Counter 人目のお客様です。双子は本当に不思議がいっぱいです。信じるか否かはあなた様のご判断で…

双子の秘密(不思議なエピソード) PART1

2002.1.14〜(ページディレクトリ登録2003.7.20) 最終更新:2003年10月2日   PART2  HOME

(双子の驚異のシンクロニシティー) ※シンクロナイズなネタも含む

(前文)…私には小学校三年生の双子の息子がいる。親としては、どちらが兄で弟でと言うこ
とは一切考えずに、全く同じ条件で育ててきたつもりだが、若干の体格の差や性格の違いと
いうものはどうにもならないものらしい。 特に性格は家庭内ではなく、外部環境で 変化・差異
ができてしまう。子供達と外出していると、双子ということで目立つ為、見知らぬ人にもよく声
をかけられるが、たいていの人は先ず始めに ”どちらがお兄ちゃん?”と子供達に聞いてくる
のだ。何度も聞かれ答えていくうちに、子供達の中に自然に自分が兄で、もう一人が弟という
意識が根付いてしまったようだ。(あくまでも便宜上の兄弟の区別しかないのだが)
当然、兄となっている方は妙にしっかりしているし、弟になっている方はわがままだったりして
いる。顔は一卵性なのでそっくりだが、双子でも性格は結構違ったりしているものだ。違いが
あることを前提に後述の同調性を読んでみると、より不思議になると思う。
(エピソード)
・生後一歳までは月に一度の定期検診があるのだが、ある事情により別々の病院にかかって
いて、出産の負担で妻も体力的にきつかった為、一人は実家に預けて親二人と子供一人で
病院に行っていた。検診が終わって実家に戻り、子供の様子を尋ねると、”元気にご機嫌で
遊んでたけど、11時頃急に泣き出して びっくりしたよ。すぐに何もなかったように泣き止んで、
元気に遊んでたけど”。
11時というのは、丁度検診の順番が回ってきて、子供が診察室で泣いていた頃だ。この話
は、毎月起きていた。(三ヶ月目位から、誰も驚かなくなった)
・双子の場合、どちらかが風邪を引くと時間差でもう一人にも必ずうつる。同じ家の中にいる
のだから当然だが、そろそろ自分に移りそうだということがわかるらしい 。本人たちに聞くと、
相手の体調が何となくわかるので、相手の風邪が治ってきたからそろそろ自分が風邪になる
と思うらしいのだ。学校のクラスは必ず違うクラスになるので、学校から帰ってくる時間も別だ
が、先に帰ってきた方が”○○は今日帰るのが遅いよ。きっと残り勉強だから”と言う。残され
ていたのを見たのかと思ったら、何となく憂鬱な感じがするから 、そう思ったらしい。実際に、
片方の子供は、残されていた。
・子供が小学校に入学してから、テレビの特集で見た影響で私も子供達に実験している。
トランプを5枚ずつ渡し(同じ数字の組み合わせで赤や黒の色も合わせて) 相手が見えな
い状態で、相手が選んだ一枚を交互に当てていくというもの。結果としてはその時の体調に
よっても違うが、10回中7〜9回は当たる 。私は超能力はあまり信じないほうだが、双子のテ
レパシーは信じる。(毎日の様に見ているので)
・先日、子供達がやっている学習教材の付録でストップウォッチが二つきた。早速二人で遊
んでいたが、私が提案した。”二人で背中合わせに座って、1秒から10秒の間で好きな所で
ストップさせてみな”。 このストップウォッチは100分の1秒まで測れるもの。結果はさすがに
慣れている私でも驚いたが、どちらも5.00秒 。相手が押したのを感じてから押したのでは決し
てこういう結果にならない事は、理解してもらえるだろう。もし事前に打合せしていたとしても、
100分の1秒計で二人とも5.00秒にはなかなか出来ないのだ。
(2002年3月31日更新)
・我が家の双子の同調性の凄さは、上記の内容でかなり理解していただけた事と思うが、二
人の凄さはじゃんけんに顕著に表れていた。気が合う!?ために、”あいこ”が多いのだ。
記録は連続あいこ23回!
最近は自我に目覚め、お互いが相手の出す手を深読みするようになったため、あいこ回数
はめっきり減ったため、もう自己記録の更新は不可能だと思うが、尋常 ではない”あいこ”の
連続の為に、以前は何か決めたい時にじゃんけんでは時間がかかりすぎる為に、使えずに
苦労した。(本当はじゃんけんが普通では一番簡単なのだが…)
・最近、我が家の双子は”デジQ”という小さなラジコンカーで遊んでいるが、部屋の中でよく
デジQで追いかけっこをやる。相手の車にぶつかれば、鬼が交代となるのだが、実に見事に
追いかけていく。操作はまだ決してうまくない。追いかけっこの時だけうまいのだ。何故 なら
相手の曲がる方向が(逃げる方向が)何となくわかるからだ
(2003年7月22日更新)…久しぶりだ〜
・この一年間にも、双子ならではのエピソードはいくつもあったのだが、家族が誰も驚かなく

