日記のようなものだねーん

2003年03月



2003/03/01

さあて3月だ。学会だ。

うわあああ、またまた、学会だああ。

データなくとも演題は出てたりして・・・。

だから、いつも困るんだ。

演題の締め切りの頃って、かなり前のことだから、

この時期になって追い込まれて

バタバタするなんて想像できないんだ。
(いつものことだろう?)

だからいつも抄録は誇大報告。

日本広告診査機構からお叱りをうけそう。

結局、私の妄想にかなったデータは得られないわけだから

学会前に焦って、泣いて、諦めて。

ところが今回はそれだけではなかったんだよね、うりゃあああああ。

出てきたんだ。このクソ忙しい時に。

頼まれていたけど、すっかり忘れ去っていた研究。

最初の頃は面白そうで、実験の真似事をしてたけど、

そのうち日々のデータを見るのが辛くて悲しくて、

放置するようになって久しくなると、

埃かぶって視界にも入らなくなって。

・・・・・・

その報告会が迫っているらしんだ。

追い込まれるってのも時にはいいけど、不整脈には気を付けよう。


2003/03/05 Tad国王の東京生活の焦げ目をつくらなきゃ
2003/03/07 Tad国王の東京生活の携帯電話に頬を赤らめて
2003/03/10
学会の準備で忙しい今週。

忙しいとはいっても、それを継続する体力も気力もない。

そんな私がかけ込んだ寺、近所の古本屋。

とても気軽なだけに安物買いの銭うんぬんの戒めも忘れて

日本経済に大いに貢献してしまった。

店員も漫画ばかり購入する怪しそうな中年親父が

まさか学会前とは気付くまい。

お忍びでかけ込んでいるのだ。

気付いてくれれば、私もにやけ混じりの喜び顔を

ふりまきながら逃げて見せたりするのであるが。

さて購入した娯楽物。

もちろん忙しいのだからそのすべてを読もうというわけではないが、

コントロール不能に陥る頻度の高い私の中枢に、

「残りはおあずけ!」が、通用するかどうか。


2003/03/16 Tad国王の東京生活の孫子の教え
2003/03/17 Tad国王の東京生活のスライドづくりで国家繁栄
2003/03/19
今回もいつものように私の携帯は不意をつかれ、

