日記のようなものだねーん

2001年01月





2001/01/01
ついに20世紀は終わり、ここオマハにも21世紀がやってきた。しかし、20世紀から酔いを持ち越してしまっている私は、21世紀の記念すべき最初の日の早朝、極度の頭痛で目覚めた。「うわあ、やはりそうか。二日酔いだあ。」しかし、今回はいつもと違いあるトライアルの最中なのである。というのは二日酔い防止の睡眠前大量水分摂取を以前教えてもらっていたのであるがそれを今回は日頃の倍の量で試してみていた。ビールや酒で膨れている腹にさらに500mlの水分を入れる。口から溢れてくるのではないか?との量を手で押さえ込みそのまま床に入る。もちろんそれだけの水を摂取すれば、夜間にトイレに行くことになる。朝の5時すでに激しい頭痛に襲われていたが、さらに500mlの水摂取。そしてまた布団に潜り込む。朝8時またもやトイレであるが、頭痛はかなり減っていた。そしてさらに500mlといきたい所ではあったが、気分不良もあり口から物が入るとは思えない。しかし200ml程度はおしこみまた床へ。 さて10時に再度目覚めたときはスッキリさわやか。これは最高の方法だ。私にとって。よおし21世紀は飲んで過ごせそうだ。


2001/01/02
 日本ではまだ正月。でもアメリカでは全くの平日。まあ、それはいい。でも本日ラボにいる人間に実験に対する真剣な瞳をみることはできない。だっていない奴が多いのだ。平日のはずなのに。そんな中で自分たちばかり働くなんてできる野郎、さがすこと自体無意味。出てきている奴等もアメリカの最大イベント、クリスマス気分を継続させている。ジングルベールなんて歌っても誰も不思議には思わないと思う。もちろん、そこで疎外感を感じることができる人は英語はもう完璧。ところで、テクニシャンのRがパイを作ってきた。外見はおじさんで気分もおじさんの最近あまり働かないRが自分で作ってきたとのことである。Happy new yearの祝いだそうだがすげええ。うめえよおお。お祭りにしなくていいんかい。こんなすごいことが起こっている日を。休みにしてくれよおお。


2001/01/03
 私の毎朝はまずE-mailのcheckではじまる。

あさ寝ぼけているが、半日先を進む日本の先輩や友人などのメールでやる気を起こすのである。

本日もいつもの様にメールを開いた。

ところが本日はいつもと様相が違っていた。

不精者のせいか登録解除をしていないたくさんのメールマガジンも日々大量に送られてくる。

しかし本日はその倍以上のメールが次々と私のポストに入っていった。

あきらかに個人名と思われる差出人の書かれたメールである。

「そうか、ホームページを開いているから、私のファンが増えたんだなあ。」

「歌でも歌うとレコード大賞にノミネートされたりしないかなあ。」
などとくだらない事を考えながら、一つ目のメールを開いてみた。


"What a heck is going on here!?
I'm receiving every single one of someone's personal messages.
Get me out of those freakin' list."


明らかにお怒りモードの方からのものである。いきなり目が覚めてしまった。

なんじゃこりゃあ。ふざけたメール出すんじゃない。

まあ間違いメールだろうけどなあと次を開けてみた。


"なんか迷惑なんですけど。
どういうことなんですか?"


ちょっと待ってくれ俺が何をしたというんだあ。

なんか女の子にふられた過去の記憶がよみがえってきたよお。

「どうして俺を迷惑扱いするんだよお。」

「俺は俺はさああ。君のことがあ。」

まあいいさて次。


" お宅あてのメールがなぜか私のメールアドレスに届いております。
その数はかなりにのぼり、私宛の本来のメールかどうかの確認が大変です。
 私はお宅に本を頼んでいましたので、お宅の会社は私のメールアドレスをご存じな
わけですから、多くの人が私の個人的なアドレスを知ることになるこの事態は、
まことに遺憾であります。すぐに対処してください。"


ここまで来てやっとわかってきた。

私が以前利用したU.S. なんとかという会社のメーリングシステムに異常が生じ、

ここの利用者に会社宛のメールが届いたというわけだ。

実際ここのHPにお詫びの記載がされているけど、
私の所にはたくさんの個人情報がながれてきているんだよお。おそらく他の人のところへも。
(メールアドレス、本名、E-mailに記載されている)

