることになぜ大きな関係があるかというと、この世界は人間界だけがすべてではなくて、人間界を徹底的に眺めている視点が別のところにあると思うからです。この視点は宇宙であり、神と言ってしまってもいいのかもしれないけれど、そうした天界の目に、われわれはいつもさらされている。この天界の存在を無視して、人間界の中だけでものごとを完結しようというのが近代であり、二十世紀の知性なんですが、ここでは理屈が通るもの、言葉になりやすい論理的なものだけが重視されて、科学では解明されないものや非合理的なものは一切排除されている」〔1〕横尾忠則著/『言葉以前の国へ』

 横尾の言う「人間界を徹底的に眺めている視点」は、まさしく惑星間哲学者が上から地球上の精神を見詰める眼差しと同じである。

 知性は常に物を、ばらばらに切りはなされた物のとして把え、その捉える世界は横尾の言うように「天界の存在を無視して、人間界の中だけでものごとを完結しよう」とする薄っぺらな、どこまで行っても生成のない均質的な空間なのだ。知性の場合、物を分析するに応じて対象は自己に対立的なものになってゆく

 知性や科学は、実在が展開されている連続的な面上で人間の行動に便利なように実在を都合よく分割することに注意を奪われ、「そのため自然をだまし、自然を相手に挑戦的闘争的態度をとることを余儀なくされている」(『哲学的直観』)。科学の規則は、ベーコンが唱えた「支配するために服従する」ということであり、他ならぬ近代文明が、自然を限りなく分割し、汚染して行ったのも、知性の延長にすぎぬ近代科学の当然の帰結だったともいえる。

 が、二十一世紀の新しい認識法=直観は「惑星間からの眼差し」に導かれながら、これまでの知性と違って、均質でバラバラな閉じられた境界をかなぐり捨てることから始める。それはまず自己のうちに帰り、自己を把え直し、深めてゆく。そして「支配するために服従する」のではなく「支配も服従もせず、ひたすら共感しようと努める」(『哲学的直観』)だろう。

 それによって知性によって固定化され、分離した、こわばったものはほぐれ、眠っていたものは目ざめ、死んだものは蘇ってくる。

 直観は「私たちをとりまく幻影に息を吹きかけ、私たち自身をも活気づけてくれます。こうして哲学は、実践においても思索においても科学を補うものとなります。生活の利便にのみ向けられた応用によって、科学は私たちに快適を、せいぜい快楽を招来してくれます。しかし哲学は、すでに歓喜を私たちに与えてくれていると思います」(『哲学的直観』より)

 そして彼はその直観によってレビィ・ストロースが言う「時と場所を超えて普遍的なものを有しうる限りでの、人類の思考のもっとも深い根源」にまで達しようとするのである。そのダイブが深ければ深いほど時と場所を超えた普遍性に達することができるのだろう。 ベルクソンはこの直観と言う方法を生命全般に深めていき、生命の躍動という壮大な直観(エラン・ビィタール)を得るとともに、それは偉大な神秘家たちの経験(直観)とも結びつくことになっていった。いわゆるエラン・ビィタールはさらに強化されてエラン・ダムール(愛の飛躍)という直観へと昇華していくのである。

1〕横尾忠則著/『広告批評』19956月号所収「言葉以前の国へ」(マドラ出版)

 

 

第二部 地球における生命進化の限界とベルクソンの神秘主義

 第一部で論じてきたような「知覚の拡大」と直観は、知覚と知性の見えざる網≠ノよって分断された主体と「存在」との「失われた連続性」を回復し、復原しようとする試みでもある。そしてそれを<聖なるもの>への希求と呼ぶならば、明らかにその直観は聖なるものを志向している。

 ジャンケレビッチが「もし神秘主義が何よりも純粋事実の認識であるとすれば、ベルクソン氏の哲学は、言葉の最もよい意味で、神秘的哲学であると主張しうるのである」〔1〕と言うように彼は「純粋事実の認識」に達するには神秘的直観が必要だと考えていたのだ。

 そしてべルクソンの場合、その神秘的直観なるものを地球における生命進化の限界を突破するものとして位置づけている。

 そこで第二部では、ベルクソンの「惑星間からの眼差し」が、地球上の生命顕現のあり方をどう捉え、その中で神秘主義なるものをどのように位置づけていったかを見ていきたい。

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1〕『ベルグソン』研究所収 片山壽昭著「エラン・ビタルとエラン・ダムール」 からの引用( 草書房)

 

1、地球上における生命顕現の特殊性
 

惑星間飛行士の便り≠フ中で興味深い一つのできごとは、地球を一望する体験を機に約四十億年に及ぶ「生命進化の歴史」を実感したという人たちがいたということである。

 アポロ九号に乗り込んだラッセル・シュワイカート氏は、宇宙遊泳しながら地球を見たときに、かつて海中にしかいなかった生物が、はじめて陸上に上がってみたような気分を味わい、自分は地球の生物進化史の大転回点にいるのではないかと思ったという。

 また日本人宇宙飛行士の毛利衛氏は、自分が宇宙へ行った意味を突き詰めて考えていくうちに「生命とは何か」という問題に行き着き、約四十億年の生命の歴史を概観する中で人間が宇宙に進出する意味が見えてきたという。

 そして他ならぬベルクソンもこれらの惑星間飛行士と同じく、「惑星間からの眼差し」で地球上の生命進化の歴史を一望しながら、生命の本質に迫っていくのである。

 ベルクソンの『創造的進化』では、生命の役目は「物質のなかに不確定性を挿入する」ことであり、その本質を「動物的生命にせよ植物的生命にせよ、生命全体は、その本質において、まずエネルギーを蓄積し、ついでそれを従順で変形可能な経路に放流しようとする一つの努力」と定義している。

 いわゆるベルクソンの言う「生命の躍動」(エラン・ビィタール)は、あまりにも有名になりすぎたが、その比喩には今もうならせるものがある。ベルクソンは『創造的進化』のあるところでは「生命は全体として一つの中心から伝播する一つの巨大な波」とか「上昇する波」と形容し、ある所では「榴霰弾」の比喩が使われ、それが発射されると直ちにいくつかの破片に砕け散り、その破片がさらに破裂するといった進化の過程が描写されている。

 この「大いなる創造力の流れ」は、植物においては太陽エネルギーをクロロフィルの機能によって貯蔵し、動物においては「感覚ー運動系」を発達させることによって「物質のなかに不確定性を挿入」してきた。

「大いなる創造力の流れ」は、障害に出会って「榴霰弾」のように次から次へと分化していく。その第一は植物への方向だが、意識は植物にあっては昏睡状態にある。第二の方向は、動物への流れであってここではさらに幾多の支流が生まれ、特にベルクソンは節足動物の本能と脊椎動物の神経系の発達に注目し、そこに「大いなる創造力の流れ」が一番、自由に奔流している光景を見ている。

 が、この「大いなる創造力の流れ」は、地球上においては物質の強い抵抗を受けて種という地点で停止せざるを得なかったという。進化の頂点にある人類もやはり種という停止点にあることには違いない。そしてその無限の種は、生命と言う「上昇する波」と物質という「下降する波」が交わるところに生まれるという。

 ベルクソンは、この物質の方向への逆転を「転倒」とか「中断」とか名付けている。「大いなる創造力の流れ」の中断から知性と物質が生まれ、それは流れの面から言えば「転倒」である。いわば生命全体は「浮き上がる浮浪」のように、あるいは「潮流」のようにうねり流れるが、物質によってその表面は「渦巻き」の運動に固定された。