驚きの中で学会初日夜は

先輩M(教授様)主催の宴への参加を決意させられた。

以前から不思議な生物と理解していた先輩Mとその一味であり、

恐ろしい騒ぎになろうことは容易に想像できた。

若さを前面に押し出しているグループであり

踊り狂うことを生き甲斐としているはずである。

M先輩と不幸にも専門が同じだったことから、

この道に入っている私もその精神は同じなのであるが、

私の場合は歌い狂うことを生き甲斐にしている点で

この一味とは一線を画しており、

歩み寄りは今のところ期待できない。

さて、宴会場は釣り堀とタイアップしたかのようなところで

つった魚をそのまま料理してもらう。

これがおいしいのなんのって、100円寿司の比ではない(?)。

飲んで食べて飲んで食べて。

うわわわわ、頭いてええええええ。

学会は翌日も続く。




2003/03/25
3月の連休、春のお彼岸となれば、

胡馬北風に依るというかなんというか

「南だろ鹿児島は。」とつっこみをいれるというかなんというか。

とにかく鹿児島へ帰郷することになった。

先々週は福岡だったというのに、先週は鹿児島。

忙しいようなそうでないような。

アメリカから帰国する時、

9.11のあおりをくらった手荷物検査で

人種差別以外の何ものでもない屈辱を味わされたものだったけど、

なんと3月20日にイラク攻撃が始まったものだから、

羽田の手荷物検査がとんでもなく厳しくなって、

まさか私を都会人として優遇しないかと心配してしまった。

結局は一般大衆と同じように30分も並ばされてしまった。

べつに不快な思いはしなかったから、いいか。

さすが日本。私に優しい国だよ。

さて平和な郷里の鹿児島。

イラクの人々の災難からはあまりにも遠くかけ離れていて

お彼岸のおはぎを頬張る私は、

なんとなく罪悪感を感じてしまうようなそうでないような。

そうだ世界鹿児島化計画を推進しよう。

平和ボケしてしまうかもしれないけど

腹づつみを打ち大地をたたいて皆で歌えば、

おはぎをおいしくたべられるだろう。

でもその時は寝る前に歯を磨けよ。




2003/03/27
原稿の締め切り。迫り来る恐怖。

「ああ、また同じ状況だあ。」と、眠れない日々が続いていた先月。

そう。それはあくまでも先月の話。

原稿は済ませて追われる生活からは解放されていた。

先週その校正をしてくれとゲラずりが送られてきた。

原稿の最後には著者の紹介なんてあったりして、

生年月日、専門、趣味の記載を要求されていた。

趣味と言われてもいろいろあるけど、

カラオケなんて載せるのは恥ずかしいしなあと、悩んだ末

home page作成ということにした。

私が時代に取り残された親父ではないことを強調して、

若者の仲間入りを果たすつもりだったのだ。

ついでにTad王国(タイトルは載せずにアドレスだけ)を載せておいた。

すると出版社のほうから、

「アドレスを打ち込んでみましたが、それらしいサイト はありませんでした。」

「このアドレスをそのまま載せてもいいのでしょうか?ご確認ください。」と、書かれていた。

記載したアドレスはTad王国大使館で間違いないのであるが、

王国の中身が原稿の内容とあまりにもかけ離れていたことから、

出版社が疑問に思い指摘してきたようなのである。

「いけないんか?日頃の私がこんなんでは。」

「研究は研究。国王は国王だ。(?)」

結局、出版社の希望どおり、アドレスは削除して

趣味はインターネットと変更してしまったけど。

単なるオタクになっちまったよなあ。響きとして。

まあ、いいか。今風だし。




2003/03/31
イラクで戦争が始まったし、

鹿児島への帰郷などいろいろ大変な事件を間に挟んでしまって。

福岡での学会最後の晩のお話はまだ、

載せていなかったから早速ペンをとりましょう。



九州といえば福岡。あこがれの地。

私が誕生した聖地でもある福岡。

さて、そんな福岡で高校時代の友人達が日々の生活を営んでいるということであれば、

金曜の夜は彼らを呼び出さないわけにはいくまい。

今年は鹿児島の方でも年始に同窓会があったし、また頻回に帰郷しているから

双児の親父KI君や本人が双児の片割れI君とは会っていたのだけど、

なんていったって今回は

学生時代、解語之花と形容された Flowerfield55さんとも連絡がとれている。

彼女にはアメリカ留学中にTad王国大使館を発見していただき

ネット上では劇的な再会となっていたのであるが、

実際に会えるのは20年ぶりということになる。

そんなわけで苦しんだ学会会場をスキップで後にして

プチ同窓会の会場として選ばれたタイ料理屋へと向かった。

鹿児島脱出に最近成功し、

都会人デビューを果たした双児の親父KI君がよく利用する店らしいから

タイ料理屋にしておくにはもったいない位のタイ料理屋に違いない(?)。

待ち合わせ場所には比較的早めに到着して、

「遅いぞ武蔵!」と叫ぶのを喜びとしている私であるが、

今回はすでに双児の片割れI君が既に座して飲んでいた。

さすが薩摩人。積極的にアルコールにくらいついていく。

その後すぐに登場した双児の親父KI君は双児を自慢しながら、

そして大学時代の友人Sは白髪を自慢しながら、

「呑み取り槍」は俺の物だと呑み比べをしていた頃に、

残業で遅れていたFlowerfield55さんが光彩陸離たる趣で登場した。

「うをおおお。」

私の頂点が薄くなってきている分、

Flowerfield55さんも20年という、

流れた時の長さを再認識させられているのではないかと思うが・・。

それにしてもFlowerfield55さんは若かった。

でも同級生が集まるということは

同じ時代を生きた証を競い合うように出してしまうから、

周囲の若い子たちにはとても不気味な集団と映っていたことであろう。

悠久の歴史を伝えていく語り部たちの夜。いや楽しかった。

福岡よ。また遊びにいくぜえ。




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