日記のようなものだねーん

2002年10月



2002/10/02
Tad国王の東京生活の戦後最大級の強さ迷惑
2002/10/07
Tad国王の東京生活のひったくり事件の被害者
2002/10/13
研究会が迫ってきてる。

前回それらしき会といえば半年以上も前。

この間鹿児島でウダウダしていた時期もあるから、

学問的なことは殆どやっていない。

いや実際は手を出していたのであるが、どれもこれもうまくいかず、

試薬を浪費していたわけである。

「だめだ、やっぱりこの仕事むいていない。」

そんな私が今回の研究会で出せるデータはアメリカでの仕事。

といってももう1年前の出来事である。

健忘症を患っている私にとっては、

そのデータの意味を思い出すのも大変なことである。

自分の論文を読んで、

「へえっ、そうだったのかあ。」なんて知識を深めたりして。

これも付け焼き刃の知識っていうんだろうなあ。

2002/10/20
湯煙が立つ温泉のくつろぎの場を

得体のしれない巨物が地響きを立てながら移動していく。

丁度私の背後での出来事であり、

頭を洗っていた私にはそれが何物なのか確認しなければ、

警報をだし続けている私の中枢神経は

ノルアドレナリンを枯渇させてしまう。

なんていったって湯桶の水が波打ちだしたのであるから

尋常ではないのだ。

早速頭皮の水を手刀ワイパーで払いのけ、

曇った眼鏡で確認してみたところ、

なんと我がラボが誇る巨人Oではないか。

旅の疲れを癒したい人々が

のぼせ気味に浸かる大浴場の大通りを突破して

露天風呂までの移動を試みていたのであった。

そう、ここは那須高原。

研究会ということで半日、

缶詰状態で研究の成果を非難いや評価しあうために来ていたのである。

ぎりぎりまでのスライドづくりで忙しかった先週、

発表でも充分聴衆のひんしゅくをかってしまったわけで、

ストレスのすべてを洗い流そうと温泉を楽しんでいたのであった。

早速私も彼の後を追って露天風呂へと赴いた。

すでに風呂の水位をあげていた彼をみて

アルキメデスなら何か法則でも見つけたのではないかと思った私は、

研究生活を続けるに相応しい人間といえるのでしょうか。

2002/10/22
Tad国王の東京生活の流血の中で
2002/10/27
ああ、遂に来てしまった10月の最後の週。

この週は台湾で酒盛りをしようと目論んだのは昨年の暮れだった。

とても近い国ということは金銭的に厳しい環境におかれていようとも、

「鹿児島空港で居眠りしていて乗り越しちゃったよ。」

的な気分でいけるではないか。

計画としては誰からも攻められようのない完璧さである(?)。快哉を叫ぶ。

でもただ単に観光ということでは、

職場の同僚の同意が得られないであろうけど、
(新婚旅行ならOKなんだろうけど・・。ええっ?不倫旅行じゃあダメなの?:出典「おいこまれたね」より)

学会の演題を出しているのであれば、

それはお仕事の一環ということになる。

旅行のパンフと中華料理の本を購入し、ついでに演題の応募要項も取り寄せた。

すでに心は南国台湾。

さて、そんな計画を進行させていた先々月、

いつまでたっても演題採否の連絡がこないことに気付いた。

そんなもんなのかと放置していたけど、

いよいよ心配になった先月、

学会事務局へとメールを出してはみたものの、どうも対応が悪い。

というより要をえていない。

イライラしながらそれでも、数回メールをやりとりしていて気付いたのは、

こちらから郵送した抄録が届いていなかったのである。

あの忙しい春に(いや、いそがしくもねえか)鹿児島から送った封筒。

それが、どこかへ拉致されてしまったということなのである。

そう、国際郵便はEMSなどを利用するといったことは鉄則だったはずなのであるが、

平和な日々を過ごしていてすっかり忘れてしまっていた。

アメリカのラボで中国人Mが自分の国へ大切な手紙を出すときは

別々に2通出すといっていたことを思い出した。

私もとりあえず簡易書留を使用していたのであるが、

日本国内にだけ有効なのだろうねえこれって。

折角仰々しくしてみたのだけどねえ。金返せ!コラッ

ということで、千葉での週末を楽しんでいる私。寒くなってきたねえ、今年も。


2002/10/30
「ううう、何も出ん。」

いや別にトイレにしゃがみ込んでいるわけではなくて、

試験管をふってるんだよねえ。

日本男児らしく大和魂でもって臨んだ本日。

「ふざけるなああああ、んなもんdataと呼べるかあ。」

と、いつもの雄叫び。これをやるとすっきりするのだけど。

「この一年何をやってきたんだああ。」

おっと、また出てしまった。

日本での研究なのだから日本らしさをと、

試験管に醤油や味噌を入れてみて何か出てこないかと思ったりもしたが、

食欲以外の何も出てこない。

つまり、研究はアメリカ風に、コークでも飲みながら、

明るくポテトチップの精神でというわけだ。

そんな中でもさらに放埒に振る舞っていた私のアメリカンライフ。

だめだろなあ。やっぱり。

ネクタイ締めて襟を正して時間厳守で臨むなんて。

「ううう、苦衷を察していただける人の中から

抽選で1名様に私の仕事を任せてあげます。」

「逃げるんじゃあない。コラッツ。」

Tad国王日々の記録室

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