日記のようなものだねーん

2002年12月





2002/12/04
あれっ?もう12月になっているじゃん。

長く更新をサボっている間に。

突然上野公園の裏側に呼び出され、

「生意気な奴だ。」と、

ビールを飲ませてもらったのは先月。

「いきなりのオフ会があああ。」

「こころの準備が出来ていないから、後始末もできないい。」と、

ええと、それでと・・・、

今週末は研究会があるから、

スライドをつくらにゃいかんなあ。

辛いなあ。あああああ、

でもって今日の更新はこんなもんで・・。



2002/12/06
明日は研究会。

発表のためのスライドは既に完成して手元にあるのだけれど、

どうも作成時に勘違いしていたようで、

論点がはっきりしないものとなっている。

もう作りなおす時間もないので、

出来あがったスライドにのっとって話をするしかない。

抄録(予め示しておく発表内容)の提出がかなり前だったので、

語らんとしていた事を忘れてしまっていたのである。

最近では実際にスライドは作らずに

愛機マックを会場にもちこんで、

コンピュータ上の画像をそのままスクリーンに映しだす方法もある。

この方法だとスライド原稿を写真屋さんに持ちこむ必要がなく、

プレゼンの時間ぎりぎりまでスライド作成が可能だ。

つまり今回のように間違いに気付いても、

問題なく訂正できるわけだ。

しかし今年3月の研究会でのように

発表途中でのトラブル発生でじたばたしてしまう危険はある。

あの時は突然愛機がおかしなり

「あっ」と叫んでしまったすべてをマイクに拾われて、

会場全体を私の悩ましい声で包んでしまった。

聴衆の精神的苦痛はいかほどであったか・・・。

やはりちゃんとスライドを作成して臨まないと人道に反する事になる。

いや、そんなことはどうでもいいや、ええと、

この勘違いスライドどうしよう。



2002/12/07
聴衆の殆どいない研究会だったけど、とりあえず終わった。

久々に自宅でゆっくりとくつろげる週末の夕暮れである。

「とても落ちつくなあ。」と、ビールにつまみは柿の種、

そしてテレビで満足感を完成させていた。

しかし、くつろぎが恍惚状態へと移行しかけた時ふと気付いた。

「あれ、我が家の騒音メーカーどもがいない。」

日頃は頭痛の種となる騒音どもだけど、いないと寂しいものである。

「もしや、拉致されたのではないだろうな。」と、心配になり

嫁の携帯をならしてみた。すると、

嫁:「あれ?何してるの?」

私:「いや研究会も終わった事だしくつろいでいるんだけど。」

嫁:「何故家にいるの?」

私:「いや、何故と言われても?」

そ、そうかああああ。

研究会と言えば大抵その後に懇親会がついている。

我が家の会話基本文型「今日は研究会があるから。」は、

「今日は晩メシいらない。」と同じ意味なのである。

ところが本日の会は3時過ぎには終了することになっていたから、

実は嫁にとってはなんのメリットもない会だったのである。

嫁を含めた騒音メーカーどもは

私がいないのならと外食楽々プランを敢行していたのであった。

私:「へっへっへー愚か者。今日はメシがいるんだよおおん。」

ところが、そのすぐ後に

「もしや、愚か者は私なんではないか?」といった不安が私の心を蹂躙した。

嫁は家にはいなくて、家には私が1人。嫁どもは夕食を済ませて帰ってくる。

「うげええええ、夕食にありつけねえじゃん。」

独身時代以来の寂しさ風味ラーメンを

1人いただく週末の夜となったのだった。



2002/12/08
雨がふりとても寒い日曜日。

こんな日に外出するならやっぱりマイカーとなるのだろうか。

千葉の田舎が何処も大渋滞。

我が家で唯一残っているアメリカ風な行事。

家族でくり出す週末の買い出し。

食料品やら生活用品やらを大量に一気に買い込むのだ。

どでかいスーパーだったアメリカでは、

ガキどもが横一直線に並んで闊歩しても

他のお客さんの迷惑にはならなかったけど、

日本ではこやつらの一挙手一投足に気をつけてないと

積まれた商品をそこいらにぶちまけてしまいそうな狭さである。

つまり買い物とはいっても、

ガキどもの不穏な動きに注意しながらとりおこなうため、

神経の疲弊速度はメーターをふり切ってしまう。

「寒い日だし買い出しは勘弁していただけないだろうか。」

と嫁に訴えながらの起床だったが、

もちろん直訴は聞き入れてもらえない。

気乗りしない中で出かけた端から巻き込まれた渋滞だったのである。

仕方ないから近道としての抜け道へ入り込んだが、

「おいおいおい、みんな知っていたんかいこの抜け道。」

「これじゃあ抜け道にはならねええええ。」

「寒いんじゃあこらああ。早くうごきやがれええ。」

「くっそおう。こんな日に外出する奴の顔がみてええ。」


2002/12/10


関東が寒い。

昨日積もった雪がそのまま今日まで残っているなんて。

毅然とした態度で接せねばなるまい。

「うりゃああ、えいっ。」と、

意味のない動きの似合う私。

さて、そんな寒さの中、

我がラボの暖房機が動かなくなった。

どうやら室外機が凍ってしまったようだ。

「ま、寒いんだから仕方ねえか。」


2002/12/15
今年も忘年会の季節がやってきた。

忘年会といえばアルコールづけは必至。

いつもの私らしく、ビールとワインを交互に飲んで自分のステージをあげて
(危ない表現だなあ)

過ぎてゆく今年を惜しんでみせた。いろいろあったからねえ今年も。

さて、都内に住んでいない貧乏人の私達が東京で飲むということは

つぎなるイベントをもしっかりとやり遂げなければ、

翌日の日常に大きく支障をきたしてしまうことになる。

そう帰宅である。

いつもこいつに悩まされている私はいろいろと対策をねってきた。

電車の座席をゲットしたため寝込んでしまい

山梨、茨城と気が遠くなるほど遠方までは運ばれた事もあった。

よって電車では吊革に腕を通し立位を維持する。

これだと立ったまま意識が薄らいでいってもすぐには崩れ落ちない。

その作戦で今回も臨んでいたはずなのであるが、

はっと我に返ったときは行儀良く着席していた。

現状把握に少し時間を要したが、

どうやら終着駅の我孫子で目覚めたようであった。

終着駅といっても我が家とはさほど離れていない我孫子。

そうなのだ。乗り越してもあまり問題にならない町、柏に

我が家は新天地を求めていたのであった。

「よかったよほんとうに。」タクシーで帰っても問題ない距離だけど

最終電車までにはまだ時間があったので、登り電車に飛び乗った。

我孫子発の電車の中にはすでに明かに熟睡状態の客が乗っていた。

状況からして我孫子でのりこんだのではなさそうである。

おそらく都内から運ばれてきて途中寝込んだため

そのまま起きることなくまた都内へとおくり返されるお方のようである。

一往復ですんでいればいいのであるが、

2往復目ってことはないよなあ。と、余計な心配をしてあげたりして。

忘年会って大変な行事だよね。


2002/12/19 Tad国王の東京生活の屁がとまらないとわかっていても

2002/12/22 Tad国王の東京生活の恋人達の語らい




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