悪用する奴が現れないという補償はないよなあ。大丈夫かあ。

それにしても42通も来てる。

一応すべて開けてみないと

本来の私宛のメールかどうかわからないし。

ラブレターかもしれないだろう。

でも英文もたくさん届いているし、

解読するのに時間がかかりそうだなあ。



2001/01/04
同僚のDがテキサスへドライブで出かけてからもう2週間近くたつ。

彼は作年末には帰ってくるといっていたのに全く連絡がない。

「この広大なアメリカ大陸で帰路なにかとんでもない事件にでも巻き込まれたのではないだろうか?」

えびせんを食べながら心配する。

「電話くらいできるであろうに、出来ないということは監禁されているのでは?」

ビールをグイッとしながら心配する。

「何かできることはないか?」

歯に詰まった豆に楊子でいどみながら心配する。

ええと

さて寝るか。



2001/01/05
本日はT.G.I.F.。

"Thank God, It's Friday!" の頭文字を取っている。

つまり、はなきん。

私はそんな日にウェスタンブロットと名付けられた、西部劇にでも出てきそうな実験をしていた。

この実験は手間がかかり時間もかかるから、

できるのであれば避けて通りたかったのであるが、

ボスがどうしてもやれというから仕方がない。

朝が遅い私は昼過ぎにはまだ最初の最初に手をつけたばかりであった。

キリの良いところまできたころにはすでに午後4時。

このまま続け折角のはなきんに警備員さんに邪魔者扱いされる夜に突入するのか、

それとも明日以降に持ち越すかで悩んでいた。

問題なのは明日が土曜であること。

アメリカでは普通休みとよばれ多くの人々は骨までも休める。

うわあどうしよう。

・・・・・。

でもふっと気付いたらいつものパブに坐っており、

いつものようにMとビールで喉を潤していた。

明日も仕事。



2001/01/07
私の所属するセクションの新年会である。実は毎年クリスマスパーティとしてある会のはずなのだが、今年はセクションの秘書がいい加減だったせいか会場を確保出来ずに本日となってしまったのである。でも、こっちとしてはその方がよかった。クリスマスはそれなりに行事があったから。  昨年私にあわせて子供もOKとのルール改訂があったのに私は今年も日本人の伝統を守り職場の宴会に家族を参加させなかった。まあ、うっと惜しいしねえ。昨日からし残していた実験が難航してパーティの開始時刻には大幅に遅れてしまったのであるが、会場ではすでに出来上がっている奴等から、立て続けにつがれてしまい、また、そのあとカラオケもしっかりと歌い、満足気分での帰宅であった。そのあとHPの更新をしようとUP寸前まできていたが、危ない内容になっていると困るといった意識が残っており今日に持ち越したのであるが、それで本当によかった。


2001/01/08
一生独身で過ごすであろうと予想されていた
元同僚Gが結婚するらしいという
未確認情報が飛び交った。

光速よりも速く職場を駆けめぐったのであるが、

テクニシャンのAがそのような事は決して起こらないと断言したため、

その騒ぎは一旦終息していた。


一昨日の新年会で再び話題にあがったのだが、

時間とともに

Gの結婚はありえないというAの理論が確立されていき、

アルコールで出来上がった頃には

今後100年間論敵の出現は考えられない状況にまでなっていた。


昨日朝になってようやく同僚のMが

GからのE-mailを披露し、

やはりこの件がウソ偽りのない事実であることを強調したのであるが、

筆跡が違うとの反論がでた。


Gは何でも1人でこなし料理の腕も大したものであった。

多趣味でもあり幅広く活動していた彼はまさに

独身貴族を謳歌していた。


彼に結婚はありえないだろうなあ。

やはり私自ら確認せねばなるまいと

彼にE-mailで問い合わせてみた。

すると彼から返事がきた。

「ベルリンの壁が壊されたことを覚えてますか。」

「世の中予期せぬ事がおこるものです。」

「いろいろかわりますよ。新しい世紀には。」

と英語での返事が帰ってきたが、

結婚するとの話は書かれてない。

なんだやっぱりガセか。


2001/01/09
明日の抄読会の準備をして一日を過ごした。いやあたまには勉強せんとなあ。もっとも鬼軍曹が難しいところを解読してくれるとの話だから、今晩はビールでものみながらと。