 ベルクソンは、このように地球における生命進化の模様を概観しつつ、惑星的生命論≠ニも呼ぶべき論を展開していく。

「もし、生命が、本質的に、利用可能なエネルギーを手に入れてこれを爆発的な活動において消費することをめざすものであるならば、生命は、おそらくおのおのの太陽系、おのおのの惑星において、地球上におけると同じように、そこで生命に課せられた諸条件のもとで同じ成果を得るのに最もふさわしい手段を、選ぶはずである」

 この『創造的進化』における壮大な生命論は『道徳と宗教の二つの源泉』ではさらに具体性を帯びてくる。

 ベルクソンにとって、生命の本質は宇宙の場所が変わっても同じであって、それは、前述のように徐々に蓄積された潜在エネルギーを突如として放散し、自由な行為とする点にある。従って「すべての恒星を取り巻くすべての遊星に、生命の息吹がかかっているということは充分考えられる」と言う。

 ベルクソンはその生命の原理に従って次のような異様な発言をしている。

「生命が出会う条件は千差万別だろうから、それのとる形態はこのうえなく多種多様となり、われわれの想像とは極度にかけ離れているではあろう。………宇宙のわが地球なる部分では、いなおそらく、この太陽系全体をとってみても、そのような存在者が生まれてきうるには、彼らは一つの種を形づくるほかはなかった。……太陽系以外の場所では、一つ一つがすっかり違う個体、種を形づくらぬ個体ーーそれもやはり多数であり、また可死だとはしてもーーのみが存在しているかもしれぬ。この場合ではまた、そうした個体は一挙に、そして完全な形で実現されたであろう」

 つまり、地球上の生命の顕現は、物質という固いものに制限せざるを得なかったが、他の惑星ではもっと軽やかで自由な生命の顕現が実現しているかもしれないというのである。

 わが地球ではこのような高度な生命のストレートな顕現は可能ではなかった。物質と生命の理想的な相互浸透がなかったからだ。惑星間哲学者のベルグソンは次のような興味深い言葉を残している。

「この地球上では、生命を補足するものとして見い出される物質が、生の躍動力を益するように造られていたとは、どう見ても信じられない。つまり、根源にある衝き動かす力が最後まで分割されぬままに保たれはしないで、それは分岐しながら前進する幾流れもの進化を産むこととなった。この力の中心が通過した線上においてさえ、この力は結局その働きを使い果たすことにより、あるいはむしろ、もとは直線運動だったものが旋回運動に変えられてしまった。この進化線の先端に位置する人類も、まさしくこの円のうちで旋回しているのである」

 それでは、これまでの地球という限定された環境から解き放たれたとき、生命はどのような姿を見せるのであろうか。これは宇宙船という無重力状態における生物実験や細胞培養に止まらず、これからの生物学にとってとても興味ある分野になっていくと思う。

 この点、野澤重雄氏のハイポニカ(水気耕法)によるトマト、キュウリ、サトウキビなどの栽培は示唆にとんでいる。一株のトマトから一万三千個ものトマトが実るという驚嘆すべき栽培法の基本は、野澤氏によると本来の生命力は、いまの地球自然の状態では発揮されておらず、その制限している原因である土という塊から解き放ち、養液を流速を与えて循環させている水の環境に置いてやると本来の驚くべき生命力が現われてくるというのだ。(図2参照)                                                               [2

  同氏によると生命の本質とは「生長・発展する力」であり、「変化し、動いている」ものである。この本質を引出す環境を設定すると生命は無限に生長する右上がりベクトルをとるという。生命は変化、動きを通してその本質(生長・発展する力)を露にしていく。

 言わば、地球上における生命は物質という強い抵抗に合いながら顕現している「生命の見かけの現象」であり、ベルクソンの言うエネルギーの蓄積と爆発という「生命の本質」をおおい隠しているというのだ。

 繰り返しになるが、ベルクソンにとって進化の花形である種の誕生は、その花々しい見かけとは違って「大いなる創造力の流れ」の中止を意味した。これは、ちょうど南方熊楠の粘菌の研究を思い出させるものがある。

「粘菌が色あざやかな子実体を形成してみせれば、人々はそこにまぎれもない生命活動のしるしを、みいだそうとするだろう。しかし、そのときには、じっさいには粘菌は確実に死に接近しようとしている」[3

「大いなる創造力の流れ」が地球上において様々な種に顕現したとき、実はその流れは止まり、死に接近しているとも言えるのだ。

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1]野澤重雄著/『生命の発見』(PHP研究所)

2]中沢新一著/『森のバロック』(せりか書房)

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2、ベルクソンの神秘主義の特色 .
  

   ベルクソンの思想史において、『道徳と宗教の二つの源泉』は『創造的進化』の結論の延長線にある。ここでは『創造的進化』において執ように生物学的事実を積み重ねた地点から、直観(エラン・ビィタール)はエラン・ダムールすなわち「愛の飛躍」へと発展する。

『道徳と宗教の二つの源泉』の題の通り、ここでは道徳と宗教にも「二つの源泉」があることが説かれ、各々、「開いたもの」と「閉じたもの」と二種の形が説かれている。

 まず、道徳における一つの源泉とは我々が普通、義務と呼んでいるものである。これは社会自体を保全するために生まれてきたものであり、自然的秩序と社会的命令はいずれも強制という性格をもっており、本質的に異ならないとベルクソンは見る。

 しかし、ここにもう一つの道徳がある。

 先の道徳を威圧的道徳と呼ぶならば、他方は聖者の呼びかけの道徳として、あるいは各人の聖者へのあこがれの道徳として、位置づけるられる。

 一方、ベルクソンは、宗教においては「静的宗教」「動的宗教」の二種に区別する。「静的宗教」とは、知性が死の不可避性を表象し、生命の飛躍を弱め、時には生命を絶つにさえ至るーーこの知性の生命への反逆に対する防御として成立する。知性は個人を目覚めさせ、利己的行為をさせる。

 ここに自然は知性に対抗するに知性をもってするしかない。架空の構想による人間の社会化が必要となり、それは古代にあっては精霊信仰となり、トォテミスム、神々の信仰となるであろう。しかし、これらはあくまで社会から分離しようとする人間に対する自己防衛にほかならず、人類にまで進化した生命をその到達した地点に依然として静止させるものだ。

 それでは如何にして、静止し、固定かしてしまった生命の閉じられた輪≠破裂せしめ、生命の飛躍をなしとげるのだろうか。ここにもう一つの宗教ーー動的宗教が登場してくるのであるが、この動的宗教は、静的宗教が知性に相対するものに対して、やはり直観の深化によるものだということを強調しておかねばならない。

 この内なる大冒険≠果敢に遂行した人こそ、大神秘家でなくてなんであろう。ベルクソンの筆に熱みが帯びてくるのも、ひとえに大神秘家を粗描するあたりからである。

 そしてこの大神秘家を「物質中を貫いて放出された精神の奔流が、おそらく達しようと望みながら現実には到達できなかった地点」に立たしめた所に、ベルクソンの神秘主義のユニークなところがある。

 前述のように地球上の生命は数々の困難に打ち勝って、人間種という頂点に到ることができたのだが、ここでも物質の力は強く、エランは弱まり、言わば種という呪縛のもとに縛りつけられたぬままなのである。

 ベルクソンの説く大神秘家とは、まず何より、この停滞したエランの輪を打ち破り、はるか前方ーー前人未踏の境を見せてくれる人である。そのために偉大な神秘家は創造的エネルギーの大奔流の源に還ろうとする。

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3、神秘主義の歴史とベルクソンの「完全な神秘主義」
  

井筒俊彦によると、神秘主義は、西欧においては純然たる歴史概念だという。「それはイオニアの自然体験及び密義宗教に端を発するヘレニズムと、旧約聖書に端を発するヘブライズムとの二大宗教思潮がキリスト教を通じて相合流し、中世カトリックの盛時を経て近世に入り、ついに十六世紀スペインのカルメル会的神秘主義に至って絶頂に達する観照精神の長くかつ複雑な伝統の上に立ってはじめて理解されるものである」[1

