グローバル神学の可能性

 


 21世紀の新しい神学を構築していくにあたり、詳しく紹介したい神学者が、遠藤周作氏も強い影響を受けたと云われているイギリスのジョン・ヒック氏である。ヒック氏は「宗教多元主義」なるものを提唱している。

「偉大な世界宗教はそれぞれ異なる地上の文化を反映しているが、どれもみな、私たちたの概念体系のおよぶ範囲をこえた超越的な究極リアルティにたいする人間の応答である。偉大な宗教はそれぞれ異なるしかたにおいてであるが、どれもみな真なるものであり、私たちのいいうる限り、多かれ少なかれ、同じくらい有効に、自我中心から神/超越者/実在者中心へと新たに向かう救済的な変革をもたらしている」『宗教多元主義への道』(玉川大学出版部)

 ヒック氏は、イギリスの戦後における宗教の多元化現象、すなわちキリスト教徒とイスラム教、シ−ク教、ヒンドゥ教のそれぞれの教徒が協力・共生している実例をあげながら、「宗教多元主義」という新しい考え方を提唱する。

 特にヒック氏は、キリストの存在を従来の神の受肉した“唯一の存在”としてとらえるのではなく、それをメタファー(隠喩)としてとらえることによって、「キリスト」中心から「神」中心への道の切り替えを説く。

 具体的には、「キリスト」中心の排他論に代わる第三の道として、「神」中心、あるいは「実在」中心の多元論を志向していく。この認識の転換を彼は「コペルニクス的転回」と呼ぶ。

「この観念は、キリスト教中心あるいはイエス中心の型(モデル)から、諸信仰の宇宙における神中心の型(モデル)へのパラダイム転換にあった。こうすれば、諸々の偉大な世界宗教を唯一の神的実在に対する人間のさまざまに異なる応答として見ることになる。そしてこれらの異なる応答は、異なる歴史的・文化的状況の中で形成されてきたところの、異なる理解の仕方を例示していると言えるのである」

 例えば「キリスト教の外に救いなし」とする教理は、神学的にプトレマイオス的である。キリスト教が諸信仰の宇宙の中心として見られ、他の宗教はすべてその周囲を回転し、その中心との距離の差をもって価値の等級が定まるものと見なされている。

「諸宗教の宇宙は神が中心にくるのであって、キリスト教でもなければ、他のどの宗教でもないという事実に到達しなければならない。神は光と生命の根源である太陽なのである。そしてすべての宗教はそれぞれ異なる方法によって、この神を反射しているのである」

「人間はより高い実在に向けて共に心を開くよう参集するということである。そして、この実在は人格的な創造主にして世界の主、人間生活に道徳的な要求を課する者として考えられている」

 そして神の名が「アドナイ」「ゴッド」「アッラー」「エコアムカール」「ラーマ」「クリシュナ」と多く存在することに対して、大きく次の三つの考え方があるという。

@存在論的に多くの神が存在する

Aある信仰共同体だけが想像上においてのみ存在する像を虚しく礼拝しているにすぎない

B万物の創造主である唯一の神が存在すること、存在の無限の充実と豊かさにおいて神は人間の思考による把握の試みをすべて凌駕している。そして諸々の偉大な世界宗教の信仰者たちは、事実上、この唯一の神を礼拝している

 ヒック氏も生長の家もBの考え方を支持していることは言うまでもない。

 ここから偏狭な神観ではなく、グローバルな神の捉え方、すなわち「グローバル神学」の可能性が切り開かれてくる、とヒック氏は強調するのである。

 彼はこのことを「宗教一致的時代」とも呼んでおり、次の聖典の一部を引用する。

「人がどのような近づき方をするにせよ、私はそのとおりに応じる。なぜなら、どのみち人の選ぶ道は私の道にほかならないからである」(『バガヴァッド・ギーター』4章11節)