オマハの風呂



 

アメリカの風呂はだめだ。どうしても好きになれない。

入浴にリズムがない。

まず軽く流して、フーと溜息をついて、

片足を湯船に入れて、アーと一呼吸いれてずっと殿部を沈める。

この一連の流れをつくれないバスタブ野郎のおかげで、

一日がしっくりこないことがよくある。

まず、湯船が浅すぎて、いくら足の短い私でも、

最初の一息を入れるための不安定な姿勢を作り出す必要はない。

下枝のわずかな部分が浸るだけだ。

つまりどっぷり感を味わう前の、

「まだまだ、まだまだ風呂に入ったうちに入らないよーだ。へっへっへ」

という感覚を作り出せないわけだ。

「じゃあ、最初から足を曲げてしまえばいいじゃないか」

と、言われるかもしれないが、

それには、足が短すぎて、最初からケツが浸かってしまうんだよ。この野郎。

そんなことはどうでもいい。

湯船の中に洗剤が最初から入っていると、

どこまで、済ませてしまったか、わからなくなることがある。

頭は濡れていれば洗い終わったことは想像できるが、

身体を洗い終わったのか、まだ洗ってなかったのか、忘れてしまうんじゃい。

あとから思い出そうとしても、その手がかりが洗剤で隠されてしまう。

2度洗ってしまうこともあるだろうし、

洗わずそのまま出てくることもあるだろうし。

決して私がアルツハイマ−に陥っているわけじゃないぞ。

じゃあ日本の風呂ではどうだったんだ。

そんな昔のことは忘れてしまったね。

1999.08.31

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