2001/01/10
王国新作室
予習してなくとも命まではとられない


2001/01/12
 昨日同僚Dがすばらしいデータを得た。彼は韓国人ということもあり、日本人の私と考え方が同じようで、目出たいときはすぐに飲みに行くもんだという回路がかなり太い神経繊維でできあがっている。昼過ぎには勝手に宴会をセットアップしていたようで、彼自身はいつでも出かけられる状態になっていた。
 夕刻前に突然Dに宴会を告げられたが、この時間から予定が急にはいるのは家庭もちには辛い。嫁はすでに夕食を用意しているであろう。
 まず怒るであろうなあと電話をいれてみると案の定。
 人でなしよばわりされても、それでも妻子を振り払ってでも、やりとげなければならない事が私にはあるのだ。同僚を祝うためにカラオケを聞かせてやらねばならないのだ。酒と焼酎とビールを交互に飲んで見せる必要があるのだ。超辛のキムチで舌をマヒさせなければならないのだ。
 Mの車でいつもの飲み屋へと向かった。飲み始めた時間帯の出来事は覚えているのだが、その後気付いたら朝、我が家のベッドの中で地獄の二日酔い攻撃をうけている自分を発見した。
 頭痛が私を苦しめるのだが本日は金曜日、つまり平日だ。大学にいかないわけにはいかない。夕方4時まで体調不良の中での研究。胃はぎりぎりのラインで内容物を保持している。ねずみのシッポから抽出したcollagenをかき混ぜながら、一気にうれうるものをこの中にぶっかけたくなったりもしたが、どうやら風変わりな実験にはならずにすんだようだ。


2001/01/13
CANDYさんも言っていたけど、日記にネタ書きすぎると他のコーナーでつかうものなくなってしまうんだよねえ。

 ところで風邪ひいたみたいだなあ。喉痛いしくしゃみ出るし、腰いたい。今年も私1人インフルエンザの予防接種をうけてしまったので、私だけは大丈夫なはずだったんだけどなあ。まあ、ワクチンはずれてるんかも。とにかくまだ熱ないし今のうちに更新しとこと思ってるんだけど、さすがに休日の朝ではなんの事件もおきてないしちょっと辛いねえ。
 そういえば驚いたこと。リンクはってる方々のサイトを楽しんでいて、そこの掲示板に私がいつも恐れている酔った勢いでの自分の書き込みを発見してしまったんだよねえ。もちろん記憶にはなし。最近飲み会やなんやで忙しかったから訪問していないつもりだったのに、ちゃんとしてたんだねえ。と、感心してるばあいではないなあ。変だけど、危ないものではなさそうだし、まあ、いいか。


2001/01/14
王国新作室臥薪嘗胆?


2001/01/15
王国新作室先生Tad君がいじめるんですう。


2001/01/16
 同僚のMが中国から緊急のFAXを受け取った。

ドル紙幣がコピーされている。

急いで本物かどうか確認して欲しいとのことであったが、
そんなものコピーを送られたって確認できるものではないだろう
と笑いとばした。

しかし、

なんと紙幣の額面は100000ドル。

なるほど、つまりこの額の紙幣があるかないか?

といった質問内容のようだ。

ある外国人が中国で買い物をするために出したらしい。

普通に考えて日本円で1000万円の紙幣があるなんて考える人はいないであろうことから、
アメリカではおみやげ店などに売っているおもちゃである。

しかし世界の紙幣であるドルの場合は
いかにも本物ぽいこのおもちゃが
時に冗談ではすまされない事態を引き起こしうる。

今回の件がそうであろう。

異国でこれを出されれば確かにわからない。

これは悪質なイタズラ、いや犯罪である。

ただ受取手がこの紙幣の下に記載されている、

子供銀行を見落としてしまえばの話であるが。
(実際にはサーカス用と記載されている)

