日記のようなものだねーん

2001年12月




2001/12/21
やっとの思いで日本に帰り着いたけど、

この国は手続きが煩雑であることをよしとしているその歴史を

そのまま継承していく姿勢を崩す気はないらしく、

Tad王国の新寄生地さがしの障害となっていた。

「連帯保証人なんて必要なんか?本当に、部屋借りるくらいで。」 

なんせアメリカでは馬鹿でかい部屋を安くで借りていたので、日本でもその生活レベルを維持したかった。

東京で我々一般の民がその給料に見合った賃貸を許される部屋といえば、

アメリカでならばトイレ位の空間にしかならない。

油断すると用を足してしまい兼ねない。

そんな生活にレベルを落としたくないということは、

東京に住んでいるようで実は東京ではない千葉県に居住空間を求めるしかなかった(なんでだろ)。

都心から離れたやすらぎの地、それが千葉県。

アメリカに住んでいる頃から千葉県へのあこがれはとても強く

、なんと千葉県想像図まで作成していた。

そこに王国を構えるのであるから、やはりその近郊にホテルをとってみて

新王国に相応しい場所を充分に調査してみる必要があった。


しかし問題があった。王国の定員が多すぎたせいか

ホテルは何処も我々を収容してくれなかった。

アメリカでは一部屋で問題なくぎゅうぎゅう詰めを味わうことができたのに、

何故に日本は定員数を厳しく設定しているのであろうか。

2人までしか宿泊できないなんて

ガキをたくさんつれている家族はどうしたらいいんだ。

しかも貧乏人に残酷な一人当たりの宿泊料で計算しやがって。

ホテルが要求している条件を満たすことなんてとてもできないから、

千葉の果て県境に近いのではないかと思われる秘境の地の

小汚い旅館を日本における王国皇室最初の滞在地とする事にしてやった。

(選択の自由なんてなかったんだよお。そこしかなかったんだ。)

大宴会場に布団3枚。

(子供達は一つの布団にまとめこむ、これで3人分の宿泊料ということで計算してもらった)