なり、私もいちいち憶えていられないので、更新を怠ってしまった…

・ここ数年、維持継続しているエピソードがある。それはいわゆる”寝相”である。一晩中、

いつでも同じというわけではないが、何気なく二人の寝姿を見る時、たいていは同じ体制で

寝ている。(写真を撮ってみた)

寝相

寝返りまでが同時というわけではないが(同時の時もある)、この他にもちょっと考えられな

い様な体制を同時にとって寝ていることが多い。我が夫婦はそれを見て、ただ笑ってしまう

だけだが、冷静に考えると少し怖い現実ではある。

※余談だが、我が息子の同級生には、うちの他に三組も双子がいる。だが話を聞いてみる

と、うちの様なエピソードは無いらしい。同じ双子といっても、他の双子さんは全て”二卵性

である。我が息子は”一卵性”なので、そこに秘密があるのかもしれない。見た目でいけば

我が家の近所に住んでいる、同級生の双子仲間の女の子達は、私には区別がつかない。

二卵性なのに外見はそっくりである。我が息子達の方が一卵性なのに似ていないと思う。

だが、神秘の世界の要因としては、受精卵が二個あったことより、一個の受精卵が何故か

二つに分かれたことの方が、大きいようだ。(まさにクローンだ!)

・我が息子達は小学校五年生になったが、先日、一学期の終わりに”成績表”を当然の事

ながら持ってきた。久しぶりに小学校に入ってからの”歴代の成績表”を順番に見てみたの

だが、冷静に見てみると、この五年間の二人の成績は、四年間×3学期+1学期=13学期

で、違うのはたったの3箇所だけ!双子は基本的に同じクラスになることは無いので、担任

の先生も当然五年間まったく違うのだ。評価する人間が違うのに、ほとんど同じ成績になる

というのは(苦手科目も同じだが…)、精神世界でのシンクロとは、ちょっと違う次元の話か

も知れないが、他のエピソードとは違う種類の驚きがあった。

(2003年7月29日更新)…仕事が忙しくて、ネタの整理が進まない。                 ・双子のシンクロというものが一番顕著に出るのは、日常の会話である。例えば、朝食の時  に母親が”今朝は何を食べるの?”と聞くと、完璧なシンクロで”ご飯に納豆!” と答えたり  する。冗談抜きで、一人しか答えていないのかと錯覚するほど、二人の声は重なっている。  学校から帰ってきた時もそうだ。クラスが違うので一緒に帰ってくることは少ないが、一緒に  帰って来た時は見事なシンクロで、”ただいま”と玄関から聞こえてくる。中にいる私達は、   二人揃って帰ってきたとは到底思わない。どちらか一人としか思えないのだ。二人に対して  同時に何か問い掛けた時は、かなりの確率で”シンクロナイズド返事”が聞ける。周りの人間 は結構驚くのだが、本人達にとっては別に不思議なことではないらしい。私が”今も見事に声 が合ってたぞ”と言うと、”だって双子だもん”と、やはり見事なシンクロナイズド返事で答える だけである。本人達も双子だけの特別な世界があることには気付いている様だが、だから何 だ!ということらしい。だから何だで、済むレベルの不思議さではないのだが…。

