日記のようなものだねーん

2001年10月




2001/10/03
ここしばらく私が実験の指導をしているアフリカ人Wが朝遅くにラボに来て、質問をしてきた。

W「次は何をするのか。」

私「また同じ実験を繰り返しなさい。」

W「いや、そうではなくて、次は何をしたらいいのか。」

私「だから、同じ実験を繰り返しなさい。」

W「今回が初めてだからよくわからないんだ。次は何をするのかが知りたい。」

もしかして、昨日のデータを私と一緒に検討したいと思ってるのではと、

私「昨日のデータはどうしたの?」と聞いてみた。

W「データは出たけど、それをどうするのかわからない。」

なんだやっぱりデータをみて欲しいと思っているのかと、

私「じゃあデータを見せてくれ。」

W「自信がないからTadに計測してもらってから、それを参考にして自分でもデータを計測したい。」

私「おいおい何もない平面にのっている細胞を数えるだけだ。昨日教えたろお。」

W「いや実は昨日数えるには数えたんだ。」

本当にはっきりとしないやつである。

私「じゃあわかったから、データを見せてくれ。」

W「それより次何をしたらいいか聞きたい。」

私「だから、また同じ実験を繰り返すんだ。」

W「それはわかったから、データをどうしたらいいのか?」

私「だから、それは俺に見せろというだろう。」

W「いや、まだデータをまとめてないし。」

私「? グラフにしてないのか、グラフにしてないとわからないだろう。」

W「グラフね。今回が最初だったから次のステップわからなかったんだよ。」

私「?、何?お前まさか、私に求めていた回答は、次はグラフをつくれ、だったのか?」

そんなの私に言われなくとも当たり前だろう。あまりにも初歩すぎてこのことを質問されているとは気付かなかったわい。

去年学会で発表もしたんだろう、朝の忙しい時間にくだらない質問してくるなああ。

私「わかった。グラフにしてなくともいいから、データだけでも見せてくれ。」

と、いうと、気まずそうな表情で答えてきた。

W「昨日得たデータは実験台の上においておいたのに誰かがもち去ったようで、本日は探したけどみつからない。」

私「何いいいいいいい。」

私「誰もお前の整理もされていないデータなんか持ち去らんわい。」

「いい加減に放置していたから、掃除のおじさんが捨ててしまったんだろうよ。」

「そもそもデータは自分でしっかり管理しないといけない。」

先日同様涙目でこちらを見ている。

こいつうううううう。

私「わかった。とにかく同じ実験を繰り返して、その合間に昨日のデータを取り直しなさい。」

やっと、彼は動き出した。こんなの、私に言われなくとも出来るだろうよ。イライラするやつだ。


夕方、Wがデータをもってやってきた。データ自体はぐちゃぐちゃだったけど、

まあ、初めてやる実験だったから、しかたがないことだと評価した。

ただこのデータ学会ではつかえそうにないというのは本人も理解しているようで、

W「こんなに一生懸命なのに、データが出ない。」

私「へえええ?」

W「Tadも私が一生懸命働いていると思うだろう?」

何をふざけた質問してくるんだ。しかし、ここで Noと言ってしまうと、

Wのことだから実験自体を投げ出してしまう可能性もあり、

ボスに頼まれて面倒見ている私の立場も辛い。

しかし「そうだよな、一生懸命やっているのにな。」といった回答が

私の口から出ていくのを私の中枢は明らかに拒んでいる。

私「この世界ではいくら頑張っても結果を残せなければ、何もしていないのといっしょだ。」

と答えてあげたが、こちらの方がよりきつめだったようで悲しげな表情を見せていた。

ふざけるなああ、一回しか実験しとらんくせにI'm a hard workerなんてせりふ吐くなあああ。


2001/10/04
学会の抄録締め切りが迫ってきた。

いや、私は帰国する身であるし、

テロが恐いアメリカの学会に再び海を越えて来る気はないので、

抄録を出すつもりもなく放置していたのであるが、

ボスがどうしても出しておけというので、

困ったものだとは思いながらも抄録づくりに励むこととなった。

つい最近始まったプロジェクトの

データをまとめる意味で抄録にしておこうと考えていた。

しかし前回も記載したように、メインであるはずだったテクニシャンのRが

さぼるだけさぼっておりたった3回しか実験をしていないので、

のこりの殆どを私がやる羽目になってしまったこまりもののプロジェクトだ。

まだデータがそろっていない。

この帰国前のクソ忙しいときにアフリカ人Wといい、Rといい、いいかげんにしてくれよおおおお。

まあそれよりも実際の学会では中国人Mか三重人Kが私のかわりに発表させられるのだろうから。

彼らにとっては迷惑な話だよなあ。

先に詫びておくよ。すまん。これだけじゃだめ?