 また井筒は、「私は西欧の神秘主義にかんするかぎり、プラトニズムはギリシアに於いてはついに完成せず、かえってキリスト教の観照主義によって真の窮極の境地にまで到達するものと考える」と言っている。

 そしてベルクソンも、神秘主義の歴史を概観しながら「完全な神秘主義」を偉大なキリスト教の神秘家に見い出すのである。

 ベルクソンによると、古代のギリシア哲学には、その起源からオルフィック教などの影響を受け、その底には神秘主義が濃密に潜んでいることを指摘している。

 ベルクソンはギリシア哲学の発展の頂点としててプロティノスの哲学を取り上げて次のように言う。

「彼は脱我の境地までは行った。つまり、魂が神の光に照らされて自分を神の面前にあると感じ、あるいは感じたと思った状態までは達した。だがこの最終段階をさらに踏み越え、観照がついに行為のうちへ没していくところ、人間の意志が神の意志と一つになるまでには至らなかった。彼は頂上へ昇りつめたと思った。だからそこからさらに前進すれば、彼としては、下降するとになったろう。まさしくこの事情を、彼は実に感嘆すべき言葉で言い表わしているが、しかもそれは、欠けるところのない神秘主義の言葉とは言えない。ーー『行動は観照の衰弱である』と彼は言う。これによって彼を見れば、プロティノスは、依然としてギリシア主知主義への忠誠を守っている。…ただ趣致主義に神秘精神を強く浸透させはしたろう」

 要するにギリシャ思想はギリシア伝統の主知主義に忠実であり、ベルクソンの言う「完全な神秘主義」には到達できなかったという。ギリシアでは神秘主義と論証的思惟の違いは根本的であり、両者の創造的な結合は、稀だった。

 ところが、ベルクソンはギリシア以外では両者は混じり合って、互いに妨げ、どちらも究極へまで徹底できぬように働いたと見る。

 例えばインド思想においては、その苛烈な自然環境によりエランは停止し、生存意欲の滅却や、生からの逃避などが問題となり、やはり、「完全な神秘主義」には達しなかったとベルクソンは言う。ベルクソンは、インドではむしろ近代のラーマクリシュナやヴィヴェカーナンダなどに「完全な神秘主義」を見る。

「こうした人たちに見られる熱烈で行動的な神秘主義の誕生は、インド人が自然によって圧し潰されていると感じていた時代、また、人力による介入が無益だった時代には、とうてい望むべくもなかったろう。幾百万という不幸な人たちが、避けるにも術のない飢饉のために、倒れていくほかなかったという時代に、何ごとがなされえようか。インドの厭世思想は、主としてこの無力感に源を発していた。そしてまさにこの厭世的態度によって、インド人はその神秘主義の貫徹を阻まれたのであって、それというのも、完全な神秘主義は行動にほかならなかったからである」

 いわゆる古代のギリシアにもインドにも「完全な神秘主義」が存在しなかさたのは、エランが不足するとともに、このエランがその物質的環境や偏狭すぎる知性の反対を受けたからだった。

 ベルクソンは「完全な神秘主義」を次のように定義する。

「神秘主義の極致は、生が顕わにしている創造的努力と触れ合うこと、したがってまたこの努力と部分的に一つになることにある。この努力はただちに神自身ではないとしても、神に発するものである。偉大な神秘家とは、人間種の物質性のゆえに指定されたさまざまの制限を乗り越え、神の働きを続け、かくしてそれをさらに先へ伸ばしてゆくような個性のことであろう」

 具体的には、ベルクソンは「完全な神秘主義」を実現した人々として、キリスト教の聖パウロ、聖テレジア(スペインの神秘家でカルメル山修道団の創始者)、シェナの聖カテリナ、聖フランシス、ジャンヌ・ダルクなどの名前をあげる。ベルクソンはそれらの個々の事例には深入りすることなく、「完全な神秘主義」に至る特徴を指摘している。

 特に十六世紀スペインのカルメル会的神秘主義には、井筒と同じく西洋の神秘主義におけるクライマックスを見ていたようで、彼が晩年、その研究のためにスペイン語の修得に努めた話は有名だ。

 例えば、聖テレジアは、幼少のころから宗教的幻覚や陶酔の経験があり、初めは殉教者、隠者の道を志したが、四十二歳の時、アウグスティヌの『告白』を読んだのを転機として、尼僧院の改革に立ち上がったという。彼女は四十三歳の時には初めて脱魂状態を体験している。神が彼女に天使を遣わして、焼けた金の矢で彼女の心臓を貫いた。それと同時に彼女は神に対する熱愛に燃え立つのを覚えたという。従って恍惚の修道女というイメージが強いが、その後の数多くの修道院を開設したりした活発な対人実践活動や『霊魂の城』『完徳の道』などの著作活動を見ると、ベルクソンはその神秘体験よりもその行動的だった人生に共感していたものと思われる。〔2

 もちろん、ベルクソンの関心はあくまで、神秘家一人一人の体験や行動であって、キリスト教という器≠ノは目は注がれていない。ベルクソンは身近なキリスト教の神秘家に「完全な神秘主義」を見いだしたのであって、彼がもし東洋に生まれていたならば仏教やイスラム教などの偉大な神秘家たちに深い関心を寄せることは想像にかたくない。さらに日本の神秘主義の歴史を知っていたならば、中世にきら星のごとく出現した偉大なブッティストたち(空海、最澄、道元、親鸞、蓮如、明恵…)に「完全な神秘主義」を発見していたかもしれない。

 それはともかく、ベルクソンは、大いなる創造力の流れと一つになることこそが神秘主義本来の性格であり、完全な神秘主義は「行為であり、創造であり、愛でなくてはなるまい」と説く。

 それではベルクソンの言う「完全な神秘主義」への到達は如何にして可能なのだろうか。

 彼の説くところに従うと偉大な神秘家のトランスフォルマションの課程には相互の一致が認められ、大きく次の三つの段階に分けられる。

 @転身のための序曲

 神秘主義一般に決定的な転身の序曲となるエクスターズの境地があることは周知の事実である。この脱我や見神体験や恍惚感が心理学者の絶好の分析材料になっていることは言うまでもない。彼らいわく、「そうした状態は精神病患者の場合にもよく起こる現象であり、精神衰弱の一状態にすぎない」と。

 これに対してベルクソンは確固として神秘家のそれと病者は違う秩序にいると断言する。

もっとも、それらの異常状態を病的状態と識別することが容易でないことも確かだ。そして他ならぬ大神秘家達は、その状態に甘んずることを自ら戒めた人であったのだ。

「こうした神秘家たちこそ、単なる幻覚にすぎぬかもしれぬ見神体験に対して、余人にまさって弟子たちを戒めた人たちだった。また彼らが自らなんらか見神体験を経験していた場合にも、彼らがそれに与えた意義は普通第二義的なものでしかない。それはちょっとした途上の出来事にすぎなかった。それは、極致に達するために越えられねばならぬものだった。また恍惚や脱我も、自分の背後へ遺して進まれるべきものだった。そしてその極致とは、人間の意志と神の意志とが一つになる状態である」

 A前方への跳躍のための「闇夜」の経験

 そしてこの脱我のあとに訪れるある「不安」をベルクソンは「完全な神秘主義」の一つの特徴とみる。

 神秘家は、トランスフォルマションの序曲として、自分を引き込む生命の奔流を感じ、魂の深層を震駭された、いっさいを包む大歓喜、自分がそこへ没してしまう脱我とともに神の懐に抱かれる。この瞬間、彼は自己自身の軸のまわりを旋回することをやめ、また種と個体とを互いに条件づけ合いながら円を描かせる法則をも一瞬離れる。

