友よ何処にいる。

長い間音信不通であった友人の徳之島人Sから電話がきた。

彼は高校時代からの友人であり、

大学時代は一緒にバンドもやっていた。

アコースティックギターをジャカジャーンとならして

ギャルの注目を得ようともくろんでいたのに、

私の場合は頭髪が予想に反して早くから、さよならも言わずに散っていったため、

フサフサ男の彼にすべてもっていかれたものであった(このやろうお!)。

いや、怒っているわけではなくて、懐かしんでいるのだけど・・。

その彼、現在は美濃に住んでいるらしく、

望郷の念から鹿児島の私へ電話してきたというわけだ。ではなく、

行方不明となっていた私を捜して、

私の実家の方へと探りをいれていたのである。

実家の縁側で恍惚の人状態を楽しんでいた私ではあったが、

突然電話してきた彼に主導権を握られてはいかんと(なんで?)、

シャロン首相級の強行な態度で応じてみせた。

「なんで海岸にうちあげられた鯨食ったらいかんのかよ。」

しかし、彼の返答はすごかった。「よお、きんたま。」

目からウロコが落ちたような気がした。

「これだけの言葉なのに言わんとするすべてを含めている。」

涙があふれてきた。

「どうだ、元気にしているか。」

「おふくろさんやおやじさんそろそろ歳だから心配させるんじゃないぞ。」

が伝わってくるのである。


彼は徳之島で私は沖之永良部島出身。

あこがれの内地に(鹿児島本土に)上陸し就学していた我々。

意気投合するには充分すぎる条件だったのであろう。

なんていったってシマンチュ(島の人)は皆知り合いだから。

(半分本当、人口少なすぎるし。)


さて鹿児島人といえば長寿をめざすのをトレンディとしている。

彼の島、徳之島には泉重千代さんという長寿世界一のおじいさんが住んでいた。

彼は齢20にして既に長生きの秘訣を語ることができたのである。

人気者、徳之島人S。

羨望のまなざしを彼へむけていた友人は多かったことだろう。


さて、本日の彼の電話の用件がなんであったかは

今となっては解明のしようがないのであるが、

ただ、彼の住所と電話番号を聞かなかった私は

再び彼と音信不通となりうる条件を満たしてしまったのであろうと理解し、

お互いの長寿を祈るのである。


2002.04.19

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