 (2003年8月12日更新)…ネタについて、夫婦で話したり子供と話したりしているが、うまく まとまらない。文章を書くのは本当に難しい。                               ・今回のネタも、幼稚園時代から小学校五年生の現在に至るまで繰り返されていることであるが、双子と言っても、当然のごとく微妙に好みは違うし、思考・行動も違う為、家にいてもいつも一緒に同じ遊びをしているわけではない。だが、遊んでいる息子達を観察していると、不思議に感じる瞬間がよくあった。                                         部屋の左右に分かれて、別々のおもちゃで一人遊びをしているとする。好き勝手に自分のやりたい様にして遊び、相棒のことなど見てもいないという情景を想像してもらいたい。その状況で片方の息子が突然、”そうだ!”と叫ぶ。するともう片方の息子が、”うん!”と元気よく返事をして、同時におもちゃ箱に行って、目的のおもちゃを手に取り、一緒に遊びだすのである。各々がそれまで遊んでいた内容とは、違う遊びなのだ。突然一緒に遊びだすまで、2人の間の会話には、次の遊びの相談などひとつもないのにである。(2人とも無言のうちに同じ遊びに切り替えていることもあったが…)                                               ”阿吽(あうん)の呼吸”とか、”ツーと言えばカー(俗につーかー)”などという言葉もあるが、まさに息子達の間には、口から発する言葉すらも必要としない、2人だけの意思疎通が成立している瞬間が確かにあるのだ。これもテレパシーなのだろうか?専門家に聞いてみたいところではある。

(2003年8月26日更新)…愛犬ココアのページは、更新がし易いのだが、こっちは…     ・7月29日の更新で、双子のシンクロナイズなネタ(同じ言葉を完璧に同時に言う)を書いたが、同じ様なネタでシンクロニシティなものもある。(シンクロナイズとシンクロニシティの違いについては、もし興味がおありでしたら、ネットで独自に調査を…)(笑)                 前回のネタは同時に同じ言葉を言うという事だったが、今回のケースは各々が別々に違う時間帯に同じ言葉を言う事である。2人揃っている時に同時に何か聞けば、同じ答えを同時に発声するが、どちらか一人しかいない場面で質問をし、別の場面でもう一人に同じ質問をすると、かなりの確率で一言一句の狂いも無い、完璧に同じ答えが返ってくるのだ。つい先日も、今度のお父さんの休みに、どこか行きたいか?という質問に対して、”そりゃ行きたいよ〜。一行日記もあるし、お父さんの夏休みは天気が悪くて予定は狂っちゃうし、夏休みも残り少ないし”と、私の憶えている範囲で、これだけの長さの返事が一言一句違わずに返ってきた。もちろんどちらか一人しかいない状況で質問し、間隔は1〜2分の間である。※詳しい内容は割愛するが、絶対に2人で示し合わせて出た言葉ではない。そんなことの出来る状況ではなかったのだ。※もちろん、その後の休みの日に、あるテーマパークに遊びに行ったのは言うまでも無い。(笑)