 これはイルミナション(證悟)であるが、神秘家はこれが、どれだけ続くか不安である。

「実際、この不安は、偉大な神秘家の魂が、まるで旅路を終えたかのように、脱(忘)我の状態に安んじるものではないということを示している。その不安は、たしかに休止といえば休止である。だがそれは、機関車が蒸気圧を受けたまま一時停止した様にも似て、前方への新たな跳躍を待ちながら、運動はその場で振動しながら続けられているといった休止である。もっとはっきりと、こう言ってもよい、ーー神との合一がどれほど緊密であっても、それは全面的とならぬかぎり、まだ最終決定的なものではない、と。……魂は思想のうえでも情感のうえでも、神のうちへ没してはいるが、それでもまだ、魂の一部が外に残っている。すなわち意志が残っている」

 大神秘家の魂はここで、漠然とした不安を覚える。この不安はさらに前進するために躍動がなされたということを示している。真の神秘家はこの脱(忘)我の状態に安んじるのではなく、

さらなる神との合一を願ってさらに飛躍しようとする。この不安のうちで立ち騒ぐ心こそ、彼が「完全な神秘主義」と呼ぶものの特徴をなすものである。

 この不安の感情が募り、魂全体を占領するに至れば、かの脱我の状態は消失する。魂はふたたび孤独となり、ときには憂愁のうちに沈むことになる。魂は何か大きなものを失ったと感じる。これが大神秘家たちの言っている「闇夜」である。

 聖テレジアと並ぶ十六世紀スペインの神秘思想家である十字架の聖ヨハネは、次のように言う。

「《暗き夜》を通り過ぎ、《カルメル山》の坂道をよじのぼり、そして《愛の生き生きとした焔》によって神と合一する。そして最後に、最も純粋な行為である《黙想》の中に憩う」[3

 B完全な神との合一

 この段階から、第一級の神秘主義の最終段階は近い。ベルクソンは、「この最後の準備状態を分析することは不可能であり、その機転は、神秘家たち自身も垣間見しえたか、しえぬかなのである」と前置きした上で次の様に述べる。

 神との完全な合一前に行われた、神によって用いられるに足りるだけの純度を備えぬもの、充分に強靭ならぬもの、しなやかならぬものを自分の実質からすっかり棄ててしまうなどの段階はあくまで準備作業のことである。脱我を通して神と合一しても長続きしなかったのはそれが観照にとどまっていたからだ。ところが、「闇夜」で死して蘇った魂のうちで働いているのは神であり、その合一は完全である。

「もう、ここからあとは、魂にとって満ち溢れてくる生があるだけだと言おう。あるものはただ、尋常ならぬ、巨大なエランである。魂は抗うに術もない力に押され、魂はこのうえもなく広大な企図のうちへ投げ込まれる。魂の全能力が静かに昂揚する結果、魂の視界は広げられ、魂は弱くとも、その実現する力は逞しくなる。わけても、魂は以前とは違ってすべてを単純に見るようになっており、この単純さが言行いずれにおいても目立ってくる。魂は、この単純無雑に導かれて、錯雑したーーとはいえ、その目にははいりさえしまいがーーさまざまな状況を突破してゆくのである。……こうした魂の自由は神の活動と一つなのである。この努力、堅忍力や持久を見れば、そこには精力の巨大な消費のあることがわかるが、このエネルギーは、必要なだけすぐさま恵与される。なぜなら、そこに必要な、惜しみなき活力の充溢が流れ出てくる源泉は、それこそ生の源泉そのものにほかならぬのだから。ここに至れば、さまざまな観照も、もはやはるかな背後にある。ここでは魂はすでに神性で満たされているのだから、神格の顕現は魂の外からのものではありえない」

 こうした偉大な神秘家の魂のうちで行われた、劇的な変化を周囲の人々は見分けることは容易ではあるまい。何故なら彼は神に対しては受身、人間に対しては働く者たる神の協働者の列に加わったのだが、その直観の深化は彼にしかわからないからである。

 それにこの高揚を彼は誇るどころか、かえって謙譲になって語ろうとしないからである。

 しかし、われわれが「完全な神秘主義」に至った大神秘家の言葉を聞くとき、我々の胸奥にはほとんど聞きとれぬほどではあっても、何かそれに反響するもを感じるし、崇高な精神に対する憧憬さえ抱くものがある。「完全な神秘主義」は真に驚嘆すべき展望をわれわれの前に打ち開いてくれるとベルクソンは言う。

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1]井筒俊彦著/『神秘哲学ー第二部 神秘主義のギリシア哲学的展開』(人文書院)

2]イーヴリン・アンダーヒル著/『神秘主義』(ジャプラン出版)

3]アンリ・セルーヤ著/『神秘主義』(白水社)

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4、大神秘家の切り展く新世界
 

   それでは「完全な神秘主義」に到達した偉大な神秘家は、如何なることを言い、実践したのであろうか。ベルクソンはそのような大神秘家たちには相互一致が認められるという。

「彼らはまず、自分の経験しているのは自由になった感じだと言っている。安泰感、快適感、裕福など、大多数の人間を繋ぎとめているものは、すべて、彼らにとっては全くどうでもよいものとなる。そうしたものから解放され、彼らはまず一種の軽やかさを、ついで喜悦を覚える」

「このように自由になった魂に対しては、物質的障害というような言葉を口にしてはならない。それは、障害を避けねばならぬとも、また動かさねばならぬとも答えまい。障害などは存在しない、とそれは言うに違いない。その道徳的確信は山をも移すとも言うことはできぬ。けだし、そうした魂は、移すべき山を見ないのだから、……障害などは存在せぬと言いきれば、障害は全体、ひとまとめに除外されてしまう」

 我々の知覚や知性は、善と悪、物質と精神など、常に二元的に対立させて考える対照化の傾向があるが、偉大な神秘家の切り開いた世界観は、徹底して明るい、一元的なものであり、ベルクソンは神秘家の経験の事実に即したオプティミスムは確かに存在すると断言する。

 神秘家たちはこうも言っているようだ。「私の直観しえた世界こそ、本物であり、君達の見ている世界は、実在(光)のリフレクション(影)にすぎない」と。

 また、偉大な神秘家たちはこうも言っている。

「自分の魂から出て神に至り、ふたたび神から人類へまで降りてくると言えるある流れの感じがある」と。

 この流れ≠ニは神が万人を愛し給う愛であり、大神秘家たちは、この神の愛を彼らの周囲へと拡げずにはおれない。この神秘家の愛は、哲学者の説いてきた同胞愛や、家族、祖国への愛とも違う。この愛は単に本能を伸ばしたものでも、観念から引き出されたものでもない。神秘家の人類愛は、これらとは全く違う、とベルクソンは強調する。

「なぜなら、この愛は、人情と理知の根元に、さらにまた爾余いっさいのものの根元にある愛なのであるから。この愛は、神の被造物に対する愛、つまり万物を創造したその愛と一つになっており、尋ねる術を知っている人には、創造の秘密を明かすであろう。それは道徳的というよりも、むしろはるかに超自然的(メタフィジック)本質のものである。この愛が欲しているのは、神の佑助を得て、種としての人間の創造を完成することであろう。……神秘家の愛の方向は生のエランの方向と一つである。すなわちそれは、選ばれた小数の人間に欠けるところなく十全に伝えられたこのエラン自体なのであり、これらの人々はこのエランを今度は人類全体へ刻みつけようとするのである。そしていわば現実へ移された逆説によって、これらの被造物ーー種としての人間ーーを創造する努力に変え、定義のうえから停止と決まったものを運動に変えようとするのである」