 まあ今回はMが急いで返事を送っていたから問題は起こらないかも知れないが、

国際電話料金でのFAXのやり取りをさせられているわけだから、

まあ笑ってすませる訳にはいかないかもなあ、Mの友人にとっては。



2001/01/17
 あたりまえのことを大したことのように話す人には困る。

「統計や確立はあくまでも数字でありその数字を信用しても結局はずれることがあるんだよ。」とか、

「古くなった試薬より新しく買った試薬の方がいいんだよ。」とか。

「彼女は明るく振る舞っているけど、やはり辛いこともあるんだよ。」とか。

そんなことえらそうに言われなくとも誰でも知ってることだ。

特に新人に対して先輩が指導する時に先輩らしさを示したいのか、
そういったくだらない説教をはじめたりする。

そんな私もつい先日、

「人間年をとると知識が増えていくんだよ。」

あたりまえだろうがあああ。いいかげんにしろお。



2001/01/18
書くことがないね。

さすがに本日は。

朝から忙しすぎて、真面目に実験してたから。

適当に過ごしているときの方が話題があっていいんだねえ。

それでも、あえて書くとすれば、

全くひっかかるところがなさそうな手すりに

指を挟んだといったことぐらいかなあ。

手すりに指を挟むなんて想像できないと思うけど、

自分のヘビーなカバン(コンピューター入り)がなんとなく邪魔だったので跳ね上げたら、

手すりにのってる無邪気な中指の一点に

重力X質量X跳ね上げた高さのエネルギーをぶつけてきたんだよお。

その痛さといったらもう。

ひ・み・つ。



2001/01/19
眠い。一日が忙しすぎて。

とりあえず夕食後仮眠としよう。

まだやることたくさんあるし。

嫁に一時間後に起こしてもらうことにしてと。

でも自分で頼んでおきながら起こされるとなぜか、腹がたつんだよねえ。

申し訳ない。

どこででも眠れる私は熟睡するまで5分もいらないので、

1時間後なんてかなり深い眠りに入っているから。

でも、私は学生時代ある事件にあってしまい、

それ以降起こしてもらうときは失礼のないようにしなければならないと、

常に自分に言い聞かせている。それが嫁であっても。

その事件とは・・

 私はある教室に通っていた。

といっても学ぶためというより放課後のサークル気分であったのだが。

そこの先生にあることを頼まれた。
「30分後に起こしてくれ。実験の途中だけど眠いから。」

「自分がなんと言っても絶対に起こしてくれよ。」

そういってその先生はソファーで横になってしまった。

私は30分その部屋で仲間と授業で必要な資料を作って過ごしていた。

そして30分後に先生に声をかけた。

私「先生30分たちました。起きてください。」

先生「むにゃむにゃむにゃ」

私「起きてくださいよ。」

先生「おお、もう少し。」

私「先生は自分がなんと言っても起こしてくれと言いましたよねえ、起きていただかないと困りますよ。」

先生「それはもういいんだ。問題ないし。むにゃむにゃ。」

私「本当ですか、起きなくていいんですか。」

先生「ううん。」

結局、仕方なくそのまままた仲間との資料作りにもどった。

それから30分後突然驚いたかのようにその先生は飛び起き

そして時計をみて部屋を飛び出していった。

我々は何事か?と思っていたが、

実験室から帰ってきた先生からえらく叱られた。

学生時代でもあったので謝った。

しかし気分のいいものではなかった。

電気泳動という実験は時間が過ぎてしまえば、すべてがオジャンになるのである。

現在自分で実験をしていて思うのは、

そんな大事な時間に眠ろうなんて考える人は研究者失格だ。

まあその先生もその当時は今の私の年よりかなり若かったから、まさか現在はそんなことはあるまいが。




2001/01/21
土曜の朝はいつものようにダラダラ起きたので日曜の朝くらいは気合いを入れて子供達とでも遊ぶかなと思っていたけど、「明日やれることは明日やろう。今日やれる事も明日やろう。」といった家訓に従いすぎて、キリ番ゲッターの部屋をほおっておきすぎていることに気付いた。そろそろまずいかなと思いながら昨夜飲みながら作業を開始してしまった。前述のフレーズでは説明できないのであるが、一旦始めたものは最後まで済ませてしまわねばといった、法律に基づき前回のHD入れ替えの時同様今回も深夜まで作業は続いた。起きあがれなあいねえ本日も。昼までベッドにはりついていたよお。
 ところで昨日料理の本から新しいレシピを仕入れたらしく、嫁が本日の朝食は特別なものを作るからとはりきっていた。確かにかなり早い時間に嫁は起床して料理を作っていたようだ。しかし、ベッドから起きあがれない私の耳に子供達の、「なにーこれ。食べない」という声が聞こえてきた。私が起床した昼に嫁はかなり疲れた表情をみせていたので、聞けば、子供達は朝早くからの大作を見ただけで一口も食べようとしなかったとのことだ。もしやと思ったがやはり、私のためには親切にも昼食としてたくさんの量の作品が出てきた。子供が食べなかった分が含まれているからであることはすぐに判断できたのであるが、黙ってたべた。私の表情を不安そうにみている憔悴している嫁にこれ以上辛い事実を伝えるわけにいかない。「うまいじゃん。どうして子供達たべなかったのかなあ。」と答える以外の返事は人道的にも許されていなかった。


