日記のようなものだねーん

2002年08月



2002/08/01
我が家でミニトマトを栽培している。

我が家のエンゲル係数を減らそうともくろんでいるわけではなく、

子供の夏休みの課題としてあたえられたテーマがミニトマト栽培なのである。

ちゃんと育て、ちゃんと観察する。これが教育なのだ。

残念なのは、すでにその大半が死んでしまっていること。

これが教育のすべてではないから、まあ、いいか。

私が子供の時にも同様のものがあった。

ひまわりの観察。

腕白なガキであった私が折角の楽しい1日の時間の一部を

ひまわり観察に当てたとは思えない。

枯れてしまうといった危機を幾度となく迎えたはずだ。

しかし、偶然に訪れる雨がおそらくひまわりの生命を救ってくれていた。

いや、これが自然の厳しさというものなのだ。

私は小学生にしてそのことを理解していたのである。(単なる放置)

観察の一番初期に出現する双葉でさえも、

虫食い状態に追い込まれてしまい、

本来の姿は見たことがなかった。

毎日の成長は1週間位づつまとめて記録するから、

家族の証言をつなぎ合わせて

有りがたそうな記録でつじつまをあわせるのである。

親の全面的バックアップと修復の元に、

観察記録は完成した。

賞までもらったりして。理科の点数高かったよなあ。

他人のバックアップがないと研究が進まない今の私は、

この頃より形成されてきたのかもしれない。

「変男は、双葉より危なし。」である。

ちょっと辛いかな。これ。

2002/08/04
なんか連日、夕方から夜にかけて千葉の我が家周辺の天気は大雨。

しかも夏らしく稲妻を伴ってのおお騒ぎである。

アメリカでいうところのサンダーストーム。

なんかアメリカの中西部で経験していたそれよりも

激しい感じがするのだけども、

おそらくは家屋の密閉度がアメリカ程完璧でないために

雷の音がそのまま屋内まで届くせいなのであろう。

問題はというと、ガキ共が大騒ぎすることである。

ガキが寝入ることではじめて静寂さを取り戻すことができる

我が家のそのやすらぎの時間帯が

遅い時間へとシフトしてしまうのである。

なんということだああ。雷よお。

毎晩毎晩いやがらせのように。

我が家のように子沢山だと関係ないのだけれど、

2子目、3子目を狙っているカップルにとって

夜間の雷ほど迷惑なものはなかろうて。

ほっほっほ。明日にしなさい。




2002/08/08
Tad国王の東京生活のこの夏最高温度の恐怖
2002/08/09
アメリカから帰ってきて、研究を全くしていない私。

帰国時はやる気いっぱいだったのだけれど、

なんかこう、日常が忙しくなってしまって・・。

去年の今頃は終わらないプロジェクトにイライラしながら、

ボスへ不満をたれたりしていたのに。

あの頃って、今から思えば楽しかったといえるねえ。


昨夜、アメリカから論文が届いた。

覚えていない訳ではないけれど、

もう随分昔の出来事だったような気がして。

例によって私の英文がきれいに入れ替えられているから、

そう感じるのであろうか。

アメリカのボスは約束通り、

論文の仕上げをしてくれているから

私も約束通り

ボスとの共同研究のネタを探さなければならない。

まずは王国研究室でも覗いてみるか。

2002/08/11
またもや鹿児島へ帰らなければならない用事ができてしまった。

ネットで各航空会社の予約案内をにらみつけ、

圧力をかけてみるのであるが、

どうも満月様の輪郭でもって

形成されている顔では威圧できないようで、

空席が上がってこない。

ちょうどお盆の帰省時期に重なってしまっているせいなのである。

そういったわけで限りなく不都合といえるスケデュールを

立てさせていただける有り難いチケットを

購入させていただけることとなった。

思っていたより長期滞在になってしまうのである。

まあ薩摩写真館のネタ探しをもプランに入れておくということで、

ゆとりある滞在の意義付けをしてみるかねえ。

オートフォーカスを駆使してピントのあった写真を沢山撮るぞお。(?)

腕がなるなあ。

でも帰京時の台風襲撃は勘弁してくれよお。

だって鹿児島って写真にとるところそんなにないんだからなあ。

2002/08/15
Tad in 鹿児島のセミの鳴く町

2002/08/16
Tad in 鹿児島の老人にとっての快適空間


2002/08/18
Tad in 鹿児島の町の清掃作業が抱える問題

2002/08/19
予定外の帰郷ということもあり、

久しく拝んだことのない正規料金のチケット。

いつもならば3分の1以下の値段で購入できているから、

浮いた金で土地を購入していたのに。(一体何坪?)

今回はお盆の帰省に時期が重なっているから、

とれただけでもラッキーと考えなければならないのであろうが、

お盆が目的の帰郷でない私は、

この混雑はまったく、

とばっちりを食らった的感覚で受けとめていたわけである。

さて、帰京の方も17、18日はU-ターンのピークであり、

チケットは手に入らなかった。

仕方なく、焼酎を1日長く楽しむことができる19日を予定したのであった。

しかし、以前から抱いていた不安がみごと的中。

チチジマ南270Km辺りから、迷惑が北西へと移動してきているのである。

夏から秋にかけての沖縄、鹿児島への旅行は

この台風野郎に阻まれてしまう可能性を

考えておかなければならないのである。

「19日昼の飛行機は欠航する可能性がある。」

18日お昼のニュースでは

何かとんでもない大事件を伝えているかのような早口で、

空席待ちの客がおしかけてる飛行場の様子を伝えてきた。

各航空会社からは満席状態で喜色満面が伝わってくる。

ところで迷惑野郎の中心気圧は945hPa、最大風速45m/s

18日内に帰らなければ2日程余分に仕事を休むことになってしまう。

私の全身に震えが出現してきた。

「私がいなくとも、なんの問題も生じないことを、みんなに気付かれてしまう。」

ワールドカップ以来無理な相談だと、

突っぱねられる気がして仕方のないネットでのチケット購入。

ダメもとと言いながら真剣な私がディスプレーと反射しあっている。

なんと不思議なことが・・。

コンピュータ画面には最終便19:50の空席が4席。

「をうをう、をうをうをう。やったあああああ。」

1週間前には全く空いていなかったのに・・。

しかし、飛行機の出発は40分程遅れ。

台風の影響からか大揺れで

ジェットコースター状態を味わえる空の旅だった。

口から心臓が出て来そうだったよお。

着いた雨の羽田から最終電車を乗り継いで、

やっと帰宅できたのはもう日が変わって午前1時。

正規料金の今回の旅、だから充分楽しませてくれたんだよね。


2002/08/25
宇都宮で講義を受けることになった。

7月末にもあったのだけれど、

今回はその続きということになる。

狭い講義室に沢山の受講者。

講師の側からは受講者のうつ伏寝が

はっきり確認できる造りの階段講義室。

受講者の側からは講師が小さく下方に見えるからなのか、

見られている気がせず油断してしまう。

学生時代に講師から

「寝てるのなら出て行け。」をくらった記憶がよみがえってきた。

「若い頃は学ぶことの喜びをわかっていなかったからな。」

「年をとるとこういった機会を生かそうと気合いをいれるもんなんだよな。」

と、一心不乱に学ぶ自分の姿にふと疑問を持った時、

講義の終わりのベルで起こされたのであった。


2002/08/30
Tad国王の東京生活の公衆電話の栄光よ再び


Tad国王日々の記録室

ホーム