2001/10/06
この日の日記は日本人からみたオマハ生活アメリカにいても国民体操

2001/10/07
この日の日記は日本人からみたオマハ生活今年もVala's Pumpkin Patch

2001/10/08
 研究というとかなり高度の事をしているかのように聞こえるが、

私のやってる研究って本当に簡単で単純である。

なんの知識がなくとも2、3回私と一緒にやれば、もう一人立ちして自分でもできる。

ボスは私のデータを自分の講演で使用することはないのであるが、

私の研究を誉めたたえ私がうかれたところで、初心者の指導を私に任せようとする。

さて、ここまで語れば、もう何を語りたいかおわかりのことと思うが、

アフリカ人W、結局私の元から去っていった。

指図ばかりしてデータを出す手伝いをしてやらない私よりも

やっぱり手とり足とりの過保護制を導入し、

データを分け与えてくれる中国人Wの元の方が居心地がいいのであろう。

まあ、私としては自分の仕事だけをやればよくなったのであるから一気に楽になったのであるが、

中国人Wの方は一旦解放されたと思っていたアフリカ人Wが

戻ってきたのであるから当然のように愚痴り出した。

これは彼の愚痴を聞いてあげないと申し訳ない。

でも私と目が合うたびにその話を始めるものだから、

飽きてしまって意識的に目をそらしている私ってやっぱり意地悪野郎の範疇へと分類されるのであろうか。

そんな中、本日久しぶりにアフリカ人Wが私の方へ近づいてきた。

中国人Wが忙しかったのであろう。

培養している細胞が細菌に感染(コンタミ)しているか確認してくれとのことである。

見ると、培養細胞にバイ菌が感染しているというより、

バイ菌を培養している中に細胞が紛れ込んだといった感じである。

これはひどい。おそらく感染したまま4、5日放置していたのであろう、

と聞くとなんと昨日から培養始めたらしい。

「本当かよおい。」細菌兵器を作らせたら右に出る者がいないなあ、と彼を見るととかなり悔しがっている。

そうか。よしよし。研究者らしくなってきたなあ。

「いくら研究に熟達した人でもコンタミはあるんだよ、まあ運が悪かったと思ってまた培養するしかないよ。」と慰めた。

また加えて「バイ菌は目に見えないし感染の原因追究は難しいよ。」

「周りにコンタミしている人はいないからおそらくWが個人で使用するものだと思うよ。」

「使用した培養液はとりあえず捨てた方がいいだろう。」と、

個人使用の培養液を持ってくるように指示した。

そうなのだ。コンタミの原因を追求するのは困難で、その都度我々を苦しめる。

しっかりと処置していないと、また同じ原因でコンタミするからである。

培養液、使用したチップ、プレート、試薬、フードの環境と疑えばキリがなく、

目に見えないバイ菌を追いつめるのは大変だ。

結局可能性のすべてを廃棄もしくは消毒することになる。

おそらくフード周りの空調がまずかったのだろうなあ、と考えていると、

彼が「これかなあ?」と、黄色く濁酒状態である液体を持ってきた。

「おいおいおい。それって培養液かああ。腐ってるジャン」

「そんなんで培養してたんかよお。」

彼を中国人Wの元へ返していて良かった。


2001/10/15
この日の日記はTadの周囲での出来事記録室貪食

2001/10/18
この日の日記はTadの周囲での出来事記録室三重人Kの喜び

2001/10/21
 論文を仕上げなければならない。来月末には私はオマハを去ってしまうのであり、日本の日常に戻らなければならない。忙しい日本にアメリカでの仕事を持ち帰る気なんて全くないから、冗談ではなく急がなければならない。

 ボスにはこの事を7月前半から訴え続けており、ボスもそれは検討している最中だと答えてくれていたが、さすがに私がボスのその言葉を全く信じていないことを今となっては本人も気付いているはずだ。だってこの3ヶ月間状況は何もかわっていない。

 英語が問題となる我々はどうしてもネイティブの力を借りなければならない。論文作成を手伝ってくれるMは最近は見違えるほどすばらしい仕事をしてくれるようになったが、それでも、まだボスから返ってくる原稿をみると訂正インクで真っ赤になっている。論文を完成させられるか否かは結局ボスの忙しさに左右されてしまうのである。英語で書くのでなければ1日もかからない簡単な研究なのにである。