 生命の根源で大いなる創造力の流れ≠ニ一つになった大神秘家は、地球生命が人類という種に停止してしまったその限界を突破してその流れを再び動きに変えようとするのである。

 実際、われわれは、偉大な神秘家の人生を言葉を知るとき、目の前に広大な未知の世界が広がってくるとともに、自分自身も自由な境涯に出ることを感じないであろうか。彼らが身を挺して見せたものは、汲んでも汲んでも尽きぬ無尽蔵の生命の泉であり、戒律にがんじがらめになった、いかめしいものではなかった。

 例えば、聖テレジアは厳粛でしかも極貧の中にあっても修道女たちが素朴な賛美歌や聖歌を歌うことをつまらぬこととは考えていなかったし、聖フランチェスコ同様、彼女もいかめしさを嫌った。カルメル山における祈りと懺悔に費やされる厳しい生活は、多くの歌の調べに合わせて楽しげな精神でなされた。

「その偉大な〈改革者〉〔テレジア〕は、精神的すぎて『歌うより観想するほうがよいことだと考える』ような修道女を容赦なくやりこめた。そして彼女自身、修道院の回廊を急ぎ足に歩きながら、自分の最も高い神秘体験をちょっとした歌にして口ずさんでいるのを人々は聞いた。聖テレジアはあの言葉を絶した矢傷ーー熾天使の燃える矢が彼女の心臓を刺し貫いたことーーを歌っていたのである」[1

 大神秘家は、この神秘的エランを人類全体に直接に広げる方法ではなく、僧院や教団を設立して、そのエランを保存し継続する方法をとった。

「自然によって人類へ押しつけられた物質的制約に深大な変化が生じ、その結果、精神面での根本的転形が可能になる日までは、エランの保存と継続は、このような仕方で行われるであろう。これこそ大神秘家達の採った方法であった。彼らが、その漲り溢れるエネルギーを、何にもまして僧院や教団の設立に費やしたのは、止もえずにしたことであり、これにまさるやり方が他になかったからである」

 彼らを通して溢れ出た愛のエランはまさしく無限であり、彼らは自ら範を示すことによって人類を根本から造り変えていこうとするのである。

 ベルクソンが大神秘家の言葉を通して語る「神」とは、まず、何よりも愛であり、愛そのものが「神」なのである。そしてこの愛とは他ならぬ創造的エランそのものであり、ベルクソンにあっては「神」は、「神の愛」を受けるに値する存在を無限に自らの内から産み出していくものなのである。

「実際、神秘家たちが口をそろえて証言しているのは、われわれが神を必要としているように、神もまた、われわれを必要とし給うということである。もしわれわれを愛するためでないとすれば、どうして神がわれわれを必要としよう。神秘的経験に心を寄せる哲学者の結論は、どうしてもここへ落ち着いてこよう。創造とは、創造する者たちを創造し、神の愛を受けるに値する存在を仲間とし給う神の御業、と彼には見えてこよう」

『創造的進化』の中では、生命の創造的エネルギーは物質中へ突入し、障害に出会いながらも、それを限りなく乗り越えようとする、あくまで物質と対立するものであった。が、『道徳と宗教の二つの源泉』では、ベルクソンは大神秘家たちの直観を頼りにさらなる飛躍を試みる。そこから導き出される結論は、確かに生物学も『創造的進化』の世界をもはるかに越えてしまっている。

 しかし、ベルクソンは「科学に支えを求める直観がさらに伸ばされうるとすれば、それは神秘的直観によるほかない」と断言して積極的にその飛躍を試みるのである。その直観はわれわれの「存在」の根底にまで達せしめ、生全体の根源までまで導いていく。神秘家の魂とは、まさにこの種の特権に恵まれた人なのである。

 そこから導き出された結論は実に雄大であり、惑星間哲学者、ベルクソンの生命哲学のクライマックスを思わせずにおかない。

「創造的エネルギーとは愛にほかならず、また、愛されるに値する存在(者)を自らのうちから産み出すことを意味するものとすれば、こうしたエネルギーが世界をいくつともなく撒き散らし、またそこでは、世界の物質性とは、ーー神の霊性に対立するものとしてーー単に創られたものと創るものとの区別を表現するにとどまり、いわば交響曲の並置された音符と、それら音符を自己のうちから産み落とす不可分な情動との区別を表現しているにすぎぬ、といったことも充分可能であろう。こうした世界では、その一つ一つのうちで、生の躍動力(エラン・ビィタール)と生(なま)の物質とは、互いに相補的な創造の二つの面をなし、生が細分されていくつもの判然と違った存在となるのは、生がそのうちを突破してゆく物質の寄与であろう。またこの生が自らのうちに蔵している諸力も、物質のーーそうした諸力を外へ表わすものたるーー空間性が許す範囲内で一体をなしたままでいるであろう」

「物質」と「生命」という相反するカテゴリーが、神秘主義の示唆する宇宙の見方を徹底するならば、それは決して別々のものでなく、「単に創られたものと創るもの」との区別を表現するにとどまり、神の創造的エネルギー=愛=のもとに一体になって溶けこむ。

 換言するならば、神の創造的エネルギーを表現するためには、物質性が必要であり、そのエネルギーは細分化され、各々の種をうんだ。生の躍動力と生の物質とは、相補的な関係にあり、一体をなしており、ともに神の創造の二つの面をなしていると、ベルクソンは見る。

 この論をさらに推し進めると、地球における創造的エネルギーの頂点に立つ人間が出現してくるためには「無数の他の生物の出現も、やはりいっしょについてくるほかなく、最後にまた、およそ生命が可能となるために不可欠の荒漠たる物質世界もともに現われてこずにはすまなかった」ということになる。

 つまり、「生命」は宇宙という器に付加されたものではなく、かえって「生命」が広漠な宇宙を必要とし、創造したとするのである。

 この広大な宇宙には無数の銀河が存在しているが、神秘家はそれらの宇宙を単なる物質とは見ず、「神」の愛のエネルギーが、充満しているとみる。こうしたエネルギーが、銀河をいくつともなく撒きちらし、惑星を固定させ、生命を誕生させた。

 そして惑星の物質性と「生命」はお互いに助け合いながら、生命の最高度の顕現を目指す。これがベルクソンによると宇宙における生命の顕現のあり方であり、通常の進化のとった道だった。

 しかし、前述したようにわが地球上にあってはこうした相互浸透が可能でなかった。地球では、神という根源から発した「大いなる創造力の流れ」は最後まで分割されぬままに保たれはしないでそれはいくつもに分岐しながら前進し、この進化線の先端に位置する人類もこの限定(円)のうちで旋回している。

 この旋回運動の輪を突破した人こそ、偉大な神秘家であり、ベルクソンは地球における生命進化の頂点に偉大な神秘家を位置させるのである。

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1]イーヴリン・アンダーヒル著同前

 

 

エピローグ 新たな形而上学の創出のために

1、覚と不覚の往還運動の回復−−オウムの神秘体験の問題点

 

 第二部では、直観が必然的に神秘的なものに深まっていく過程を辿ってきたが、内なる解脱=最高の直観を求めて修行していた団体がどんな毒をまき散らしたかを間近に目撃したばかりであり、二十一世紀に新たな形而上学を創出するためには、その深い世紀末の暗を避けて通るわけにはいかない。

 オウム真理教の事件はある意味で思想家のレベルを計るリトマス試験紙の役目を果たしたように思う。特に私が固唾を飲んで見守っていたのは、二人の思想家の反応だった。

 その一人、中沢新一は、麻原と雑誌で対談したことがあったことなどから批判の矢面に立たされたが、私には彼が一般に言われている狡猾にこの事件に対処したとは思えない。

 サリン事件直後に彼がTBSで行った麻原に対する呼びかけは、決してパフォーマンスではなく、私にはこの不思議な男と直面せずにはおれなかった思想家の真摯な魂の叫びを聞くことができた。その後、彼がこの事件に対処してきた方法は、いわばオウムが落ちた暗闇を外側の価値観(道徳)から批判するのでなく、その内部に自分も身を置きながらその思想的、形而上学的欠陥を内から克服しようとするものだった。

