日本に生まれた若い人たちへ

玉音(ぎょくおん)放送(=終戦の詔勅)があったことは、ほとんどの方が知っておられるのですが

その内容は知らない方が多いと思います。当時放送を理解できた方は、現在では80歳以上のはずです。

戦争に負けた=よくない記憶として話したくないという風潮もありました。主義主張の違いもありました。

そのため今では語り継がれることもあまりなくなったようです。

しかし、玉音放送の内容を読んでみると、その内容の深さには驚かされます。

終戦の詔勅は、謙虚で慈しみ深く知恵に満ちた歴史的な名文だったのです。

今国内では憲法改正がさけばれています。現憲法は外国のお仕着せだという主張もあります。

しかし、終戦の詔勅はあの時あの状況で、日本人自らが作成し日本人に呼びかけた文章です。

この放送から日本の戦後がはじまりました。日本人は大量破壊兵器で破壊された焼け野原に立って、

どのようにしていくべきだと考えたのでしょうか?終戦の詔勅には、その答えが書いてあるのです。

戦後日本の繁栄は、世界各国の協力の下に、

この言葉にそって長い苦難の道を歩いてきた人々の力によるものです。

従って、終戦の詔勅は、アメリカ人が最も大切にしてきた独立宣言にも匹敵する文章だと思います。

皆様には、この文章に流れる気持ちを感じていただき、

強くたくましく、謙虚で優しい日本人として生きていただきたいと願っております。

終戦の詔勅(玉音放送)を知らない人たちにも、一度はご覧になっていただけるようにお伝えください。

 

付記

 1)日本では、この戦争を大東亜戦争と呼んでいました。大きな東アジア地域の

   自立を求めた戦いという意味です。

   アメリカでは、太平洋戦争と呼ばれていました。アメリカがアジア太平洋地域の安定を

   求めた戦いであると言う意味です。

   第二次世界大戦とは、第一次世界大戦に対応した呼び方です。第一次世界大戦は20世紀

   の初めに全ヨーロッパを巻き込んだ大戦争でした。そのため、本来はヨーロッパ地域の戦争の

  呼び名です。しかし、大きな目でみると大国の覇権をかけた戦争という意味から、大東亜戦争を

  含めた戦争全体として呼ばれています。

  戦争は、国と国、正義と正義のぶつかりあいですから、このように、同じ戦争であっても、

  立場によって呼び名さえ違うのです。本書では、私たちの先輩たちの気持ちを探ることを

  念頭においておりますので、当時の日本の呼び名である大東亜戦争として統一しています。

  思想的な背景は一切ありません。

2)日本が大日本帝国と呼ばれていた時代は、立憲君主制でありました。従って国民という言葉

  のイメージは今のそれとは多少違います。原文に臣民とあるところはそのままに、文脈上、

  ひろく一般国民と理解できる箇所は国民として使い分けしています。

 

開戦の詔勅

終戦の詔勅(玉音放送内容)

玉音放送にまつわるエピソード

人類はなぜ戦争するのか?(あとがきにかえて)