 「アメリカが生まれる遥かいにしえより日本文化は大成しているんだ。どうして英語が世界の標準語になってしまっているんだ。」「私は日本人として生きていく。英語なんてもう2度と書かない。」と叫びたくなるのであるが、この世界にいる限りのがれられない。まあ、この点についてうだうだ語ったところで、なにも始まらないから、とりあえず現実的な話に戻してと・・。

 実は言葉の問題だけではなかった。3ヶ月間状況はかわっていないと訴えているところからも明かなように、アメリカはいや、ボスは実に論文作成に関してはのんびりとしている。他の施設に研究の先を越されてしまうのではないかと我々留学研究者は心配をしているのであるがボスは全く気にしていない。実際最近私自身の身に悲しい事態が生じてしまっていた。私と全く同じデータがある雑誌に掲載されていたのだ。全く同じ細胞、同じ試薬そして同じ実験法でのデータであり、自分の論文を知らぬ間にボスが投稿してくれていたのかと思った程である。

 我々の世界ではこういった場合2番手の評価はとても下がる。同じデータでは受け入れてくれる科学雑誌なんてないだろう。この事をボスに訴えたが、「大丈夫だ。どこかの雑誌には載せてもらえるさ。」との簡単な御返事であった。本当に載せてもらえるんだろうか。せかせかした日本人である私のペースにボスがあわせてくれるはずもなく、時は過ぎていくのである。しょうがないし、とりあえず今日は飲むか。


2001/10/23
いつものようにインターネットを楽しんで、さて仕事するかとファイルを開くといきなり、

愛機Macがスリープ状態へ移行してしまった。

「いまから仕事なんだよ、おい。」

「仕事を自宅まで持ち込んでいるんだから、しっかり働いてくれよお。」

とキーをたたくのだけど、全く反応してくれない。

バッテリーは最近かえたばかりだし、AC adapterもしっかりとつながっているし、と確認して驚いた。

「断線しとるやんけえ。」しかも端子のつなぎ目のところで。

なんで今まで気付かなかったんだろう。

インターネットを楽しんで内蔵バッテリーが力つきたところで、

仕事の事を思い出したというわけである。

「日頃から酷使していたけど問題なく期待に応えてくれていたお前ではないか。」

「どうしてなんだ。どうしてこの忙しい時に背くんだ。」

「アダプター攻撃でくるとは。エネルギー補給路を断てという戦いのセオリーどおりで、感心させられたではないか。」

「まいった、まいった。はっはっは。しかたない、飲むか。」

で、すませる訳にはいかんのじゃああああああああああ今日は。

「明日はボスとの個別カンファだしいいい。」

問題は明日だけのものではないAC adapterなんとかせねば、帰国前の忙しい時期が暇になってしまう。

あれ、それでいいんではないかい?

と、くだらないボケをやっている暇もないんじゃああああああ。

仕方ないからアダプターのゴムを剥いで同軸ケーブルをむき出しにして、

ショートしないようにとセコセコとテープで分離して、

やっと完成したけど仕事細かすぎて、1時間近くもかかってしまったではないか。

明日のカンファの準備する暇なくなったわあああああ。

三重人KのHP風の口調で記載してしまったわあああいということで、本日の日記終了。


2001/10/26
この日の日記はTadの周囲での出来事記録室期待のかかる研究者

2001/10/28

やらかしてしまった。

昨日、私のお別れ会の意味も含めて、中国人Mが自宅へ夕食を招待してくれた。

中国風しゃぶしゃぶ最高の味。さすが料理人Mだと感心させられた。

久々にブルジョアAも登場。日本に帰国したあと飛行機の便が取れずに、またもや苦労したらしい。
(この人オマハに来た時から飛行機では結構くろうしている。)

三重人Kもすでに赤ら顔。

ビールがメインのアルコールとなるアメリカのペースに慣れてしまっていた私は、

本日の中国酒メインの流れに油断してしまっていた。

Mにすすめられるがまま、ビールをぐっといくかのように、

この酒を味わっていたようなのである。

宴会の本当に早い時期から、酔がまわってきている自分に気付いた。

しまったと感じトイレでvomitしたのであるがすでに遅し。

立ち上がって気付いたふらふらふら状態。

それでも逃れる策として私が最近とりいれている、

大量飲水で対応しようとしたのであるが、飲んでいる側からふらつき飲水行動自体が困難となってしまった。

その後は記憶が消失してしまい、自宅のベッドにめりこんでいる自分に翌朝気付いた。

どうしてしまったんだ俺。久々にやらかしてしまったようだ。

頭いてええええよおおお。

Tad国王日々の記録室

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