 もう一人、注目していたのが、作家の宮内勝典だった。私は今も宮内がサリン事件の翌月だっただろうか、オウムの東京総本部に乗り込み、上祐史浩と直に対談したときの光景をありありと思い出すことができる。

 それはテレビで放映されたものだったが、結論からいうと、その対談は見事に噛み合わなかった。しかし宮内が「上祐の生の声を聞きたい」と誠実に時代の寵児と相対したことにより、上祐のしいてはオウムの神秘体験というものが見えてきた気がしたのだった。

 上祐は、宮内という「新しい世界モデル」を求めて彷徨する思想家に対して何の共感も示さなかった。私はひょっとすると上祐は宮内という男の中に潜んでいる、求道者の誠実な魂に気づいて反応してくれるのではないか、と期待していたのであるが、見事に裏切られた。

 宮内がヒマラヤの聖者にもらったという聖なる石を彼に見せたとき、上祐の顔には失笑に似たシニカルな表情が現れた。まるで彼はこう言っているように私には思われた。

「ステージの違うあなたの持っている石を私が持ってしまうと、私のステージが下がってしまうじゃないですか」と。

 いつまで経ってもお題目しか話さない彼に対して宮内は蓮華座を組みながら冥想して対時しようとしていたが、上祐の話に変化はなかった。

 私がここで言いたいのは、「聖なるもの」に対したときに宮内のそれは謙虚で「存在」との一体感を回復したいという切実な希求が感じられるのに対して、上祐のそれには妙なプライドと何か上から見下した軽蔑がにじみ出ているということである。

 他ならぬ上祐をはじめ、オウムの幹部は極限修行≠ナ「光の体験」などの神秘体験を経験し、彼らの言うステージ≠上げていった。また麻原はヒマラヤ山中で最終解脱者になったという。

 麻原が最終解脱する前に一緒に修行していたというネパールの山中のヨガ行者、パイロット・ババはテレビ朝日の取材の「あなたは解脱していますか」という問に次のように答えていた。

「それを自分で言うことはできない。なぜならそれを言うとエゴになってしまう」と。つまり、ババが言ったことを普遍化して言うとオウムの不完全な神秘体験=悟りは「自分は違う」というエゴに向かい、それは権力欲にもつながり、閉じられた世界を形成していくことになる。上祐の言うような神秘体験は逆に悟りの妨げになり、エゴを強化していくことになったのではないか。

 私は二人のちぐはぐな対談を見ながら、そう思わずにおれなかった。例えば神秘体験が自己観照の中に閉じこもる危険性について、偉大な神秘家の十字家の聖ヨハネは次のように戒めている。

「これらの人々は時として他の人間、聖人、あるいは天使ーー善いのも悪いのもーーの姿や形を見たり、また、ある種の異常な光や輝きを見たりする。不思議な言葉を聞き、その言葉を発する人物を見ることも見ないこともある。時にはそれがどこからやって来るのかわからずにこの上なく甘い香りを感じとることもある。……とはいえ、このような体験が肉体の感覚の上に訪れたのが神の御心によるものであろうとも、我われは決してこれを喜んだり助長したりしてはならない。そう、我われはむしろその起源が善いものか悪いものかを知ろうとしたりせずに、このような体験から身を遠ざけねばならないのである。なぜなら、こうしたものが外的で肉体的なものであるかぎり、それが神に由来する可能性は低くなるからだ。全面的に神そのものに由来するものは純粋に霊的な交感である。こうしたものにおいては、五感を介しての交感の場合よりも魂にとって誤つ危険は少なく、得るものは多いのである。五感を介しての交感は通常多くの迷妄の危険を伴う。なぜなら肉体の感覚は霊的な事柄を感じられるとおりのもの〔感覚印象〕として捉え、それを裁量したり、判断したりするのであるが、実際にはそうしたものとこれらの霊的な事柄では身体と魂、官能と理性ほどに違うものであるのだから」〔1

 ベルクソンの説く偉大な神秘家たちは、その神秘体験にとどまることなく、さらに「存在」の本源との完全な一体化を目指し、そして全人類への愛と行動を展開していく。どこまでも開かれた世界を我々の前に呈示してくれるのである。

 最大の問題は、ベルクソンの神秘主義にあっては、神秘家↓神との完全な合一↓人類への愛と行動という一連の精神の躍動、動きが、オウムにあっては、悟りへの階梯は不完全な神秘体験の前で止まってしまい、エゴへと顛倒してしまうことである。

 悟りなるものは「それで終わり」と思った瞬間、その精神の躍動は弛緩し、別のものになってしまう危険性を常にはらんでいる。偉大な神秘家にあっては、神(存在)との完全な合一は、そこにとどまることでなく、巨大なエランと一つになって再び、この世に還ってくる回路がいつも開かれているの対して、オウムの「偽神秘主義」はその回路が閉ざされたままなのだ。

 このことについて中沢は「十牛図」に関連して次のように指摘している。

「人間の世界をつくっている原理から離脱してより高い体験を得た上で、もう一回牛を引いて里に還っていくというのが禅の最高の境地なんです。その体験の中にとどまったり、同じ体験をもっている人たちだけで共同体をつくるのでは意味がなく、むしろ高度な内的経験や超越体験は前段階であって、いちばんの悟りは、それをもって人里にかえっていくことなんです」〔2

 この偉大な神秘家の悟りをベルクソンの言う直観の最も深化したものだとすると、その直観は決してその地点でとどまっているのでなく、常に日常の弛緩した意識との間を往還している。いわば「生の永遠と物質の両極端を直観は動く」(『形而上学入門』)のであり、これも二十一世紀の新しい形而上学が追求するテーマの一つになろう。

 その純粋で常に動いている直観をカルマと真理とのデータの入れ替えや単純な神秘体験で到達できると信じたところにオウムの闇があり、最大の顛倒がある。一体、大神秘家の独自な直観(精神の動き)を外側からの行動ーーPSIや薬を使ったイニシエーションーーで模倣しようとしてもできるわけがないではないか。そこには純粋な精神の運動を無限の点で再構成できると信じている知性の錯誤がある。

 井筒俊彦が最後の著『意識の形而上学』で展開した形而上学のように、真の修行者の意識は、常に「覚」と「不覚」の間で往還している微妙な運動そのものなのである。(図4参照)

 「『不覚』から『覚』へ。人は『始覚』の道を辿りつつ、『本覚』へと戻って行く……かくて、一切のカルマを棄却し、それ以前の本源的境位に帰りつくためには、人は生あるかぎり、繰り返し繰り返し、『不覚』から『覚』に戻っていかなくてはならない。『悟り』はただ一回だけの事件ではないのだ。『不覚』から『覚』へ、『覚』から『不覚』へ、そしてまた新しく『不覚』から『覚』へ……。『究覚』という宗教的・倫理的理念に目覚めた個的実存は、こうして『不覚』と『覚』との不断の交替が作り出す実存意識フィールドの円環運動に巻き込まれていく。
 この実存的円環行程こそ、いわゆる『輪廻転生』ということの、哲学的意味の深層なのではなかろうか」

 この「不覚」から「覚」への運動が不完全のまま途中で中断されたとき、意識は中途半端なまま、閉じられることになる。あのオウムのサティアンという窓の無い建物の異様さは、この休止してしまった精神を象徴しているようにも思える。