(2003年8月31日更新)…息子達は少年野球をやっている。コーチや監督の中にも、少しずつ不思議な双子の世界に気付きだしている方達がいて、今回はコーチの方から教えてもらったエピソードである。                                               ・あるコーチが自分の近くにいる我が息子の片方に、”○○をちょっと呼んできてくれ”と離れたところにいる、もう片方の息子を呼んでくる様に言うと、離れた方にいる我が息子が、どういうわけか、そのコーチの方を見ると言うのだ。しかもコーチの近くにいる、用を頼まれた息子が何も言わないうちに…。この事象は、呼ぶ側と呼ばれる側の組み合わせが逆でも同じらしい。そのコーチ曰く、呼ばなきゃと思った時には、相手に何となく伝わっているのではないか、と。更に言っていたのは、この事象は用を頼んだ時だけではなく、片方の息子と何気なく会話していて、もう片方の息子の話題になった時なども、ふっと会話しながら話題の主の方を見ると、よく目が合ってしまうと言うのだ。                                           ・素振りなどでも、並んで振っているわけでもないのに、妙に振るタイミングが合っていたりすると、言っていた。                                                ※このコーチは、双子の不思議な偶然を何度も目の当たりにしているうちに、我が息子達に興味がわいたらしく、ついつい注意深く見てしまうのだという。これからも話のネタを提供してくれそうである。                                                   (余談)…”テレパシー”は、シンクロニシティの定義のひとつであるが、”無意識によるシンクロナイズな動作”などは、どういう分類・範疇に入るのであろうか?

(2003年9月15日更新)…今回はシンクロなネタではなく、双子の息子達と我が家のペット達との関係について、以前から感じていることを書いてみる。双子の神秘からは、離れるが…  ・私のホームページのトップにも書いているが、我が家には現在、犬が1頭、猫が2匹と、沢山のペットがいる。もともと夫婦とも動物好きで、息子達も好きである。家内の両親との同居を機に、家を購入し、家内の実家で飼っていた猫を2匹そのまま引き取り、1匹が老衰で死んでからすぐに間髪入れずに、1匹新たに飼い出して、つい最近、コーギーのココアを飼い出した。息子達はかわいがっていた猫の死を経験し、子猫の世話も経験し、今現在、子犬との関係も経験しだしている。息子達が猫と生活しだしたのは3歳の時で、今は10歳である。約7年間の月日。 ・動物が嫌いな(ペットが嫌いな)人達の中には単に、人間が一番偉いのだから、という理由だけで何もしていない動物(ペット)を迫害するような人たちが沢山いる。確かにペット達に、主人は人間だ、人間に逆らうなと躾けることは必須だが、だからといって動物全般に対して、人間の尊厳を守る(精神的に)という理由だけで迫害する(毛嫌いする)というのは、あまりに人間のおごりである。毎年数百種類の生物が絶滅の危機に瀕し、実際に絶滅している。ほとんどの場合、その原因は人間にある。人間達の豊かな生活を守りながら、他の動物達との共存は出来ないのか、などと難しいことを動物好きな為に考えたりしている。(わかりっこないが)笑      ・物心ついてすぐからペット(猫)と生活している息子達は、前述の様な意味も無く難しい共存の話などもちろんしないが、その答えのひとつというかヒントを、私に示してくれている。と私は思っている。猫達は勝手である。自分達のペースを守り、常に自由を謳歌しようとしている。そこが犬との決定的な違いである。だが猫でも人と一緒に遊ぶし、甘えてきたりもする。息子達も猫が大好きだし、一緒に遊びたくてしつこくしすぎて、引っ掻かれたりもする。様々な経験を通して息子達は、家の中での自分達のテリトリーと、猫のテリトリーを少しずつ学び、自分達の生活を犠牲にすることなく、猫達とも仲良く生活する術を理解し実践しているのだ。言葉にするとたいそうな事のようになってしまうが、難しいことではない。例えば座っている猫を邪魔扱いしないとか、外に出たがっている(入りたがっている)猫を助ける(窓を開ける)とか、お互いにくつろいでいる時は、適度な間隔を空けるとか…。実は簡単なことばかり。おそらくペット達(動物達)の最低限の尊厳を認めているだけである。普通、猫というのは子供が嫌いである。自分のペースを乱されるからだ。だが、我が家の猫達は息子達が大好きである。ここに非常に小規模ではあるが、動物達と人間との共存を実現するヒントが隠されている様な気がしてならない。新しい家族であるココア(コーギー犬)とも、息子達は快適な関係を築いていけると私は確信している。なぜなら息子達には、少なくとも安っぽい”おごり”などないから…。 

 

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