2001/01/20
最近日記が長くなり扉ページにおいておくとコンテンツの欄まで行くのに時間がかかるから、少し考えないといけないなあ。まあ、日々の出来事だから、気合いをいれすぎるのもなんなんで。ネタもないしと。今日はこれくらいで。


2001/01/22
ウゲゲゲー電話も英語として王国新作室へ


2001/01/23
なんの実験しとるんじゃとして王国新作室へ


2001/01/24
生活形態はかえられんのじゃ急にとして王国新作室へ


2001/01/25
夕食をすませ、テーブルにコンピュータを開き、メールのチェックやインターネットのぞきをするのが日頃の私の夕方である。本日も同様のひとときを迎えようとしていた。食後のお茶楽しみながら機嫌良くコンピューター起動のスイッチをいれた。ところがいつもは愛くるしい笑顔をみせながら応えてくれる愛機のマックがうんともすんともいわない。おかしいなと思いながら繰り返しスイッチをおしてみるのであるが何も起こらない。余裕の湯飲みはテーブルに転がり、愛機を持ち上げて日頃との違いを焦りの中で探し続けた。大事な実験データーも入っているし、なんといっても王国のファイルが入っているのである。「頼むう。」「生き返ってくれえ。」たたいてみたがなんの解決にもならなかった。素人ではどうなるわけでもないとわかっていながら、とりあえず開けてみようと愛機からキーボードをはずして内部を覗いてみたが、やはり何がなんだかさっぱりであった。明日は一番に修理に出すしかないなと諦めてもう一度スイッチをいれてみると、なんといつもの起動音が。「おおい、俺だ、わかるか愛機。大丈夫なのか。」
王国存続の危機。


2001/01/26
仕事の合間にコーヒーをずるずるしていたらテクニシャンのAがいつもの笑顔で頼みたいことがあるといってきた。コーヒーを飲みながら忙しいと応えることができる程は出世できていない私は、笑顔でOKと返事するしかなかった。どうやら検体(実験で得たサンプルなど)を保存しているー80℃の冷凍庫がいきなり死んでしまったらしい。検体はこれ以上の温度になると使い物にならなくなるのだ。他の冷凍庫へと移す作業の参加者を募っていたのだ。しかし、そのポンコツ冷凍庫を示されて驚いた。私が主に利用しているものだったのだ。表示されている温度もすでにおいしいビールが冷やせる4℃。 故障の発見が遅れた分だけ中身は溶けこんでおり、愛しいわが検体もシャーベットとよんでも不思議ではない状態まで変化をとげていた。今日のオマハはー5℃。




2001/01/27
いつものパブへと集合がかかる日である昨日は同僚の韓国人D,中国人M, アメリカ人A、そして三重人Kとの野郎軍団で5時すぎには店に入った。久々に雪が降り積もったのに満員御礼の賑やかなパブ内にはよくカフェテリアで食事を一緒する韓国人の友人達がなんとアメリカ人ギャルと盛り上がっていた。当然のように仲間に入ろうと近づく未確認非行軍団を彼らはすぐに認識した。人数面で我々が加わると2対1の不均衡状態を招くことを瞬時に計算し、目の笑顔が遠慮してくれを訴えている。私だけでも混ぜてもらおうとも思ったが、さすが大人の私。30分も疑問を感じながらすぐに諦めた。(?)別の場所に席を確保した我々は1時間で切り上げるといった守れるはずもない予定をたてて飲み始めたが意外と3時間で最後のビールをのみほすことができた。何を話すことがあるんだろうなあ実際野郎ばかりで3時間も。そのせいか本日はえらく眠い。