 これに対して偉大な神秘家の精神は能動的な開かれた動きそのものであって、自己観照の中に閉じこもることはない。むしろ、それに閉じこもることを戒めながら『不覚』から『覚』へ、『覚』から『不覚』へと絶えず円環しつつ、その直観を深めていくのである。

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1〕イーヴリン・アンダーヒル著同前

2〕中沢新一/雑誌『イマーゴ』19958月臨時増刊号 【徹底討議】「虚無感からの脱  出ーー精神世界の旅で出逢ったオウム真理教(青土社)

3〕井筒俊彦著/『意識の形而上学ーー大乗起信論≠フ哲学』(中央公論社)

 

 

2、惑星間哲学者の可能性

 

    これまでベルクソンを通して見てきたように、われわれの知覚や思考法、さらには生命の顕現のあり方も、地球上という重力などによって歪められた特異なものである。

 二十一世紀の形而上学は、その地球的知覚や思考の特殊性に歪められることなく、「存在そのもの」を思索することが求められてくる。その際、「惑星間からの眼差し」が重要な鍵を握っていることは既に「序」で指摘した。

 惑星間という地球的制約から解き放たれた無重力下で思索する、惑星間哲学者のテーマは、これまで見てきた地球的パラダイムの検証や生命の本質、さらには神秘主義の可能性だけにとどまらず、「時間」「空間」の相対性、重力の形而上学的意味、無重力下の生命の特性、他の惑星における生命の可能性、惑星間におけるテレパシーの可能性等々、宇宙時代にふさわしく遠大なものになっていくと思われる。

 ちょうど、宇宙で行った科学的な実験において、研究者が重力のある地上では思いもつかない現象が数多く見つかっており、新しい科学の発見および発想の転換につながるものもあるように、形而上学の領域でも宇宙での思索には新しい領域を切り拓く可能性が充分、あると思う。

 特に二十一世紀の形而上学が注目したいのが、何人かの宇宙飛行士が宇宙空間や月面であたかも偉大な神秘家と同じ神秘的直観を得たという事実である。〔1

 例えば月面で神の存在を如実に感じたというアポロ十五号のジム・アーゥインの場合は、次のようなものだった。神の臨在感は、知的認識を媒介にしたものではなく、「もっと直接的な実感そのものなのだ。…月ではちがった。祈りに神が直接的に即座に答えてくれるのだ。祈りというより、神に何か問いかける。するとすぐ答が返ってくる」というものだったという。

 またエド・ミッチェルも月から地球に帰還する間に次のようなピーク体験を経験する。アポロ十四号で月面での任務を無事にはたした彼は落ち着いた気持で窓からはるか彼方の地球を見た。それを見ながら「私の存在には意味があるのか、宇宙は物質の偶然の集合にすぎないのか」「宇宙や人間は創造されたのか、それとも偶然の結果なのか」…こういった哲学的な問いを発した瞬間に答が浮かんできたというのだ。

「それは不思議な体験だった。宗教学でいう神秘体験とはこういうことかと思った。心理学でいうピーク体験だ。詩的に表現すれば、神の顔にこの手でふれたという感じだ。とにかく、瞬間的に真理を把握したという思いだった。…すべては一体である。一体である全体は、完璧であり、秩序づけられており、調和しており、愛に満ちている。この全体の中で、人間は神と一体だ。自分は神と一体だ。自分は神の目論見に参与している。宇宙は創造的進化の課程にある。この一瞬一瞬が宇宙の新しい創造なのだ…こういうことが一瞬にしてわかり、私はたとえようもない幸福感に満たされた」

 また先にも触れたが、アポロ九号のラッセル・シュワイカートの場合の衝劇的な体験は、宇宙船の外に五分間出たときに起きた。彼は宇宙空間のまっただ中で一人浮いて下を見ると地球がえも言われず美しくあった。そこで彼が痛感したのが人間という種に対する義務感感だったという。そして彼は人類の宇宙進出は、太古において水中にしかなかった生物が初めて陸上に進出したときにも比すべき生物進化の一大ターニングポイントであることを実感したいう。

 これらの宇宙飛行士たちの意識の変容について共通したものを上げると、@知覚の拡大A思考方の変化などを上げることができる。

 例えばスペースシャトルからは、一度に地球全体を見ることはできないが、「その丸い一部が真っ暗やみの宇宙の中で、薄青い大気におおわれて輝いていた。そして、どの宇宙飛行士も声をそろえていう地球の美しさ、神々しさが私にも実感された。地球の美しさは、まさに生命の輝きそのものに感じられた」(毛利衛)という。〔2

 この地球を宇宙空間から眺めるという共通体験は、地上の通常の知覚を一気に拡大し、地球上における分離する傾向のある知覚に甚大な影響を与えずにおれないものと思われる。

 そして宇宙空間ではその知覚の変化に伴い、われわれの思考法そのものにも重大な変化が起きることが、彼らの発言から伺うことができる。先のジム・アーゥインとエド・ミッチェルの場合、大神秘家の回心と同じような劇的な思考の転換が行われているが、そこまで行かずとも大なり小なり、思考方の転回は行われている。

 例えば、彼ら宇宙飛行士は美しい地球に衝撃を受けるとともに口々に地球や人類との一体感を持ったと言っている。これは分離する働きを持つ知覚が盛んな地上ではなかなか持つことができない認識であろう。つまり、地上では行動の便宜にしかすぎなかった均質的な認識の形式(空間の図式)に変化が起きている。ここでの空間はまさに「生命の輝き」に満ちたものに変貌している。

「時間」に対する思考法も宇宙空間では変わらざるを得ない。例えばスペースシャトルは地球を九十分で一周するというから次から次へと時間帯の違う都市を宇宙飛行士は目撃するわけだ。いわゆる地上の「時間」なるものがいかに相対的なものであるかが分かるという。

 また毛利衛氏には次のような体験があったという。

「私は科学者として宇宙に実験を行うために行ったので、できるだけ感情を排し、たんたんと無機的に仕事をこなすように努めた。顕微鏡で細胞を見ながら地球や宇宙のことを考える余裕はなかった。ところが、疲れてふと見上げた丸い窓に見える地球の表面の模様が、今あたかも見ている生きている細胞のように見えたのだった」〔3

 つまり、ミクロの細胞とマクロの地球が、大きさは違うが一つのつながったものに思えたというのである。

 これらの思考の変化は、知覚の拡大とともにおこるベルクソンの言う直観に類する経験に違いない。

 この宇宙体験=直観を地上に戻り、哲学的に検証してさらにその意味を深めていく、形而上学的作業。先に述べた「覚」と「不覚」の精神の往還運動をこれからの惑星間哲学者は、宇宙と地球との往還運動とともに行うことになる。

 私は二十一世紀の形而上学は、そのような宇宙体験とそれに基づく哲学的な省察が一体となったものになると考えている。それは明らかに井筒の言う「哲学の訓練を経ない神秘家なんていうのは酔っぱらいにすぎないし、他方、神秘主義的体験の無い哲学者なんていうものは、概念的にしかものを考えることのできない明き盲みたいな合理主義者であって、存在の真相などわかりっこない」〔4〕という、神秘家かつ哲学者という生き方を選択させることになろう。

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1〕立花隆著/『宇宙からの帰還』(中央公論社)

2〕毛利衛著/『朝日新聞』1995326日付朝刊「人はなぜ宇宙をめざすのか」

3〕毛利衛著同前

4〕井筒俊彦著/『叡知の台座』(岩波書店)

 

 結びの考察ーー機械化は神秘精神を招きよせる

 

    科学技術と現代知性の臨界点に立つ宇宙飛行士の中に偉大な神秘家と等しき経験を持った人が出できたことの文明史的な、そして地球四十億年に亙る生命進化史における意味には、われわれの想像以上のものがあるのではないだろうか。