寒いよお。暖房が効いていないじゃんかあ。

すきま風をなんとかしろおおお。

王国再建への道は遠く険しい。


2001/12/22
 新王国建設のために希望の地を千葉県に求めることは決まったのであるが、

まだ具体的にそれに相応しい場所は見つかっていなかった。

すきま風の寂しい旅館から不動産へと足繁く通い、

雨降る初冬の寒さがこたえる中、

紹介された物件をいくつもまわる。

以前、上野の賃貸マンションに住んでいたとき、

我が家のガキ共の作り出す騒音に端を発した死闘を階下の住人と繰り広げた。

そんな轍は踏みたくないから、今回は一軒家を希望していた。

そのせいか家探しはかなり難航した。

一軒家を新築して賃貸に回す人は殆どいない。

多くは自分で新しく家を建てた人が古い家を賃貸に回すといった事になるらしいから、

見る家見る家、苦しかった戦後の日本を生き抜いてきた人々の生活をにおわせる

古色蒼然とした佇まいとなっている。

アメリカ風の明るい内装なんて全くなく、どちらかというと、

「鬼畜米英。勝つまでは望みません。」を訴えたくなる造りである。

借りたいと望む人が長くいなかったせいであろうか、

換気もろくになされておらず室内はかび臭い。

とても王国の新たなる門出に相応しい環境になるとは思えない。

そうなると、一定の期間だけ家をあける人が

その期間中だけ自宅を提供するタイプの定期借家が候補にあがる。

これならば、物件によっては新しいものが期待できるし、

内装は現代風となり、富国強兵を叫びたくなる衝動にかられることもあるまい。

でも2年または3年後には再度家探しを強いられることになる。

しかし帰国して2週間以内に住居が決まらないと引っ越しの手当が出なくなるらしいし、

なんといってもアメリカでの最後の1週間を含めて

ホテル暮らしもかなりながくなっており経済的余裕がなくなってきている。

家探しにこれ以上時間をかけるわけにはいかないのだ。

鍵を借りる関係から定期借家については翌々日に見せてもらう約束となったので、

ダメもとで4つ目の不動産屋もあたってみることにした。

我々の希望にそった家は一件しか出てこなかったが、

せっかくだからその家を見せてもらった。

すると、なんとモダンな香りがするマンション風の室内。

建物そのものは古いらしいが改築しているらしく内装も現代風。

アメリカに住んだ経験をもっている大家さん。もちろん定期借家ではない。

まさに私の望んだタイプの家。決まりだ。決まり。ここでOK。

早速入居できると喜んだのであるが、なんと手続きがわずらわしく、

少なくとも入居まで1週間はかかるとのことであった。うげっげっええええ。

すきま風も古風なあの旅館からまだまだ脱出できねええええ。





2001/12/24
新居入居の契約は時間がかかるらしく

さらに1週間待たなければならなかった。

ホテル代の安いアメリカでならば

高級感を感じさせてくれる位のホテル代を出しているのにもかかわらず、

我々を収容している旅館はというと、廊下を歩けば建物全体が軋むし、

すきま風は旅の疲れを癒そうなんて甘えた考えを許してはくれない。

宿の女将さんは80をとうに超えられたようなお方で、

各種サービスをうけたいと思っても、

お年寄りを大切にしていないやつ、といった評価をうけてしまいそうで、

結局自分達でできる範囲のことをさせてもらうといったスタンスになってしまい、

何のためにお金を出しているのかよくわからない。

そんな辛さを不動産屋に訴え続けたのがよかった。

予定より4日も手続きを早めてくれて、希望の城へと入城することができた。

しかし新居は当然のことながら何もない。

冬の夜を無事のりきるためには布団がいる。

購入後運搬の手段を持たない我々は配達に期待するしかなかったのであるが、

その日の予定配達時間には間に合わなかったようで、

毛布だけを買い込んで、家族で一カ所にあつまり凍えないように励ましあった。

「おい死ぬぞ、眠ってはいかん。」


2001/12/25
 よく考えてみると、もうクリスマス。どうもあわただしい毎日のせいか、他人事のような感覚である。アメリカでは年最大のイベントになるから無関心でいられるわけないけど、忘年会も含めてどうも今年は、私にとってはどうでもいい行事のようである。今頃、オマハでは中国人M、三重人KそしてブルジョアAあたりがthree dollars cofeでどんちゃん騒ぎしてるんだろうなあ。コリアンジェントルマンDが教育のためだといって残していた家族を迎えにオマハへ行っているらしいから、危険な盛り上がりになっているのは間違いないねえ。まあ日本ではそんなの当たり前すぎて、ありがたみはないけどねえ。さて、新居には無事はいることができ、少しづつ日常の生活を取り戻してきている気もするが、なんといってもアメリカから送った荷物がまだ届かないものだから、部屋の空間が広すぎて、折角体温を放出させても室温を上昇させるまでにはいたらない。まだまだだねえ。せっかくのクリスマスなのに。


2001/12/30
 寒い。日本が寒い。

新居にはエアコンもあるけど、室温を上げる能力があまりにも低く、

私を満足させてくれる域には達しない。

私は南国うまれなんじゃい。冬でも日焼けするかもしれない島育ちだ。

もっと気合いの入った暖房器具じゃないとコタツで丸くなるぞ。

危急存亡の事態といえる。

でも別に私がコタツから出なくとも世の中なにもかわらない。

しかしそれでは折角帰国した意味がないのではないかと、神の啓示があり、

景気がわるい日本社会の経済活性化に貢献してやろうと

石油ファンヒーターを購入することにした。

さあて、我が家の熱帯化に貢献してもらうぞ。

と購入したこいつ、なかなかの仕事屋じゃないの。

灯油をこぼしてしまい部屋の中に

ガソリンスタンドがあるかのような香りがただよい、

つわり状態を感じさせてくれるハプニングは発生したけれど(知らんだろその状態)

こいつ自体は豪快に室温を上げてくれたんだよね。

よおし年越しはサウナ状態でたのむぞお。

痩せられるかな。腹を引っ込めたいんだ。マジで。




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