危険地帯



 バッテリーを換えていてよかった。

車のエンジンは快調に立ち上がり、

後輪は2、3回転空転をしながらそれでもすぐに地面を蹴った。

どうやらとんでも無い危険からの脱出に成功したようだ。



最初の頃、東京での生活はとても不安であった。

田舎でばかり生活していたこともあり、

私は都会の治安が気になっていたのである。

多くの犯罪報道は都会発だからねえ(最近はそうでもないなあ)。

住居は3階とし、身の回りの安全には常に気を使っていた。

でも1ヶ月もしないうちに慣れたせいかその気持ちは消失してしまっていた。


でもオマハに来たときあのときの不安が再審請求をしてきた。

治安を考えろと。アメリカは銃社会だからねえ。

住居はセキュリチイの行き届いた2階を選んだ。

しかしオマハはあまりにも田舎で平和すぎることもあり、

東京にいるときより平和ボケが知らないうちに潜行していた。



本日のお昼は外食。

いつもとは違ったおしゃれなファーストフードをということで、

少しダウンタウンの方へ足をのばしてみることにした。

時には大都会の雰囲気も味わってみたいものである
(オマハの何処に大都会があるんじゃ)。


ドライブスルーで注文するのも良いかもしれないが、

いまだにマイクを通しての注文では目的の品をゲットすることができない。

番号を言うだけで済むセットの品であればいいのであるが。

よって最悪の場合index fingerとして親しまれているが最近活躍できない

人差指の能力を多いに期待できる店内の方で、本日の活力の元を得ることにした。



空腹でうるさい胃袋に目的の品を詰め込み黙らせて、

満足感にひたりながら流し込む炭酸で食道に刺激を与えていた。

刹那不安がよぎった。

気づけば店内には従業員を除けば、

汚い袋に生活必需品を積めこみ、遠雷のようないびきで

私の周囲の空気をも震動させているおっさんと、

目が半魚人のようでうす薄汚れた暗色のコートの兄さんしかいなかったのだ。

そして私が陣取っていた場所は

従業員の方からは絶対的死角にあたるニューヨーク裏通りであった。

おっさんはおそらく華胥の夢を決め込んでいるのでいいとしても(アメリカ人だけど)、

問題はただでさえ不気味なのにブツブツと1人で会話を楽しんでいる兄さんの方である。

私との距離はわずか1m。

話しかけられたのかなと思って振り返り、

怪しげな空間からの風圧を感じことが危険な予感の始まりであった。

子供の時いきなり走り出して、野良犬に追いかけられたことがあったが、

この場面では同様の事が起こりうるという不安が全身から湧き出てきていた。

先方は私がまだフレンチフライを大量に残していることに気づいているだろう。

コークも半分も飲んでいない。

私がまだまだ店内にとどまるであろう事は計算済みで、

私に何か危害を加える前の緊張感を楽しんでいるのかもしれない。

今ここで立ち上がってしまっては、逃げる姿勢があまりにもあからさまだ。

でも意を決して立ち上がった。

すべての物は放置したまま、すぐ隣のトイレに入るふりをして

脱兎のごとく愛車へとかけ込んだ。
(私はトイレに行っただけで、また戻ってくると相手は思っているに違いない。)



愛車のタコメーターは日頃の倍の6000回転を示した。

ピストルの射程範囲から逃れなければとバックミラーをみて緊張がとけた。

ガラス越しに見える半魚人は何の行動も起こさず、

先ほどの場所で先ほどの姿勢を保っていた。

私の残した品々は寂しそうに私を見送っている。

杞憂だった。

なぜかまた急にお腹が減ってきて、タイヤもどうやらすり減った。  

2000.02.26

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