 そしてそれは、ベルクソン哲学から見るならば、決して偶然ではないのである。

 惑星間哲学者のベルクソンは今から六十年も前に次のように言っていた。「機械化そのものの中に神秘精神を招きよせるものがある」と。

 ベルクソンによると我々の文明が成しえた近代化、機械化には思わぬ肥大化があった。石油、石炭、水力電気などを動力とし、数百万年の間に蓄積された潜在エネルギーを運動に変える機械は、「われわれの身体機構に実に巨大というほかない拡張をもたらし、また真に恐るべき能力、大きさの点でも力の点でも身体との釣合いのとれぬ能力を与えたのであって、この変化は、人間種の構造のプランのうちには、それに対する備えは明らかに何もないほどのものだった。これは二つとはない機会、人間が地球に対して収めた物質上の成功中最大のものだった」(『道徳と宗教二つの源泉』)という。

 が、身体が法外に肥大しているのに、その内なる魂は依然もとのままであり、この身体を満たすにはあまりにも小さく、またそれを導くにもあまりに弱すぎる。ここからして、身体を魂との間に空隙が生じ、数々の恐ろしい社会問題、政治問題、国際問題が生じており、今日、この空隙を塞ぐために、組織を欠いた、また実りのない努力がおびただしく費やされる結果にもなっているという。

「ここで必要なのは、潜在エネルギーのーーただし今度は物質的ならぬ精神的なエネルギーのーー新たな蓄えであろう。だからわれわは、先には神秘精神は機械化を招き寄せると言ったが、こう言っただけでやめるわけにはゆかない。われわはつけ加えて、肥大した身体は、魂が補われるのを待っており、機械化は神秘精神を求めてやまぬと言おう。この機械化の起源には、普通信じられている以上に神秘主義の精神がある。機械化がその真の方向をふたたび見いだし、その能力にふさわしい役割を果たすことになるのは、これまで機械化のためにますます地上に跼蹐させられていた人類が、これを通してふたたび真直ぐに身を起こし、目を天上に向けるようになった場合でしかあるまい」(同前)

 このような「機械化は神秘精神を求めてやまぬ」というベルクソン哲学にあっては、人間の知性を総動員して地球に住む生命の限界に挑む宇宙飛行士がその機械化の象徴の宇宙船にこもってーーあたかも洞窟にこもって修行していた空海が宇宙体験をしたようにーー神秘体験するのも不思議ではない。

 しかも、機械化と真の神秘精神とは、お互いに助け合いながら、かつて地球を駆け抜けた「大いなる創造力」が人間という種で停止した地点からさらに飛躍を試みて、生の息吹を再び活性化し、この物質性の強い地球にも「宇宙本来の職分」が実現されるようつとめるに違いない。

 いわば神秘家=宇宙飛行士は、人類という種ばかりでなく、地球四十億の生命の歴史を背負っている。

「海は魚、陸は昆虫、空は鳥という彼らが果たした生命の歴史をたどる時、必然的に新しい人間の位置と役割も私には見えてくる」〔1〕と毛利氏は言ったが、ベルクソン哲学からは偉大な神秘家と宇宙飛行士の位置と役割がよく見えるのである。彼らははその四十億年に及ぶ生命進化の頂点に立って種の限界≠突破しようとしているのである。

「今ここに、神秘精神を恵まれた天才が現われたとしよう。彼は背後に人類を引き連れてゆくが、その人類は、すでに恐ろしく巨大となった身体を持ち、彼の力で変貌を遂げた魂を宿していよう。彼は、人類をいわば新しい種に造り変えること、というよりはむしろ、一個の動物種たらざるをえぬという必然から人類を解放することを希うであろう。…直観の縁うんで取り巻かれた制作的知性を宿す身体というものは、およそ自然の造りえた最も完全なものだった。それが人間の身体だったのである。生命進化は、そこでいったん停止した。しかし見よ。今や知性はその道具の製作を、自然が予想すらしなかった高度の精巧さと完全さにまで高めることによって、また自然には思いもよらなかったエネルギーの蓄えを、そうした機械のうちへ流し込むことによつて、人体の力など無にひとしい言えるほどの威力を、われわれに与えることになった。……そのとき、神的な人々の招く声が聴かれるならば、われわれの皆が皆その声に従いはしなくても、それに従わねばならぬことは万人が感じるであろう。またわれわれは進むべき道、われわれがこの道を歩めばそれを拡げることになる道を、悟るであろう。これと同時に、全哲学に対して、至高の責務の秘義(ミステリウム)が一挙に啓かれるであろう」

 人類をして依然として種という地球生命の限界点にとどめておくか、それとも種という停止点からさらにジャンプして新しい宇宙生命に進化するのは、他ならぬ人類自身の意志にかかっている。換言するならばここに地球上の生命は初めて「自己の進化の方向を主体的に選択しうる」〔2〕段階に来たと言える。

 この文明と生命進化の臨界点にあって、惑星間哲学者の先駆者、ベルクソンの説いたことを、静かに反すうしてみることは決して無意味なことではない。

 第二部で見てきたようにベルクソン哲学の頂点にあたるのが、その神秘主義であり、著書では『道徳と宗教の二つの源泉』である。ベルクソンは、亡くなる四年前の一九三七年の七十八歳の時に遺言書に著名している。この中でベルクソンは、すべての手記、講義や講演の彼自身のあるいは聴衆のノート、および、すべての手紙の公刊を禁じている。ということは、最後の著書『道徳と宗教の二つの源泉』こそが、惑星間哲学者ベルクソンのわれわれ人類への遺言だったのだ。〔3

 作家、ノーマン・メイラーは、二十世紀について、どの世紀もやってこなかった死と荒廃と汚染をつくりだした世紀として位置づけており、今世紀には「形而上学的方向は未知のまま」〔4〕と指摘したが、ベルクソンはこの遺書≠フ中で二十一世紀の形而上学的方向性を明示してくれている。それはこの作品で見てきた通りであるが、その他にも悪の問題、死後の生やテレパシー研究の必要性などについても言及している。いわば、二十一世紀の形而上学の取り扱うべきエキスがこの著作には濃縮している。そしてその遺書≠フ結末は次の文章で終わっている。

「遍く拡がった神秘的直観が世のうちへ弘めてゆくあの生の単純こそは、真に歓喜と言われてよい。そして、拡大された科学的経験によって得られる彼岸の眺めにおのずと続く生の単純もまた歓喜であろう。そこまでの完全な精神の改革がなされぬかぎりは、単に間に合わせの方策に頼り、次々に蚕食を進める『法的規制』に身を委ねるほかはなく、われわれの自然本性が、同じわれわれの文明の前に立ちはだからせた障害物を、一つ一つ取り除いてゆくほかないであろう。だが、われわれがその大いなる道を選ぶのであれ、ささやかな道を選ぶのであれ、一つの決断は絶対に必要である。人類は今、自らのなしとげた進歩の重圧に半ば打ちひしがれて呻いている。しかも、人類の将来が一にかかって人類自身にあることが、充分に自覚されていない。まず、今後とも生き続ける意志があるのかどうか、それを確かめる責任は人類にある。次にまた、人類はただ生きているというだけでよいのか、それともそのうえさらに、神々を産み出す機関と言うべき宇宙本来の職分がーー言うことを聴かぬこの地球上においてもーー成就されるために必要な努力を惜しまぬ意志があるのかどうか、それを問うのもほかならぬ人類の責任なのである」

 

 

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1〕毛利衛著同前

2〕立花隆著/『宇宙を語る』(書籍情報社)

3〕小林秀雄著/『人生について』所収「感想」(中央公論社)

4〕松井孝典著/『宇宙誌』(徳間書店)

「惑星間哲学者の便りーーベルクソン・ルネッサンス」終わり

19961月〜528日執筆)