日記のようなものだねーん

2002年05月




2002/05/03
結婚式の出し物を用意していてくれとの要請がなんと王国にあった。

出し物といってもねえ。若い頃はいろいろできたとは思うんだけど。

中年界をさまよっている私としては、うまく言えないが特技を探すのは辛い。

(何をうまく言おうとしているのか・・)

「昔とった杵柄だあ。」といいながら、

杵を振り回す一発芸を狙うのもいいかもしれないが、

その後、場にねじれた空間を築き上げ、

「うりゃああ、うれうれぷー」と場をごまかす試みはうわわわわわわあだ。

そこには世間体を気にするのなんのって次元を超越した男が

恥も外聞もなく極めた芸術の美がある。

なんて評価を誰かがくれるのであればそれもいいかもしれないが、

老後の面倒を見てくれる人がいなくなる事態におちいる可能性は否定できない。

核家族の問題点をもう少し深く考察してみたい気分になってしまいそうだ。

まあ折角の結婚式ということもあるので、

ここは無難に、ギターでもひいて見せて、

罵声でもって場内を湧かせてみるのもまた一興。

いづれにしても王国危急存亡の秋といえるのかもしれない。


さて、倉庫でがらくたとして君臨しているギターへ

8年ぶりの光りをあたえてみた。

埃をかぶったギター。弦は、さび具合により太さが違う。

つま弾いた右手にはあの悲しい赤錆が付着する。

ううう、コードを押さえる指が痛い。

見ると赤く腫れ上がってしまっている。

このままでは指先でトントントンと机をたたけない(意味のない行動)。

どうなってしまうのか

私の前途有望なる指尖達とその所有者である私。

次週さびた弦からの脱出乞うご期待。


2002/05/06
半年ぶりに床屋へ行った。年に2回は私にとってとても珍しいことである。平均的には2年で3回。昔から床屋が嫌いだった。いや、床屋で何もせずぼーっとしているあの30分あまりが耐えられないのである。小学校の時は床屋のおやじに、漫画を見る許可をとったりもした。上から覆いかぶせるシーツの横から腕を出して、漫画を保持するのである。もちろん切れ落ちる髪の毛が腕にちくちくささるし、漫画のページとページの間に髪の毛が挟まるのであるが、困るのは私ではなくて次にこの漫画を開く人であろうからと、わがままを押し通したりもしたものであった。最近は切られおちる量の少なさに心を痛めてしまうため、目をつぶっているのであるが、ジョキッジョキッではなくてチャッツチャッツとはさみが空切りしている様子が聴覚をとおして脳神経を刺激する。「たまには刺激していないとボケてしまうぞ。」そう。その説を信じて、半年ぶりの床屋。久しぶりにうけた刺激でホルモン分泌。「今日は繁華街天文館でフィーバーするぞおおお。」


2002/05/09
私は視力がかなり良かった。文明が作り出す複雑なものを知る前のこと、つまり小学生の頃までの事であるが。裸眼で2.0でまさに一番ちいさな文字までよく見えていた。沖之永良部の自然の中でのびのびとしていたから、野生の動物のように遠くにいる敵を把握し、または獲物をとらえるのに必要な能力だったのかもしれない。ところが、文明は私にそんな努力はしなくとも生きていけることを教えてくれた。中学になって大都会鹿児島市に移り住んでからはみるみるその能力が退化していき殆ど見えない状態となってしまっていたのだ。テレビがその怠惰な状況を作り出してくれた立役者だ。田舎ではNHKしか映らなかったのにである。乱視。そして眼精疲労。頭痛の原因とよく言われる。コンピューターに向かいあうことが多くなっている現在、ずきずきと容赦ない。こまったことに安定していた視力が最近また危うくなって来ている。まさか、老眼ではないよなあ。俺をこれ以上老けさせるのはやめてくれええええ。




2002/05/13
 また飲みにいってしまった。

突然怠惰を楽しむ私の電話がなったことから

「大酒三昧よ再び」と題する夜が計画された。

電話の主は大学の先輩。

「おいおまえいつ鹿児島に帰ってきてたんよ。飲みいっど」

一体どこで聞きつけてきたのであろうか私の帰郷を。

電話がある時代に生きる我々なのに、

「飛脚の時代にしても10年ぶりの音信では人生終わっちまうよ。」

と突っ込みをいれたくなるほどの不通状態が

今突然解消されたのである。

「御久しぶりです。ご一緒させてください。」と、

連休があけた10日にでかけることになった。

運転手つきの先輩が自宅まで迎えにきてくれた。

栄光のサクセスストーリを私に語り聞かせてくれたのであるが、

本日の会は彼の取引業者からの接待の予定らしく、

お金持ちとしての先輩からうけた恩恵といえば、

天文館(繁華街)へのバス代をうかせてもらったということくらいか?