2001/01/28
アメリカにもう2年以上住んでいるのであるが、全く身に付かないのが英語である。私がここオマハに来たとき3ヶ月毎に我がラボの研究者には研究内容をセクションの皆の前でプレゼンすることが義務づけられていた。もちろんデータがなければ無理なので、1年位経過した研究者が対象になる。そのころそれに該当していたのが中国人のWやJであり四苦八苦しながらのプレゼンを決行していたことが思い出される。次は私の番であろうと眠れぬ日々をおくっていたのであるが、その制度は知らないうちになくなってしまった。それにかわるものとして空いたその時間に持ってきたものは有名人の講演会であった。ところが今回突然ボスがにこにこしながら話しかけてきた。「今度予定していた演者がキャンセルしてきたので、かわりにTadのデーターをプレゼンしてくれ。」というのである。ちょっと待ってくれよ。有名人のキャンセルを知らずにくる人たちの前で無名人の私がデーターを提示してしまうと、革命が勃発してしまうぞ。民衆の蜂起。しかも英語では押し寄せる民衆の説得は困難である。私の心の中で繰り広げられているバスチーユ監獄の暴動を読みとったのか、ボスは別にハッピーでなければやらなくともいいんだぞと言ってくれたが、上からの命に背くなんてこと、薩摩人の私にとって明治維新以来の大罪となってしまい切腹くらいでは済むまい。I have no choice.にこやかな笑顔で承諾した旨を伝えざるをえなかった。本日は朝からその準備。折角の休みなんだよお。だらだらさせてくれよお。だらだらと。


2001/01/29
雪はふっていないが昨夜ふった雨のため、本日は朝から外界は氷でパックされた凍結状態。屋外に駐車している車は下手なワックスよりも艶がでている。我が家の前に放置されていた汚れの目立つアメ車も本日は鮮やかなツートンカラー。フロントガラスには霜なんかではなく氷がはっているのだから削り落とすのもかなり困難。腕に注いだエネルギーごと滑ってしまうのだ。たたき割る要領でいかないとねえ、この野郎、親のかたき ん。道路はもちろんつるつる状態。「あーあ、あの人巨大な尻もちなんかついたりして道路大丈夫かな。」と、本日は忙しくなりそうだったから朝のうちに日々の記録を書き終えていたのに、昼からいきなりの大雪。氷の世界はみるみるうちに雪に覆われてしまった。書き直しかなあ。まあ、雪ネタあきたし、まあいいか。


2001/01/30
 自分のデータを眺めていたのに、しらないうちに寝てしまっていた。つまり退屈なデータということであろうか。明日のプレゼンの準備もしなければならないのだけれど、どうもやる気がおこらない。眠いのは準備のため夜遅くまでおきていたことも原因であろうが、それよりも掲示板に海賊さんがコロラドから帰ってきた旨の書き込みがあり、夜中の3時から祝いの酒を飲んだことにもよるのであろう。まあ酒を飲む口実はいくらでもつくるのね。私。
 ところでこの家族、大雪の先週、みなが止めるのも聞かずにコロラドへのドライブを強行された。道路は凍結しているし、途中人家のほとんどないアメリカ中西部のこの時期のドライブは危険がいっぱいなのである。1昨年前私がカンサスシティーに遊びにいったときもわずか3時間のドライブの最中に天候が急変してスノーストーム。吹き荒れる風と雪。対向車線を走っている車がスピンして土手から滑り落ちていく状況を目の当たりにもした。それも1台や2台ではないのである。まさかのストームに普通タイヤではなすすべもなし。前方500mでスピンした車が高速道路の側壁にぶつかり炎上し愕然とした。結局その時はノロノロ走行で6時間もかけてオマハへ帰ってきたのだけど、車の故障でもおこれば生命の危険の直結する。生きた心地ではなかった。海賊さん達、キーストンでのスキーを楽しむための無謀旅行らしいが、大雪の中オマハを発った情報は号外が出るくらいのインパクトで日本人研究者達を驚かせた。「この人たち死ぬな。」このフレーズが流行語大賞にノミネートされかかった頃、無事な帰還の報告があったのだ。これで海賊の部屋も無事継続だ。あれ?そのためだけの心配だったっけ?


2001/01/31
アメリカの水は硬水であるためか、水道水で湧かすお茶は何となく苦い感じがしておいしくない。おいしいお茶が飲みたいときは蒸溜水を買ってくるのである。コーヒなどでも味の違いはかなりのもので、蒸溜水で飲み始めたらもう水道水にはもどれない。味にこだわりを示す私は文明人であり、私の舌はわずかなイオンの変化さえも許さないのである。っと、そういう話を前もってしておいて水道水で作ったコーヒーをだしたらほとんどの人が満足してくれる。もちろん私は水道水がぶ飲み派だ。

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