しかしこの業者の人に驚愕した。

「私はこういった者です。」と

丁寧に名刺を差し出され紳士を感じさせてくれたまでは普通であり、

その後に続く自社製品の説明も退屈な程普通であった。

「まあ接待をうけているんだからしかたねえなあ。」と

静かに飲んでいたのであるが、アルコールが軽く入ったころ

私の座す空間の分子運動が激しくなっていくのを感じた。

ネクタイはちまきのこの業者の人がシャツを脱ぎながら、

「シャツってさあ、なんのためにあるんだろうなあ?。」と

我々に疑問を投げかけはじめた。

引き続き「ズボンってさあ、うっとおしいね」とベルトをはずしてチャックをおろす。

「こいつ何壊れているんだ?」とあきれ顔を見せつけとやろう思った頃にはすでに

パンツをかぶり、大事な部分には靴下を履かせての大騒ぎ。

周りの心配顔を払いのけ、下の毛にライターで着火する。

「なんだろな?、なんだろな?」と踊る姿は異常である。

怪しげな臭いが周囲を包み込むと、

グイグイとひっぱられ狂った我々のどんちゃん騒ぎ。接待的には大成功。

大酒三昧の宴には是非必要な業者の人。

「おいおいお前ら学生か?」の

突っ込みを入れたくなるような盛り上がりで舞う私と先輩には少し息切れが・・。

「焼酎を飲むということは、こういうことなんだ。」と

故郷鹿児島の天文館の夜を楽しむのであった。

ええと、あれ先輩とは話してねえなあ。ほとんど。




2002/05/16
 気付けば、HPのアクセスカウンターが40000になっている。アメリカでの暇な時間を潰すために始めたのであるが、もう2年近くも続けていることになるわけだ。飽きっぽい私にしてはたいしたものと言える。最初の頃はうれしくて毎日更新していたような気もするが、現在では3日から4日に一回の割。来ていただく方々には申し訳ないとは思っているのであるが、どうも日々の忙しさを言い訳にしてしまうのが似合ういい男となってしまった(なんじゃい)。なにか新しいことでもしないといけないんだろうなあ。脱藩でもするか。

2002/05/22
 暇な時間を潰すために、何が必要なのだろうと考えていたが、

一番の候補は何と言っても漫画だろう。

しかし、漫画の本て最近どの本屋にいってもビニールで包み込まれていて

中身の確認ができないんだよなあ。

表紙に描かれている絵とタイトルで

購入する漫画を判断しなければならないのである。

「ええい、ためしに買ってみよう」

と気合いで購入したものが恋愛物だったりすると

辞書と互い違いに漫画を1頁毎に綴じ合わせて

2冊を引き離せない状態にしてしまっても

怒りをおさめることはできないであろう。

(ええと、難しい状態だなあ)

(摩擦を理解しているとわかる人もいるんではないかな。)

そんな賭にでるわけにはいかない。

つまり中身確認自由な古本屋へ行くことにしたのだ。

しかしだああ、時代は私を置き去りにしていたようだ。

古本屋すらも雰囲気を変えてしまっていたのである。

つまり古本のくせにビニールで包み込まれているのだ。

お前らは既に古本なんだ。傷む心配なんて誰からもされない本なのだ。

なんのために包み込まれているんだああ。

いかに傷んでいるかで価格もかわるだろうから、

包み込まれているということはそれが確認できず消費者にとっては不利である。

おいおい、フケや毛が挟み込まれているページがあるんではないかあ。

以前古本屋で立ち読みしていて

あやしげなもので糊付けされているページに遭遇したこともあるぞお。

おまけと思って楽しんでください、なんて言われてもなあ。

私と古本屋の間にはあいてしまったこの大きな溝。

うめることのできる日が来るとはおもえねえ。

といいながら、30冊も漫画を購入してしまった私って。




2002/05/26
 鹿児島へ帰ってきてすでに1月半が過ぎてしまった。あんなに都会人らしかった私も、鹿児島の独特なイントネーションでもって会話を進めてしまっているから、東ティモールPKO問題について語る資格はない。え?関係ねえな。長引く不況における失業率についてでも語ってみるか、などとこころにもないことを記載してみたりして、まあ、要するに暇ってことか。ええと、でも暇と記載してしまうとまずいんだなあ、これが。実は最近アメリカで学会があった。オマハではそれに付随する観光旅行に生き甲斐を感じていた私だったから、出席率は高かったのだけれど、今回は帰国してしまっていることもあるし、テロも恐いからさぼってしまっているわけだ。アメリカのボスに急かされて演題は出していたんだけどなあ。さぼりの原因をテロにしてしまうとボス機嫌わるいから、得意の詭弁でお涙頂戴の物語を書き下ろしてしまったんだよなあ。私の親友である中国人Mがかわりに発表することになり、彼には本当に悪いことしてしまった。だから暇と公の場で主張するのはまずいでしょう。暇は。
やることがなくて何をするか考えることで忙しい。

2002/05/28
鹿児島市を中心都市とする薩摩半島、そして桜島が陸続きとなった大隅半島、

鹿児島湾が間にあるため2つの半島、交通の便は悪くなりそうなものであるが、

さすが文明開化の立役者となった鹿児島。

湾にフェリーを通わせれば時間短縮という

すばらしい発想を古くからもっていた(誰でも発想する?)

ざんぎり頭をたたき割っただけのことはある。(?)

さて、その遠く離れた大隅半島のさらに端っこに位置する町から、

山を越え湾を超えて片道2時間半もかけて、

私に会うだけのために鹿児島市の中心繁華街天文館まで先輩がやってきた。

はるばるという言葉が本当に似合う位の延々と続く田舎道を走ってきた。

後輩思いのすばらしい人だ。涙を流して感動する私。

片想いのすばらしい人とは随分違う(意味がねえ)。

「ありがとう。忙しい中。本当にありがとう。」

思い出話だけではもりあがれねえよなと、金髪ギャルがいる店に滞在したりして、

2次会、3次会とはしごして夜が更けていく。

先輩は鹿児島の実家で一泊するとのことらしく、

私と飲みつぶれるための対策は万全だ。

「わかりました大先輩。」

「そういうことならば、食道を全開させてどくどくとアルコールを流し込みましょう。」

「明日は天下の休日、二日酔休み。」

ところが、突然先輩の驚き顔に見開いた目が時計を捉える。

「いかん、早く帰らなければ。明日は鹿児島でゴルフだから。」

「・・・」

私に会ったついでに仲間とゴルフの予定を入れたとのこと。

あくまでもついでに。

参加者名簿に私の名は記載できなかったらしいのよね。

突然のスケデュールとしてのゴルフだから。

先輩はいつもありがたい。




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